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プレリュードWAR その2


「あ、貴方――に、人間ですの?」


 おお、語尾がお姫様っぽい!


「ええ。ですからご安心ください。あの魔物も、すぐに討滅されるでしょう。さ、お疲れでしょう。私の腕の中でお休みください」


「あぁ、貴方様はもしや――勇者様ですの?」


 潤んだ蒼い瞳で見上げて来るのは、なかなかの破壊力だ。ちょっと反応がイタイ子っぽいのが気になるが、童話とかのお姫様といえばこんな感じな気もする。


 しかし、王子様よりも勇者様なのな、この世界。


「ええ、貴方の勇者ですよ」


 とりあえず乗っかっておこう。一応勇者らしいしな、俺。


「ああ、勇者様。怖かった……賊に攫われ、サ国の城に捕らえられ――」


 聞いてもいないのに少女は自らの身の上を語り始めたかと思うと、気を失ってそのままか細い寝息を立て始めた。緊張の糸が切れた、というヤツだろうか?


 勇者様が助けに来てくれた。もう安心だってとこか?こんな力のない勇者でも安心させられたんなら光栄だ。にしても、かなり限界が近そうだな、この子……


 そんなこんなしている内に向こうも決着がついたらしい。二つのカットラスタイガーの骸を見下ろし、二人の剣士が血を払った剣を鞘へと戻した。どうでもいいことだが、若い騎士は泡を吹いて脇で倒れていた。


 コイツよりは俺のがマシだな。


「助太刀、感謝する」


「俺への礼は不要だ。将来の主の意を汲んだだけのことだからな」


 頭を下げるロークン卿を制し、グレイは俺を親指で俺を示した。どういうことかと一瞬考えたが、この先魔王様と結婚――という概念が魔物に存在するかは知らないが――すれば、最終的には俺も城の主になるのかと、今更ながらに納得した。


 すげぇ逆玉だ。まぁ、今もう既にヒモなわけだけど……


「そちらの御仁も、姫様を助けてくださり、ありがとうございます。貴方は――人間、なのですか?」


 女の子にならいいが、オッサンにそういう疑問を呈されると割と腹が立つと知った瞬間だった。


「人間に見えないって?」


「いや、失敬。恩人に対し些か礼を失しておりました。ただ、ここは魔王が住むと言われるマナカ山脈に広がる魔女の森。そこに人がいるとは思いもよらず……」


 自分達のことを棚に上げて何を言っているのだろう?


てか、魔女の森とか呼ばれてたのかココ……そういえば魔王様が最初会ったとき、森の奥に足くれるババアが住んでるとか言ってたっけ。


「あれ?でも、割と勇者来るよな?」


「それは勇者だからとしか言い様がないな」


 グレイに話を振ってみると、元も子もない反応が帰って来た。まぁ、確かに勇者の行き着く先は魔王城だろうけども。というか、俺が訊きたいのはそんなどうでもいいことじゃない。


「で?そんな森にお姫様を連れて何の用だ?」


 どう考えてもピクニックコース向きではないだろう。どんな了見でこんな美少女を、こんな危ない森に連れ込んだというのだ。


「はい……話すと長くなるのですが、私たちは――」


「長くなるなら後にしろ。シーナのところに急いだ方が良い」


 グレイはロークン卿の言葉を遮り、俺を――俺の腕の中にいるお姫様に視線を向けて言った。


「それもそっか。なら、行きますか」


 俺としたことが。今一番大切なのは、このお姫様を休ませてあげることだな。


「――行くとは、どこに?」


 警戒して訝るロークン卿を、消耗したお姫様を引き合いに出して理詰めで黙らせ、グレイを先頭に、お姫様を抱えた俺と、若い騎士を担いだロークン卿といった隊列で森を進む。


「そういやさっき、助けてくれてありがとな」


 誰をと言わなくても伝わるだろう。頼んだわけでは無いが、俺の意を汲んで動いてくれたそうなので、グレイに礼を言っておく。


「釣り具の礼だ。気にするな」


「ああ、そういう」


 魔王城へ戻る道中、自分が明らかに湖の崖に聳える禍々しい城に向かっていると気づいたロークン卿が俺達に刃を向ける一幕があったりしたが、グレイが何の躊躇いも無く切り伏せ、瀕死の状態の彼と若い騎士を引き摺り、俺達は無事に――俺的には無事に城へと帰り着いた。


