第十一話 ウ国の少年 その1
カンナ達を拾った翌日、人化したキツを伴って朝食を求めて食堂へ向かうと、複数人分の料理を載せたカートを押すリルフィーを見つけた。
「あ、アッキーにキツ姉、おはよー」
こちらに気づいたリルフィーの挨拶に応え、昨日の三人の様子を確認したところ、もう起きて食欲もあるとのことだった。
まぁ、その為にカート押してるんだろうしな。
ちなみに、一応補足しておくと、アッキーは俺の渾名である。呼んでいるのはリルフィーだけだが。
「あ、そうだ。お姫様が会いたがってたし、朝ごはん一緒に礼拝堂で食べない?」
「モテとるのぉ、主様」
ジッと睨んでくるキツが怖い。が、もう最近では割と慣れてきた気もする。
「箱入りのお嬢様なんてそんなもんだろ?まぁそれはいいとして、俺が連れて来たんだしな。キツもいい?」
「はぁ――まぁ、ワシはどっちでもかまわんよ。むしろ主様一人を美人の元に送り出すようなことは避けんとな」
信用が無さすぎる。リルフィーもいるし、礼拝堂にはシーナさんもいるだろうに。
そんなこんなで俺とキツも朝食を調達し、リルフィーと一緒に礼拝堂へと向かったところ、中ではシーナさんと昨日の三人の姿があった。
「はーい、お待たせ―。朝ごはんだよー」
と、そんなリルフィーの声にギュンッ!とすごい擬音が付きそうな程の勢いでこちらを振り向いたのは、カンナ姫の両サイドを固める腹心の騎士二人だった。
まぁ、ろくに飯も食わずに行軍してたみたいだし、こういう反応になるよな。
「ありがとう、リルフィー。あら、家彰さんにキツさんも。おはようございます」
「おはよう、シーナさん」
「おはよう。なんじゃ、今日は卒倒せんのじゃな」
今にも跳びかかりそうな視線を朝食に向ける二人にキツが開幕の皮肉を向けるが、そんなもの腹ペコ騎士には何処吹く風だ。
「王女様の様子が気になって、ですか?」
「リルフィーに誘われて、な」
嘘は言ってない。何故だろう、シーナさんに見透かされているというのは、どうも釈然としない。
「強がっても今更じゃろうに。しかしまぁ、元気そうというか、元気過ぎて怖いまであるの」
リルフィーに配られた盆を膝の上に置き、騎士の二人はその上に並んだご飯と味噌汁、そして何かの魚の切り身をどんどんと平らげていく。
丼いっぱいの米を朝からかき込めるんだから、健康そのものなのは間違い無いよな。てか、ナイフとフォークで食うメニューじゃないよな。
「俺らも食うか」
「そうじゃの」
せっかく様子を見に来たのだから、カンナ姫の前の椅子に座る。とはいえ、教会の長椅子だ。向かい合うには振り返らないといけないわけだが。もちろん、隣にキツが座る。振り返って覗いたカンナ姫の盆の上は、何一つ手をつけられていなかった。
「どうしました?やはり、まだお加減が優れませんか?」
「いえ……勇者様とご一緒出来るだけで、胸がいっぱいで……」
頬を染め、古き良き少女漫画のような反応が帰って来た。抱きしめて良いだろうか?
