勇者が落ちる日 その2
「ほう?ならば家彰、頼めるか?我はどうも、余人と話すのが苦手でな」
そう思うんなら普通に喋れよ。と思ったが、口にはしないのが人情だろう。せっかく異世界に来たんだ。存分に厨二を謳歌すればいいさ。
「そう思うんなら普通に喋ったらいいのに。皆キャーキャー言ってるけど、ボク的には聞き辛いだけだと思うし」
人が我慢したというのに、まさかパーティーメンバーからの指摘を受け、シュバルツの呼吸が止まった。
しかし、あの厨二はモテるのか……俺もやろっかな?
「あ――まぁ、俺はもともとこの後魔王様のところに行こうと思ってたから、一緒に行こうぜ?」
「――かたじけない」
ああ、キャラブレて武士みたいになっちゃったよ……
「とはいえ今は調理中だろうし、それは後にして、シーナさんはあの子の呪い、解いてくださいね?」
「それはいいんですけどぉ?ホントにいいんですかぁ?正直、悪い気はしてないんでしょぉ?」
シスターのくせになんでそう妖艶な顔が出来るのだろうか。瑞々しい唇に人差し指を添える仕草も破壊力が高過ぎる。
「残念ながらそんな気はしてないから、さっさと解除してくれ」
だがそれとこれは話が別過ぎる。あの女戦士の魅了は素直に解除して欲しい。
「へぇ?意外と本気っぽいですね?普段はすぐ顔に出るのに……やっぱり本気で好みから外れてたみたいですね。どおりであのキツさんが簡単に魔眼を開放したわけです」
「え?俺のそういうの全部把握されてんの?キツに?」
あれ?思ったよりもダメージデカい……なんというか、妹に隠してたエロ本全部把握されてたような気分だ。
「魔眼?魔眼を持つ者がいるのか?」
そして面倒くさいことに厨二が厨二ワードに食いついた。
「さっきから話してたじゃねぇか。あの眼鏡の下、魔王も防げねぇレベルの魔眼らしいぜ?」
竜牙の思わせぶりな説明に、もちろんシュバルツが更に食いつく。
「なん……だと……?」
言いたいだけだろコイツ。
「なら、その眼鏡が魔眼殺しなのか?」
「魔王様が用意してくれたんだ。これがないと四六時中垂れ流しだからな」
眼鏡のツルに触れると、指を通してコイツの頼もしさが感じられる。男の夢以外の何ものでもない魔眼ではあるが、何事も過ぎたるは及ばざるが如しだ。もう今では、コイツがないと不安で仕方ない。
「ほう――で、その魔眼にはどのような力があるんだ?」
「強い魅了効果だ。それこそ、女に対しての完全特攻のな。そっちのパーティーの、えーと……」
「なるほど!マユラがベタ惚れになっていたのは、その魔眼の力というわけか!」
合点がいったとテンションの上がるシュバルツと、魔眼についてあれこれと話が広がり、日が傾きかけた頃、俺を探して女騎士のマユラが教会に乗り込んで来るまで、皆で雑談をして楽しく過ごした。
***
「――ッ!最っ低な能力だな……!!」
シーナさんによって魅了を解呪されたマユラが、俺の顔を見るなり舌打ちと共に吐き捨てるように言って、両手で顔を覆ってドカッと椅子に座る。
「まぁ、普通に女の敵ですからね」
シーナさんの言葉が酷い。
マユラが教会に来たタイミングで、シーナさんに解呪を任せて俺はシュバルツと魔王様のところへと向かい、形式的に彼のパーティーメンバーの滞在許可を貰った後、いったん部屋に戻るというシュバルツと別れて教会へ戻ったらこれだ。尚、竜牙も昨日の今日ということで、一旦部屋に戻って休んでいるそうだ。
「言っとくけど、今回魔眼使ったのは俺の意志じゃないからな?」
魅了状態時の対応が面倒くさかった所為か、少し言葉が粗野になってしまうのは許して欲しい。
