第一挿話 闘え竜牙!異世界がリングだ その1
相変わらず陰気臭い森だ。そんな中で、俺――不知火竜牙は剣を構える。
「――さて、たまにはな」
剣に魔力を流し込むと、剣身が金色に輝き、暗い森の中で、俺が立つ周囲だけが明るく照らし出される。この剣はエクスデュラテインという、一応俺の愛剣だ。正直言って光っているこの状態は、いつ見ても安っぽい玩具みたいでちょっと恥ずかしい。せめてもうちょっと光る色を変えられないものかと思うが、色々と試したがどうしようも無かった。
かといって、結局コイツ以上に俺に馴染む剣も無ぇしな――っと、今は集中しねぇとな。
「ブレイブスラッシャー!」
もう握ることの無いあのバットの感触を、今握る愛剣と重ねてフルスイング。剣戟の延長線上に金色の三日月が飛び、目の前の大木を斬り倒す。
威力は衰えては無いか……ならこの前の、シュバルツの力は本物だってこった。あのとき、俺とアイツの力は完全に拮抗してた。闇の属性のアイツの攻撃に対して、有利な光の属性の俺の技が……
ここ最近の弛みの確認は、この一発でいいだろう。魔王討伐とお姫様の救出などという目的も無くなり、殆ど剣を振るっていなかったが、技の感触は以前と変わらなかった。
雑魚相手に無双して、図に乗っちまってたか……
「――っらぁ!」
背後から迫って来た殺気に、反射的に剣を振りぬいて両断する。真っ二つになって地面に転がったのは、全長2mもある巨大なサーベルタイガーのような魔物だった。
見た目だけなら、コイツの方が人間より数倍は強そうなんだがな……
「たしか、カットラスタイガーとか言ったか」
番で行動することが多い魔物だったはずだ。それにしては、もう一体の気配が……
「キャァァァアアアアアアアア!!!???」
絹を裂くような悲鳴とは、こういうものを言うのだろうか?しかも、その声には聞き覚えがあった。
いやいやいや、んなことより助けに、だな!
悲鳴の聞こえた方へ駆けて行くと、思った通りの人?が、多種多様な魔物に囲まれていた。
「リム!伏せろ!!」
「――っっ!」
俺の声に咄嗟に反応したらしい。顔見知りが上体を思いっきり伏せたのを確認し、俺は先程一人で試した時の要領で愛剣に魔力を注いでフルスイング。
「ブレイブスラッシャー!」
打ち出された三日月が、進行方向にいる魔物の首を刈り取っていく。全部で10体近く居たであろう魔物のおよそ八割の首が落ちる。残ったのは3体。脳細胞を総動員して、シーナやロベルトが言っていた魔物の名前を思い出す。
え?ジャック?アイツは敵の名前なんて覚えねぇよ。殴って蹴って、倒すしか頭に無ぇし。
確か、ドリルっぽい角が生えている大型犬サイズのウサギがドリルラビット。角が燃えてる鹿っぽいのがファイアディアー。さっきから身体中の毛が静電気で逆立ってるような猿がエレクトリックエイプだったか。どれもマナカ山脈の深部――要するに魔王城周辺を根城とする、高レベルモンスターだったはずだ。
つっても3体なら、俺だけでも戦えるか。お誂え向きに、奴らの注意も俺に向いたっぽいしな。
俺は一番近くにいるドリルラビット目掛けて踏み込み、剣を振り下ろす。が、それは割り込んできたファイアディアーの燃える角に弾かれてしまう。しかもそれと同時にエレクトリックエイプが顔面目掛けて突っ込んでくる。
「させっかよぉ!!」
俺は咄嗟に剣を振り切った腕に力を籠め、返す刃で迫り来るエレクトリックエイプに反撃する。と、その突き出した右腕を斬り飛ばされたエレクトリックエイプがそのまま俺とすれ違うように後方へと逃れ、その後ろにいたドリルラビットの回転する角が剣を振り抜いてがら空きにあった右わき腹を抉る。
「――ぐがっ!?」
嫌な具合に鎧が拉げた。城の外に出るときは一応フル装備にしておけという魔王の言葉を守っていたのは正解だった。生身で喰らっていたら、間違いなく致命傷だ。
「竜牙君!」
「隠れてろ!!」
俺を呼ぶ悲痛な声に一喝で返し、再び剣に魔力を注いで追撃を受け流し、かわし、反撃する。角を捌けばドリルが迫り、それを避けると帯電した腕が伸びて来て、次にそれを捌くとまた角とドリルが迫る。行きつく暇もないラッシュに、ギリギリで縋りついていく。
コイツ等、種族が全く違うにも拘わらず、やけに連携が冴えてやがる……いや、それこそまるで訓練でも受けたようなコンビネーションだ。高校生のとき、甲子園での9回の裏、俺を喰った野手共を思い出す。
だが、残念だったな。この世界に来た際に設定されたステータスは、元の世界のステータスにプラスされる形で顕現する。中学一年の時、野球部の代走として起用されていた俺は、速力だけでなく、相手の巧みな中継プレイの裏をかく訓練を積んだ。結果、レギュラーとなった後もギリギリの盗塁をいくつも成功させ、会社のチームに入ってからもその能力を遺憾無く発揮し、スラッガーとしてのエースは譲ったが、得点率ではチームで三本の指に入った程だ。
そんな俺に、付け焼刃のコンビネーションが通じるはずが無ぇんだよ!!
