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第十話 プレリュードWAR その1


 マナカ山脈にあるこの森も、緑から赤や黄色と鮮やかに紅葉し、残暑も過ぎたのか過ごしやすくなってきた今日この頃。


 やっと部屋の修繕も終わったし、ルーンスキャナーも完成の目途も立ったし。たまにはゆっくり遊ばないとな!


 俺は魔王城が臨む湖に、湖畔から糸を垂らす。空は雲一つない快晴。風も無く、水面は凪いでいる。絶好の釣り日和だ。


「お前の作った疑似餌、ご機嫌だな」


 そう言って俺の隣で右へ左へと竿を操作しているのは、リザードマンのグレイだ。


 にしても、オフの日でも鎧着てるんだな。まぁ俺も魔王様に言われたから、出かけるときは一応保食神様がくれた革の鎧着てるけど。


「気に入って貰えたなら御の字だ」


 以前からたまに誘われては一緒に糸を垂らし、なかなか大物が食いつかないという悩みも聞いていたので、マジヴァイスを弄る片手間に簡単なリールとルアーを作っておいたのだ。リールの方は記憶の中にあるものとは天と地程の差がある、ギア無し直結のなんちゃって構造だが、こんな異世界の大物を相手にする以上、頑丈さを一番に作っているのだと解釈して欲しい。


 そもそも、実物の構造なんて調べたことないしな。どうせ城のアラクネ達が作った糸はよっぽどのことがないと切れないし、巻き取る本人もムッキムキだし、なら最低限ルアーを泳がせられればいいだろ。


 そもそも、異世界から来た奴がその知識を利用して色々出来るなんて幻想だ。俺はガラスも鉄も作れないし、テレビがどうやって映ってるのかも分からなければ、モーターがどうやって回ってるかも知らない。一般人とはそういうものだ。


「来た来た!どっせぇぇえええい!!」


 グレイがギュッと竿を握る手に力を籠め、一息に振り上げる。と、五歳児くらいのサイズの巨大な魚が湖から姿を現し、ドカッと湖畔に落下した。


 グレイもだけど、アラクネの糸スゲェな……あんな力任せで切れないとか……


「お、ベルビューグ!当たりじゃん」


 ビチビチと湖畔の上を跳ねるのは、巨大なコブダイのような顔をした魚――ベルビューグだ。刺身で食べると、マグロのような味がして非常に美味だ。


「今まで殆ど食いつかなかったのに――なっ!」


 グレイの剣が閃き、サクッとベルビューグの首が飛ぶ。そのまま手際よくロープで尾を縛り、適当な木に吊るす。正直俺の知っている絞め方や血抜きと随分と違うが、郷に入れば郷に従えだ。今までこの方法で美味しく食べられていたのだから、問題無いだろう。


「お見事!」


「一日に何匹も釣れることなんて滅多に無いってのに、これで三匹目か。ルアーってのはスゲェな」


 グレイは切り落としたベルビューグの頭から、ルアーを回収する。リザードマンの大きな手からもはみ出る程のサイズだ。どうやれば上手く泳ぐのか分からなかったのでとりあえず記憶に従ってそれらしい形に作ってみたが、上手くいったようだ。


「でも、流石にこの量は持って帰れなくないか?」


「せっかく二人いるんだ。木の枝に括り付けて、担いで帰れば大丈夫だろ」


「あ――なるほど」


 時代劇でよく見た駕籠みたいな感じか。力には自信が無いが――まぁ、二人でなら大丈夫か。


「さ、続きだ続き。今日は日暮れまでゆっくり釣るって決めたしな」


「だな。俺もキツに土産持って帰るって言って来たしな」


 ルアーを投げるグレイの横で、俺も糸を垂らす。平和な光景だ。俺の竿に当たりは来ないが、持ってきたお弁当箱を開けると、興味深そうに二人の美人人魚が湖畔に身を乗り出してこちらを伺っている。


 ――当たり来た!!


「良かったら、一緒に食べる?」


 俺がおにぎりを差し出すと二人は湖畔に上り、這って近づいてくる。高校生くらいの外見で、下半身がウロコに包まれた魚の尾のようになっている以外は、はほぼ人間と変わらない。二人ともどことなくあどけない顔をしているのに反して、ホタテのような貝を繋いで作られたビキニからは、今にも立派な胸が零れ落ちそうになっている。


 魔王様より――デカい!?


「「いいの?」」


 俺の顔とおにぎりを交互に見て、確認の声がハモった。


「ああ、遠慮しなくていいから」


 もう一つおにぎりを差し出すと、二人ともおずおずと俺の手から受け取り、嬉しそうに頬張る。両手で持って食べるものだから、自然とその特大の胸がムギュッと寄せられ、非常に眼福だ。


 挟まれたいな……と、思ったときだった。



 ――ガサッ。



 キツか!?魔王様か!?


