第八話 地下から来るもの その1
ドアに背を預けて息を整えていると、ズドン!ズドン!と、ホラー映画でよくあるような音と共にドアが振動する。よく映画を見ながら、いっそドアごと殺っちゃえよとか思ったものだが――
「ムリムリムリ!何コレ超コワイ!!」
実際に遭遇すると、恐怖が先に立って最早迎え撃つ為に背中を離すことさえ怖すぎる。
「主様、超カッコ悪いぞ!」
「なんでこの城の地下はバケモノ出て来んだよ!?」
「魔王城じゃからじゃろ!」
「なるほどな!!」
現実逃避のやり取りの間も、ドアを打つ音は続いている。この怖さはおそらく遭遇した人間にしか伝わらないだろう。可能性が低くても、状況を好転させたいと思うなら、さっさと背を離して迎撃態勢をとった方がたぶん良い。
でも、背を離した瞬間バケモノが出て来ると思うと――怖い!
いっそこの前の地下牢のようなシチュエーションであれば、迫ってくるものも分かっていたし、パーティーも揃っていて、尚且つ心を固める時間もあった。そして何より、魔王様と竜牙が焦っているのを第三者視点で見ていた為、俺はある程度冷静になることが出来た。
しかし今回は違う。明らかに不定形の謎の神なる存在が追って来ているのに対し、こちらは俺とキツのみ。しかも今現在選択を迫られていて、割とキツは冷静だ。ついでに付け加えるなら、ホラー映画のあるあるシチュエーションだ。
はい結論!俺が冷静になれる要素無い!!
という現実逃避の分析もひと段落したところで、そろそろ本気でどうするか考えよう。
「で、この神様の対処方って!?」
「ワシから奪った霊力で身体を構成して動いとるようじゃし、力を使い切れば止まるじゃろ、たぶん」
この城の地下のバケモノ、相手の力吸いとる奴ばっかりか。
「なら、このまま専守防衛?」
「それが良いと思うが――まぁ何はともあれ、サポートはするし、気張れよ、主様」
最後の方を早口で言って、キツの姿が急激に萎んでいく。
「――ああ!霊力吸われたからか!!」
狐になったキツが、落ちた服を咥えて少し離れたところに置いて戻ってくる。そして一言。
「頑張れ!」
「いや、これ一人になったら破られるヤツ!!」
そんな想像の通り、ドカンと扉が開かれ、それに弾き飛ばされた俺は、緑の半透明の触手に囚われて再び地下へと引き摺り込まれていく。
「待って待って待って待って、マジ待ってぇぇぇえええええ!!」
男に触手這わしても何の得も無いのに!!
そんなことを思っている内に、瞬く間に地下室へ逆戻りだ。階段を引き摺り下ろされた為、尻が尋常じゃない程に痛い。そして更に、マジヴァイスを使った時程急激ではないが、何か吸われている感覚がある。
ああ、だから鍵付けてあったんだな……でもごめん、魔王様。俺とキツでもどうにもならんかった……
地下室にいたのは、緑色をしたスライム――というより、緑がかった半透明の胎児だった。といっても、俺と同じくらいの体長があり、重力を完全に無視して浮かんでいる上に片腕が伸びて俺に巻き付いている。ガチでホラーな見た目だ。
でも見た目スライム状なら、いっそもうちょっと弱くならなかったものか……
藻掻いても締め付ける触手はビクともしない。キング的なスライムなのだろうか。そんなことを考えている内に、もう胎児スライムは目の前だ。おそらく、このままその身体の中に俺を取り込むつもりなのだろう。
――なら、ラスト1アクションくらい足掻くか。
取り込む為に変形とか色々されるとどうにもならなかったが、このままなら――
「このタイミング!!」
二の腕は締め付けられて動かないが、動く肘から下を駆使し、ポケットからキーホルダーになっている飛び出し式ナイフを取り出して、胎児の腹から伸びている臍の緒を切り裂いた。同時に、ベシャリと胎児スライムが形を失ってただの液体のように地面に広がり、俺も重力に引かれて地面に着地する。
「おっとと……流石勇者からの貰い物だけあるな」
何なら眼鏡を外してから切りたかった。お巫山戯で貰った品ではあるが、やはりそこそこそこの性能があったようだ。今度竜牙に改めて礼を言っておこう。
さて、何が起こるか分からんし、さっさと――
「って、即行で回復し始めとるし!!」
もう切れた臍の緒から先の胎児の再形成が始まっていた。驚くべき再生速度だ。
ならさっさと元を断つ!思い立ったら即行動!!
