プロローグ
薄暗い部屋で一人、テレビ画面と見つめ合う。
「海が紫色になってから早いことで20年が経ちました」
アナウンサーの聞き飽きた声に嫌気がさしおもむろにチャンネルを変える。
20年・・
生まれる前の話だから実感がわかない
20年前の今日、突如世界の海が青色から紫色に変わった
当初人々は困惑し、ペットボトルの水や備蓄の水を節約しながら消費していたが、政府から健康への安全性が褒賞されたことで紫の水も以前と同じように扱われることとなった
月日が経てば慣れるもので今では何事もなかったように日々を過ごしている
生まれた頃から海が紫色だったので違和感を感じないが、海に連れて行ってもらった時に親戚のおばさんが「ジェネレーションギャップ」とボソッと言った光景がなぜか頭に染みついている
今の薄紫色の海も綺麗だが青色には青色の良さがあったそうだ
青かった頃の海を見てみたいような気もする
「またも17歳の少年が世界新記録を更新しました」
そんな声に意識が現実に引き戻される
「最近若い人の活躍が顕著になってきましたね」
アナウンサーがそう切り出し専門家に話を振る
「そうですねぇ最近は若い子たちが記録を塗り替えつづけていていますし、スポーツだけでなく囲碁将棋、科学分野の研究など様々な面で優秀な子達が出てきて本当に将来が楽しみです。」
テレビから近い年代の子供達の活躍している話が聞こえる
最近同じ世代の人たちが活躍することが多い
それも異常と言って良いほどだった
日本に限らず世界の若者が世界新記録を更新していく
紫の水の影響なのではないかと噂されたが
紫の水は普通の水と同じ成分が検出されているという話なので信憑性は極めて低いのだろう
もっとも平凡かそれ以下の俺には関係の無い話だが
「・・・」
こんなところで何をしているのだろう
両親が共働きで忙しく休日もほとんど家に帰らなかった
そんな家庭環境で普通に高校に通っていた
少ないながらも気の合う友達がいて、楽しく学校に通っていた
そんなある日、ずる休みをした
なんとなく行きたくなかった
そんなどうでもいい理由だった
だが、家に一人しかいない以上引き止めるものもいない
そうしたことをやっているうちに癖になった
そうして家に引きこもるのが日課になり
平日水曜日の昼間にお菓子を食べながら部屋でテレビを見ている
学生をニートと呼ばないのかもしれないが今の状態はニートに極めて近い状態だった。正確には引きこもりか。
学校に行くのは簡単だ。
簡単だが行く気にならない
楽な方へ楽な方へ流れるのは人間の性なのではないか、などと頭の中でくだらない言い訳を思いつき皮肉な笑みを浮かべる
頭を掻こうとして腕の端に何かが引っかかった
封筒だ
「国民健康診断?」
朝リビングの机の上に置かれていた郵便物を持ってきていたのを忘れていた
国民全員が3年に1回受ける健康診断だったか
そういえばこれも海の水が紫になってから健康被害を気にして始まったんだった
海の色が紫色に変わった当初、国民の疑念や不安は晴れなかった
そんな中、勢力の拮抗していた政党の片方が国民全員の定期的な健康診断(国負担)を公約に掲げ勝利を収めた
水による健康被害こそ見つけられなかったが、様々な国民の隠れ病を発見したことでそのまま今も続いている
確かに便利だが健康体の若者にはほとんど無縁のものだ
そんなことを考えているうちにテレビの話題は変わっていた