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姫の嵐 その2


「あの部屋……」


 魔王様の呟きで思い出した。開いているドアはまさに、先程キツが言っていた地下牢へ続く部屋のものだった。


 あの部屋、外から壁を修理しただけで、中身はそのまま……開かずの間になってたはずだ。


「姫同士、引かれ合うようなことがあったんかの?」


「そう言われると尚更俺の見間違いな気がしてきたけど……でも、誰かはいるな」


 部屋の前に着くと、三人してこっそりとその入口からトーテムポール方式で顔を覗かせる。部屋の中は暗く、廊下から差し込む灯りだけで照らされている。だが、それだけで中の様子は十分に分かる。やはり、中にいる少女の後姿はカンナ姫のものだ。どうやら見間違いではなかったらしい。


 お姫様がいったい、何やってるんだ?


 ゴト、ゴトっと音を立てながら、その嫋やかな手で砕けた床の瓦礫を弄ぶカンナ姫の姿は、見ていてどこか落ち着かない――というか不安な気持ちにさせる。が、魔王様もキツも声をかけようとはしなかった。とりあえず、様子を見てみようということだろう。


 カンナ姫の行動は一貫している。部屋の中央――本来階段があった辺りの瓦礫を抱え、脇に寄せる。それを、やけに緩慢な動作で続けていく。明らかにお姫様の筋力でどうにかなるように思えない大きな瓦礫すら持ち上げているのは、悪い冗談としか思えない。


「正直、もうアレには関わり合いたくないんじゃがな……」


「同感だ。だが、放っておいたら掘り返されるだろうな。確実に」


「勘弁だな……てかアレ、操られてる?」


 小声で話しているが、この距離だ。聞こえないこともないだろうが、カンナ姫は振り向くことも無く、機械的に作業を続けている。


「地下におるアレが、姫を操って自分を掘り出させようとしとる、と?」


 聞き返して来るキツに、俺は悩んだが首を縦に振った。自分で言っておいてなんだが、それくらいしか考えられなかった。


「つまり、アレがまだ生きている、と?」


「可能性はある、かな……」


「というか、お主もそう考えとったから、ここに触れんかったんじゃろ?」


 キツの指摘に、魔王様は険しい顔で黙ってしまう。それは最早肯定しているに等しかった。


「まぁ、どの道話しかけてみるか無視するかの二択だ。どうせ放っておいたら寝れそうもないし、行くか」


 どの道選択肢はひとつなのだ。テンプレートに従っているのはここまでとして、さっさと真相を確かめに行こう。


「どうしたんですか?お姫様」


「――」


 背後まで迫って声をかけてみるも、何の反応も無い。聞こえていないはずはない距離だ。それでもカンナ姫は、機械的に作業をこなしている。


「洗脳状態、といったとこかの」


「おい、聞いておるのか」


 キツの考察などどこ吹く風で、魔王様はカンナ姫の肩を掴んで振り向かせる。


「――へ?あの……へ?ここは!?」


 突然、夢から覚めたようにカンナ姫は魔王様に驚き、周囲を見て驚き、俺とキツを順番に見ていく。


「覚えて、いないんですか?」


「私……」


 何が起きたのか、自分でも頭の中が処理しきれないのだろう。カンナ姫は必死に何かを思い出そうとしているようだが、周囲を見ても自らの手を見ても、不安そうな顔は変わらない。


「これが演技なら余程じゃな……」


「ああ、完全に操られとったな」


 キツと魔王様の意見は一致しているようだ。とはいえ、俺もこの状況で別の選択肢は思いつかない。


「操られ……私は、操られていたんですの?」


「ええ、どうやらそのようですね……でも、何の為に……」


 こんなところを掘り起こすように命じる意図なんて……やっぱりアレが……


「魔王様なら、何か分かりませんの――ま、オウ……」


 魔王様に心当たりがあるか尋ねようとしたカンナ姫が、突然ビデオの停止ボタンを押されたように動きを止めたかと思うと、今まで聞いていた声と同じ声帯から発せられたとは思えないような、低く掠れた声を零した。


「――ッ!?」


 魔王様は咄嗟に側にいた俺とキツを抱えて身を投げ出す。と、そこをカンナ姫のビンタが通り過ぎた。いや、ビンタというより、指の先から生えた鉤爪を振るったといった方が正しいか。


