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家彰立つ その2


「前に言ったじゃろ。ワシの完全体があんな小娘と思ったか?安心せぇ。あんなもんよくて中間体といったところじゃ」


「――マジで?」


 というか成熟期じゃないんだな、そこは。なら完全体は遠そうだ。飛翔体とか間に来るだろうし。しかし、確かにちょっと安心してしまった……まだ夢は見れるということだ。


「マジじゃ。前に言ったじゃろ?ワシが完全体になればミアラなぞ敵でないわ」


「はぁ――、ならもっと精進しないとってことか……」


 安心はしたが、ぬか喜びの反動か少し残念だ。どうもまだまだMENを鍛えないといけないらしい。


「じゃが主様の魔力は確実に上昇しておる。正直、こんな短期間であのレベルの人化が出来るとは思わんかった」


「そう言って貰えたら、頑張った甲斐もある」


 とはいえ、先は長そうだ。


「なんじゃ?ワシの艶姿が見たくて隠れて特訓でもしとったんか?」


 艶っぽくそんなことを言いながら、人化したキツが右腕に抱き着いて頬ずりしてくる。人化するときは服を用意しろと言うに。


「残念ながら。いつも通りの精神修養とは名ばかりの雑用は欠かしてないけど、ヒミツの大特訓的なのはやってないな」


「んん?それこそマジか?」


「まぁ、精神的な負荷が特訓になるってんなら、最近色々あったけどな……」


「それは身から出たサビじゃろ。しかし今までの上昇率からして、あの出力は……――っ!主様、ど、どっか悪いとこ無いか?痛かったり、しんどかったりせんか!?無理しとらんか!?」


 突然取り乱したキツにギャグ漫画並みの速度でシャツを脱がされ、ぺたぺたと触診される。普段なら引っぺがすところだが、真面目というか鬼気迫るその顔を見ていると、下手に止めることも出来ない。


「――ん?主様、これは……」


 そう言ってキツが指をかけたのは、俺が首から掛けていたルーンのペンダントだった。


「ああ、魔王様から貰ったんだ。ルーンのお守りだって」


 と、そんな説明をしてもキツは聞いちゃいない。


「主様、マジヴァイスをペンダントに近づけてみてくれんか?」


「え?ああ……」


 真剣な顔のキツに頼まれるまま、俺は腰に着けていたマジヴァイスを胸のペンダントに近づける。と、マジヴァイス本体と赤、青、緑の三つのルーンが薄っすらと虹色の光を発する。


「なるほど。ミアラの奴、分かってやっとるんかの?」


「これって、どういう?」


「理屈は分からんが、力が共鳴しとる。おそらくあの人化の際、マジヴァイスの力をそのルーンが増幅させたんじゃろ」


「あ――そういうことか」


 そういえばあのとき、キツを人化させたとき胸の辺りが熱くなったように感じたが、どうやらこのルーンが反応していたのが原因のようだ。やっぱり、完全体になるには紋章的なものがあればいいらしい。いや、まぁ完全体にはなれなかったが、間違って骨になるよりは良い結果だろう。


「こういうマジックアイテムがあるのなら、主様の勉強が捗れば、完全体の人化も早まるかもしれんな」


「そりゃいい話だ。やる気も出るってもんだな」


 まだ初級すら脱していないのだが。とはいえ、マジヴァイスの性能を向上させられるアイテムがあったというのは収穫だ。このまま順調に勉強が進めば、コイツ自体の性能を強化させることも出来るだろう。あんまり荒事なんて起きて欲しくはないが、そうなったときに魔王様やキツの後ろに隠れて何も出来ないなどと、歯痒い思いはしなくて良くなるはずだ。


 そういえば、ペンダントにルーンは三つ……ちょっと確かめとくか。


「よし、キツ。ちょっと試してみたいから付き合ってくれ」


 キツから一歩離れ、マジヴァイスを構える。一晩ぐっすり寝たし、しっかり魔力をセーブすれば倒れる心配は無いだろう。


「いやいや、病み上がりで無理するでな――おぉ!」


 光の枕木が伸び、キツの身体が光に包まれてぐんぐんと成長していく。よくよく考えれば、前回は魔力を吸われた狐の状態からの中間体人化だったのに対し、今回は人化した状態から中間体への成長分だけだ――と、油断していたら眩暈がして慌てて魔力の供給を止める。


「大丈夫か主様!?」


「ちょっとふらっただけだって……でも、これなら今後も十分使えるな」


 目の前のキツは、しっかりと前回見た15、6歳くらいの姿に成長していて、しかも俺もまだまだ動ける程度に力が残っている。重畳というやつだ。それに、マジヴァイスを使ったときのルーンの反応もよく分かった。どうやら、三つのルーンの内、赤いルーンの宝石がキツの人化に反応しているようだ。


