領主代行は無血にて平原を治める
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厳しい北の平原に二台の馬車が砂塵と共に駆けてくる。
平原を埋め尽くすような大群の100mほど手前で馬車は止まると、一台目からメイドが降りてきた。
あまりにも状況と浮世離れした光景に北国の男たちは固唾をのんで目を見張っている。しかし、メイドは何にも気にすることなくいそいそと折り畳みのガーデンテーブルを設置し、パラソルを広げやはり折り畳みではあるが上質の椅子を三脚ずつ向い合せる形で並べると再び馬車に戻り、今度はティーセットを用意しだす。
すると今度は二台目の馬車が開かれ、一人の男が降りる。白銀の髪に赤い瞳、頭の上に三角の大きな耳が生えておりズボンの後ろからは三つに分かれた太く毛並みの良い尻尾はその男の強さを一目で知らしめていた。
男は恭しく中の人物に向かって片手を伸ばす。その手に乗せられた白い手をしっかりと握りゆっくりとした動作で階に青い靴がチラリと見える。青いドレスを纏う女のまるで王宮の舞踏会にでも現れたような優美な姿に北国の男たちはとうとう声を失った。その後からさらに二人の男が降りてきたが、そちらには目もくれない。
三脚並べられた椅子の真ん中にそっと近寄れば白銀の男が椅子を引くと女は優雅に腰を掛け、男はメイドの横へと下がる。代わりに別の男二人がその両脇に一歩下がって待機した。
メイドは紅茶を用意し、女に差し出した。女はメイドに微笑みかけると出されたそれに口を付けた。戦場に突如現れたそれらは、そこだけ見れば午後のお茶を楽しむ貴族である。
夢から覚めたようにハッとして軍を率いる男……青年は苦虫をかむ思いで歩みを進める。それを支えるように両脇から二人の壮年の男が付き従った。
遠目では女としかわからなかったがしばし歩いて寄ってみれば若い令嬢とわかる。こちらには一瞥もくれることなく微笑んで暢気に茶なんぞ飲んでいる。
青年は焦っていた。一日も早くこの砦を落とし中央の王都に攻め込みたい。一年の半分以上を寒さに閉ざされる厳しいこの地はもう後がないのだ。この季節を逃せば本格的に冬が来る。そうなれば国民の半分どころかほとんどが死に絶えるだろう。あちこちの国境で絶え間なく起こる戦争に国は疲弊している。そのうえ飢饉も手伝って春にはもう国が亡ぶ。ここで負けるわけにいかないのだ。
設置されたテーブルの前まで来て女を観察する。どうやら武器は持っていないようだ。控えた男たちは持っているようだが、丸腰の女性を前に自分が腰に剣を履いているなど武人の名折れだ。鞘ごと剣を取ると副官に渡す。渡された男は何か言いたそうではあるが視線でそれを制すればあるとの声が耳に響く。
「どうぞお座りください。クリストファー・エッセル様。」
女の声と共に青年の前に紅茶が出された。青年が誰かわかっていながら女は立ち上がるつもりも礼を取る気もないらしい。この200万の軍を前に随分と余裕な態度だ。引きつる頬を抑えて青年、クリストファーは椅子を引く。
クリストファー・エッセル。北の隣国エッセルの王弟である。王とは年の離れたその青年は端正な顔立ちをしていた。
「では失礼させていただく。パンテーラ・セプテント嬢。」
目の前の少女の名前をあえてフルネームで呼ぶことでこちらはすべてわかっていると暗に言い含めているのであろう。しかし、少女は動揺することなくカップを置くとよどみなく言い放つ。
「我が国の要求は三つ。我が国の裏切り者であるデレクトリ・ルクシアの引き渡しすこと。国境に位置するガルデニア山とガルデニア平原の譲渡。これらを行い直ちに軍を引きエッセル王都に戻り国王ラセル・エッセンの首を差し出すこと。」
「な!!」
いきなり突き付けられた条件に言葉を失う。
「それを守れるのであれば我がアニマ国は貴殿方に対し三つの譲歩を行います。まずはこの戦争をおこしたことに対する賠償責任を問わないこと。我が国との交易に関し5年間破格の関税で自由に行うこと。そして……。」
