領主代行は訓練する
お越しいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価くださった皆さんありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
王都の夏の日差しは北の領地よりずいぶんと痛いものなんだな。まるで異界のように感じる。そんなパンテーラをよそに少し前を歩くカウはそわそわとした様子で口を開く。
「あの、セプテント様。」
「ああ、私のことはパンテーラで結構です。」
「では、パンテーラ様、今回は訓練をお引き受けいただきありがとうございます。うちの隊は次期王妃付きとなることが決まっているためある程度見目の整ったものが選ばれていまして、その為尊きお方に近づけると勘違いしているの者もいるようで情けない話ですが……。」
最後は消え入るような声で告げる物言いにパンテーラは声に出すことは無いものの納得したようにうなずく。
実際目の前のカウ隊長は体の凹凸ははっきりしているし、絶世の美女とはいかないまでも軍人の中にあっては美人に分類されるだろうし、王都の社交界に出てもそこらの貴夫人と引けを取らないだろう。
おそらくそれは彼女だけではなく、この特殊な部隊全部に言えることであるが、これまでむさ苦しい軍人畑でいた女性たちが王宮の華々しい表舞台に出るとなればこれまでと違った部分で力が入るのもまぁ、理解できなくはない。
しかし、それで本職の警護がおろそかになってしまっては本末転倒も甚だしいのだ。
「なるほど、軍人と言えども女性ですからね。次期王妃のそばにいるとなればおぼえめでたく王の目に留まりお手付きとなることもないとは言い切れませんし。」
「は、はい。そうなのですが。」
「まぁ、だからと言って本職怠るのは職務怠慢。本末転倒。軍人としてあるまじきことです。」
「はい!もちろんです!」
パンテーラの言葉にカウは笑みを取り戻し壊れた人形のようにカクカクと頷く。
「大丈夫です。そういう者の扱いは慣れてますから。」
淡々とした語りにカウは目を見開く。事実、北の領地でもある程度身分のある男性の目に留まりたい平民出身の女性士官はいた。しかし、そういう者ほど志がないので男女差別することなく課される訓練に根を上げてやめていく。
稀にそれでも根性見せて生き残る者もいるが、そういう場合もはや当初の目的はすっかり忘れ打倒パンテーラとなる。それもしばらくすればまた別の目標にすり替わっていくわけだが、結局のところ一軍人として立派になってさえくれれば同じことなのでパンテーラは気にしないことにしている。
そうこうしているうちに軍事演習場に到着する。
なんでも聞けばこの時間は毎回彼女たちのために特別に貸し切っているらしい。これまでは他の隊や班と一緒に使用していたのだが『いつかお手付きになるかもしれない私たちが他の男性と同じ空間で訓練などありえない』とそれはそれはケルベロス顔負けの剣幕で情感に詰め寄った結果、もぎ取った特権であった。
(そんなこと受け入れる上司ってどうなのでしょうか。)
遠い空を見上げてパンテーラは胸中でつぶやく。
そんな演習場には揃いの軍服を着た女性が20人ほどいた。女性らは手に日傘を持ち木陰に群れている。おまけに中には香水をふんだんに振りかけているのか大分きつい香りが充満している。しかも一種類や二種類ではない。はっきり言って……。
「くっさい。」
「あ、ええっと。」
「香水というのは付けた人間の体液と混ざりその人のフェロモンと共にオリジナルの香りとなってほのかに香るから良いのであってこれほどの広い野外空間ですらきつい、まして他人の香水と混ざるような下品なつけ方をするなんて淑女としての美学に欠けます。ましてそれで殿方を落とそうなど片腹痛いですね。淑女教育からやり直すべきです。」
「え、ええ?ええ!?」
急に語りだしたパンテーラに困惑したカウ隊長はまともに返事もできない。
