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第五話 黒い勇者 その1


「おはよう、主様」


「おはよう、キツ……」


 朝目が覚めると、すぐ目の前にキツの顔がある。それ自体に問題はない。そもそもこの部屋にベッドは一つだけなのだから、なんら不自然なことはない。問題があるとすれば――


「で、何で人化してんの?」


 目の前にあるのが狐の顔でなく、人の顔だということだ。


「そういう気分ってあるじゃろ?」


 可愛らしい顔に、頑張って背伸びしたような妖艶っぽい笑みを浮かべ、チュッと唇を奪われる。


 これが美女だったらなぁ……


 実年齢はどうあれ、残念ながらまだ年端も行かない外見の女の子に唇を奪われて喜ぶような変態性癖の持ち合わせは無い。


「マジヴァイスの補助無しで人化出来るようになったのはいいけど、こういう他人に見られると誤解されそうなことするのはやめて……」


 上体を起こすと、案の定キツは服など身に着けていなかった。窓から差し込む朝日が眩しい。


「いや、いっそそういう性癖に目覚めてくれた方が一人勝ち出来るんじゃないかと思っての」


「お前自分の主様がそんな変態で嬉しいのか……」


「……――まぁ、誰かに取られるよりはマシかの?」


「結構悩んでたな?今」


「最近主様、ちらほらと朝帰りがあったりするからのぉ」


「――うぐっ……」


 正直それを言われると弱い。とはいえ、あそこまで好意を寄せられて何もしないという選択肢もどうかと思うのだ。男として!


 それに魔王様美人だしな。美人だしな!!


「好いた男が別の女のところに通ってるのを知りながら、一人枕を濡らす夜……もう一度振り向いてもらおうと、恥ずかしいけど勇気を出して頑張ったというのに……」


 そう言ってキツは、よよよと泣き崩れる真似をする。それにしても、胸にチクチクと刺さる言葉だ。キツに対する罪悪感が無かったわけじゃない。こんな俺を本気で好きだと言ってくれた相手の顔が曇るのは、やはりツラい。だが、それは魔王様にも言えることで、結局流されるままに、その場その場で欲望に忠実な行動に出てしまう自分が憎い……!!


 とはいえ、据え膳食わぬは男の恥と言うが、眼前のちびっこを食べたらそれこそ男の恥な気がするしな……


「――ごめん。でもありがとう」


 キツを抱きしめて、子供をあやすようにポンポンと髪を撫ぜる。


「人間はいつの世も、見た目に囚われるのぉ……」


 唇を尖らせている割に、逃げないところは可愛いと思う。このまま色々と健やかな成長を見せて欲しいものだ。


「完全体の人化、楽しみに待ってる」


「――はぁ。なら今日も張り切って、修行とは名ばかりの奉仕活動に従事するかの」


「ああ。気合入れていかないとな」


 俺たちはベッドを出て手早く身支度を整える。時間的に、そろそろ朝食だ。


「お、忘れるところだった」


 枕元に置いておいた眼鏡をかける。こういうときのお約束アイテム、眼鏡。これは魔王様が用意してくれた魔眼の力を抑える眼鏡だ。こういう眼鏡をかけてまで抑えるのが魅了だというのは悲しすぎる。ついでに、この眼鏡を貰ったときに竜牙から刃が飛び出すナイフも貰ったが、能力との連動は何一つない。


「そのナイフ、別に持っとく必要も無いじゃろ」


「ああこれ、キーホルダーになってんだよ。付けたら一層ホテルの鍵っぽくなったけど」


「とりえず、部屋番号でも書くか……」


 そんなどうでもいい会話を交わしながら、俺たちは朝食が用意されているだおう食堂へと向かった。


 さぁ、今日も一日労働に従事するとしよう……


 ***


 魔王と勇者、両陣営の和解が成立してから、およそ一か月の時が過ぎた。皆で力を合わせて取り組んでいる魔王城の修繕もほぼ終わり、今は最後の仕上げとばかりに手分けして城の大掃除を行っている。そんな中、俺とキツは――


「よし!だんだん終わり見えてきた!!」


 モップを立てかけて見上げる先には、巨大なステンドグラスを背負った女神像がある。魔王城の一室だというのに、この部屋は最奥に設えられた像を中心に構成された、見たままの礼拝王だった。広さは魔王様の謁見の間と同じくらい広く、等間隔でいくつも並ぶ会衆席の長椅子や、精緻な内装も相まって清掃がなかなか進まなかった。


