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黒い勇者 その2


 勇者の竜牙を筆頭に、神官のシーナ、戦士のジャック、魔法剣士のロベルトが続く。熱血勇者が中心の正統派パーティーの貫禄はなかなかのものだ。


「トリアルガード」


「――サンキューな」


 そんな勇者のパーティーに魔王様が何やらバフ呪文らしきものを使用し、竜牙は振り返ることなく手を上げて礼を伝える。こういうカッコよさげなシチュエーションは主役の俺にやらせて欲しいものだ。


 まぁ、俺のパラメーターじゃ話が拗れた瞬間ゲームオーバーだろうけどな。


 竜牙達がゆっくりと、油断無く階段を下りていく。シュバルツのパーティーはそれぞれ武器を構え、密集して不意打ちを警戒しつつも迫り来る敵を睨みつけている。


「安心しろ、別に戦おうってわけじゃない。俺は不知火竜牙、勇者だ。で、こいつ等は俺の仲間だ」


 竜牙の第一声に、シュバルツが眉を顰める。


「勇者?貴様のような――」


「シーナ姉!やっぱりさっきの、シーナ姉だったんだ!よかった、無事だったんだ!!」


 シュバルツの言葉は、リルフィーの感極まった声にかき消された。それにより、顔の前に手を翳してポーズまで取っていたシュバルツがそのまま固まってしまっているので、誰かフォローしてあげて欲しい。


「ええ、心配をかけてしまったようですね。ごめんなさい、リルフィー」


「シーナ姉ぇぇえええええ!!」


「――待て」


 感極まって走りだそうとしたリルフィーを、これを機にと復帰したシュバルツが首根っこを掴んで止める。そこからの彼は饒舌だった。


「そこの自称勇者、いくつか質問がある」


「いや、見た目的にどっちかってと俺の方が勇者っぽいぞ?たぶん。お前どっちかってと敵っぽいし」


「ふん、我が司るは全ての光を飲み込む闇の属性。これはその力を十全に発揮する為の装備だ。大いなる闇の洗礼、受けてみるか?」


「お、おぉ……遠慮しとく。そっか、えーっと悪かった……あ――続けてくれ」


 竜牙は首を巡らせ、口を大きく開けたりと落ち着きがない。そこに笑うまいとする優しい努力が垣間見えた。


「まず、我の前にも勇者がいたことは知っている。そしてそのパーティーの中に、リルフィーの姉がいたことも、だ。だが国王からは、そいつらは全滅したと聞いた。最後にもう一つ、何故お前たちがここにいる?お前たちは――本物なのか?」


 シュバルツが剣を構え、その剣身に黒い靄を纏わせる。魔王様と同じで、瘴気を操るのだろうか?勇者とはいったい……


「あ――そういうとこ疑ってんのか……ならシーナ、そっちの子とのエピソードとかないか?」


「そうですね。私達がいた教会では、リルフィーと歳の近い女の子が他にいなくて、可愛いものが好きなこの子は、小さい頃いつも私の後ろをついて来ていました。あの頃の教会はとても貧乏で――」


 昔語りを初め、懐かしそうに目を細めるシーナさんは、何となく慈愛というか、母性を感じさせる。


 母性を感じさせる若いシスター……実に良い。欲を言えばもうちょっと全体的に肉付きが欲しいところか。


 シーナさんの語る話に、リルフィーは逐一嬉しそうに反応する。そんな二人を見て、シュバルツは剣を下ろした。


「なるほど、ドッペルゲンガーは記憶までは偽れないと聞く。ならば貴様らは本物なのだろう。なら次の疑問だ。どうして貴様らがここにいる?まだこの城には魔物が残っているようだが」


