闘え竜牙!異世界がリングだ その2
リムの先導で、森の中を進んでいく。時々柔らかい足場にふらつきながらも、スイスイと進んでいく彼女になんとかついて行く。
流石、八本も足があると安定してるな。昔やったゲームの脚部パーツの地形相性思い出すわ。
そこから本当に数分くらいだろうか?森の木々が途切れるとかそういう分かりやすい変化は無い。が、目の前に沼が出現した。
沼といっても、郡生する蓮の葉のような植物の間から見える水面は透き通っていて、底に泥が堆積しているのが分かる。澄んだ沼、とでも言えば伝わるだろうか?それがキラキラと木々の間から降り注ぐ木漏れ日を反射して、輝いている。
「――スゲェな……」
思わず、そんな率直な感想が漏れた。思っていたよりもずっと幻想的な風景だった。
「でしょ?ここにいると、考え事とか悩み事とか、どうでもいいことだって思えるの」
そう言ってリムはグッと伸びをして、肩から掛けていた鞄からピクニックシートを取り出す。そしてある程度しっかりした地面の上に広げてその巨体を落ち着かせ、足の一本を使って隣に座れと促して来る。
「なら、お邪魔しますっと。で?今日ここに来たのは悩み事か?それとも考え事か?」
つまり、どっちかってことだろ。
「どっちも、かな……悩みって抱えてると、考え過ぎちゃうのよね」
「いや、それが分かってんなら、ここ来て忘れるより、誰かに相談した方が良くね?」
悩みなんてものは、一人で考えても解決しないから悩みなんだ。それくらい俺にも分かる。
「簡単に言ってくれるわね、ホント……でも、それが誰にも話せないような悩みだったら?丸めて屑籠に捨てるしかないじゃない……」
「誰にも話せないような悩みなぁ……まぁ、そういうのもあるか。だったら、俺じゃ力になれねぇか?城の連中よりは話しやすいんじゃねぇか?そういうの」
そういう悩みは関係無い第三者に相談してみるのが一番だ。が、そんな俺の提案に、リムは盛大に溜息を吐いた。
「――ふぅ、何言ってるのよ。今やアンタもその城の連中の一人じゃない」
「そう言って貰えると嬉しいような何と言うか……このタイミングだと複雑だな」
受け入れて貰えているのは素直に嬉しい。が、アンニュイな表情を見せる美女の力になれないというのは、やはり少し悔しい気がする。
「ふふ、正直ね。何か羨ましいわぁ。ねぇ、竜牙君は何か悩みってないの?」
「え?俺?悩みねぇ……まぁ、悩んでたから俺もあそこに居たってかな……」
他人に話すのは少し抵抗があったが、相手に悩みを打ち明けろと言った手前隠すのもどうかと思ったので、最初特訓していた経緯を話す。
「戦って負けたから特訓かぁ。男の子ねぇ」
そこはかとなくバカにされている気がしないでもないが、実際意地張っての行動なのは否定出来ない。シュバルツは今や仲間なわけで、脅威というわけではない。
うん、完全に意地だよな、コレ……
「まぁ、そんな感じだわ」
負けてはないけどな。属性的に勝ってたのに、相打ちになったってだけだ。
「まぁまぁ、悩みって人それぞれだから」
笑いをかみ殺して言うセリフではないだろう。いっそ普通に笑ってくれ。
「――で?リムの悩みはどんな悩みなんだ?」
俺もこんな微妙な思いをしたのだ。正面切って訊いてもバチは当たらないだろう。
「ん――そうねぇ……ねぇ竜牙君。お弁当、食べない?」
いつの間に蜘蛛の腹から外したのか、大きなバスケットをピクニックシートに置いて開く。中身はピクニックのお手本のようなサンドウィッチが詰め込まれていた。
「――食べる」
何も奇をてらうことはない。普通に美味しそうだ。それを見た瞬間、腹の虫まで鳴り出した。
「素直でよろしい」
それから俺とリムは、幻想的な沼の景色を眺めながら、気分を切り替えてどうでもいい会話を交わしながら、昼食を楽んだ。
***
――どうした?
バスケットの中が空になり、食後のお茶を飲んでいると、突然森中の生き物の声が途絶えた。
「嫌な空気ね」
ポツリとそう言って、リムは鋭い目つきで周囲に視線を走らせる。
「ああ……さっきのこともあるし、警戒した方がいいだろうな」
立ち上がって剣を抜き、俺も周囲の気配を探る。
三方向から、か……
また統制の取れた動きだ。しかもそれぞれの魔力派は、それらが別種の魔物であることを示している。
どうなってんだ今日は……
「私じゃ良くて一匹引き付けるのが精々か……二匹任せても大丈夫?勇者様」
「ああ、二対一くらいなら楽勝だ」
まだ奴らとは距離がある。なら、先手必勝だ!