誇れるような経歴ではないが、それでも今この時アイツを守る為なら、俺は全力を尽くそう。
「――喰らえ!ブレイブスラッシャー!!」
金色に輝く剣を敵目掛けて――ファイアディアー目掛けて振り抜くと、金色の三日月が鹿の首を斬り飛ばそうとしたとき、その首が下げられ、複雑に枝分かれした角の一部を斬り飛ばすのみに終わった。しかも、そのままこちらへと突っ込んで来やがった。
「――うお、マジか!?」
なんてな。さっきのブレイブスラッシャーが避けられた時点で、お前らの動きは大抵読めてんだよ!
ファイアディアーの突撃を跳躍でかわすと、そこに片腕になったエレクトリックエイプが突っ込んでくる。
だからそれも読めてんだよ!!
ファイアディアーの身体で燃えているのは角と蹄のみ。ならばその突進を読んでいれば、その背を蹴って更に跳躍することも可能だ。俺は再跳躍によってエレクトリックエイプをかわし、剣に魔力を込める。
次弾の発射可能まで、あと3、2、1――よし!
後方に抜ける二匹の魔物が俺の対角線上に位置したとき、再びスキルを発動した。
「ブレイブスラッシャー!!」
打ち出した三日月が、射線上のエレクトリックエイプとファイアディアーの胴体を真っ二つに斬り裂く。ここまでは計算通りだ。だが、ここで誤算が生じた。連続撃破によって崩れると想定していたこの連携。だが、最後の一体であるドリルラビットは逃げ出すどころか、俺の着地を待ち構えるかのように見上げてくる。どこまでも冷静。それはもう、獣と言って良いのか分からない。
このままだと、着地点で狙われる……ブレイブスラッシャーをもう一発撃つには時間が足りない……連射力の低さを以前指摘してきたのはロベルトだったっけか?もうちょっと俺も素直にならねぇとな!
そんなことを考えている内に、ドリルラビットはもう射程圏内だ。おそらく、今俺が仕掛けたとしても、奴はそれをかわしてカウンターを返して来るだろう。なら何も仕掛けない?いや、目には目を、歯には歯をだ。相手がカウンターを狙うのなら、こちらもカウンターを狙おうじゃないか。
――そこだ!!
剣を横一線に振り抜く。こちらから仕掛けなかった場合、奴は着地の瞬間の無防備になる瞬間を確実に狙ってくる。俺の両足が体重を受け止める瞬間。受け止めてからではマトモに剣を振ることは出来ない。だからこの着地の瞬間に振り抜くのが正解だ。そして、その瞬間を狙っていたであろうドリルラビットを――
「んなっ!?」
止めと放った斬撃は空を斬った。剣を振り抜き、しかも着地で膝が沈み込む。そんな俺に向け、万全な状態で跳躍したドリルラビットが突っ込んでくる。カッコ良く助けに来たつもりが、随分無様な負け方だ。
――相手の狙いは頭……最悪兜で受けられるか?いや、あんなもんの直撃、耐えたとしても脳震盪で……
「そのまま迎撃しなさい!!」
思考が袋小路に陥ったとき、そんな指示と共にドリルラビットが空中で勢いを減じ、最終的に俺の目の前で一瞬静止し、重力に引かれて落ちる。
「ナイスアシスト!!」
その隙を逃すはずも無く、俺はドリルラビットが着地するより先にその身を両断した。
「――ふぅ……マジで危なかった……助かった、リム」
「もう、心臓に悪いわよ……」
そう言って、先程まで隠れていた木に寄りかかって安堵の溜息を吐くのは、魔王城で服飾部門を担当しているアラクネのリムだ。初めて見たときはビビったものだが、巨大な蜘蛛の、本来目が密集してある部分から人間の上半身が生えているという異常な見た目も、慣れてくるとそういうものかと受け入れられるのだから、人間の適応能力というのは侮れない。
まぁ、この耐性はあの邪神を見た後だからってのもあんだろうけどな……
家彰によると、本来の虫とは違い、コミュニケーションが取れるという点で、何を考えているか分からないという恐怖をそもそも感じない為、根本的にあの不快害虫とは受ける印象が違うのだそうだ。
アイツ、適当に見えて、割としっかり理屈考えてるよな。
「悪ぃな。カッコ付けたわりに、何とも締まらねぇ」
「ううん……カッコ良かったわよ。ありがとう、助けてくれて」
「まぁ、知らねぇ仲でも無ぇからな……」
下半身に目を瞑れば、リムは美人の部類だ。スタイルも良いし、結い上げられたブロンドの髪に、垂れ気味の目尻が色っぽい。そんな相手に笑顔で礼を言われると、どうにも調子が狂う。毎度魔王とイチャついている家彰も、こんな気持ちなのだろうか?