「そうだよなぁ……話すと長いんだが――」


 竜牙は自分達が魔王城に攻め入ったこと、魔王から姫を返すと言われ、地下牢へ向かったこと。そこに確かに姫はいたが、邪神と化して自分達に襲いかかって来たこと、それから命からがら逃げ伸びたこと。そして、姫を連れ帰れない以上国にも戻れない為、魔王城に厄介になっていることを、丁寧に説明した。


「――なるほどな。単刀直入に訊く。お前は魔王に何を握られている?」


「は?」


「どのような弱みを握られているのか、だ。仲間が捕まっているのか?」


「え?や、んなこたねぇよ。わりと楽しく過ごしてる。つってもここ最近はずっと馬車ん中だったけどな」


「話せない、ということか。分かった……魔王よ!このような卑劣な手段は使わず、正々堂々と我と戦え!!」


 と、城中に響き渡る声でシュバルツが叫ぶ。その姿に、竜牙は早くも辟易といった表情を浮かべている。


 甘いな竜牙……厨二患者を相手にするのに、そんな神経じゃ保たんぞ。断言しよう。俺の若い頃を相手にしてたら、お前は今頃手が出てる。


「いや、だから別に弱みとか握られてねぇって……」


「安心しろ。お前達の仲間も必ず助けると、この漆黒の刃に誓おう。そして姫を救い出し、共に王都へ帰るのだ」


「いいから聞け厨二!お前も姫様目当てなんだろうが、ありゃもう無理だ!よしんば人間に戻ったとしても、連れて帰ったらお前アレと結婚させられるかも――」


 ――ヒュッと風を切るような音がした。同時に、竜牙の頬からツーっと一筋血が流れた。


「――厨二か。随分と久しぶりに聞く言葉だ。ああ、貴様は間違いなく勇者だということか……しかし、俺を厨二と呼んだ者を、我は絶対に許さん!」


 シュバルツが構える剣から、黒の奔流が溢れ出る。さらにその背には、同じ黒い靄で構成された一対の翼が広がった。竜牙は明らかに地雷を踏みぬいたらしい。一人称が安定しない程怒っている。


「――後悔は地獄でするんだな」


 キメ顔でそう言って、翼を羽ばたかせながらシュバルツが駆ける。その姿に舌打ち一つ。竜牙も自身の剣を抜いて迎撃する。黄金と漆黒がぶつかり合い、衝撃波が俺の頬まで届く。どうでもいいが、武器は二人とも厨二臭い。


「吠えろ!ダークネス・カタストロフィ!!」


「言ってて恥ずかしくねぇのか!?」


 あれが技の名前だったのかは不明だが、切っ先が纏う黒い靄がシュバルツの咆哮と共に膨れ上がり、それに応戦する為か竜牙の聖剣も輝きを増し、やがて大きな衝撃と共にお互いが弾かれ合う。それを皮切りに、パーティー同士の戦闘が開始される。


 シュバルツの横に控えていた女戦士が、双剣を以て駆け出し、それを戦士のジャックが腰から抜き放ったトンファーで迎え撃つ。勇者の二人は再度ぶつかり合い、黒と金と、重箱のような色合いの余波をまき散らしている。竜牙のパーティーは相手を傷つけまいと専守防衛に努めている為、魔法剣士のロベルトは二人のサポートに徹している。シーナとリルフィーは戦闘を止めようと声を張り上げているが、こんな状況では誰にも届かない。


「仕方ない。一旦大人しくさせるか」


 と、自ら動き出そうとした魔王様の手を取って止める。


「家彰さん?」


「ああいうのはたぶん、無理やり止めるとしこりが残るから」


 自分を吐き出しきらないといけない場面で水入りになると、いくつも自分に都合の良いIFが浮かんで、どんどん不満が膨らんでしまうものだ。最悪、それによって色々と修復不可能になることもある。


