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第六話 勇者が落ちる日 その1


 昼に近づき、徐々に強くなる陽光が降り注ぐ部屋の窓から湖が見える。そこでは西洋デザインの人魚達が、楽しそうにビーチボールで遊んでいる。この距離でもスタイルの良い女性であることは分かるが、その美醜に関してまでは判断がつかない。とはいえ、人魚といえば美人と相場が決まっている。是非とも今度会ってみたい。


 まぁ、囚われのお姫様が美人っていう前提は先月崩れたわけだが。


「休憩が長いぞ?主様」


 ソファーの上で優雅にアイスクリームを食べながら、キツが指摘してくる。少し納得がいかないというか、理不尽というか、そんな思いはあるが、自分で言い出したことなので何とも言えない。


「おぅ……うん……」


 俺はテーブルに戻り、分厚い辞書のようなテキストと、中途半端に幾何学模様が彫られた木の板に向き直る。現在俺は、魔法道具の作成スキルを磨いている最中だ。尚、このテキストは魔王様から借りたものだ。以前倒した勇者のパーティーの、魔法使いが持っていたそうだ。


 余談だが、マジヴァイスもそのとき手に入れたのだそうだ。


「はぁ――しかし、初級編とはいえ飲み込みが早いの。正直、もうワシには何のこっちゃ分からん」


 ソファーから降りてテーブルを覗き込んできたキツが感嘆の溜息を零す。教師役を頼む相手を間違ったかもしれない。次詰まったらもっと頭の良さそうな人を探してみよう。


「昔っから、こういう物作ったりすんのは得意だったからな……」


 第二次ミニ四駆ブームに始まり、RCやプラモデル、何なら料理やアクアリウムにハマった時期もあった。金のかかる思春期だった覚えがある。そのせいで金にがめつくなったのだろうか。俺はいつから家と会社とパチンコ屋を行き来するような、アレな生活を送るようになったのだろか……


「で、今は何を作っとるんじゃ?」


「発火系の回路だってさ。火を起こす機能と、その火から本体を保護する機能。あと、火に指向性を与える機能?らしい」


 木の板に書かれた下書きの模様を、彫刻刀で掘っていく。この溝の深さも色々と関係するらしく、なかなかシビアな作業だ。本格的に作るときには、彫刻刀の刃にスペーサーを噛ませて、安全装置にして深さを調節した方が良さそうだ。


「何かあれじゃなぁ。そこまで指定してやらんといかんのかって感じじゃな。陰陽の符なら、指向性なんかは自分で操作するもんじゃが」


「誰にでも使うことが出来、そして須らく同じ結果を導くことが出来る。それが万人に求められる魔法道具である。だとさ。テキストの序文。こういうのって、それを突き詰めようとした結果応用性とかメンテナンス性が酷いことになって、結果的に使い難くなるんだよな」


「近代あるあるじゃな。まぁ、発展の9割9分は複雑化じゃからな」


「残り1分は?」


「ん――発想の転換ってやつかの?」


 確かに、そのジャンルに精通している人間程、見方を変えることは難しくなるものだ。だがそれは――


「一番ムズイやつだな。というか、何かアインシュタインが似たようなことを言ってなかったか?」


「1%の才能すら無けりゃ、どんだけ努力したところで無駄とかいうやつじゃな。何か捻じ曲がって美談で伝わっとるやつ。外国語の日本語訳ってのは難しいの」


「下手の横好きは続けたところで仕方ないってか……夢も希望も無ぇな」


「まぁ、裏を返せば欠片でも才能があるなら続ける意味はあるということじゃ。主様は向いとるよ。あとは発展の為の発想の転換が出来るかどうかじゃ」


「プレッシャーだなぁ」


 まぁ、肯定して貰えるのは素直に嬉しいが。


「まぁ、学んでいる最中に疑問に思ったことは、中断してどんどん試すと良い。こういうのは、結局作って覚えるのが一番じゃからな」


「そうだな。まぁとにかく、ちょっとずつ覚えていくさ」


 暇つぶし――というか、手に職をつけようと始めたことだったが、マジヴァイスを作ったであろう魔法使いの持っていた教科書だ。勉強していけば、マジヴァイスを強化してキツを完全体にすることも出来るかもしれない。