「もう今日だけで10回以上聞きましたよ、その言葉」


 そう苦笑して答えるのは、一緒に拭き掃除をしている、竜牙のパーティーで神官を務めていたシーナさんだ。修道服の上にエプロンを付けている装いにも随分慣れたが、やはり今でも突然視界に入ると違和感を禁じ得ない。


「まぁ、気力を振るい立たせんと、こんなだだっ広い空間の清掃なぞ続けられんじゃろ」


 額の汗を拭ってぼやくキツの目もうろん気だ。尚、現在もキツは人化しており、子供服の上に可愛らしいネコのアップリケの付いたエプロンを身に着けている。


 この礼拝堂の清掃は、残すところこの床のモップ掛けのみとなっている。一ヵ月がかりのこの大清掃作戦にも、ようやく終止符が打たれるというものだ。


「まぁおかげで、かなりレベルも上がったけどな……」


 そう、この掃除は経験値稼ぎの一環なのだ。各人に割り振られた城の修繕作業の中で、俺とキツは魔王様に相談して、トレーニングにもなる部署へと割り振ってもらったのだ。


「これで成果出んかったらやりきれんじゃろ……」


「神からの贈り物ですね。お二人の頑張りを、ちゃんと見てくださっているんですよ」


「いい神じゃな。ワシの知っとる神、そんなマメなことせんかったぞ……」


 指を組んで祈りを捧げるシーナさんに、キツがボソッと闇を吐く。


 そんなちょっとした休憩を挟みながら、だだっ広い礼拝堂の床を磨いていく。こうやっていつ終わるともしれない作業を延々と続けることで、精神に負荷をかけてMENを強化するというのがこの清掃――トレーニングの目的だ。と、聞かされている。が、俺とキツはただ力仕事に向いていないから、メインの城の修復から外されただけではないかという疑念が晴れない。


 いやまぁ、レベルは上がってるんだけどさ?


 この礼拝堂は、シーナさんが見つけて魔王様に相談し、使用許可を貰うまでは誰も使っていなかったそうで、最初はどこもかしこも埃だらけだった。それを外の修繕作業から外れた三人だけで清掃したのだから、そりゃトレーニングになるというものだ。いや、トレーニングというかもう修行と言ってもいい。掃除してレベルアップとかベスト・キッドっぽい。


「おぉい、勇者たちが帰って来たぞー!大広間だ!」


 礼拝堂にそんな声が響いた。声の主は、オーガのトラコネさんだ。パンチパーマに赤い肌、二本の角にトラ柄パンツと、何とも日本的な鬼のイメージだ。城の外にある鍛冶場で仕事をしていることが多く、以前見せて貰った彼の武器はトゲ付きの金棒だった。もう完全に鬼だ。


「あ、やっと帰って来たんですね!」


 シーナさんの声が嬉しそうだ。流石にパーティーメンバー一人で待っているのは心細かったのだろう。


「上手くいっとるといいんじゃがなぁ」


「まぁ、まだ一回目だからな」


 魔王城で作られた魔法道具を、人間である勇者を経由して人間の町で販売する。その商売の為に出ていた勇者のパーティーがおよそ三週間ぶりに戻って来たのだ。


「早く行ってみましょう。頼んでた化粧品が買えたのか気になりますし」


 別に仲間が恋しかったわけではなさそうだった。


「ワシの大豆もの」


 そんな即物的な聖職者と御使いに促され、城内の皆が集まる2階の大広間へ向かう。


「おぉ、大盛況じゃの」


 キツの言う通り、広間の前には人――正確には魔物――だかりが出来ており、それを縫うようにオーガの皆が次々と木箱を搬入していた。


「家彰さん、大成功!大成功ですよ!!」


 そんな声と共に周囲の魔物達がザッ!と一斉に道を開け、モーゼの如くそこを駆けて――というか這って?来たのは、もちろん魔王様だった。ちなみに俺に対する呼称だが、勇者が二人いる為、区別する意図で魔王様に家彰様と呼ばれたとき、どうもくすぐったかったからマイルドに変えて貰ったのだ。交換条件で、俺の敬語も訂正されたが、まぁそれはいいだろう。


 こんな美女と気さくに話せるような日が来るとは思わなかったぜ!ビバ転生生活!!