「ふふ、魔物に襲われて勇者に助けられるなんて、何か変な気分ね」
そう言って苦笑する姿は割と絵になる。が、魔物が魔物に襲われているという絵面はなんとも言えない間抜けさを感じてしまう。しかし一言に魔物と言っても、知能が高く他種族間でコミュニケーションを図ることが出来る種を叡魔、そして通常の獣のように同種の群れ、もしくは単一でのみ行動し、言葉を解さない種を魔獣と呼ぶらしい。
まぁ、この呼び分けを使ってるのは叡魔を名乗る魔王やリム達、魔王城の面々だけで、人間からすると十把一絡げで魔物だ。
とはいえ、こうやって話して一緒に過ごしていると、叡魔と魔獣の差は分かりやすく見えて来て、確かに呼び分けが出来ないと不便だと感じる。
「違ぇねぇな。つっても魔王があんな感じだし、たまには良いんじゃねぇか?」
「そうね。最近の魔王様は楽しそうだし、私も嬉しいわ。まぁ、魔王らしくはないんだろうけど、つまらなそうに人間を飼っていたときよりずっと良い」
リムはまるで子供の成長を見守る母親のように目を細める。そういえば、魔物にも年齢という概念はあるのだろうか?気にはなったが、何となく女性相手となると聞きにくい。城に戻ったら兵士の誰かに会ったら聞いてみよう。
にしても、人間飼うって……そういえば、村やら町からイケメン攫って集めてたんだったな。突き破った壁からわらわら逃げ出してたっけか。魔王でも変われば変わるもんだ。てか家彰すげぇな。
「そういえば、リムはなんでこんなとこに?」
ここは魔王城から少なくとも1キロ程は離れている。特訓をする上で、ランニングがてらしっかり距離を取ったので、それくらいのはずだ。しかも、大技も試すつもりだった為、周囲に何も無いことは確認済みだ。そんなところに、服飾職人のリムがいるのは何故だろう?
まぁ、こんな妙な場所でこんな妙な魔物どもが湧き出てきてるし、何かに誘われたとかか?リムだって魔物だしな……
足元に散らばる死骸に目をやると、丁度傍に先程両断したドリルラビットの上半身が転がっていた為、剣を突き立てて根元の辺りから角を折る。
コレ、たしか武器の材料として高く売れるんだよな。
「この先にある沼が綺麗で、オフの日はよく行くのよ。ほら、お弁当」
そう言ってリムは蜘蛛の腹の上に乗せていたバスケットを見せる。ベルトで固定されているのはいいが、どうやって取り付けたんだろう?どう考えても自分の手は届かないだろう。誰かに結んでもらったのだろうか?
「おぉ……デケェ弁当箱だな。てか、沼が綺麗って想像つかねぇな」
沼って言うと、ドス黒くて底なしのイメージしかない。
「ふふ、まぁ人間が綺麗って思うかどうか分からないけど、良かったら一緒に来る?助けてくれたお礼に、お弁当一緒に食べましょ?」
「そういや、そろそろ腹減る時間だな……お言葉に甘えさせて貰うわ」
リムに誘われて初めて、そういえば昼飯の用意を忘れていたことに気づいた。今度からは気を付けよう。
「じゃあ決まりね。少しの間湿原が続くから、足下には注意してね」