「彼女たちの演習を一時間減らして毎日淑女教育を取り入れてください。次期王妃殿下のそばに控えるのであればどんな場面でもきちんとできるだけの素養も必要です。今後他国の賓客をもてなす場にも立ち会うはずです。早急に教育係りの手配をしてください。こんな事もわからないようでは務まりません。」
明らかに響くように発せられたその声に木陰の女たちは明らかにムッとしている。そんな視線をものともせずにパンテーラはカウ隊長に向かって本日の訓練メニューが書かれた紙を見せてもらう。
「王妃付きともあろうにたったこれだけしかやっていないなんて給料泥棒もいいとこですね。国民の血税を何だと思っているのか品位もなければ自覚も足りないとは。同じ時間で倍はこなさなければ使い物になんてなりません。仕事も満足にできないのにお手付きなんて……ふっ。」
最後の方はこらえきれないと言わんばかりで、視線は手元の紙に注がれているが肩が震えている。これは本気で笑いをこらえている。とでも言いたげである。
「まぁ、一体どこの所属のものですの!?」
「わたくしたちのような選ばれし者に向かってなんという口の利き方。」
「無礼者!そこになおりなさい。」
そろそろ集合をかけようとしていたが、あからさまなパンテーラの独り言に我慢しきれなくなった者たちがワラワラと集まってきた。
そんな彼女たちの物言いにとうとうパンテーラは我慢の限界に達した。
「ふ、ふふふふふふ。あははははは。と、特別って。寄せ集めの間違いじゃ。は、はははは。一体、ど、どこの後宮のつもりかしら。お腹痛い。」
「あの、パンテーラ様。」
「ご、ごめんなさいね。悪気はないの。ただあまりにも現実味がなさすぎて。夢見る夢子の集団に呼吸が止まりそうなだけなの。」
用紙をカウに返しながらパンテーラの目じりにはしずくすら浮かんでいる。
「はぁ、久しぶりに声を上げて笑ってしまいましたわ。……皆さま失礼いたしました。私は北領地所属、パンテーラ・セプテントと申します。本日は次期王殿下の勅命により次期王妃護衛部隊の訓練を監督しにまいりました。どうぞお見知りおきを。」
居並ぶ面々に改めて向き合い、完璧な淑女の礼をしてみせた。
「北の田舎からわざわざ監督ですって?」
「身の程知らずも甚だしい。」
「田舎者の実力などたかが知れてますわ。」
口々につぶやかれる言葉にパンテーラは変わることない笑みを浮かべている。
「それでは皆さんの実力を先に見せていただきましょうか。お互いの実力が分かるほうが今後の訓練にも身が入るでしょう。」
言うが早いか、パンテーラは演習場の隅に置かれた刃のつぶれた練習用の剣を手に取る。
「1対20。どこからでも構いませんわ。人族もいるようですし、魔法を使っても構いませんわ。どうぞ殺すつもりできてくださいな。」
言葉と共に演習場の真ん中に歩み出る。いかにもどこからでも来いと言わんばかりである。そんな明らかな挑発に対し、女たちは次々に日傘を投げ出し腰の剣を握る。
「傘の置き方も品がない。」
「そんな口今すぐ叩けに様にしてあげるわ!」
「望み通り死になさい!」
大きな声と共に叩き込まれようとした一閃は2本纏めて横に構えた剣に受け止められる。と同時にさらりといなされた背中にすかさず後ろ回し蹴りが叩き込まれた。体の回転と共にくるりと回るスカートの裾が花のように広がった。それは戦いというよりもダンスとすら思われる動きだ。
蹴りだした足が着地するよりも早く上半身を逸らせ剣を立てに構えると火花が散った。
「後ろからならいけると思いまして?」
受けた剣を手首だけでくるりとまわして蹴り上げれば顎先をかすめて相手の剣が上空に舞う。着地した足に力を込めて踏み込めば地面が揺れて跳ね上がり槍のような棘がパンテーラの周囲を囲むように付きあがる。
「あら、あら、まだ始まって間もないのにもう半分でしてよ。」