 どうもキツの完全体人化は、ちょっとやそっとの霊力の消費でどうにかなるもんじゃなさそうだしな……


 何と言っても、魔王様に匹敵するというのが本人の談だ。そんなご褒美が待っているなら、勉強にも熱が入るというものだ。礼拝堂の掃除が終わったことで空いた朝の時間を使い、俺は勉強に励むのだった。


 ***


 昼食を摂った後、昨日必殺技の撃ち合いをしてWノックアウトになった二人の勇者の様子を確認する為、彼らのパーティーメンバーの神官がいる礼拝堂の扉を開く。


「あ、家彰さん。いいところに」


 俺に気づいたシーナさんの手招きに従って進んでいくと、会衆席の一番前の長椅子に、一晩+αを眠って回復したらしい竜牙とシュバルツが並んで座り、更にその横にリルフィーの姿があった。


 良かった。あの女戦士は来てないな……


 勇者二人が和解しないと魅了を解くわけにはいかないというシーナさんの意地悪により、彼女は未だ魅了状態のままだ。昨日はあの後控えめな口調のわりにぐいぐい来る彼女につき纏われ、その魅了状態がよっぽど珍しかったのだろう、やけに楽しそうなリルフィーにもつき纏われ、結果魔王様の機嫌が悪くなり、それを見た女戦士が魔王様に絡んで消されそうになったところを仲裁したりと散々だった。このままだと、せっかくAPPの上昇で帰って来てくれた前髪にまた逃げられそうで怖い。


「お、二人とも目ぇ覚めたんだ」


「お前が織臣家彰か。昨日は世話をかけたようだな、礼を言う。俺はシュバルツ=ネーロノワール。漆黒の闇より出でし者だ」


「お、おぉ。まぁこっちも力技だったからな。とりま、無事でよかった」


 何か昨日も聞いたような自己紹介だったが、やっぱりインパクトが強過ぎる。同じ転生者を前にキャラを貫ける勇気は素直に凄いと思う。


「じゃあ家彰さん、説明よろしくお願いします」


「え?何が?」


 俺の背をポンと叩いて、シーナさんは皆が据わっている席の一つ後ろの椅子に座り、何やら嫌な期待の籠ったニヤニヤ顔でこちらを見て来る。


「家彰さんは早くシュバルツさんに和解して貰わないと、マユラさんのアプローチから逃げ続けないとですもんねぇ」


「すまん家彰、お前からも姫のこと説明してくれよ。証言を集めるみたいなこと言って聞かなくてよ……てか、バアさんいないのか?」


「キツなら魔王様と二人で、買ってきて貰った材料使って厨房でひたすら豆腐作ってると思う。たぶん」


 なるほど、つまりシュバルツは竜牙一人の話だけでは信じられないので、現場にいた他の人に話が聞きたいということか。


「あの二人、仲悪いように見えてちょいちょい一緒にいるよな」


「何やかんやで、これも姫様の一件があったからだと思う。俺は大事なときに倒れてただけだけど……ああ、で、姫様の話だよな」


 竜牙との話を切り上げて、あのときの姫様との一件を、掻い摘んでシュバルツに話していく。惜しむらくは、言葉での説明ではあのSFホラー感は上手く伝わらないことだろうか。しかし、やっぱり一番気になる部分はそう――


「姫は、それ程までに醜かったというのか?」


 姫を助けに来た身としては、そこが一番重要だよな。助けた先を夢見て勇者やってたんだもんな。


「オークとガラモンを足して2で割って、その上で深きものども足したような顔がドレス着たボンレスハムに乗ってるの想像してみ?しかもそれがまた可愛らしい声で話す所為で、怖いのなんのって……」


