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ウ国の少年 その2


「ですので、魔王様に折り入ってお願いしたいことがございます。助けて頂いた上で図々しいことは百も承知しておりますが、どうか、どうか私達がこの森を脱出する為にお力添えを頂けませんでしょうか?」


 一国の姫が、膝をついて頭を下げる。おそらく相当なことなのだろう。ロベルトが目を見張っている。が、そんな人間の慣習が魔王様に通じるはずもない。


「ふむ……何故私がそのようなことをせねばならん?」


 まぁ、当たり前だよな。全くもってその通りだ。


「もちろん、その分の謝礼は別で用意致します。勲章も送らせて頂きます」


 魔物の魔王様が人間の勲章付けて何になるというのか。


「いや、私が勲章付けて何すると思う?」


 魔王様も思わずだろう、素で返していた。このままでは話が進まないのが明白だった為か、ロークン卿がカンナ姫へ耳打ちする。


「殿下、ここは私にお任せ戴けませぬか?」


「ロークン卿……すみません、貴方に任せます」


「魔王様、お耳汚しを失礼致します。私は殿下付きの騎士、ジルバ・ロークン男爵と申します」


「ああ、適当にな」


 魔王様、オッサンに興味なさ過ぎな……


「恐れながら魔王様、我々が国許へと帰還出来なかった場合、遠からずこの魔の森へと軍が差し向けられるでしょう。貴女様とて、一国の軍を相手に戦争など望まれぬでしょう」


 おお、何かそれっぽい、真面目っぽい話だ。ちゃんと取引きみたいな感じに聞こえる。が、これももしイケメンが言っていれば効果があったかもしれないが、ロークン卿はカッコ良いとはいえ、魔王様が求めるイケメンではない。キムタクと藤田まことの違いと言えば分かりやすいだろうか?まぁ要するに、魔王様にはイマイチ効果が無かった。


 どうでもいいけど、もうこの世界だと、はぐれ刑事も必殺仕事人も観れないんだよな……


「面倒だが、来るなら叩き潰してやろう。元々私は集団を蹂躙する方が得意でな。この私の支配領域で国の軍隊がどれ程耐えられるのか見物だな」


 無敵か!そんな強いのか魔王様……まぁ、魔王だもんな。それに対抗出来る勇者ってもう神じゃん。


 そう思ってチラリと勇者二人に視線を遣ると、二人とも信じられないといった風な視線を魔王様に注いでいた。何なら、漫画のような冷や汗まで流れていた。


「い、いや……」


 おお、流石のロークン卿もこうもサラッと流せる程魔王様が強いとは思っていなかったようだ。


「ですが魔王様、貴女にとっては些末事かもしれませんが、あちらにいらっしゃる勇者様方とて無事で済むか――」


 キュンッ!と恋に落ちたような効果音と共に打ち出された魔王様の黒い弾丸が、カンナ姫の足下をピンポイントで抉った。


「ひ、姫!」


「貴様、何をする!!」


「黙れ!その他はどうでもいいとして、家彰さんに手を出すなら、軍と言わず国ごと滅ぼしてくれるわ」


 立ち上がり剣を抜く騎士二人を、魔王様はその気迫でその場に縫い付ける。


「その他だってよ、俺等」


「ふっ、家彰と並べるとは思っていないさ」


 そんな気迫の中でも軽口が叩けるその他の勇者二人は、やはり勇者なのだろう。


 たぶん軍隊が攻めて来たら、俺だけが戦力外なんだろうな……


「大丈夫じゃ、主様。主様の分はワシが戦ってやる」


 顔に出ていたらしい。キツに慰められてしまった。


「も、申し訳ございません……ただ、そういう危険があるというだけで、私とて家彰様の身に危険が迫るのを黙って見ているつもりはありません。ですから、だからこそ、私は国へ帰らなければいけないのですわ」


 従者二人が固まっている中、カンナ姫は震えながらも謝罪し、更にそこから自分の意見を続ける。


 ですわが出てるし、本心からの言葉なんだろうな。優しいお姫様だ。


「ですから何卒、何卒お力添えを頂けないでしょうか?」


 最後に、もう一度カンナ姫が頭を下げる。金縛り状態だった騎士もそれに続き、剣を置いて主に続いた。それを見た魔王様が、チラリとこちらを見た。


 どうしたい?ってところか。お姫様もお姫様なら、魔王様も魔王様だ。割とこの世界は優しい世界なのかもな。


「まったく、一国の姫がヘビ女相手にヘコヘコと。情けないったら無いねぇ」


 俺が頷こうとしたとき、そんな声がこの広い謁見の間に響いた。


「何者だ!」


 魔王様が即座に身体を起こし、睨みつけたのは天井。そこに、まるで漫画の忍者のように逆さになってぶら下がる――いや、天井に立っている人影があった。


 頭に血が上るぞ……


「とりあえず落とすか!ブレイブスラッシャー!」


「ダークネス・デッドランサー!」


 竜牙とシュバルツの遠距離攻撃が天井の人影を捉える瞬間、ソイツは自ら落ちた。そして空中でくるりと体勢を整え、音も無く着地した。


 ここ、天井まで10メートルはあんぜ……


「あ、貴方は勇者ソルト!?何故ここに!?」


 と、どうやらカンナ姫の知り合いらしい。というか、勇者?