「おめでとう!魔王様!!」


 飛び込んできた魔王様を抱き留め、喜びを分かち合う。


「家彰さんのアドバイスのおかげです!」


「アドバイスって程のものじゃないけど……」


 なんとなく、魔物からのドロップアイテムが高額になるなら、いっそそれらを使った商売をしたら面白いかもと、ピロートークで言っただけだ。


「まぁ成功したようで何よりじゃ。ワシはともかく、主様達には入用なものも多いじゃろうからな」


「ひ、人の世は道具で溢れてるからな。それを作り方も知らずに享受して生きるのが人間だ。まぁその所為で、集団から抜けて生きていくのが難しいわけだけど……」


 やめてキツ、その目めっちゃ怖い……怖すぎて自分が何喋ってるのかちょっと分からなくなってきた。


「ああ、やっぱり酒は飲み慣れたのが一番だからな!」


 そう言って話に入って来たのは今回の任務を成功させた勇者、竜牙だった。その左手には瓢箪徳利が握られている。


「お疲れ様です、竜牙さん。しかし、昼間からの飲酒は感心しませんね」


「固いこと言うなって。家彰もどうだ?やっぱり米の酒が一番――」


 シーナさんの苦言を流して徳利を掲げる竜牙の手から、ヒュッと徳利が消え去った。


「――ふむ、悪くないの。濁り酒でもあればと思っとったが、やはり清酒は良い」


「お、バアさんいける口か?樽で買って来たからよ。あとツマミに乾物いろいろと。糠漬けも糠床ごと買って来たから、食いたいもん漬けれっぞ」


 奪った徳利を豪快に煽るキツの姿に、気をよくした竜牙が成果を語る。


「まぁ、実際に見に行った方が早いだろう。さ、行きましょう、家彰さん!」


 魔王様に腕を引かれて、荷物の集まるエントランスの中央へ向かう。丁度魔王様の為に皆が道を作ってくれるので、他のメンバーも一緒について来て、荷解きを行っていた者達に混ざる。城の周辺では採れない木の実やフルーツ、武器や杖、綺麗な生地に装身具と、本当に色々なものを仕入れて来たようだ。


「いやぁ、にしてもあの魔法の荷馬車ってのはスゲェわ。いくらでも荷物が詰め込める。おかげで買い出しが終わんねぇのなんの。流石に三人じゃキツいわ。人が増やせりゃいいんだけど、こればっかはなぁ」


 荷解きに夢中な女性陣から少し離れ、竜牙が溜息交じりに話す。


「増やせて俺かシーナさんだしな」


 俺が増えたところで、この低すぎるSTRじゃ役に立てるかどうか微妙だが。


「シーナは連れてったら買い物長ぇからなぁ。バアさんみたいに人に化けれる奴がいりゃいいんだが」


「ドッペルゲンガーとかか?」


「それかもう変装でどうにか出来るレベルのヤツでもいい」


 この城にいる魔物達を思い浮かべ、そこからコミュニケーションが取れる所謂上級モンスターを抜き出していく。オーガにアラクネ、ワーウルフにリザードマン、そして魔王様と同種族のラミアか。尚、この中で一番数が多いのはリザードマンだ。


「とりあえず、今のこの城の面子じゃどうにもならんだろ」


「だよなぁ……こんなことになんなら、もっと仲間増やしてから来りゃよかった」


「いや、こんな未来どう頑張っても想像出来んだろ……」


「ムズいなぁ……あ!いいこと思いついた!」


 と、竜牙が凄く良い笑顔をこちらに向け、そんなことを宣った。最早嫌な予感しかしない。


「一応訊くけど――どんな?」


「次町に行くとき家彰も一緒に行って、魔眼でちゃっちゃと女の子集めて手伝ってもらやいい!そのまま人手として連れかえりゃお前、毎日取っかえ引っ変えだぜ?」


 いい顔で言いやがる。もちろん、そういうのは既に考えた。当たり前だ。こんな能力手に入れたら有効活用出来る方法を考えない方がオカシイだろう。だが、どうにも穴が多すぎるのだ。


 まず、この魔眼は相手を選べない為、不特定多数に向けて使用した場合、最悪先月の姫みたいなのに粘着される可能性がある。結局、お目当ての女を手に入れるには、ターゲット以外の女がいない状況で魔眼を開放しないといけない為、人数を集めるには時間がかかってしまう。