 茂みからテンプレの物音がして、慌てて振り向いた先では、赤銅色の鎧を身に纏った男が二人、血抜きをしていたベルビューグのロープを斬っているところだった。


 いかんいかん……愛する相手を疑うもんじゃないな。


「王国の騎士か!?」


 グレイが竿を投げ捨て、腰に佩びていた剣を引き抜く。


「――ッ!気付かれたか!?」


「だから言ったんです!こうなれば正面から殺り合うしかありません!」


 向こうの騎士二人も、グレイに遅れて抜剣して構える。が、一人が諦めたように剣を鞘に戻した。先程気づかれた!?とか言っていた、顔に深く皺を刻んだカイゼル髭を生やした騎士だ。


 どうやってあんな髭キレイにセット出来んだろ?何となく、出来る執事っぽいイメージがある。


「何をしてるんですかロークン卿!」


「――無理だ。もうワシらには魔力も残っていない。こんな状況で、あのリザードマンには勝てん……」


 もう一人の若い騎士が叱咤するも、カイゼル髭の騎士――ロークン卿はその場に片膝をついた。


「頼む、騎士の情けだ。我々は今、やんごとなきお方と共に、この森を抜ける為進んでいる。しかし道のりは険しく、そのお方はお身体を病んでしまった。それも、ワシの力が及ばなかった所為だ」


「ちょっ、ロークン卿!何言ってんですか!?」


「お前は黙っていろ!!頼む。ワシの命ならどうなっても構わん。あのお方に、食糧を恵んでくれ……頼む」


 更に、ロークン卿は頭を下げる。その姿に、若い騎士はギリッと歯を鳴らし、吠えた。


「魔物に命乞いかよ……見損ないましたよロークン卿!俺達は、コイツ等を倒して食料も手に入れるんです!はぁぁぁああああああああ!!」


 斬りかかってくる騎士に対し、グレイは俺に下がっていろと指示するだけで、驚く程冷静に相手を迎え撃つ。一合、二合と、確実に騎士の剣を捌き、隙を見つけては相手の鎧を削っていく。剣と剣がぶつかる無機質な音が何度も響き、騎士がグレイの反撃を受け損なう度に苦悶の声を上げる。


 そしてそれに怯えた人魚の二人が俺に縋りついてくるので、安心させるように抱きしめる。そう、安心させるために抱きしめているのだ。他意は無い!


 いい肉付きだ。しかしこの巨乳、水の抵抗になったりしないのだろうか?


「――青いな」


 相手の刃を弾くグレイの剣が、その手元でクイッと捻られる。詳しくはよく分からなかったが、おそらくそれが原因で相手の騎士の手から剣が離れ、カランと乾いた音を立てて地面に落ちた。


「クソッ!まだだ!!」


 それでも騎士は諦めない。背中の鞘からナイフを抜き、一息にグレイに肉薄してその切っ先を真っ直ぐに突き出す。狙いは顔面だ。が、グレイはそんなもの読んでいたようで、屈んでナイフをかわしつつ、相手の胸当てに剣を叩き込んで吹き飛ばした。


「ぐはっ!?」


「動きがなっていない。あまり俺に雑魚を斬らせるな。虚しくなる」


 そう言って、グレイが顔の横に剣を溜める。以前にも見たことがある。グレイの必殺技の構えだったはずだ。ピリピリと張り詰めた空気が辺りに充満し、ついにそれが爆発する――と思ったときだった。


「ま、待ってくれ!頼む!」


 そう言ってグレイと騎士の間に、ロークン卿が割り込んでくる。


「何のつもりですロークン卿!まだ――まだ俺は負けてません!」


「すまない。ムシのいい話だということは重々に承知している。だが、奴は見逃してやってくれまいか?見ての通り、奴はまだ若い。死ぬには早過ぎる。代わりに、ワシの首をやる。それで勘弁してくれ」


「何のつもりだ?」


 土下座もかくやという程に立膝の状態で頭を下げたロークン卿に対し、グレイは怪訝な目を向ける。傍から聞いてると良い上司の良いエピソードに聞こえるのだが、何か気になるのだろうか?


