表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

フェアリーキス 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶつぶは、キスした経験ってある?

 ――む、出たわね、いつものポーカーフェイス。その余裕ぶった態度、いちいちトサカにくるわねコノヤロー。ちょっとはあたふたしてくれれば、もっと可愛げがあるのに。


 ん、私? あるわよ、そりゃ。両手の指で数えきれないくらい。

 ――なによ、その顔。「どうせ本とか写真越しだろ」的な、小ばかにするニュアンスねえ。

 あんまり調子こいてると、今からあんたのくちびる奪うわよ。

 ブチュッじゃなくてブチッとね。ほーら、ここにソーイングセットのはさみが……。


 あっはっは、今度は「メンヘラ〜」って顔になった。つぶつぶの百面相は、見ていて面白いわ〜。

 ポーカーフェイスなんて、あんたにゃムリムリ。そうしてコロコロ表情変える方が、よっぽど魅力的ってもんよ。「そんな顔せず、笑え。つぶつぶ」、なんてね。

 ん〜、でもまだ私のキス経験について、疑惑アリって色が抜けない感じ? そんなにつぶつぶが私とキスしたがってるとは、予想外だったわ。

 ふふ、まあこの場は興味本位ってことにしときましょ。疑われたまんまだと私もシャクだし、ちょっと昔話をしましょうか。


 私が小さかったころ、学校であるうわさが広まっていたわ。


「妖精さんにキスできると、幸せがやってくる」


 初めて聞いた時には、「なにその劣化白雪姫?」と思ったわね。他のみんなも「ぼんやりしすぎ」と笑っていたけど、とある女の子が持ってきた話で状況は動き出す。


 その子の話によると妖精たちにも、私たちと同じように学校が存在するんですって。生まれて間もない妖精は、みんなそこへ通うの。少なくとも、人間にめったなことではいたずらをしないように、しつけられるのね。

 妖精たちの学校は、日が沈んでから始まる。空が暗くなり出すと、子供の妖精たちが順繰りに登校を始めるわけ。

 妖精の世界に時計はない。太陽の動きにのっとるから、季節によって学校の開く時間が異なる。それが時刻にこだわる人間の世界とかち合えばどうなるか。

 この、日が早くに暮れかかる冬は、私たちの下校と妖精たちの登校が重なる時ってわけよ。だから妖精を見つけて、キスすることができるってわけ。

 ちょうど今みたいに、太陽がほんの少しだけ顔を出している時間にね。ふふふ。

 

 絵本の中でしか見たことのない妖精。「会えるんだったらぜひ!」というメルヘンな子から「だったら、実際に見せてみなよ」とドライな態度をとる子まで、さまざま。

 話を持ってきた子は「じゃあ放課後についてきたい人はついてきて」と、自信まんまん。私も半信半疑ながら、みんなと一緒にいくことにしたのよ。

 ちゃんちゃん。

 

 はい、それじゃこれで前半の終わり。後半はまた日を改めて、話をするってことで。

 ――ふむむ、いかにもフラストレーションいっぱいって感じねえ。

 そーいう顔を見られたのは面白かったけど、つぶつぶの帰る道、こっちじゃないでしょ? 別に彼女じゃないレディの家までついてくるって、失礼な気がするんだけど。

 

 ――え? むしろレディの身が危ないから、ボディーガード代わり?

 

 ふーん、なに? ちまたでいう「きしどーせーしん」ってやつ? 

 つぶつぶは、地図は読めても、道を覚えるのは苦手な気がしたけど、大丈夫? 帰れる?

 あはは、子供みたいにふくれちゃって、しょうがないなあ。ま、構わないなら続きを話してもいいけど。


 私たちは通学路から少しはずれる、水道道へやってきたわ。今、歩いているこことよく似た、両脇に田んぼが控える一本道。私たちも一列になってずんどこ進んでいた。それほど多くないとはいえ、車が通る場所なのに、用水路ではホタルが見られる珍しい地点だった。

 学校が終わるのが遅かったこともあって、まだ5時にならないうちから、空がだいぶかげってきた。安全のために点滅するライトを持ち歩いている子もいたけど、話を持ってきた子が制した。


「妖精たちが怖がっちゃう。そんなものを出したらダメ」と。


 彼女の足取りはゆったりしたものだったけど、暗闇の足はずっと速い。まばたきひとつで、空のライトが一段階暗くなる。そう感じちゃったくらい。これまで何度も通ってきた道の上なのに、寒々しさを覚えはじめるほど心細い。

 実際に厚着をしている子でさえ震え出したところで、彼女はぴたっと足を止めた。


「間に合った。来たよ」


 そうつぶやく彼女の前を、ふわりと横切る光があった。

 長さは5センチ程度。線香花火の火の玉がいくつも連なって、細い棒状を成したかのような輝き。火花と呼ぶには、落ちるのがあまりにおだやかすぎる。粉のような光を盛んに散らしながら、遠ざかっていったの。

 それを見送るや、ふわりと辺りの田んぼから同じものがたくさん浮き上がったんだ。膨らんだ風船のように、ぷっかりと昇る、同じような光の塊。それらは私たちの顏の高さくらいで止まると、一斉に同じ方向へ飛び立ち始めたの。