 二つ目に、物騒な奴の女を掠め取ってしまった場合、俺のパラメーターでは負ける恐れがある。まぁ、これは竜牙が一緒にいてくれるなら何とかなるかもしれないが。


 三つ目に、連れ帰ることは不可能だ。流石にキツに泣かれる気がする。そもそも居候の身で、愛人何人も囲えないだろう。現実的なところで、2、3人が精々だ。


 あと四つ目に、こういう話は隠れてしないと――


「――ほう?なかなか面白い提案ではないか」


「どうする?主様。随分心躍る提案じゃのぉ?」


 荷物の中から取り出した生地を当てて、シーナさんやアラクネ達とワイワイ騒いでいたはずの魔王様とキツが、気づくと側で笑顔を浮かべていた。


「じょ、ジョーダンじゃん?そんなアレなことするわけ無ぇじゃねぇか。なぁ?」


「そこで俺に振るな!俺は今十分に幸せで――」


 ドッカ~ン!


 激しくデジャブを感じる音と共に、部屋の入口から煙が見えた。


 ああ……修繕作業、大詰めだったのに。まあ、俺はずっと礼拝堂の掃除だったが。


「ゆ、勇者だ!勇者が攻めてきたぞ!!」


 広間の入口に現れたリザードマンの声が響く。誰よりも早く動いた魔王様に続いて、俺達は広間を出る。吹き抜けの回廊から一階を見下ろすと、吹き飛ばされてエントランスに転がる扉の残骸と、その傍に三つの人影があった。


 ……竜牙もそうだったけど、城攻めしようってのに何でこんな少人数なんだろう。ゲームの影響受け過ぎか勇者。


「ふん、わらわらと出てきたか。聴け!魔物ども!!我はサ国が勇者、シュバルツ=ネーロノワール!卑劣にも魔王に攫われた姫を取り返す為、漆黒の闇より出でし者だ!!」


 中央に立つ黒い鎧を着た勇者が、剣身まで黒い剣を掲げて宣言した。


「あ――流石にそこまでやったらギャグだよなぁ……」


「サ国から来たのか漆黒の闇から来たのか、ハッキリせんの」


 周りが真剣な目で名乗りを上げた勇者を睨む中、竜牙とキツは生暖かい目で黒い勇者――シュバルツを見つめている。かく言う俺も、ちゃんと真面目な顔が出来ている自身がない。


「家彰さん達は下がっていてください。人同士で争うのは嫌でしょうし」


 そう言って魔王様は微笑み、次の瞬間には鋭利な魔王としての顔となった――というのに、


「いやぁ、俺としてはもうちょっと見てたいなぁ、アレ」


 興味津々な竜牙が全てをぶち壊す。ちなみに、何も言っていないがキツも、手すりの柱の間から引き続き楽しそうに覗き込んでいる。何となく、魔王様の額に青筋が見えた気がした。


「ほら竜牙さん、魔王様達の邪魔になりますから下がりますよ――ん?」


 竜牙を引き摺って下がろうとしたシーナさんが、何かに気づいたらしく、目を細めて一階の勇者一行を見る。


「シーナさん?どしたん?」


「いえ、たぶんあの子……リルフィー!」


 シーナがそう大声で呼ぶと、勇者のパーティーのシスター服に巨大なガントレットを身に着けた小柄な子が、キョロキョロと声の出どころを探すように首を巡らす。どうやら勇者のパーティーの中に知り合いがいたらしい。服装からして、おそらく同じ教会の子だろうか。そんな疑問を彼女に訪ねてみると、やはり大正解だった。


「ええ、以前私がいた教会で育った子です……あの子、運動音痴なのに何してるんでしょうまったく……」


 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる仕草は、彼女にしては珍しい。わりとストレスとは無縁に生きているイメージがあったのだが。


「偶然とは恐ろしいものだな。しかしシーナの知り合いか……なら倒してしまうわけにもいかんな」


「……すみません、魔王様。少し話をする猶予を頂いてもよろしいですか?あの子なら、無駄な血を流さず済むかもしれないので……」


「分かった。だが一人で向かわせるわけにもいかん。かといって、魔物が隣にいては話せんか……竜牙、そちらのパーティーでいけるか?」


 魔王様からのご指名に、待ってましたと竜牙がサムズアップする。


「端からそのつもりだ。帰って来たとこで鎧も着たままだしな。久々の勇者パーティー再編だ。皆、行くぞ!」


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