臍の緒の繋がっていた先。胎児スライムを構成する部分で唯一浮いていな部位。その発生源となっている流木に駆け寄って、ナイフを振り下ろす。
――ぽよん。
「マジで!?」
先程の臍の緒は割とスラっと切れたというのに、流木の周辺のスライムは異様な弾力性を発揮し、刃が通らなかった。
まぁ、そりゃ弱点守るよね……
諦めて俺は背を向け、全速力で階段を駆け上がって行く。
三十六計逃げるに如かずってな!
「もうちょっとじゃ!主殿!!」
階段の上にキツの姿があり、こちらを見下ろし叫んでいる。サポートとは何だったのか。
「頑張れ!!」
本当に切羽詰まっているとき、安全圏からの頑張れの言葉がこれ程腹立つものものだとは思わなかった。今度魔物の谷的なものを見つけたら、一回蹴落としてやろう。
「いよっしゃぁぁぁああああああ!てかドア無いぃぃぃいいいいい!!」
階段を踏破し、もう一度部屋のドアを閉めてやろうと思ったが、先程吹き飛ばされたドアは周囲の壁ごと無残に廊下に転がっていた。
この城、短期間でスゲェ壊れるなぁ……
「任せろ」
そんな言葉と共に俺と階段の間に立ったのは、今頃自分が壊した城の玄関の扉を修理しているはずの、黒い鎧を身に纏った銀髪の勇者だった。
土木作業でもフル装備なのか、シュバルツ。
「すべてを呑み込め、闇の奔流!ダークネス・デッドランサー!!」
シュバルツは色々な意味で禍々しい漆黒の剣――ディストーション・ミラージュを構え、まさに階段から這い出ようとする触手に向けて渾身の突きを繰り出す。と、その切っ先から闇の奔流が放たれ、触手を巻き込み階下を抉った。
てか、剣技でランサーって……
「ふん、他愛ないな。貴様の本気を見せてみろ、悪神よ!」
何の意味があるのかバッとマントを払い、階段を駆け降りていく。ちなみに、最初の五段くらいは飛ばして降りて行った。
「さっき呼びに行ったんじゃ。魔物連中にあの神気はキツイじゃろうし、となると戦力になって居場所が分かるのは彼奴じゃろ」
「なるほど……」
キツ、疑ってごめん。俺、今度魔物の谷的なもの見つけたら飛び降りる……踏ん切りがついたら。
「にしても、大丈夫なのか?」
「たぶん大丈夫じゃろ。勇者じゃし」
勇者と言えば俺もそうなのだが……にしても、助けに来てもらったんだから追いかけた方が良いのだろうか?とはいえ、行ったところで足手まといなのは確定なわけで、今現在クレバーにシュバルツが消えた階段の闇を眺めている。
いや、マジでどうしよう……
「そういや、シーナさんとリルフィーなら教会にいるか」
「やめとけやめとけ。あんな状態の神に異教徒なんぞ近づいた日にゃ――考えたくも無い」
「そういうもんか……」
竜牙もジャックもロベルトも、前回の仕事が終わっての休みだと言って遊びまわっているし、あとはマユラだが……正直頼んでも来てくれる気がしない。
そうなると、出会って数日の俺を助けに来てくれたシュバルツは、やっぱり勇者なのだろう。裏を返せば――
「やっぱ俺、勇者に向かねぇな……」
「何言っとるんじゃ。そんなもん当たり前じゃろが」
思わず口に出てしまった言葉だったのだが、即レスされてしまった。グサッと心に五寸釘的なものが刺さった気がした。