 だからみんな、無暗に男の子のタイマンを止めるのはやめよう。


「ロベルトも援護してるし、そうそうヤバいことにはなんないよ。とりあえず、シーナさんとリルフィーって子、危ないからこっちに連れて来る」


「いえ、家彰さんが行くなら私が!」


「ここは人間が行かないと、拗れちゃうから」


 不安そうな魔王様に意図を伝えて説得するが、それでも表情は晴れない。そんなところに、空気を読んだキツが口添えしてくれる。


「ワシも付いて行くから心配するな。霊力もまだ残っとるしの」


「――分かりました。気を付けてくださいね」


 そう言って、魔王様は竜牙達にもかけていたトリアルガードというバフ呪文をかけ、送り出してくれた。階段を降りると、二つのパーティーがぶつかる力の余波がより大きく身体を揺さぶってくる。今更になって、防具も無しに降りてきたことを少し後悔した。


 そんなこと言ったらシーナさんも防具無しでエプロン付けたままだけどな……俺とのレベル差はかなりあるけど。


「おつかれ、シーナさん」


「い、家彰さん?何でここに!?」


 戦闘力で考えれば意外な人選だろうが、別にそこまで驚かなくてもいいような気がする。


「ここにいたら危ないから、二人を呼びに来たんだ。旧交を温めるってわけでもないけど、もう殆ど掃除も終わってるし、礼拝堂でゆっくり話して来たら?」


「でも、竜牙さん達が」


「男ってさ、引っ込みつかないってか、止まれないときあるから。なんつか、こういうときって全力で殴り合って、全部出し切った方が後腐れがなくていいんだよ」


 竜牙達の専守防衛の態勢もあって、万が一はなさそうだしな。


「マユラさん、女性だけどね……」


「だからこそ、邪魔にならないように離れといてやるのが気づかいだ」


 リルフィーが何か言っているが、まぁとりあえず置いておく。俺の言葉に、シーナさんは盛大に溜息を吐いた。


「――はぁ。男の子って、そういうところありますよね……分かりました。少し不安ですが、竜牙さん達を信じます。リルフィー、一緒に行きましょう」


「で、でも……」


「おいで、リルフィー」


 そう呼んでシーナが両手を広げると、おずおずと言った感じで、ゆっくりとリルフィーが歩み寄ってくる。何か警戒心の強い小動物を飼いならそうとしてるみたいだ。


 何か和む。


「はい、捕まえたー」


 怖ず怖ずと近づいてきたリルフィーを、シーナがガバっと抱き着いて捕まえた。羨ましい。


「リルフィー!!」


 そんな仲間に気づいた女戦士が、ジャックのトンファーを弾いてそのまま一息にこちらへ、戦場を飛び越えてくる。正直、わざわざこちらに絡んで来るとは思ってもなかった為、俺の行動が遅れる。が、所詮低レベルの俺が動いたところでどうにもならないのだが。


「こんな足場も無い所で空中戦なぞ」


 キツの腕が一瞬で白い炎に包まれ、そのままワンツーパンチで火球を撃ち出して迎撃する。が、相手は身体を捻ってその双剣を使って二撃共を打ち落とす。彼我の距離はもうわずか。あと一発を撃ち出す余裕はないと思われたその時、キツがくるりとその場で回る。すると、しれっと生やされていた尻尾が火球を撃ち出し、空中で無防備を晒す女戦士へと命中した。


「あとは主様、任せる!」


 そう言ってキツが流れるような動作で俺の眼鏡を奪い、あわや地面に激突というタイミングでなんとか着地した女戦士が、キッとこちらを睨みつけてきた。


 結果、目が合った。


「軽はずみに使うなって自分で言ったくせに!?」


「礼拝堂が機能したのは確認しとる!後でシーナが解呪してくれるわ!!」


「いっそ使うならちょっとは楽しませ――」


「あ?」


「いや、なんでも……」


 青筋浮かべたものすごい顔で眼鏡を返してくるキツに、咄嗟に続く言葉を飲み込んで、眼鏡を掛けなおす。とっても怖かった。


「あ、あの……えと……名前、教えて――教えて、くれませんか?」


 キツの圧力に揺さぶられている間に、気づくと目と鼻の先で女戦士がもじもじしていた。シックスパックで頬に大きな傷跡のある、いかにも気が強そうな顔つきの女性が、とてもしおらしい。