 さっきマジヴァイスを近づけたときは、三つとも反応してたよな……てことは、青と緑にも何かしらの力があるって考えるべきだ。俺の魔力が足りなくて反応しない?それとも、そもそも別の能力に対応したルーンって可能性もある。なら、このマジヴァイスにはもっと別の使い方があるのかもしれない。


「へへ……ヤベェな。久しぶりだわ、この気持ち……」


「――主様?」


「悪いキツ!俺先に部屋戻ってるわ!」


 ドキドキする。ワクワクする。見た目に中身が追い付いてきたのだろうか?そんな童心に突き動かされて、俺は回れ右して階段を駆け上がる。身体が軽い。


 とにかく、教科書は斜め読みだ。必要そうなとこすっぱ抜いて、色々試してみよう。残るルーンは二個。まずはコイツ等の使い道を調べるとこからだ!


 なんか、ミニ四駆に熱中してた頃思い出すなぁ。


「ちょっ、主様!?成長させといて放置プレイとか酷過ぎんか!?」


 そんな声が後ろから聞こえて来たので、ごめんキツ!と叫んでおいた。性欲を押し留める程の高揚感なんて、本当にどれだけ久しぶりだろう。今なら何でも出来る!とは言わないが、少なくとも俺の経験上、こういうときにやりたいことに手を出せば、それなりの成果が期待できる。


 そんな訳で、俺は城の中を突っ切って一直線に部屋に戻り、テキストとマジヴァイスとルーンをとっかえひっかえに、時間も忘れて勉学と実験に励んだ。そしてそんな俺がシャツを剥がれていたことを思い出したのは、日が暮れて涼しくなって来たときだった。


 俺めっさ城の中裸で走っちゃったよ……


 ***


 テキストのページをパラパラと捲る。魔法現象の関数化の法則と、デバイスへのインプット方法は何となく分かったので、今は欲しい現象を起こす為の式を探しているところだ。


 こうして目的を持って調べていると、基礎から必死に頭に叩き込もうとしていたときよりも脳が働き、回路の作成方法が朧気ながらに見えて来る。よく漫画で、魔法とはイメージが大切なんだ!とかやっているが、この魔法道具というものに関しては、そんな抽象的なものではない。最初、テキストを読んで基礎を勉強していたときは、昔齧ったプログラミングに近いものだと感じていた。だが、改めて今近い物を挙げるとすれば、これは音楽の楽譜だ。プログラムのように、そこに辿り着く手段がいくつもあるものではない。


 この魔法道具作成というのはただ一つ。ただ一つの正解を奏でて初めて力を発揮するものだと解る。


 ギターやらドラムやらキーボードやら、んなもんを奏でることなんて出来ん。でも、それを奏でる物を作るだけなら、今の俺になら出来る。木を削り、石を削り、宝石を加工する。無駄に最高値が出たDEXの力を遺憾無く発揮し、魔王様から貰った工具を振るい、道具を作っていく。


 プラスチックとかFRPとかがあれば最高なんだけどな……テンションが上がるという点では、超合金でもいい。マジヴァイスは持っている感じ鉄製のようだし、もっと加工しやすくて丈夫な――真鍮とかホワイトメタル辺りの金属があると嬉しいな。何をどうやって作るかは知らんが。


 こういうとき、異世界に来るような主人公なら鉄の作り方とかデフォで知っていたりするんだろうが、残念ながら俺はそんな万能ではない。というか、基本的にそんな日常生活において雑学にしかならないようなことを実用レベルで知っている等、ありえるはずがない。雑学など、合コンの席で女の子の気を引ける程度に知っていればそれでいいのだから。


「いや、よくよく考えたら鍛冶場のトリネルさんに加工しやすい鉄が無いか訊けばいいのか……」


 ――よし!思い立ったらすぐ行動!!