「ワシが主様を選んだのは、勇者だからでも知者だからでも、仁者だからでもない。主様じゃからじゃよ」
「キツ~!」
「ふきゃッ!?」
キツを抱き上げて、思わず頬擦りしてしまう。あれだな、この形態だと抵抗なくこういうことが出来る。それに、やっぱりモフモフしてるとモフってしまう。この大きい耳も尻尾も、超絶に可愛い!どうでもいいことだが、狐の尾ってわりと黒いよな。てか、最近暑いけどまだ夏毛じゃないのな。
そんな風に思いがけずじゃれていると、下からバシャバシャと水音が響き、階段からシュバルツが文字通り飛び出して来る。しかもバックステップで、滞空中に迫る触手を斬り落として着地する。まるでアニメの勇者みたいだ。
「ふん、我の猛攻を防ぐとはな……よかろう。貴様を我が敵と認めよう!」
なら今まで何だと思っていたんだとツッコミを入れたいが、こんな状況でキツの毛皮に顔を埋めている俺に何も言う権利はないと思う。
「――って、何か本体出て来よったぞ!?」
キツの声で階段に目を遣ると、暗い地下から伸びた腕が、ズルズルと明るい照明の下にホラーな本体を引っ張り上げている。濁った水で構成された巨大な胎児というのは、やはりどこで見ても怖い。
「シュバルツ、ソイツは臍の緒が伸びる先にあるご神体が本体だ!臍の緒を斬ればその胎児は消える!!」
そういえば伝えていなかったので、攻略方法をシュバルツに伝える。ナイフですら切れたのだ。あの痛々しい剣で斬れないわけがない。
「――フッ、なるほどな。ならばこれで終わりだ。受けよ、闇の洗礼!ダークネス・カタストロフィ―!!」
剣身に黒い霧を纏い、それっぽい台詞と共にシュバルツが胎児へと斬りかかる。狙いは一点。臍の緒だ。
――ガキンッ!!
「なに!?」
随分と固い物同士がぶつかったような音が響いた。いや、ようなというか、それそのものの音だ。胎児スライムの伸びた腕が、黒い霧を纏う剣身を受け止めていた。しかも、その表面は波紋一つ立てていない。ただ受け止めた部分の周辺は凍ったように少し白みがかっている。どうやったかは定かではないが、スライムの一部を高質化させたようだ。
「家彰、狐を連れて下がれ。光を喰らうぞ!」
「わ、分かった!」
とりあえず、何かするから下がれってことだろう。それで間違いないはずだ。キツを抱いて階段の部屋を出て、そのまま廊下を4メートルほど離れる。と、もう死角で何も見えない。カーブミラーとか欲しいところだ。
「さぁ、闇に抱かれて消滅しろ!エターナル・ヴォイドブリンガァァァアアアアアアア!!」
竜牙と戦ったときにも使っていたシュバルツの必殺技の名が轟き、矛盾した表現かもしれないが、闇色の光が階段の部屋から溢れ出し、その後に音が聞こえなくなった。静寂というものが、これほど胃に悪いものだとは思わなかった。そもそもこんな広い廊下にも拘わらず、何故ここから見える位置に誰もいないのか。さっきからそこそこの音が響いているのに、皆無関心過ぎだろ。
「まさか――シュバルツの魔力派が消えよった……」
ここに来て、キツから新しい単語がぶち込まれた。何だ、魔力派って。なんとなく、今後もちょいちょいシュバルツの魔力派は消えそうな気がする。
「それ、大丈夫なのか?」




