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地下から来るもの その2


「分からん。かといって、あそこに近づくのは危険過ぎる。彼奴はイタかったが、実力は本物じゃった」


「だよなぁ……つっても、助けに来てくれたのに放っておくわけにもいかねぇだろ」


 流石にそれはクズ過ぎる。とはいえ、シュバルツの必殺技で倒せなかった相手に対して、俺が出張ってどうこう出来るわけがないのも分かり切っている。職業勇者なのにムーブが完全に村人な辺りに泣けてくる。


「とにかく、助けを呼ぶんじゃ。あのご神体を中心に展開する結界がある内は、待っとっても誰の助けも期待出来ん」


「――結界とかあんのか」


 キツの言う結界が俺の想像と一致しているかは定かではないが、おそらくその口ぶりからして、効果範囲内の音とか光が外に気づかれないようになっているのだろう。よくよく考えれば、さっきから一階にいるのに扉の修理工事の音が聞こえて来ない。


 なら、助けを呼びに行くしか……でも、シュバルツは……


 俺の力が及ばないのは分かり切っている。助けを呼びに行くのが最善だということも分かった。でも今行けば、シュバルツの生存確率が上がるかもしれない。そんな甘い考えに、足が鈍った。


「危ない!」


 俺の腕から抜け出したキツが、俺のすぐ足元にまで迫っていた触手を叩き落とし、更にもう一本追い打ちをかけるように迫って来る触手を、尻尾に纏った炎を飛ばして迎撃する。が、


「――かはっ!!」


 人化していなくて威力が乗っていなかったのか、それとも触手が水っぽかったからかは分からないが、炎を突き破ってそのまま伸びてきた触手に弾き飛ばされ、キツが廊下を転がっていく。


「キツ!くっそがッ!!」


 また追い打ちをかけようと、俺を無視してキツへと伸びる触手を力いっぱいに踏みつけるが、触手は柔らかく形を変えるだけで、断ち切ることは出来ない。が、どうやら触手の注意をこちらに向けることは出来たようだ。


 ――さて、勢いだけで動いたわけだけど、どうするか。


 俺が踏んだ触手が弧を描いて旋回し、先端をこちらに向けて戻ってくる。そんな脅威から逃げようとしたところ、先程キツが打ち落とした触手に足を拘束されて、バランスを崩したところをそのまま成す術無く二本の触手に拘束されてしまった。


「主様!!」


「ヤッベ……!」


 キツは先程の一撃で想像以上にダメージを受けているようで、立ち上がれないようだ。しかも彼女曰く、この周辺には結界があって、助けは望めない。


 ――即行、詰んだかな?


 俺はそのままウインチで巻き上げられるように、ズリズリと階段のある部屋へと引き摺り込まれていく。


 今俺が持っているのはキーホルダーのナイフと、マジヴァイスくらいか。流石に今回は前の時みたく、ちょっとした思い付きも無い。シュバルツも、キツも倒れた。


 ――いや、マジで詰んでるよね、コレ。


「いやいやいやいや、俺一人で勇者倒した相手と戦えるわけなくね!?」


 そんなことを言ったところで、誰が答えてくれるはずもなく、俺はついに部屋の中へと引き摺り込まれてしまう。救いと言えば、部屋の隅に転がされた粘液塗れのシュバルツが、どうやら息があるらしいことだろうか。巻き込んで死なれては寝覚めが悪いというものだ。


 拘束されたまま、俺の身体は胎児へと近づいて行き、ついにその異様が目の前まで迫る。巨大な胎児は目も瞑ったままにも拘わらず、見られていると感じてしまう。だが、そこにある感情は読み取れない。俺は最初のときと同じように、もう一度ギリギリ動く腕を使って、ナイフを取り出して臍の緒に振るう。が、やはり切れることなく弾かれてしまう。


 まぁ、そうだよね!