 ***


「ふむ……装飾品からして、相当裕福な家の娘だろうな。だが、少なくともサ国では見たことがない」


 お姫様を見てそう分析したのは、実は貴族だったらしいロベルトだ。顔つきも凛々しいし、勇者のパーティにいられる程、剣と魔法の才能もある。間違いなくモテただろうに。


 姫を助けられずに帰れば、反逆罪で殺される、だったか……俺、サ国に召喚されなくて良かった……


「まぁ、俺みたいな貧乏貴族の三男坊には縁がなかっただけかもしれんがな」


 そう言って笑う彼の顔に陰りは見えない。が、その心中を俺のように適当に生きている人間が推し量ること等出来ない。


 俺達は今、礼拝堂に集まっている。集まっているといっても、連中を担ぎこんだ際に運ぶのを手伝ってもらった面子のみで、俺とロベルト、マユラの三人だ。シーナさんもリルフィーも、魔王様達と一緒にどこかに出ているらしい。仲が良いようで何よりだ。ちなみに、グレイは礼拝堂に入れないので釣りを再開する為に湖の湖畔へと戻って行った。


「にしても、いかにも金持ってそうな面した奴らが、なんでこんな魔王のお膝下でピクニックなんてやってやがったんだ?」


 長椅子に並べて寝かされた三人を順に見て、マユラは面白く無さそうに鼻を鳴らして毒を吐く。


「それを聞くために連れて帰って来たんだ。つっても、まさかシーナもリルフィーもいないとは思わなかったからな……」


 それでも礼拝堂に運び込んだのは、こちらの方が彼女らが目を覚ました時に安心出来るだろうというロベルトの配慮からだ。


「なに、大丈夫だ。こういうときの為に回復薬というのはあるんだ」


「お、流石お貴族様!」


 懐から液体の入った瓶を取り出したロベルトを、マユラが茶かす。が、そんなものどこ吹く風か、ロベルトは寝ている三人の鼻を順につまんで、ビンの中身の液体を少しずつ飲ませていく。おそらく、以前竜牙が持っていたモアールのおいしい水だろう。


「――っ、食えねぇな」


「嘆かわしいことに、ノブレス・オブリージュなんて言葉が形骸化して久しい。そういう風に見られたとしても、致し方あるまい」


「ホントに食えねぇな、旦那。ま、普通の精神で勇者のパーティなんかにゃ入らねぇか」


 回復薬を飲ませ終えると、野郎二人が寝ている横で、ううんとお姫様が寝がえりを打ったと思ったら、ゆっくりと目を開いた。


「――ここは?」


「目が覚めましたか、姫」


 良い声とキリっとした顔を意識し、姫に話しかけると、こちらを見た姫の顔がカーッと赤くなった。眼鏡をかけていても戦える自分が怖くなるぜ。


「――っ、デレデレしやがってよ」


「真面目な顔をして鼻の下を伸ばすとは、器用なものだな」


 二人して酷い。


「勇者様が、助けてくださったのですね……ここは、教会――ですか?」


「ええ。ここには姫を襲う者は誰もおりません。ご安心ください」


 安心させる為、上体を起こした姫の手を握り、目を見つめて囁く。


「コイツ、一回でもアタシにこんな対応したことあるか……?」


「マユラさんは、一度素直になって気持ちを打ち明けると良い。あの男は押して押してで引き留めないと――」


「素直にってなんだ!誰があんないろボケ引き留めたいっつった!!」


 後ろが騒がしいが、この際意識から外しておこう。と思ったのに、


「あの、勇者様?そちらはパーティの方々ですか?」


 姫が興味を持ってしまった。


 まぁ、あれだけ五月蠅ければ気にしないのも難しいよな。


「誰がこんな色ボケのパーティーか!アタシは勇者でも黒騎士、シュバルツ・ネーロノワールのパーティーメンバー!」


「俺も家彰のパーティーではなく、不知火竜牙という別の勇者の仲間だ」


 もうそこは端的に違うって言っとけよ。勇者が一気に三人も存在したら混乱するだろ。


「別の勇者?――ここには、たくさんの勇者様がいらっしゃるのですか?」


 ほら、ややこしくなった。


「ええ、私の他に二人の勇者がおります。よければ、後でご紹介しますよ?」


「あ、あの、勇者様……ここは……ここは、サ国なのでしょうか?」


「え?あ――」


 どう答えればいいのだろうか?マナカ山脈の魔王城と答えるのは、今は無しだろう。とはいえ、さっきロベルトがサ国で見たことがないと言っていたし……チラっとロベルトとマユラに救難信号を送ってみると、