「――ふん、どうだかな。魔王を魅了して好き放題してる奴の言うことなんざ、誰が信じるかよ」
「残念。魔王様の魅了はもう解けてんだなぁ、これが」
まぁ、キッカケは魅了だった気もするけど。
「はぁ?嘘吐けよ。お前みたいな顔だけのヒョロヒョロに誰が惚れるかよ」
なかなか言ってくれる。確かに、STRが低い所為で筋肉は無いが……
「その話、やめといた方がいいですよ?割とお砂糖吐きそうになりますし」
「え?じゃあマジで?」
シーナさんの言葉に対して言いたいこともあるが、何よりマユラ、そんな意外そうな顔することないと思うぞ。魔王と人間のカップリングとはいえ、この気持ちは本物なのだ。マジで。
「当り前だ。俺はそこまで下種じゃねぇよ。あんだけ擦り寄って来てた奴に手ぇ出さなかったろ?」
俺がそう言うと、マユラの顔が一気に赤くなる。よし、魔王様のときもそうだったけど、魅了時の記憶はしっかりと残っているらしい。これなら圧倒的にこっちが有利だ。
「へっ、こんな男のどこがいいんだか」
「そんな男を追い回してた奴の台詞かねぇ?」
「それは魅了されてたからだろうが!魅了って呪いだからな!?」
「ああ、呪われる程想ってもらえたってのは嬉しい限りだぶべっ!?」
と、そこまで揶揄ったところで頬に拳がめり込んだ。流石戦士だった。
めちゃくちゃ痛い……俺さして防御力高いわけじゃないのに……
「こんなのが勇者とか世界終わってんでしょ!?」
「マユラさん、色々言ってるわりに楽しそうですよね」
「アンタは黙ってな!」
ぽそっとリルフィーが漏らした感想を、マユラさんの一喝が押し流す。
「誰しも欠点はありますよ。それに、私がこうやって生きているのも、貴女が無傷でいられるのも、家彰さんのおかげといえばおかげですからね。それに――どうせなら、私は筋骨隆々だったり暑苦しかったりする勇者より、可愛い勇者の方が好みですし」
「あはは……光栄だけど――なんで、腕を組む?」
妖艶に笑んだシーナさんに、右腕を抱きしめられる。押し付けられる柔らかい胸に、このままでは獣性を解き放ってしまいそうだ。
――この感じ、意外と着痩せするタイプっぽい?
「ん――ちょっとした実験?」
「実験?」
そう言ってシーナさんは、マユラへと視線を流す。こういうことに耐性が無いのか、マユラの顔は赤かった。
「――なんだよ」
「いえ、魅了時の記憶があるんならやきもち焼いたりしないかな?と思ったんですけど、無さそうですね」
「あるわけねぇだろ!!お前も、勇者ならそんくらいで鼻の下伸ばしてんじゃねぇよ!バーカバーカ!!」
何故かこちらに飛び火した。解せぬ。
「んん?……どうなんでしょう?勇者様、もう少し付き合ってくださいね?」
と、シーナさんは慣れた動作で俺の唇を奪った。
「え?あ、あの……」
「――な、何やってんだテメェら!!」
そんな光景に一瞬固まったマユラだったが、ガバッと俺とシーナさんを引きはがし、ついでに俺は尻を蹴り飛ばされた。
「や、やっぱりお前、女なら誰でもいいんだな!?」
「いや、明らかに今俺から行ったわけじゃねぇだろ!?」
「うっせぇ!勇者ならそんくらい避けれんだろうが!!」
「お前俺まだレベル9だぞ!?シーナさんとのレベル差50以上だぞ!?」
言っててちょっと悲しくなった。冒険の末に魔王城に辿り着いた勇者のパーティーメンバーに、召喚直後魔王城に連行された俺が敵うわけがない。それでも一か月の教会掃除で随分レベルは上がっているのだ。
「え?マジクソ雑魚じゃん!宝の持ち腐れじゃねぇか魔眼!」
「クソ雑魚言うな!あとその魔眼に負けたのおまぶべっ!?」
また殴られた。二度もぶった……親父にもぶたれたことないのに!