「ブレイブスラッシャー!!」
剣に魔力を込め、遠距離攻撃を敵が潜む草むらに撃ち込むと、そこから飛び出してきたのは二つの頭を持った黒い毛並みの狼だった。
ツィンウォルフだったか……闇の属性攻撃が出来たっけな。
着地したツィンウォウフが、狼らしい遠吠えをすると、ガサガサと二か所の草むらから魔物が姿を現した。
「マッドリザードと、アーマースコーピオン……」
全長二メートルはある巨大な黄色い蜥蜴は、マッドリザードという噛みつきと毒が危険な魔物だ。そしてそれに負けず劣らずの巨体を持つ灰色の蠍がアーマースコーピオンと言い、固い殻と猛毒が厄介な魔物だ。
「蠍に近づくのは自殺行為だし、あれを私が引き受けるっていうのでどう?」
「なら俺は、犬と蜥蜴か。分かった、なら頼んだぜ!」
言って、俺は柔らかく頼りない地面を蹴り、剣に魔力を流しながら動きの遅いマッドリザードへと駆ける。そんな俺の行動に気を取られた魔物達の内、アーマースコーピオンは次の瞬間には伸ばされた蜘蛛の糸に尻尾を拘束された。
巻き付けるでもなく、粘性の糸を撃ち出して付着させるだけで拘束するアラクネの技は、いつ見ても怖い。あの後丹念にグルグル巻きにされ、完全に抵抗できないようにされてしまい、巣に引き摺り込まれてしまうのだと、以前敵のアラクネと戦ったときシーナが説明してくれた。
あれなら、俺が戦う必要なんて無ぇんじゃ――っと、こっちはこっちの戦闘に集中しねぇとな!
「行くぜ!ブレイブスラッシャー!!」
アッパースイングを意識し、地を這うマッドリザードを狙う斬撃を放つ。が、流石蜥蜴といったところか、非常に速い動きで斬撃を回避し、仕返しとばかりに紫色の毒液を吐き出して来る。
――狙い通りだ!
俺はそれを思いっきり跳躍してかわし、それにより後ろから迫っていたツィンウォルフが飛来する毒液にたたらを踏んで止まり、慌てて回避する。
さて、毒液の連射は出来なかったよな!お前はよぉ!!
慌てて逃げようとするマッドリザードだが、もう遅い。俺から逃げようと、既に射線に捉えている。投擲した剣がその背に突き刺さり、一旦着地した俺はその柄に手を伸ばす。
「ランドクラッシャー」
ザクっと、剣が貫通して地面に突き刺さり、そのまま剣身から放たれた魔力がマッドリザードを真っ二つに裂いた上に、周囲を陥没させた。
さて、次はわんこの相手だ。
蜥蜴が倒れたことで警戒しているのか、ツィンウォルフは低く唸ってこちらを睨むだけで、襲い掛かっては来ない。相手がチームで攻めて来るなら、速攻でコンビネーションを実行不能にし、ついでに仲間の死を以て相手に恐怖を刻む。今回みたいな少数対少数で戦うときの俺のセオリーだ。
「やるじゃない!さすが勇者ね」
そんな声に視線だけを動かして見ると、リムとアーマースコーピオンの戦闘は膠着状態となっていた。粘性の糸だけではなかなか蠍の動きを止めきれず、その針を恐れて常に距離を取るリムと、接近しないとまともに戦えない蠍という組み合わせの所為だ。
まぁ、足止めしてくれてるんだから文句はねぇよ。
――グルルル……
身を低くし、ツィンウォルフは今にも飛び掛からんという姿勢ではあるが、動かない。相当こちらを警戒しているらしい。
来ないなら、こっちからだ!
「ブレイブスラッシャー!」
剣を振るい、飛ばした斬撃を駆け出したツィンウォルフが避ける。だが、相手から近づいては来ない。あくまで距離を保ち、俺を中心に円を描くように走る。
警戒し過ぎだろ……でも、俺は面倒なことが嫌いな質でな!
「フォトンファランクス!!」
剣身を銃身に見立て、光弾の弾幕を形成するスキルだ。魔力商品が大きい上にさしたる威力も無く、目眩し程度の効果しかないが、これなら確実に捉えられる。走るツィンウォルフに剣身を合わせ、程なく光弾がその身を捉え、小突かれるのを嫌がった狼がたまらず上に飛び上がって逃げる。
「待ってたぜ!」
スキルの連射が出来れば、ここでブレイブスラッシャーを撃ち込むところだが、それが出来ない以上、俺は全力で地面を蹴ってツィンウォルフへ肉薄し、剣を振るう。が、浅い。
だが――っ!!