 そんなどうしようもない状況で、目の前の胎児がその正中を割くように、ガバッと開いた。これは、口だろうか。まるで、胎児の形をしたハエトリグサのようだ。MENを中心に鍛えた所為か、敵の全容が分かってからというもの、割と冷静な自分がいる。


 といっても、冷静に考えて打つ手なし。それが分かっちゃった今、抵抗する意味が見出せなくなってるのが問題だよな。足掻かないと起こせる奇跡も起こせん。と、分かっていても手が無いってなぁ……


 そんなことを考えている内に、バクッ!とハエトリグサ胎児スライムに取り込まれてしまった。


「――……」


 水に潜ったときと同じように、息を止めて耐える。これでどうにかなるのは一分弱だ。ここでどうにか出来るか?出来るわけがない。


 ――うわっ!?これ、マジヴァイス使ったときみたいな……あそこまで急激じゃないけど、魔力が吸われてるっぽい……まぁ普通に考えて、魔力吸われて死ぬ前に窒息するけどな、この状況。


「――!!」


 ダッシュ多いな、さっきから。動けるようになったキツが駆けつけて何かを叫んでいる。が、スライムに遮られ何も聞こえない。狐の姿なので音が聞こえないと吠えてるようにしか見えないが、おそらく主様と叫んでいる気がする。


 いやキツ、ベストタイミングだ!どの道このまま魔力吸われるなら、いっそ全部――!!


 幸いにも胎児スライムから抜け出すことは出来ないが、触手に縛られていたときと違い、腕はフリーになっている。俺は腰のマジヴァイスを取り、キツに向かって突き出す。スライムを突き抜けることはなく、変形した表面に相変わらず覆われたままだが、光の枕木は問題なくそれをスルーしてキツへと届いた。


「――!――!!」


 本当に、キツは何を言っているんだろう?だが問題無く彼女の身体が白く輝き、人型を形成していく。いや、問題はあるか。ここ最近MENを鍛えていたことに加え、力をセーブすることにも慣れて来ていた為、キツの完全体人化の練習でも前みたく死にそうになることは無かったのだが、出し惜しみしている場合ではないという意識の所為だろうか、久しぶりにあの身体の芯から冷えて感覚が無くなってくる。


 なんだ?寒いのに、胸だけが熱い……でも、これで――いや、しまッ!?


 身体の自由が失われたことで、息を止めていられず、スライムを飲んでしまった。流石にこれは――


 ――バシャンッ!!


「主様!主様!!」


 スライムが弾け、そのまま倒れる俺を受け止めくれたのは、キツ――か?


「――げほッ、げはッ!」


 抱きしめてくれたのは、キツっぽい少女だった。でも、俺が知ってるのと違う。何より、顔に当たる胸はそこそこのものだ。顔も心なしか普段より大人っぽい気がする。


 いや、それよりもちょっとスライム飲んじゃったけど大丈夫かな俺!?臍からスライム生えたりしねぇかな!?


「主様、少し待っておれ。すぐ片付けて来る」


 俺を寝かせ、キツはスライムの残骸を越えて、シュバルツの傍にあったディストーション・ミラージュを拾う。


「けほッ、ごほっ……ああ、任せる……」


 俺は、階段を下りるキツの後ろ姿を見送る。背中から腰のラインは艶めかしく、お尻も大きくなっている。なかなか良い眺めだ。どうやら、この窮地に完全体の人化に成功したらしい。どんだけご都合主義だと思が、生きていられたのだから文句はない。


 ――まぁ、思ってたよりボリューム不足だったけどな、完全体。15、6歳くらいだろうか?結局まだ犯罪チックだ。とはいえ、幼女に比べれば圧倒的にウェルカムだ。


「しかし、やっぱり情けないな、コレは……」


 見上げた天井は、シュバルツやキツが戦った割に綺麗だった。


 さて、せっかくMEN鍛えたんだ。気合入れろ俺!気力で立て!!


 MENを鍛えることで魔力の基礎値が上昇するというから、フィジカルに影響しない能力に思えるが、MENによってヤバい状況でも冷静さを保つことが出来るということは、つまり端的に言って、MENは根性に作用しているのだ!


つまり、魔力の基礎値が高い分根性があるということだ!!


 ならば、それを鍛え続けた俺が、根性出して気力だけで立つという偉業を成し遂げられないはずがない!Q・E・D!!