「な、何じゃ!?」


「――この気配……忘れはせん……」


 距離を取った魔王様が、カンナ姫を睨みつける。が、返ってくる視線は虚ろなものだ。


「マ、オう……コ、す……」


 なるほど、雰囲気はあのときの姫そのものだ。見た目は月とスッポン――いや雲泥、いや天と地の差だが。


「アレが生きていて、この姫を洗脳した……にしてはその力……――ッ!家彰さん、礼拝堂に!シーナとリルフィーが危ない!!」


「分かった!キツ!」


「任せるぞ、ミアラ!」


 俺とキツは魔王様の言葉にその場を飛び出す。カンナ姫がこれなら、あの御付きの騎士二人にも何かしら起きている可能性が高い。


 まぁあの二人なら大丈夫かもしれないけど、あのバケモノが相手だと、流石のシーナさんでもヤバいだろうしな。


 俺達は魔王様に背中を向け、廊下を走ってシーナさん達がいる礼拝堂を目指す。


「でも、礼拝堂には妙なものは立ち入れないんじゃなかったっけ?」


「ああ。とはいえ、さっきまであの姫もおったことじゃしな。警戒するに越したことはない。それに、万が一があるのは嫌じゃしな」


「そりゃそうだ」


 俺達が礼拝堂に辿り着いてその扉を開けると、中はまた暗い。そして、しっかりとイビキが耳に入ってくる。


 魔王城にいるってのに、普通二人とも寝るか?良くしてもらってたとしても、一人は起きてろよ、殿下の御付きだろうに。


 二人の騎士は、鎧すら脱いで長椅子に身を投げ出して熟睡している。これが何かに操られているようには見えない。


「とりあえず、縛っておくとするか。酉より庚、艮、寅、縛れ――救急如律令」


 キツが懐から取り出して放った呪符が、二人の騎士を中心に円を描くようにゆっくりと回転しながら浮遊する。


「便利だな、それ」


「じゃろ?とりあえずこれで朝までは保つじゃろ。シーナ達の部屋に行って来る」


 礼拝堂の隅にある、シーナさんとリルフィーが寝泊まりしている居住スペースに向かうキツを見送り、俺は周囲を見回す。


 まぁ、ここに問題があるわけねぇんだけどな……なら、カンナ姫はどうして……


 あの雰囲気は、あのとき地下で遭遇した姫と完全にダブる。しかも、さっきの爪だ。姫は前からバケモノだった?でも、片やサ国の、片やウ国の姫と、共通項どころか相当に縁遠い存在だ。王様の娘って以外は。


「――そういや、囚われてたんだよな……」


 そこで何かあった、か?可能性としてはそれが大きいけど……推測だけじゃどの道答えは出ないか。


 思考をグルグルと回転させているとキツが戻って来て、一緒に出て来たフル装備のシーナさんとリルフィーに事情を話し、礼拝堂をシーナさんに任せて俺とキツ、そしてリルフィーは魔王様のいる地下牢の部屋へと向かう。


 廊下を進み、目的の部屋を遠目に捉えた。それと同時に魔王様が部屋から飛び出し、その眼の前に黒い障壁を張る。が、それもすぐに霧散し、魔王様は辛くも部屋から伸びて来て壁を抉る触腕を回避し、こちらに向かって逃げて来る。と、そこで目が合った。


「家彰さん、いけません!そのまま逃げてください!!」


「どうしたん――」


 理由を訊くよりも先に、ズルリと、ソレが部屋から這い出してきた。


「避けろよミアラ!」


 ソレを見たキツの反応は早かった。両手に白い炎を纏い、それを撃ち出して魔王様の退避を補助する。


「――ガガ、ギァ!?」


 炎が直撃し、燃え上がる。だがソレは、そんなものは意に介さず魔王様を追って、ズルズルと伸びた両腕を引き摺って迫って来る。


 ――カンナ姫、だよな?


 面影は残っている。身に着けている服も記憶にある通りだ。だが、違う。全身が沸騰したように、その身には不規則に腫瘍のようなものが膨れ上がっている。その所為で、可愛らしかった顔も半分が潰れてしまっている。そして極めつけは腕だ。あのときの姫と同じで、長く伸びた触腕となっている上に、右腕は肘の辺りから二股に分かれている。


 しかもよく見ると、キツの炎で焼かれて炭化した部位が沸騰し、炭を内側から砕いて新しい――禍々しい灰色の皮膚が出現する。


「ダメだ!ヤツはどれだけダメージを与えても、あのときの姫と同じですぐに修復してしまう!どうにかして動きを止めねば!!」


 魔王様の叫びに、キツは即座に対応に移る。


「酉より庚、艮、寅、縛れ――救急如律令!」


 呪符を放り、先程騎士を縛ったのと同じ術を使う。呪符が空中を滑り、カンナ姫の周辺を回り始める。と、伸ばされた触腕がバチンッ!と何か見えない壁に阻まれた。二度三度、虚空に向けて振るわれた触腕が、その度にバチンッと電化製品がショートしたような音を立てて阻まれる。