言葉を途切れさせるとパンテーラは三本のリボンを差し出した。テーブルの真ん中に置かれたそれにエッセル国の三人は瞠目した。
見違えるはずはない。新緑色のリボンとそれに書かれたメッセージと署名。
「これをどこで……。」
予想と違う出来事に青年はかすれた声を絞り出す。その胸中は両脇の将軍も同様のようである。
「もちろん友好的にご本人方からお借りしました。」
「っ!彼女たちをどうした!」
「ご心配には及びません。後宮よりは扱いが落ちるでしょうが我が領にてお預かりしております。まぁ、200名近い人数で遺憾なことながら場所が足りず十分なもてなしができていないことには目をつぶっていただくしかありませんが。」
その言葉に男たちの顔から一気に血の気が引く。無意識に動いた左手が右手の人差し指を撫でる。
北国エッセルは土地柄どうしても食べ物に乏しい。これまでの前王までは何とか国内産業と穏便な貿易で何とかしていたが、5年前の新王即位からその方針は一新され戦争まみれの日々だ。
男たちは戦地にい赴く際に妻や婚約者、恋人とあるものを交わす。男は自分の瞳と同じ色のリボン。そのリボンには帰れるか明日をも知れぬ男が最後にささやく愛の言葉が署名とともにつづられている。そのリボンはただの贈り物ではない。戦地に送り出した男が戻らぬ間に敵はもちろん盗賊や政敵に女たちが襲われた際、その貞操を守るために己の首を絞めるためのものだ。どんな時でも信ずる男に操を立て、己と彼の名誉を守るための誇り高い死をもたらす道具だ。そしてそれに書かれた署名がまごうことなき男の唯一だと証明するのだ。
対して女たちからは二つの皮の指輪と自身の一本の髪の毛が渡される。男たちは指輪を両手の人差し指に嵌めると片方にその上から髪の毛を巻く。人間の髪とは思っているより丈夫で伸縮する。その髪は戦場において男たちの最後の武器となる。また、どんな困難にあっても希望を捨てず愛しいもののそばに戻れるよう最期のその時まで諦めない戒めとなるのだ。
「ああ、誤解しないでくださいませ。」
そういうと一台目の馬車を閉じた扇子で指せば、その場の視線がすべて集まる。馬車からこちらを不安そうに覗く可憐な少女が座っている。
「ジョセフィーヌ……。」
「危害を加える気はありません。クリストファー殿のクーデターが成功した暁にはこちらで保護した将軍・領主の奥方々を無条件でお返しします。」
「保護……?」
「ええ。なんでも稀代の好色王は即位と同時に要職に就いたお歴々の奥方や婚約者を保護とは名ばかりに後宮に押し込めては次々お手付きにしているとか。その一方で殿方には領主経営も立ち行かぬほどに戦場に送り出しては戦死と称して気に入った女たちを側室に召し上げているとか。いくら幼い婚約者といえ毒牙が伸びるまで時間がないと勝手ながら判断しました。」
口の中を清めるように紅茶を一口含んで喉に流すとそっと目を伏せてつぶやく。
「花は安らげる土壌があって初めて美しくさけるというのに。」
その言葉に青年は隠すことなく悲痛な面持ちを浮かべた。両脇の男も今は触れることの叶わぬ最愛を想っているのだろう。
そこへルナールが口を開く。
「獣人は番を無理に引き離すような愚行はしない。その痛みを何よりも知っているからだ。けして悪いようには致しませぬ。」
「我らが王はこれを期に新王クリストファー陛下との和平条約を望んでおられます。大義は間違いなくあなたにあるでしょう。大願成就の際はアニマが一番に寿ぎを述べるでしょう。」
そこまで聞くと青年は馬車に向かって一瞬泣き出しそうな微笑みを向けると、それが幻だったかのように険しい表情で立ち上がる。
身をひるがえすと軍を引き連れ平原を去っていった。たった一人の男を残して。
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次回いよいよ第3章フィナーレです!(たぶん)
まだまだ頑張ります!!