 震える膝を叱咤して俺は立ち上がり、壁に寄りかかりながらも階段を一段一段、確実に降りていく。下からは、断続的に金属質な音や水音が響いてくる。


 音が続いているということは、まだキツは負けていないということだ。俺が行って戦力の足しになることはないだろうが、まだこうして動けているということは、更にキツに魔力を送ることが出来るはずだ。魔力を吸うような敵を相手にするんだ。俺の存在は全くの無駄じゃないはずだ。


 長い時間が経った気もするし、思ったより早く着いた気もする。階段を降りた先では、揺れる篝火に照らされたキツと、先程までの半分くらいのサイズとなった胎児スライムが睨み合っている。


「まったく使いにくい剣じゃ。さぁ、そろそろ畳みかけるかの」


 キツが握った漆黒の剣が纏う闇が濃さを増す。こんな地下神社で、半透明の巨大胎児の前でそんなことをしているものだから、何やら怪しげな儀式のようだ。


「行くぞ!ダークネス・カタストロフィ―!!」


 キツの闇を纏った斬撃が閃き、胎児スライムは腕の触手をクロスさせて受け止めるも、その触手を斬り飛ばした後、その切っ先が臍の緒を断ち斬る。


 バシャッとスライムが水音を残して崩れ去り、その隙にキツが駆け出し、核と思わしき流木を斬ろうとするも、再構築された胎児スライムがそれを受け止める。


「――っ!技の連射スピードがもうちっと速ければ、さっさと潰してやるものを……!」


 キツが悪態を吐き、また剣身に闇を纏わせる。その額には汗が浮いており、よく見ると歯を食いしばっているようだ。もしかしてどこか怪我でもしたのかと思ったが、ここから見た限りではそういう外傷は見当たらない。


 いや、もしかして魔力か?縮むのを堪えてるとか?――どの道、出し惜しみする意味も無いか。


 俺は再びキツへとマジヴァイスを突き出す。と、以前魔王様を助けたときと同じように真っ直ぐな光が伸び、キツに届いた瞬間その身が白く輝いた。


「主様!?――ありがとう。予定変更じゃ!ダークネス・カタストロフィー!!」


 俺を見つけて最初目を見開いたキツだったが、威勢良く再び闇を纏った剣で臍の緒を斬り裂き、追撃を加えることなく剣身を足元に突き刺し、その柄の上に右手を掲げる。


「ワシのフィニッシュブロー、よく見とれよ!戌に三歩、酉に一歩、乾を抜けて艮を越えろ!救急如律令!!」


 詠唱を終えたキツが、再び剣を抜いて上段に構える。そして――


「神威模倣!エターナル・ヴォイドブリンガァァァアアアアアアア!!!!」


 一瞬で深い闇を再び剣身に宿し、その勢いを以て再構築して迫り来る胎児スライムを吹き飛ばしながら、核へと振り下ろされた。


 すごい。シュバルツのエターナル・ヴォイドブリンガーは効かなかったっぽいのに、キツのは効果覿面だ。完全体になったってのは分かるんだけど、使ってる剣は同じ剣だよな……いったい何の力が……


 核となる流木周りのスライムは流石に剣身を通さず拮抗しているが、どう見てもワンサイドゲームだ。立った状態で足元の流木に剣を突き立ててるこの絵面は最早戦っているとは呼べないだろう。帰り道で遊ぶ小学生が、よくこんなことをしてる気がする。


 剣を受け止める流木周辺のスライムは、貫通こそされないものの、受け止めることで力を消費しているのか、その層はだんだんと薄くなって来ていた。刻一刻とスライムは薄くなり、薄皮一枚を残すところまで来たとき、ポツリとキツは呟いた。


「――流石に、神殺しの罪を犯す気はないのでな」


 スッとキツが剣を引くと、傷一つない、そして襲ってこない流木が一つ、水溜まりの上に転がっていた。


「終わった……のか?」


「どうじゃろうな。じゃがまぁ、大丈夫じゃろ。結界も消えたようじゃしな」


「そうか……じゃあ、ごめん……落ちるわ……」


 この魔力絞り切った後の死にそうな感覚、久しぶりぃ……


「え?ちょっ、主様!主様!!――」


 全身の力が抜け、倒れそうになるところで駆け寄って来たキツに抱き留められる。胸もその他の肉付きも強化されており、もう少し――いや全力で味わいたい衝動が俺を突き動かそうとするが、男の最も強い欲求すら今の俺の身体を動かすには足りないようだ。


 ――ここまで、だな……


 キツの焦った声を子守歌に、俺の意識は闇に溶けて行った。


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