「ほらほら、妖精だよ。キスしないの?」


 彼女の声がしたけど、私たちはもうそちらを見やることもできない。目の前を慌ただしく横切る光の火花は、ぱちんぱちんと音を立てて、私たちの服や髪へ跳ねてくる。

 燃えはしないけど、思わず飛びのきたくなるくらい熱い。たちまち大騒ぎになったわ


 ――こんなの、妖精じゃない。


 悲鳴が飛び交うこの空間で、私は思う。

 私の考える妖精は、確かに花に隠れられるほど小さい。保護色の服を着て、かわいらしい女の子で、歌や音楽に合わせて飛び回ったりするもののはず。

 それがこんな明るすぎる色で、火花をまき散らせて、誰かを傷つけかねないもの。そんなのが妖精だなんて認めない。あるはずがない。


 逃げ出そうと踵を返しかけた私の背中を、誰かがどんとおした。その拍子に、前を横切ろうとした光と、私のくちびるがぴったり重なっちゃう。

 じーんと私のくちびる全体に痛みが走った。上と下から、鋭い爪を立てて挟まれたかのよう。

 思わず手をやると、ざらざらして生温かい感触が。手のひらには鉄の臭いがこびりついていたの。血が出ていた。


「――おめでとう。これであなたも幸せよ」


 声は紛れもなく彼女のもの。肩もつかまれたけど、ぞっとするほど強い力で一気に引きずられたわ。

 みんなの騒ぎ声が遠くなる。アスファルトを引きずっていた足元は、やがてふっと離れて、ぶらりんと垂れさがっちゃった。私たちを取り巻いていたあの光たちはますます遠く……いや、小さくなっていく。

 私の身体は宙に浮きあがっていたの。暴れようとする私の肩が、いっそう強く握りしめられる。


「妖精の奥さんはね。旦那さんがずっと守ってくれるんだ。守るといっておきながら、すぐに約束を破っちゃう、人間の旦那なんかとは違ってね」

 

 

 それからどうなったかって?

 うん、私は妖精の奥さんになったの。旦那はあいかわらず私よりずっと小さいまま。でもくちびるで触れると、なにより暖かい。それでいて、どんなスープよりもおいしいの。

 私が甘いものを望めば甘く。しょっぱいものを望めばしょっぱく。もう日に何度も味わわなきゃ済まないくらい。

 ――何よ。「とうとうお花畑に入ったか」みたいなあきれ顔。ま、表情の変化は旦那相手じゃ味わえないからねえ。楽しませてもらっているわ。


 ウソだと思うならほら、道の脇にあるその植物、分かる? トランペットみたいな頭をしているでしょう。

 これ、クックソニア。今から4億年くらい前、存在していた植物よ。初めて海から陸へ上がった生き物のひとつ。

 難しかった? じゃあ……これはどう? どこかで見たことあるんじゃない?

 ――分からないかあ。これね、タカノホシクサ。ホシクサ類の中でただひとつ、水の中に沈んじゃう性質を持ってる。水面に出るのは花ばかり。ま、これももう絶滅しちゃっているんだけどね。


 あはは、キツネにつままれた顔してる。ほら、周りをごらんなさいな。

 先ほどまでの田んぼ道はどこへやら。あたりに木が生え、足元に草が茂り、「キイキイ」と絶えない獣の声。まるでどこぞの密林ね。ほら、今もずしんずしんと、地面が揺れているの分かる?

 あれね、アルクトテリウム・アングスティデンス。50万年前までアフリカで生きていた、当時最強の肉食動物だったクマよ。

 二本足で立った時の身長は4.5メートル。体重は最大で1.5トン強。今のクマとは段違いの速さと膂力、そして長い四本足。

 ぶつかってこられたら、全身骨折じゃ済まないよ。電車に轢かれたみたいに、ばらばらになっちゃうんだ。しかも犠牲者はしばらくそのことに気づかない。

 身体の自由が利かなくなって、「なんで? なんで?」って辺りを見回す。でも足の長い下生えに遮られて、様子が分からない。次第次第に痛みが広がって、涙がまなじりに溜まっていく。そうしてゆがんだ視界の中で、クマが自分の胴体をくわえあげて、初めてわかるの。

 ああ、自分はバラバラになっちゃったんだって。もう、助かる見込みはないんだって。そしたら後は目を閉じて、増していく激痛が一刻も早く終わるのを祈るしかない……。

 どうしてそんなに分かるのかって? だって何度も見てきたから。あれね、旦那のお迎えなんだ。

 

 さ、つぶつぶ。もうここでいいから。これ以上進んだら、さっき話したような目に遭っちゃうよ。

 旦那は嫉妬深いからさ。是が非でも味わいたいとかなら止めないけど……つぶつぶにとっちゃ、書き記せなかったら意味ないでしょ?

 はい、その場で回れ右。絶対こちらを振り向かないで。たとえ木や川があっても立ち止まらないで。彼らは自分からよけてくれるから。

 そのまま真っすぐ歩いたならば、それがあなたの帰る道。いつもの道につながるから。

 また明日、学校で会いましょう。それまできっと無事でいて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 彼女がそれをどう受け止めているのかはわかりませんが……。 キスは、大好きな人とするから幸せな気持ちになれるのだと私は思うのですが。 彼女は恋よりも先に、キスの味を覚えてしまったのかもしれませ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