「貴様なら、俺と剣を交えて勝利することも出きるだろうに。何故戦わん?」


「こんな老いぼれに、過大評価というものだ。今のワシでは、戦う前から結果は見えておる」


「――興がそがれた。どうせこの森からは生きては出られん。そいつは手向けとしてくれてやる。だからさっさと失せろ」


 戦意の欠片も見せないロークン卿に吐き捨てるように言って、グレイは剣を収めて竿を拾い、またルアーを湖に向けて投げた。


「いいのか?」


 三匹も釣って、あんなに喜んでたのに。まぁ、向こうもあんなデカいの何匹もいらないと思うが。


「さぁな。それよりお前こそ、助けなくていいのか?」


「なんで?」


「いや、人間同士だろう?」


「縁も所縁も無いオッサン助けて、何の得があるって?」


 美女ならともかく、こんな汗臭そうな奴らを助ける趣味は無い。


「お前らしいな……にしても、調子に乗っているとまた魔王様かキツに見つかって、酷いことになるぞ?」


「俺もそう思う……でも、可愛い子相手だとどうもなぁ」


 今尚、俺の両方の腕の中には二人の人魚がいる。そしてさっきの行動が実を結んだようで、二人とも完全に俺に身体を預けて弁当をパクついている。ある意味で、バッチリ魚が釣れた感じだ。


 キツには持って帰れないけどな……


「ブレんなぁ……――っと!」


 グレイは調子良くまた当たりを引き当てる。ベルビューグではなかったが、同じくらい大きな魚で、また首を刎ねてロープで固定し、先程と違う木に吊り下げる。そんなあまりにもスムーズな処理を、二人の騎士がポカンと口を開けて見ていた。


 まぁ、これだけ手慣れた処理になると、見てると楽しいよな。でも魚の処理って、種類によって違ったような気がするけど……


 そんな視線を気に留めることもなく、グレイは斬り飛ばした頭からルアーを回収する。どことなく不機嫌なオーラが出ているのは、喰い応えのありそうなロークン卿が剣を取らなかったからだろう。魔王様から聞いた話によると、リザードマンは非常に好戦的な種なのだそうだ。


 たまに竜牙やらシュバルツ、ロベルト辺りと城の外でボロボロになるまで試合してるしな。強い相手と戦うのがよっぽど好きなのだろう。通りで最初会った時、俺とキツは相手にされなかったわけだ。



「キャァァァアアアアアアアアアアア!!」



 絹を裂くような悲鳴というのだろうか?そんなものが耳朶を打つと共に、ガサガサッと茂みを掻き分けて金髪の西洋風美少女が飛び出してきた。そこまでは良かったのだが、彼女と並走するように、その左右から巨大なサーベルタイガー風の魔物が二匹飛び出してきた。


「カ、カットラスタイガー!?」


「拙い!」


 ベルビューグの巨体を持ち上げようとしていた若い騎士が尻もちを着き、ロークン卿が抜剣して敵へと飛び掛かる。が、所詮一人では足りない。一匹の牙に剣を合わせて進行を阻害するが、もう一匹が美少女へと迫る。


 ――ダメだ、間に合わない!!


 先程の悲鳴に怯えて人魚達が湖に帰ってしまった為、フリーになった身体で駆け出そうとするも、ずっと同じ姿勢で彼女達を抱いていた所為で、足が痺れて立ち上がれなかった。まぁ動けたところで間に合う気もしなければ、あんな魔物に敵う気もしないが、美少女のピンチに動けないのは、男として悔しい。


「任せとけ」


 一陣の風が吹いた。とまぁ、そんな比喩表現がピッタリな程の速度でグレイがもう片一方のカットラスタイガーに肉薄し、ロークン卿と同様にその牙に剣を合わせて弾き返す。


 カッコイイことこの上ないな、グレイ。


「俺も地味に訓練とかしてんだけどなぁ……」


 ロークン卿もグレイも、上手く虎を手玉に取りつつ、隙を見つけては斬撃を叩き込んで行く。グレイの方は明らかに優勢だが、ロークン卿はギリギリ拮抗しているといったところだろうか。それにしても、あんな風に戦うのは早々に諦めた身だが、やっぱり見ていると羨ましくなる。


 異世界モノの花形っていったら、剣士だもんなぁ。勇者といえば剣だし。俺は銅の剣どころか檜の棒すら貰えなかったけど……ま、無いもの強請りか。適材適所でいかして貰うかな。


「キャッ!?」


「――っと。大丈夫ですか?お嬢さん」


 逃げ疲れてか、足が縺れて倒れそうになった少女を駆け寄って支える。上等っぽいドレスを身に纏ってはいるが、それはボロボロで泥に塗れている。とはいえ、襤褸を着てても美少女は美少女だ。やんごとなきお方が云々とさっき言っていたが、この子がおそらくそうなのだろう。美少女なら美少女だと最初に言って欲しい。こちらの対応も変わってくるというものだ。足の痺れを我慢して支えるくらいなら訳も無い。


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