「あ?んなもん正直に教えてやりゃいいだろ。ここはマナカ山脈の魔王城だ」


「ま、魔王城?……えぇと……」


 姫は周囲を見渡し、俺に目で助けを求めて来る。まぁ、そういう反応になるだろう。

 ある程度馴染んでから伝えて、ショック減らそうとしてたのに。


「あ――何と言いますか……ここは彼女が言った通り、魔王城です。といっても、この礼拝堂は機能してますから、魔物達は入って来れませんよ。ほら、一緒にいたリザードマン、覚えてますか?アイツもいないでしょ?」


 精いっぱい笑顔で言ったのだが、姫の顔に困惑が広がるばかりだ。うん、助かったと思ったのに、貴方は今魔王城に居ますとか言われてもな……しかもこの礼拝堂だ。魔王城と正反対の施設にいるのに、魔王城にいるとか何の謎掛けだという話だろう。


「まぁ、突然魔王城と言われても信じられんだろう。どうだ?まずは自己紹介といこうじゃないか。俺はロベルト。魔法剣士だ」


「アタシはマユラ。戦士だ」


 示し合わせたようにロベルトの自己紹介に続いたマユラが、視線で俺を促して来る。


「えと、俺は織臣家彰。勇者です。家彰が名前なんで、よろしくお願いします」


「あ、私は――私は、カンナ・ウ・ミーギ。ウ国の第七王女ですわ」


 俺達三人の自己紹介が済み、その流れで姫が爆弾を放り込んだ。


 ――王女?


「ほぅ……ウ国のお姫様にお目にかかれるとは、こいつはツイてるな」


「鎖国してるウ国のお姫様がこんなとこにいるわけねぇだろ。嘘吐くならもっとマシなのにしとけよ」


 絶句したのは俺だけだったようで、二人はめちゃくちゃ普通に反応していた。


 てかヤヤコシイな。ウ国とサ国があって、ウ国が鎖国してるのか。


「――やはり、信じては頂けませんか……」


「まぁ、割とアタシもここに来てから信じらんねぇことボンボン起こってるけど、これでウ国の殿下が揃っちまったら役満だぜ」


 流石に信じられないとマユラが零す。ちなみに、役満は普通に麻雀の役満だ。竜牙達が買い出しに行った際に、何かに使えそうな気がした!と、小さい木製のブロックを複数買い込んで来たので、俺がそれっぽく刻印して牌にしてみたら、割と好評だったのだ。


「まぁ、ここが魔王城だと信じられないのと同じようなものだ。何か、証になるようなものは持っておらんのか?」


「すみません。印章は、私が攫われた際に奪われてしまったのです」


「攫われた?」


 ロベルトの言葉に答えたお姫様――カンナの言葉に、流すに流せない単語が含まれていた。


「はい。もう一月ほど前になるでしょうか……私は、サ国に遣わされた賊によって、彼の地へと攫われてしまったのです」


 カンナの話を要約するとこうだ。攫われた彼女はサ国の王都にあるお城に幽閉されており、それを彼女の腹心達が助け出した。だが、敵に見つかることなく逃げられるわけもなく、すぐさま追手が掛かった。結果、彼女達はその追ってから逃れる為、魔物が群生するマナカ山脈の、しかも魔王が住むという魔女の森を突っ切ることにしたのだという。だが、この森で生き抜くことは難しく、一人、また一人と腹心達は倒れて行き、残ったのがここで寝ている二人だけなのだそうだ。


 身の上を語り終え、私の所為で……と涙を流すその姿に何かを偽っている様子はない。これは本当にウ国のお姫様なのではないかという空気が俺達の周りに漂い始めたとき、若い騎士が目覚め、殿下!!どちらに!?と、取り乱して辺りをキョロキョロ探している姿がダメ押しとなった。


「コイツは参ったな……」


 そんなロベルトの言葉は、俺達の心中を代弁するものだった。


 そこから俺達は、目覚めた若い騎士を宥めたり、その後目覚めたロークン卿を宥めたり、外出から帰って来た魔王様達が俺を探して教会に顔を出したことによって錯乱した三人を宥めたりしている内に日が暮れ、シーナさんに後を任せて俺達は礼拝堂を後にした。


 どうも、これから忙しくなりそうだ……


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