「いやぁ、向こう見ずなロークン男爵なら逃げるときにこの森を通ると思って、軍の馬鹿共とは別行動で探してたら、明らかに魔王城っぽいのがあったから入ってみたらあら不思議。我らが殿下が魔物に対して頭を下げてるじゃありませんかー」


 そんな風にふざけた口調と大仰な身振りで話すのは、襤褸のようなマントを着た一人の少年だった。何となく、全体的なイメージが野良猫っぽい。目が細いからだろうか?いや、登場シーンの所為かもしれない。


「貴様、殿下に対して!口を慎まんか!!」


「雑魚が粋がんないでよね?ロークン卿が僕に敵うわけ無いんだからさぁ」


 主を貶す言葉に立ち上がるロークン卿を、少年――ソルトが笑顔で挑発する。


 コイツおそらく、笑いながら人殺せるタイプだ……明らかに敵っぽい。しかも強目の。


「それよりも、魔王様に勇者の皆さん、初めまして。ウ国で勇者やってます、博多野ソルトでーす」


 ある意味で、勇者にしかあり得ないような名前だった。新手のステマだろうか?


「ウ国の勇者か……私は第十七魔王ミアラだ。随分と手の込んだ登場をするものだな」


「そう?そこまで工夫したつもりは無いんだけど、喜んで貰えたみたいで嬉しいな。それよりもさ、せっかく魔王城に来たんだから――戦ってくれるよね?魔王様!!」


 言うや否や、ソルトは腰から発煙筒くらいのサイズの筒を取り出して魔王様へ向けて駆ける。突然の戦闘開始にも俺達が対応出来たのは、日頃から常に気を張っているとか、厳しい修行の成果などではなく、あきらかにソルトが発していた殺気故のことだろう。


「俺が行く!」


 竜牙が駆け出し、剣を抜いてソルトを正面から迎え撃つ。


「聖剣、たまんないねぇ!」


 ソルトが手に持つ筒から緑色の光が溢れ、SFでよくある光の剣を構築する。溜まらなくテンションの上がる光景ではあるが、喜んではいられない。その光の剣がどういった仕組みなのかは分からないが、竜牙の剣と金属音を響かせながら斬り結んでいる。


「ダークネス・デッドランサー!」


 体格で上回る竜牙の剣戟にソルトの態勢が崩れた隙を突き、シュバルツが遠距離刺突を放つ。


「多芸だね!」


 それを避けるでもなくもう、一本取り出した光の剣で逸らして防ぐ。シュバルツの口が動くのを見た。おそらく、馬鹿な……辺りだろう。声が拾えなかったのは、俺とキツはこの隙に魔王様の傍に来ていたからだ。同じく、ロベルトはカンナ姫達の元へ走り、彼女達を誘導している。


「竜牙!シュバルツ!――トリアルガード!」


 魔王様がVITのバフ呪文を二人にかけ、合流した俺とキツにも同様にバフを付与してくれる。


「ガイオウ、ルイン、お前たちは下がれ」


 そしてそのまま、自分を守るように控えているリザードマンに命を下す。


「し、しかしミアラ様!」


「我々は最後まで魔王様に――」


「馬鹿者、ならば尚更下がれ。こんなところで死ぬ気はない。だが、お前達には荷が勝ちすぎる相手だ。お前達にいなくなられると、私の生活に響くからな」


 そんな魔王様の言葉に、二人のリザードマンは頭を下げ、奥へと下がっていく。その際に魔王様を頼むとお約束の台詞を貰ったので、尚更下手が打てなくなってしまった。


「いいね!いいねぇ!!」


 そんな声に戦場へ視線を戻すと、ソルトが二本の光の剣を操り、竜牙とシュバルツの二人を相手取って、しかも優勢に立っていた。


「クソッ!てめぇ強すぎだろ!」


「こうも捌かれるとはな……!」


 竜牙もシュバルツも、手を抜いているわけではない。メインでアタッカーを務める竜牙に、遠距離攻撃で援護するサポーターのシュバルツ。即席ながらコンビネーションに問題は見られない。それでもソルトの動きは異常だ。まるで軽い棒でも振り回しているような――


 あの剣が曲者、ってか?