「――確認するが、その眼は使っとらんのじゃろうな?」
「使ってたら昨日の時点で魔王様のベールでバレてるって」
横目で睨んでくるキツに返し、その頭をぽんぽんと撫ぜる。
「……最近は小細工が出来るようになって来とるしの」
「どこまでも信用ないな……」
主様呼びしてるんだから、もっと主を信用して欲しいものだ。
「えと、勇者様。そちらの方は――妹さんですか?」
「ええ、まぁそんな感じの――」
「残念じゃが、血縁は無いの。何なら毎晩乳繰り合う仲じゃ」
俺の声を遮ったキツの返答に、姫様が固まったのが分かった。何なら俺も一瞬固まってしまった程だ。
「毎晩ですか……なら魔王様とのときは常に三人で、ですか?」
「二人とも、慎みどこに忘れて来た?」
朝から下ネタ全開のヒロインとか嫌過ぎる……
「主様が鼻の下伸ばして適当に誤魔化そうとするからじゃ」
「そうですね。こういうのって、ハッキリしてくれないと女性は不安になるんですから」
俺が悪いのだろうか……などと疑問が沸いたが、反論してもこの二人に敵う気がしなかた為、ここは呑み込んでおく。
というか、俺とキツの関係って何なんだろう?眷属って名目的なものじゃなくて、本質的な……主様なんて呼ばれちゃいるけど、立ててもらった記憶も無いんだよな。むしろ……いや、考えるのは止そう。怖い。
「キツは大切な、俺のパートナーだよ」
当たり障りの無いところで、眷属より耳障りの良い言葉を選んでその額に口づけする。
「キザですねぇ」
「――まぁ、合格点かの」
シーナさんの視線が刺さるが、顔を赤くしてそっぽを向くキツが可愛い。
流石に何か月も一緒に生活していると、傾向と対策はある程度揃う。キツはこういった、ベタなシチュエーションに弱いのだ。
「そういえば、カンナ姫はこの後魔王様と会われるんですよね?」
「――ひゃ、ひゃい!にゃんですの!?」
キツがスタン状態になっている内にカンナ姫に話を振ると、随分と上擦った返答が返って来た。
「ど、どうしました?」
「い、いえ……す、すみません……」
そう言って下を向いたカンナ姫のその綺麗な金髪から覗く耳が赤い。
そういえば、風呂入ったんだな……艶のある綺麗な髪だ。やっぱりパツキンって、日本人の憧れだよな。
「貴様、先程から殿下に対して馴れ馴れし過ぎるぞ!」
そう言って立ち上がったのは、若い騎士だった。そういえば、未だに名前を知らない。まぁ興味も無いが。
「やめておけ、ジーク。厚意で宿を借りているのだ。それに、残念ながら今ここで問題を起こし、殿下をお守り出来る程の力は……我々二人には無い」
ロークン卿の重い声が、逸る若気を押し留める。そしてそれに反論することも出来ず、若い騎士――ジークは歯噛みしてドスッと腰を下ろした。
……いや、コイツ忠臣みたいな空気出してるけど、飯食い終わってから動いたよな?
「リード卿、ロークン卿の言う通りです。招かれざる客である私達に、こうして食事まで供してくださっているのです。感謝しこそすれ、牙を剥くようなことがあってはなりません」
「申し訳ございません、殿下。出過ぎた真似を……」
おお、なんか主人と従者って感じの遣り取りだ。俺とキツの関係性が余計分からなくなってくる。
「なんか茶番くさいの?」
「あくまで周りに見せる為のものですからね。主人から戒められた騎士に追い打ちはかけられない。同じように従者を戒めるという義務を果たした主人も、後ろ指を指される謂れはない。そう認識させるのが目的の遣り取りですよ」
キツはいつものこととして、当人達を目の前にして普通に意図を説明するシーナさんが怖い。
いや、まぁ、俺も思わず納得しちゃったけど。なんで教会のシスターがそんな貴族の言葉の裏なんて知ってるんだろう……
「へぇ、そういうことだったんだぁ」
リルフィーも感心している。ただ、声に出さなくて良いよね。
「――ま、まぁ、そういうことですわ。これが貴族として上手に生きていくコツですのよ!」
お姫様は肯定しちゃうのかよ。あと分かった。その「ですわ」口調、焦ったりしたときに出ちゃうのな。
「そうやって素で話せば良いんじゃ。歯に衣着せるような話し方されてもの」
「そうですね。ここは良いところですよ?ただのシスターが身分も気にせずお姫様とお喋り出来るんですし」
「も、もう……何なんですの?」
じゃれ合っているのか何なのか、女性陣は楽しそうだ。そんな風に思っていると、むさ苦しい声に呼ばれる。
「ところで勇者家彰殿。申し訳ないが、この後の魔王との面会、ご一緒頂けませぬか」