「もうとっくにトリネルも窯の火を落としてますよ」


「今何時じゃと思っとるんじゃ。夕飯にも顔を出さんと」


「よぉ、家彰。知恵熱で寝込んでるかもって話だったけど、大丈夫そうだな」


 椅子を蹴飛ばして立ち上がった俺を止めたのは、タイミングを見計らったように部屋に入って来た魔王様と狐に戻ったキツ、そして竜牙だった。てか誰が知恵熱で寝込むか。


「あれ?もうそんな時間?」


 窓の外を見ると、とっぷっりと日が暮れ――というか闇一色だった。


 時間忘れて夢中になるなんてな……銀の玉弄りでも、ここまでの長時間は無かったか。いや、けして毎度即負けていたという意味で無く。


「そんなに勉強に集中してるなんて――これは?」


 俺の作業する机の上を見た魔王様が、ソレを手に取る。手に取ると簡単に書くが、マジヴァイスより大きなソレは、大の男の握り拳くらいのサイズがある。


「よぉこんな木っ端使ってここまで作ったの」


「何だ?オカリナか?」


 竜牙が言ったように、魔王様の手にあるのはオカリナに見えなくもない。とはいえそれは形状だけの話で、指で押さえる丸い穴が開いているわけでもない。トトロが吹いていたような卵型の形状をした木製品に、吹き込み口っぽい突起が付いているというだけだ。この突起も、作業中に持ちやすいようにグリップとして残していただけで、穴は開いていない。


「一応、ルーンとマジヴァイスの接続を効率化する為の装置になってるはずなんだ」


 魔王様からソレ――ルーンスキャナー(仮)を受け取り、側面に開いたスリットにペンダントから外した赤いルーンの宝石を差し込む。我ながらピッタリだ。


「お前、アニメに影響され過ぎだろ……いや、完全体にゃなれそうだけど」


「だろ?でもこんなおふざけアイテムでも、理屈の上じゃちゃんと動くはずだ」


 苦笑する竜牙に、ちょっと得意な気持ちを隠し切れずルーンをセットしたルーンスキャナー(仮)を見せびらかす。


「まぁ、実際そのルーンの力で主様から流れて来る魔力が変質したのは事実じゃし、それを更に仲介して収束、洗練出来るなら、完全体になることも可能やもしれんな」


「でも、大丈夫なんですか?魔法道具のことはよく分かりませんけど、いきなりそんな複雑そうなものを作って……」


 興味深げなキツとは対照に、魔王様は不安そうだ。


 まぁ、こんな本格的な物をいきなり、しかも一気に作り切るとは俺自身も思わなかったからな……とはいえ、失敗を恐れていては前には進めない。こういうのは、とにかく作って作って経験値を上げるに限る。


「ま、案ずるより産むが易しってヤツだ。ほぼ木製の試作品だけどキツ、試してみないか?」


「ワシは良いが――大丈夫なのか?昼間にも一回使っとるが」


「大丈夫大丈夫。もう回復してるって!」


 心配してくれるのは嬉しいが、この通り俺の身体はピンピンしている。ということで、装置を握る手とは逆の手でマジヴァイスをキツに向けて発動させる。


「おお!これ、ホントに完全体に――」


 普段よりワントーン高いキツの声に手応えを感じたそのとき、俺の手にある装置から白い光が幾筋も漏れ出した。


 あ、ヤバい……どうしよう。


「あ――発明には付き物だもんなぁ……」


「なこと言っとる場合か!!」


 竜牙の妙に感心したような言葉に、魔王様がツッコミを入れつつ両手に黒い瘴気を纏わせる。


「主様!早よソレ窓から放れ!!」


「お、おう!!」


 キツに言われて今更ながらにそれが一番手堅い策だと判断し、俺は風を入れる為に開けっ放しになっていた窓に向けて装置を投げた。それと同時に、魔王様の障壁が俺達を包み込む。そんな障壁の内側から俺は見た。


 全力で投げた装置の形状の所為か、それとも俺がただノーコンだったのか、そこそこ大きな窓に向けて投げた装置は窓枠に直撃し――


「「「「あ」」」」



 ドッカ~ン!


 毎度の爆発音と共に、文字通り部屋が吹き飛んだ。



「こりゃまた、派手に吹っ飛んだなぁ……」


「出力だけは一丁前じゃの……」


 竜牙とキツはどこか遠い目で、吹き抜けになった部屋から星空を見上げている。パラパラと、天井から瓦礫の欠片が降って来た。最上階の角部屋だったのが唯一の救いだろうか?上の階の部屋が崩れて来ることはない。屋根ごと吹っ飛ばしたが……


「家彰さん?」


「は、はい!」


 ポンッと、肩に手が置かれた。俺を呼ぶ声に、感情が無いのが怖い。だから振り向いて顔を見るのも怖い。


「修繕、お願いしますね?」


「イエス、マム……」


 今後、見切り発車は絶対にやめよう……


 その後、俺とキツは魔王様の部屋で夜を明かし、翌日から吹き飛ばした部屋の修繕作業に従事するのだった。


 ***


 家彰達が部屋を吹き飛ばしたのと時を同じくして、マナカ山脈に隣接するウ国より、一人の王女が城へ侵入した賊により攫われた。


 魔道世紀0079。四季のあるこの大陸において、実りの季節を目前に控えた、満月の夜の出来事であった……


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