「相変わらず、霊力攻撃は妨げられんらしいな」


 俺達の傍まで逃げ着いた魔王様は、そう言って息を整えながら呪符に囚われたカンナ姫を振り返る。


「あれが――あの、お姫様?」


 信じられないといった風に、リルフィーが呟いたのが聞こえた。


「で、何がどうなってあんなバケモンになったんじゃ?」


「突然変異としか言いようがない。避け続けたら腕が伸び、反撃して吹き飛ばせば強化修復だ。人間の姫というのは皆ああなのか?」


 キツの疑問に、魔王様が辟易といった風に答える。そういえば、以前の姫も驚異的な強化修復能力があったか。


「ボクの知ってるお姫様とは随分違うけど……」


 そう答えるリルフィーの息が少し荒い。おそらく、あの姫の異様に呑まれかけているのだろう。前回のヤツよりも幾分かマイルドだとはいえ、耐性が無いとアレはキツイようだ。


「キツ、あれも朝までくらいは保つ?」


「中身が比較的大人しくしててくれるなら、な」


 なるほど、無理ということか。


「なら、一撃で吹っ飛ばすのが一番か」


「助けたりはしないの?」


「出来るの?」


 思いがけないリルフィーの純粋な問いに、思わず素で訊き返してしまった。そんな方法があるというのだろうか。


「神聖魔法の浄化を使ってみたらどうかな?」


「そうだな、それはまだ試しておらんかった。一度やってみるのも手か。リルフィー、頼む」


「おっけー!なら――」


 魔王様に頼まれ、リルフィーは両腕の巨大なガントレットを外し、両の腰に下げていた二本の短い杖を取り、繋げて長杖にする。何となく、戦闘スタイルを変更する姿がカッコ良いと思ってしまった。


「願い奉る。世界に溢れる神気よ、御神の加護よ、傷を癒す聖女の伝説に、この矮小なる我が身を当て嵌めるは不敬と知りつつ、その奇蹟を今一度――」


 神聖魔法はその力と効果に比例するように、長々とした詠唱が必要なのだそうだ。普段シーナさんの後ろについてチョロチョロしているリルフィーの姿と、杖を掲げて滔々と詠唱する今の姿がどうにも重ならない。


 流石に神々しいな……ギャップがすごい。


「――その大いなる愛において、彼の者を癒し、お救いください。フェルギリット・リキュアーズ!」


 そして詠唱が完成し、リルフィーの杖からカンナ姫に向けて眩い光が放たれる。それに合わせてキツが術を解除したのか符が燃え落ち、光は遮られること無くお姫様を包み込んだ。


「グ、ギャ、ゴ、ゴ、ゴ……ガゴァァァァアアアアア!!」


 その光の効果か、カンナ姫の絶叫が響き渡る。その中で、キツと魔王様は油断なく構えている。が、見た感じ非常に効いているようだ。その証拠に、光の中でお姫様の輪郭が歪み、だんだんと小さくなっていく。


「やったか!?」


 そんなフラグを立てたのはキツだった。そしてそれをご丁寧に回収するように、変化が生じた。


「アァァアアぁァアああああアアアアアあアアアあア!!」


 縮んだ輪郭が突如ボコボコと、また沸騰したように涌き出た腫瘍らしきシルエットを重ねるようにして、また巨大化していく。


「お、おい、これ拙くないか!?」


 まぁ、俺じゃなくても分かるだろうけど。


「――ダメ、浄化しきれない……!」


 リルフィーの悔しそうな響きが聞こえ、杖から放たれる光が弱まっていく。


「キツ、もう一度だ!」


「言われるまでも!酉より庚、艮、寅、縛れ!――救急如律令!!」


 魔王様の声にキツが応じ、まだ光の中にいるカンナ姫に向けて呪符を放つ。が、それは光の中から現れた6本の腕に全て払われてしまう。しかも、払われた呪符は黒くくすんで経年劣化したそれのように、パラパラと塵になって消えてしまった。


「――冗談、キツイな」


 薄れる光の中から現れたのは、灰色の肌をした、6本の長い腕を供えた醜いバケモノだった。そしてその顔の中で、互い違いの位置にあるまるでイカのような目が、俺達をギョロリと捉えた。


 第二ラウンド、開始――か……


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