「あ、あのマユラさんが……」


「実際見たのは初めてですけど……これが魔眼なんですね。今後も眼鏡外してこっち見ないでくださいね」


「めちゃくちゃハート抉られる!!」


 色々と思うところがあったのだが、シーナさんのその言葉一つでハートが砕ける寸前だ。


「あ、あの……」


「あ、あぁ……悪い。織臣家彰だ。その……よろしくな?」


 何やら不安げな視線に晒されたので、尋ねられた通り名乗っておく。


 ……なんだろう。美人に対してテンパるのとはまた違うこの感覚。割とガチ目に守備範囲外の相手に、こういう迫られ方をした場合の対処方法が分からない。


 いや、守備範囲外といえば今のキツもそうだけど……


「織臣か。いえ、織臣さんですね。私はマユラ=ヴィンゲージ。マユラって呼んでください」


「お、おぉ……まぁ、その……よろしくな?」


 ダメだ、何か調子こいた気障なセリフは浮かぶのだが、この相手に対して使うのは憚られる。そうなると、次点の選択肢が無い。30余年の人生、自分がどれだけモテなかったのか、そしてどれだけ適当にノリだけで生きて来たのか思い知らされる。


「シーナ姉ぇ、あの人、パッと見モテそうなのに煮え切らない感じだよね?」


「う~ん、そういうところが可愛いと思うんだけど――でも、どうも脈無しの反応っぽいわね」


 好き放題言っている二人が恨めしい。第三者で傍観する分には楽しい場面だろうさ。


「ほれ、あとはあっちの勇者同士に任せてワシらは離れるぞ。ああ、主様。其奴のエスコートは任せるが――紳士的にの?」


 キツに釘をさされ、俺は自分の信頼度の低さを実感しつつ、皆で二階へと退避する。シーナさんとリルフィーは二人で礼拝堂の部屋へと消え、俺は魅了状態のマユラを連れたまま、なんとなく魔王様がいる方へ戻りたくなかったので、少し離れたところで勇者同士の戦いの観戦に戻った。といっても、いろいろしている内に両勇者共に距離を取って肩で息をしている。おそらくそろそろ佳境だろう。ちなみにジャックとロベルトも空気を読み、離れて二人を見守っている。


「やるな、聖剣の勇者」


「お前もな、黒騎士」


 と、こんな感じで好戦的に笑いながら互いを称賛し合っているので、思惑通りというところだろう。暑苦しい連中だ。


「俺をここまで追い込んだことを誉めてやろう。そんなお前にささやかな贈り物だ。我が愛剣、ディストーション・ミラージュが誇る光喰らう一撃を見せてやる」


「ヘヘッ、なら俺もコイツの必殺技、久しぶりに使うとするか!」


 それぞれの構える剣より迸る黒と金の奔流が二人の間でぶつかり合い、火花を散らして荒れ狂う。


「ほう、その輝き。ただの聖剣ではないな」


「いいだろぉ、エクスデュラテインって、若干バッタもん感あるが、気合入れねぇと吹き飛んじまうぜ?」


 想像以上に微妙な名前だったが、ふんわりとシンパシーを感じてしまうのは、今の俺の名前と似ているからだろうか。


「ふん。貴様も、消し炭にならんよう心せよ」


 これは修繕やら掃除やら、後片付けが大変そうだ。そんな心配を他所に、示し合わせたかのように、シュバルツと竜牙が同時に動いた。


「エターナル・ヴォイドブリンガァァァアアアアアアアアア!!!!!!」

「シャイニングオーバースラァァァアアアアアアアッシュッ!!!!!!」


 そして、全ての決着がついた。


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