「備えあれば憂いなしとはこのことじゃな。戌に四歩、亥に一歩、坤より出でて丑を越え――」


 キツが懐から小さな紙の束を取り出し、それを思いっきり周囲に投げて詠唱する。すると、それら一枚一枚の紙――呪符がキツの力に反応し、青白い光を放ってソルトの方へ向かって飛び、その周囲を取り囲む。


「竜牙!離れろ!!」


「了解っと!」


 キツに言われ、竜牙は剣を合わせた勢いのままソルトの脇を抜けて距離を取る。


「子から入り未に抜けよ!」


「――なんだ!?」


 この世界とは理の違う術に気づくのが遅れたソルトは、みごと呪符の籠に囚われる。そして、そのまま籠が徐々に縮んでいく。


「初めて見る魔法だ……けどッ!」


 ソルトが光の剣で目の前の御札を斬り払おうと構えた刹那――


「救急如律令!」


 キツの詠唱が完成し、籠は一気に収束する。その速度差についていくことが出来ず、ソルトは咄嗟に眼前や左右側面の呪符を持ち前の速度で斬り払うが、背中に一枚の呪符が付着した。瞬間、


「な――がぁぁぁあああああああああ!!!???」


 バチバチバチッとこちらの耳にまで聞こえるような音がして、ソルトの身体が海老のように反り返る。身体の大半が水で出来ている人間に対する特攻、電撃の符だ。だが、この世界には魔法に対する防御力なんてものまで設定されている。電撃が必ず致命傷に繋がるわけではないのだ。だが、だからこそ、


「ブレイブスラッシャー!」


「ダークネス・デッドランサー!」


 電撃により動きが止まった一瞬に、二人が遠距離技を放つ。それはもはや避けられない一撃に思えたが――


「ああぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」


 突然ソルトの握る光の剣が波打ち、鞭のようにしなって二人の必殺技を打ち落とした。正直見ていて気持ち悪かった。が、そこまでが限界だったようだ。


「おいおいマジか――よッ!」


 攻撃しつつ接近していた竜牙が、そんな余裕な声と共に、剣の腹で思いっきりソルトの頭を殴った。


「あ、ぁ……」


 それがとどめになったようで、ソルトはどさりと倒れた。


 何か強敵感のある感じで出て来たけど、流石に三対一は覆せんか。アニメじゃあるまいし。


「すごい……すごい!あの勇者ソルトに勝つなんて!」


 自国の勇者が倒されたにも拘わらず、カンナ姫が歓声を上げる。普通に酷い。


「しかし、この人数で一人叩きのめすってのは、なぁ……」


「ふ、尋常な勝負ではなかったんだ。仕方ないだろう」


「いや、お主等は割と真正面から受け止められとったぞ?」


 キツの言葉に、竜牙とシュバルツは揃って顔を逸らした。


「言ってやるな。あのレベル差で勝てたのは相当だ。誇って良いぞ」


 魔王様の言葉に、竜牙とシュバルツが彼女に鋭い視線を向ける。忙しいことだ。俺達は倒れているソルトの傍に集まり、魔王様は念入りに拘束の魔法を使用し、その両腕と両足を黒い靄で縛った。


「この勇者はレベル79。私の今のレベルが74だ。魔力の支配権がこちらにあるとしても、下手をすれば全滅していたかもしれん」


「「最初に言えよ!?」」


 魔王様の言葉に、珍しく竜牙とシュバルツの声がハモった。二人のレベルを知っているわけではないが、流石に魔王様よりも高いということはないだろう。


「なんだ、即死せんようにバフもかけてやったろうが。ああ、そういえばお主等二人、レベル上がっとるぞ。良かったの」


「マジか!やりぃ!!」


「――ふっ、また一つ強くなってしまったな」


 魔王様からのレベルアップの報せに、全身で喜びを表現する竜牙はともかく、シュバルツも小さくガッツポーズを作っていた。まだまだレベルが低く、割と定期的にレベルアップ出来る俺には分からない喜びなのだろう。


 一戦を終えてあーだこーだと話す仲間達から視線を外し、魔王様は真っ直ぐに、不安に揺れるカンナ姫の瞳を捉える。


「さて――話の続きをしようか、ウ国の姫よ。お主、このまま何の説明も無くこの場が収まるなどと思ってはおらぬだろうな?」


 その言葉は、勝利に沸くこの場を静まり返らせるには、十二分な力を持っていた。



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