「ん――やっぱりマユラさん、家彰さんのこと意識してますね。家彰さん、今後はもっと真摯に対応してくださいね」
「ち、ちげーしマジで!!」
そんな顔真っ赤にしてるからシーナさんが付け上がるんだ。
「てかシーナさんは淑女としての立ち居振る舞いをしてください」
役得ではあったけれども!美人シスターに対する獣性をセーブするのが厳しくなってくる……
「ああ、もういい!アタシ部屋戻ったシュバルツの様子見て来るし!じゃあね!」
そう言って、マユラは昔のアニメのように肩を怒らせて部屋を出て行った。それに続いて、
「あ、ボクも一緒に行くー」
と、リルフィーも後を追っていった。
「可愛いですね、マユラさん」
「今時暴力系ヒロインは流行らんだろ……」
古き良き属性だと思うのだが、今の若い子にはウケが悪いというのは事実だからな。
「ふ~ん?じゃあ、私はどうですか?家彰さん」
と、またしてもシーナさんに右腕を拘束される。
「あの、もうマユラもいないし、そんなことされても俺が戸惑うだけなわけで……」
「うーん、せっかくこんなカッコよく転生したのに、家彰さんはヘタレ過ぎますね」
嫌なダメ出しをされてしまった。
「でも、その初々しさにすっごい庇護欲感じちゃうんですよね」
「――揶揄ってますよね?」
否定されたら押し倒そう。ヘタレとか言われたし。
「うーん、私としてはこのまま食べちゃいたいって思ってますよ?」
「じゃあ――遠慮なく」
さっきそうされたように、シーナさんの唇を奪う。そして少し力を籠めると、シーナさんの身体はそのまま椅子の上へと倒れた。
「――あん、強引……」
「ヘタレを返上しないと、だからな」
さて、教会でシスターと――なんて、夢のシチュエーションじゃないか!
否応なしに俺のハートは昂り、魂が震撼する。要するに、テンションの上昇が止まらない!!
「押し倒した次はどうするんじゃ?」
「俺に身体を任せて――」
再度口付けし、修道服の上から色々と弄ろうとしたところで、危うく違和感に気づいた。
「ふふ、どうしたんですか?」
挑発的なシーナさんの瞳が見上げて来る。が、俺は分別もあるし鈍感系主人公ではない。
「――シーナさん、もう少し寝ていた方がいいかもしれませんね。やはり熱があるようです」
「――ほう?随分紳士的じゃのう?」
「ああ、男は紳士的であるべきだと信じて日々過ごしてるからな」
「ホントにそう思っとるなら後ろ向いてみ?」
背中から、圧倒的なプレッシャーが襲ってくる。にも拘わらず、臨戦態勢の息子が収まる気配はない。
ダメだ、このままじゃ振り向けない……万事休すか!!
「――いや、俺はもう少しシーナさんについてるから、先に戻ってなさい」
そんな苦し紛れの時間稼ぎを並べる俺を、シーナさんが面白そうに見上げてくる。手で口元を隠しているが、笑っているのは丸分かりだ。
くっそ、分かっててやったな……!!
「いいからこっち向けっつっとんじゃ!」
想像以上の力で腕を引かれ、強制的にぐりっと振り向かされた。目の前には、満面の笑みを張り付けたキツが腕を組んで立っている。何ならその横に、同じような笑顔の魔王様も立っていた。さっき腕引いたのは、魔王様かな。
「あ――二人も、風邪には気を付けないと、ね?」
などと世間話を振ってみるも、その表情に波風一つ立たない。
「ふむ……大切なことじゃな。しかし、そんな病人を前に些か下半身が不謹慎なことになっとるようじゃが――何か弁明はあるかの?」
「いやいや、勇者様のすることですから、きっと深い意味があるんでしょう」
二人の笑顔の奥の瞳は、笑っていなかった。これ以上足掻いたところで、おそらくどうにもなるまい……
「――すんません!調子乗ってました!!」
とにもかくにも、土下座した。この後めちゃくちゃ謝り続けた。結果、辛くも命を繋ぐことが出来た。が、更にその後二人に連行され、俺は空っぽになるまで絞り取られた。
夕飯は、喉を通らなかった。




