プロローグ
昼間でも、うっすら暗い近所の森の中。そんな森だから、雨が降りしきるこんな嵐の中ではマトモに前も見えない。それでも俺は雨除けのポンチョを被って、懐中電灯を片手に進んでいく。
「おーい、こん吉―!!」
20XX年。人類は未だ大いなる自然に対して無力です。そんなことは当たり前として、俺は声を張り上げて呼び続ける。
普段は呼べばすぐに出てくるのに……まぁ、雨の日に呼んだことないけど。
「こん吉―!!」
呼びながら、おそらくいつもの場所にこん吉がいると当たりをつけて、森の中を進んでいく。野生の獣ならこういうときに逃げ込む場所も用意しているとは思うが、この前の台風のとき、この辺りは土砂崩れがあったばかりだ。
流石に心配だよな……生え際がこれ以上後退する前に、不安の種は取り除きたい。
勾配があり、かつ複雑に曲がりくねった獣道を抜けた先。開けた空間にはトトロに会えそうな程に大きな楠の木が生えていて、若干だがそれが雨避けとなり、少し風雨の勢いが減じられている。そんな大木の根の間。地面を少し掘り起こしたのか、窪みの中で丸くなって震える毛玉を発見した。
「こん吉、生きてるか!?」
俺の声に、こん吉はびしょ濡れの頭を上げ、しかしすぐに力無くまた丸まってしまった。
「まぁこの横降りじゃぁ、雨除けにならんわな……ほら、こっちゃ来い」
レインコートを選ばなかったのは正解だったな。
かなり体温を奪われているこん吉の身体を、持ってきていたバスタオルで包んで抱き上げる。すると、大きな尻尾が力なくだらんと下がった。
ちなみに、名前から分かるとは思うが、こん吉はキツネだ。野生のキツネが人に懐くというのはどうにも考えられないが、少なくとも普段俺がここに来ても逃げはしなかった為、暇を見つけてはエサを持って、社会人としての心労を癒してもらいに来ていたのだ。
「さて……こっからはゆっくり進まねぇとな……」
両手が塞がり、懐中電灯はマトモに使えない。とりあえず点けっぱなしで首から下げてはいるが、あまり先が照らされていない上にこの嵐だ。慎重に慎重を重ねて行かなければ。
――と、ここまではハッキリと覚えているのだが……