土の棘を収めて手近な相手に駆ける。懐に飛び込めば目にもとまらぬ一閃がひらめく。
そうこうしてるうちに10分と経つことなく20人すべてが地に伏した。
「予想よりも早く終わりましたね。」
今日の天気は晴れでしょう。と同じくらいにあっさりとこぼすパンテーラにカウは口を閉じ目を見開くことしかできなかった。
確かに最近は訓練をさぼり気味と言ってもいいような内容の訓練しかしていない彼女たちではあるが、王都を守る軍人の中でもトップクラスであることには違いない。そんな彼女たち20人を相手に息を切らすどころか汗一つかいていない姿に背筋が凍った。
「さてさて、このまま起きるのを待っているのも時間がもったいないですしねぇ。」
言うが早いか、つま先をトントンと鳴らすと地面がうねって20人すべてが一所に集められた。
「カウ隊長?この近くに井戸はありまして?」
「あ、すぐそこの武器庫の裏にあります。」
「ありがとう。」
それだけ尋ねるとさっさと踵を返して井戸に向かってしまう。追いかけるべきか、倒れている部下に付き添うべきか悩んだが、すぐには起きないだろうとパンテーラの後を追う。
「あの、水をどうするのですか?」
訊ねつつもしっかり片手に水がたっぷり入った木製のバケツを持ち合わせて二つ運んでいる。
「起こすんですよ。王都ではこういったことは無いのですか?北ではよく訓練に耐えれず気絶した新兵を起こすのに使いますが。」
「え?」
確かにカウも新兵の頃に覚えがある。入団して間もないころは新兵に合わせてくれるが、体が訓練に慣れたころ内容を一般兵と同じものに戻すのが、この時に鍛え足りない新兵はついていけず倒れる者も少なくない。それでも最初は待つように寝かせてくれるが、いつまでたってもついてくれないものは水をかけられたたき起こされて訓練完遂を余儀なくされる。
「も、もちろん自分も新人だったころはありますが。」
「そうですか。それなら安心しました。」
言うが早いか、パンテーラは容赦なく自分が運んだバケツ2つ分とカウの運んだ二つをバシャバシャと顔面目掛けてぶっかける。しかもわざと反動つけるあたり容赦がない。
むせかえりながら悶えて目を覚ます面々を見下ろしながら飄々とつぶやく。
「これで臭いのも流れたでしょう。」
それだけでとれるとも思えないがパンテーラはどこか満足そうである。
「さて、目も覚めたところで通常訓練といきましょうか。大丈夫です。私も同じメニューをしますから。」
一体何がどう大丈夫なのかはわからないがニコニコとのたまうパンテーラに逆らおうとする者はいなかった。また気絶させられて水をかけられてはたまらないと思ったのは言うまでもない。
最初の訓練は外周である。ぐっしょり濡れて重くなった軍服の上着を脱いで走り出す女たちを尻目に、重たいドレスしかもヒールという格好でパンテーラは走り出す。倍速で。
彼女たちが外周の決められた数の半分を走るころにはパンテーラ外周を終わらせ木箱の上に座ってその様子を眺めていた。
「暇ですね。次は倍やることにします。」
それを走りながら聞いていた面々は一瞬動きを止めたが、当の本人はどこ吹く風で本当に倍のメニューをあっさりこなしていた。息こそ上がらないが、額にじんわり汗をかいていた。
「さて、準備運動もしましたし、打ち込みでもしましょうか。一人ずつ順番にどうぞ。」
先ほどの仕返しとばかりに打ち込んでいく面々であるが、基礎メニューをこなしただけでヘロヘロな面々は誰一人一本取ることもできずに終了した。
立ち去り際にパンテーラは
「この程度もできない半端者がお手付きなんて夢見る夢子も甚だしいですわね。これの三倍の訓練がこなせるようになりましたら是非またお呼びくださいね。」
と、言い残して息一つ乱すことなく立ち去っていくのであった。
ご覧いただきありがとうございます。
評価・ブックマーク・感想などいただけると励みになります。
これからもよろしくお願いします。