 そんなのにじわじわ追い詰められる恐怖は、もう金輪際経験したくない。


「まぁ、信じたくない気持ちも分かるけどな。あんだけ魔王様が不細工だって言ってたのに、竜牙も実物見るまで信じなかったし」


「いやだってお姫様だぜ?――え?お前あのとき魔王が言ってたのマジで信じてた?」


「まぁ――正直実物見るまでは、まだ希望持ってた」


「だよなぁ。しかもアレだぜ?これが姫だって国王が見せてくれた肖像画めっちゃ美人でな?なぁ、シュバルツも見たよな?」


「……ああ。我も確かに見た。まるで暗黒の世界に咲く一輪の白百合のような、儚くも美しい女神だった」


 シュバルツの言葉はちょっとアレだったが、言いたいことは何となく分かるのでいいだろう。


「典型的なパネルマジックだろそれ。店のパネルなんてあんなの絶対盛ってるんだから信じちゃダメだろ」


 まぁ、どうしても見た瞬間期待が膨らむ所為で毎回惑わされてしまうのだが……


「――あれ?お前未成年じゃねぇの?」


 竜牙のそんな素朴な疑問が、ちょっと嬉しかった。普通に身体も若返っているが、きっとこのフッサフサの前髪が若く見える秘訣だと思う。


「超イケメン転生したからか見た目がガラッと変わっちまってな。これでも今年34だ」


「マジか!?俺15,6くらいだと思ってた。正直お前と魔王見て、めっちゃおねショタだとか思ってた」


 おねショタて……いや、そう考えたら、それはそれで熱いものが込み上げて来るな。俺的には年下の上司みたいな感じだったのだが……おねショタ、いいじゃないか!今度思いっきり甘えてみよう。


「他人から見たらそんな風に見えてたんだな……――よし、脱線しまくってんな。とりあえず、俺が知ってる姫の情報はこんな感じだ。あとは魔王様とキツがその場にいたけど、どうする?」


「――いや、必要はない。お前達二人の話は矛盾も無く、あまりにも自然だった。ならばその話、真実なのだろう」


 あの話の流れが自然かどうかは少し気になるところではあるが、シュバルツは俺の話を信じてくれるようだ。


「救いに来た相手が邪神と化していたとはな……これがこの混沌の世界の選択だというのか」


 何の意味があるのかは分からないが、シュバルツは自分の右手を見ながらそんなことを言って、言い終わると共にギュッとその拳を握りしめた。まぁ、とても悔しそうにしているように見えなくもない仕草だ。


「男の子のくだらない夢が砕かれる瞬間というのは、いつも残酷ですね。では、シュバルツさんはどうしますか?このままあの国に帰っても、結果は火を見るより明らかです。魔王様の首を手土産に帰るなら――すみませんが、私達は抵抗させて頂きます」


 シュバルツのカッコよさげなセリフを完全スルーして、シーナさんが決断を迫る。


 どうでもいいけど、男の子の夢をくだらないとか言うのはやめて欲しい。大事にしてあげて欲しい。女の子のそういう何気ない一言って、結構心に刺さるのだ。


 しかし、これはもはや選択肢とも呼べないだろう。それは言われた本人にも正しく伝わったらしい。


「……聖剣の勇者一人倒せなかった俺に、選択肢など無いのだろう?」


「心配しなくても、私たちもちゃんと生活出来てますから。何なら下手な村での暮らしより随分快適ですよ?それに、教会の門はいつも開かれているものです」


 珍しくシスターらしいセリフだった。まぁ、普段そんなこと言う相手がいないからだろうが。


「そうだな……分かった、世話になろう。仲間の命には、代えられんからな」


「よっしゃ、話纏まったな!これで次の買い出しの人員確保だ。家彰も頼むな?」


 竜牙にしては珍しく、比較的茶々を入れず聞いていたと思えば、そういうことか。確かに三人であの量を商うのは大変そうだ。


「先程話していた、行商紛いの仕事か。世話になる以上手伝いはするが、あまり当てにはしてくれるな。俺に出来ることは、破壊くらいだ」


「ああ、力仕事だから問題ねぇよ。なら後は魔王への顔出しくらいか。こっちに関しちゃ家彰が一緒にいりゃ問題ないわな」


 竜牙も随分と厨二の扱いに慣れてきたらしい。程よいスルーだ。


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