「俺が?って、まぁ俺もそもそも参加だ。魔王様に呼ばれてる。ああ見えて気は使ってんだ。勇者の竜牙とシュバルツも来るって話だし、安心して行けばいい」
そこまで気を使うのかと竜牙が言った程だ。魔王様が言うには、ウ国から人間が来るのは相当に珍しいことだそうで、何か裏が無いか探るためにも、あまりストレスのかかる状況を作るのは逆効果なのだそうだ。
魔王様がいる時点で、常人からしたらストレスMAXだろうけど……
「それは心強い。よろしく頼みます」
「でも、その後どうすんだ?ウ国に帰るにしても、ここから遠い――のか?」
そういえば、俺は国の位置関係を何一つ知らなかった。当然知っているものと思って訊いたのだが、ロークン卿はゆっくりと首を横に振った。
「我が国に、この森を踏破した者は一人も……地図一つありませぬ」
また土壇場で大冒険に出たな……
「なら、どうやって国まで帰るつもりだったんだ?」
森の中なんて迷子になるフラグだらけだろうに。
「それに関しては、こちらの魔道具がありますので」
そう言ってロークン卿が腰から外して見せてくれたのは、魔道具といいつつもただの方位磁針だった。
「ああ、まぁ確かにそれがありゃ、距離は分かんなくても方位だけは分かるか……」
古典SFみたく、この森の地磁気が乱れていないことを祈ろう。
「おお、流石は勇者殿。魔の方位磁針をご存じとは」
方位磁針って言っちゃってるしな。まぁ、何か魔法的な力があるのかもしれないけど……
「まぁ、元の世界にもそんなのあったし……それより――」
「おお、いい感じに揃ってんな!」
今後どうするのか興味本位で訊こうとしたところで、扉が開いて魔王様の使いで来た竜牙に呼ばれ、全員で移動することになった。向かう先は、以前竜牙が壁に大穴を開けた謁見の間だ。
***
以前訪れたときには入口の扉の前にイケメン執事がいたのだが、今は誰もいない。魔王様が捕えていた人間は全て逃げ出してしまい、今の魔王城には20体弱の魔物が暮らしているのみだ。自然と、こういった居ても居なくても良いような役割の者は省かれている。
いや、魔王様の権威というか権力の象徴みたいなもんだし、居なくていいわけじゃないんだろうけどさ……
別段打ち合わせがあったわけではないが、何となく俺と竜牙で扉を開く。と、レッドカーペットの先の玉座では、魔王様がそのひじ掛けを枕に、気怠そうに身を投げ出している。そしてその左右には、二人の――二匹の?リザードマンが立っている。
「第十七魔王、人喰らいのミアラ……」
ポツリと、カンナ姫が呟いた。何気にすごい二つ名みたいのが付いていた。おそらくもなにも、イケメンを集めっていた影響だろう。
ゆっくりと進むカンナ姫達に続いて、俺と竜牙、キツも続く。そして玉座のある舞台の前で、進み出て来たリザードマンの二人が、持っていたハルバードをガチャンと交差され、俺達に静止を促す。
初めてこの城に来たときを思い出すな……
アニメだったら総集編に突入しそうな流れだ。
「俺達はあっちっぽいな」
そう言った竜牙の視線の先を辿ると、腕を組んで壁に背を預けたシュバルツが、クイクイと人差し指と中指で、手招きならぬ指招きをしていた。その隣にはロベルトの姿もある。
あんなのよく気づいたな……遠目で見て普通気付くか?やってる本人全身真っ黒だし。
「貴様らが客人とやらか。私が当代の第十七魔王、ミアラだ。肩ひじ張らず、よろしくしてくれると嬉しい」
俺達がシュバルツの傍へと移動したのを確認したからか、魔王様が話始めた。
「魔王ミアラ様、私はウ国の第七王女、カンナ・ウ・ミーギと申します。この度は行倒れておりました私共をお救いくださったこと、心より感謝申し上げます。ミーギ家の名におきまして、無事国許へ戻りました暁には、相応の謝礼をお届けいたします」
キリっとした顔で滔々と感謝を述べるカンナ姫の姿は、先程まで顔を真っ赤にして慌てていた少女とはまるで別人だ。なんというか、お姫様という背後に花を背負ってるような甘いイメージから、貴人というダイヤモンドなんかが似合うお堅いイメージに変わったように感じる。
まぁ、カジュアルかフォーマルかみたいな感じだな。
「ふふ、この森を抜け、更にまたその道を戻ろうと言うのか?正気の沙汰とは思えんな」
「はい。この森は、我々人間が進むにはあまりにも過酷でした。私の腹心達も、もうここにいる二人だけとなってしまいました」
揶揄うような魔王様の言葉に、カンナ姫は目を伏せて現状を認める。が、そんな空気は何処吹く風か、魔王様に同情の気配はない。
「それはそれは。この先の道のりが不安だな。まぁ、期待せず謝礼と言うものを待とうか」




