朱の鳥は店に立つ
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エリュトロンは自室のベッドに寝転がっていた。すでに夜は深まり家人もそれぞれの部屋に下がっている。見慣れた天井に手を伸ばし、手の中に残された金属の感触を弄びながらチャリチャリとなる鎖を指先に絡めた。
「仲直りに使ってくださいね。」
彼女はそう言った。
しかし、これをそんなこと(・・・・・)に使う気なんて毛頭なかった。
今までのエリュトロンならばそうしたのだろう。彼女がねだればその分与え、その喜ぶ顔をめでていた。だというのに、決して『愛しい』とも『恋しい』と口に出さなかった。出したくなかった。自分の中の違和感の正体がわからないままだった。
だが出会ったのだ。目を逸らすことのできない存在に。囁くような声すら漏らさず拾う存在に。誘われるような花のように甘やかな存在に。狂おしいほど求める存在に。
そして、胸の内の想いを囁かずにはいられぬ存在に。
今ならはっきりわかる。ルリが自分の番だと。
手の中のそれは銀製で文字盤はくねくねとしたちょっと変わった独特の形をしていたが、読めない程ではない。よく見れば12と3と6と9の文字は青入れでそのほかに赤と緑と茶色がある。
「四属性かな?」
パチンと音を立てて蓋を閉めると透かしの細工がされている。木に留まる濃紺の鳥は所々赤色が混ざっているからきっとこの鳥はルリカケスだろう。
「そういえばあの店は鳥に関するものも多かった。」
ということはきっと彼女は鳥に由縁のある娘なのだろう。匂いは人だったことを考えれば純粋な人族ではなく、獣人から稀に生まれる突然変異の人族ということなのだろう。
「ルリ……。ルリ……。」
つぶやくように囁くだけで頬が緩む。にこやかな笑顔が瞼から離れない。
触れたい。
誰の目からも隠して鳥かごに閉じ込めるようにこの腕の中に囲っていたい。
ぽってりと膨らむ唇を啄み含み舐り混ぜくり吸い付いてしまいたい。
隠されたその四肢を暴き晒し蜜を溢れさせ貫いてしまえたらどんなに幸せだろう。
叶うことない夢想を誤魔化すようにぎゅうぎゅうと枕を掻き抱く。
いつか叶うだろうか、愛しいその人を名前で呼び、美しい声で名を呼んでもらって自分だけに微笑んでほしい。
「ああ。重症だ。」
いっそ夢で逢えればこの心は満足するのだろうか。ぼやける頭でそんなことを思いつつ愛しい人に会えることだけを願って瞳を閉じる。
朝一番、エリュトロンは獣化して空を飛んでいた。
昨日の様子が気になったから、だなんて言い訳をしながらただ会いたいという欲を満たすために、ルリの店を目指す。
開店一番と思しき時間だが構ってなどいられない。
降り立ったその店は前回きた時と様変わりしていた。大きなガラス窓から見える室内の様子から武器屋だとわかる。
こんな短期間に改装したのだろうかと驚く。
入り口横の黒板を見れば開店と表示されている。
戸口に手をかけて深呼吸をする。一回じゃ足りなくて五回呼吸をして開く。
前回より広くなった店内は前に来た時よりもがらんとしていた。前に来たのは二日前。その間に売れるほどの人気店だったとは知らなかった。
確かにいつも注文する装飾はとても見事なものだし、ぱっと見ていただけでも出来は素晴らしいものだったが、これほどの名工だったとは思っていなかった。
寂しくなった店内を見渡していると奥から人の気配がし、ルリがやってきたのかと振り返れば……。
「いらっしゃい。」
おと……こ?
まさかもう番が決まっている?
たしか表は『ジョンのアイテム用品店』とあった。ということはこの男がジョンだというのか?
まさか想いを伝える前に玉砕なのかと絶望に覆われる。
「ご用命はおきまりでしょうか?」
大柄ではあるが接客にはなれているらしい男は柔らかくそう言った。
「あ、あーその、武器の制作をお願いしたい。失礼だが店主どのだろうか?」
「あ、いやおれは……。」
男が何か言葉を紡ごうとした時だった。
「兄さん、お客さんですか?」
この声間違えるはずがない。
自然と動悸が上がって焦がれる姿を探す。現れた彼女は柔らかな微笑みで迎えてくれた。
や、まて。今兄といった?確かによく見れば髪色や瞳が同じだ。
心の底から安堵して緩んだ頬で彼女に向き合い用向きを離しながら彼女の表情をつぶさに観察する。
それから武器についていろいろ喋って時間は瞬く間に過ぎた。
ひとまず短槍と弓矢を一組注文して、遅番の仕事に間に合うよう慌てて王都へ向かって羽ばたくのだった。
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