ブレイブスラッシャーを撃ち込もうとしたとき、着地した奴の後ろにリムがいるのが見えて、咄嗟に技名の発声を呑み込む。
――偶然か?つっても、他種族間の連携を取るような奴が手負い……どんな手を使ってくるか……
グルルル……!
相変わらず、ツィンウォルフの表情は変わらない。もちろん、両方の顔がだ。腹が裂けているにも関わらず、冷静に立ち止まり、こちらを睨んでいる。
普通なら、逃げるよな……でも後退すらしねぇ。やっぱコイツ等、何かあるな……
「ちょっと、竜牙君、まだ!?」
リムもそろそろキツイか。何度も粘糸を飛ばしてアーマースコーピオンを拘束しようと試みるが、力が強く鋏を持つ蠍の抵抗にプツプツと、拘束するそばから糸が千切られていく。
シーナの知識も当てになんねぇな。
「――仕方ねぇ。リム!狼の動きからも目ぇ離すなよ!」
あんまり時間をかけるのは無駄に精神に来そうだ。なら、ここは一気にけりを付ける!!
俺は一直線に狼へと駆ける。と、狼は距離を取るように後ずさる。が、生き物というのは基本的に前進に比べて後退は遅い。大方リムに近づいて攻撃を制限させるつもりだったんだろうが、残念ながら遅い。
来世はザリガニにでも生まれるんだな!
「シャインスラッシュ!!」
今度は外さない。真正面から首と首の間を狙い、二枚におろした。が、
――ウォォオオオオォォォォォォォォン……
最後の断末魔の遠吠え。それが、どちらの首が発したものかは分からない。それに弾かれたように、アーマースコーピオンがリムへ向けて飛んだ。とはいえ、拘束されたその身はマトモに動くことは出来ないだろう。だが、一撃を加えることくらいは出来る。その一撃が蠍の尾によるものなら、それだけで十分だ。猛毒とは、そういうものだ。
「うぇ!?ちょッ!?」
「――んにゃろッ!!」
やっぱりスキルの連射は何とかしないといけない。相手が残り一体でなければ使えない手だった。
「――きゃっ!」
リムの目の前。俺が咄嗟に投げた剣が、蠍を傍の木に縫い付けていた。
「まだ気ぃ抜くんじゃねぇ!!」
「――へ?」
足から力が抜けて、巨体故かドスンと重い音を立ててへたり込む彼女に、蠍の尾が迫る。が、俺の方が早い!
若干変則的だが、城の床にだって使えたし、木にだって使えるはずだ!!
「ランドクラッシャーッ!!」
剣の柄に指が触れた瞬間、魔力を流す。縫い留めた木ごと、蠍が爆散し、最後にメキメキと音を立てて木が倒れ、木の葉が舞った。
「えっと……ありが――とう?」
「ま、勇者だからな。しっかし、酷いことになっちまったな……お気に入りの場所」
リムの頭に乗った木の葉を払って辺りを見渡すと、沼地は戦いの余波でズタボロになってしまっていた。水面は荒れ、倒木もある。何となく八割が俺の技の影響な気がするが、何かを守りながら戦う代償とは、得てして大きなものなのだ。昔行った市街戦では、家の一つや二つの倒壊は当たり前だった。
まぁ、あれはお偉いさんが金出して直してくれたけどな……
「ああ、それは大丈夫よ。ここは魔のマナカ山脈だもの。何日かすればしれっと直ってるはずよ」
宇宙戦艦の第三艦橋みたいだな。
「スゲェな、魔の山脈……なら、ここはさっさと離れた方がいいだろ。またあんな妙な魔獣が出たらマズいし。俺の魔力も、もう殆ど残って無ぇしな」
「妙な魔獣?」
「ああ。あの魔獣共、妙に連携が取れえてた……何か、誰かに操られてたみたいだ」
「何それ……怖いこと言わないでよ」
「まぁ、これが思い過ごしかどうかはいいとして、とにかく戻るぞ」
自らの肩を抱いて、ぶるりと身を震わせるリムを促す。正直少し休みたいところではあるが、またあのレベルの敵に遭遇した場合、彼女を守り切れる自信が無い。
「――そうね。何となく、悩みも晴れた気がするし」
「ああ、そういや悩みって何だったんだ?」
そういえば、弁当の誘惑に負けて有耶無耶になったままだった。
「ふふ、ヒミツよ」
「まぁ、決着ついたんなら何でもいいけどな」
俺達は、そんなどうでもいい話をしながら、魔王城への帰路に就いた。その最中、
――ん?
何か視線のようなものを感じた気がしたが、魔王城までの道のりで、俺達が魔獣に襲われることはなかった。




