領主代理は踊る
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王城で開かれるその夜会はとても賑わっていた。
城門を抜けて会場とされる広間は普段謁見の間として使われている場所で、幼い日パンテーラも何かの式典で両親に連れられ一度だけ足を踏み入れたことがある。
成長し体格が変わってもやはり広く感じるのだから子供にとって楽しいだけの場所じゃない。油断して親とはぐれれば見つけるのはだいぶ骨が折れる。自分よりも高い色とりどりの壁の様なそれは冷めた目で見降ろしてくるのだ。どうかすれば囁くように、でもしっかりと聞こえる声で誰を揶揄しているのかわかるようにささやきを落とす。それは先祖から続く恨み言なのかもしれないし、親の行動が招いた嫌味だったのかもしれないし、あるいはただの負け惜しみや逆恨みだったのかもしれない。
しかし幼い娘でもわかるような『悪意』は足をすくませるには十分だった。
必死の思いで探した父の姿に安堵した幼子はその足に突進した。堪えたような泣き顔に驚いた父に抱き上げられれば視界にキラキラと光る白と黒のコマ。どうやら白の分が悪いようだ。
「とおさまはかあさまがだいすきだものね。」
と、それまでの出来事を消すように白の女王をコンと動かす。それに息をのんだのは父親だけではなかったが、その一手がもたらした意味を押さない彼女が知る由もなかった。
会場に乗り付けた馬車の扉が開いてルナールとマルテルが先に降りる。そして二人から差し出される手を取り導かれるままに馬車から降り立つ。背後でアウルが続く気配がした。
どうやら今日はこの布陣で行くようだ。先に降りていたであろう両親と兄が確認するように視線を向けるので浅くうなずくと番と称される婚約者たちに導かれる。
「セプテント伯爵夫妻、子息レオパルド様、息女パンテーラ様ご入場~!」
高らかに響く声にざわめきが水を打ったように静まり返る。
そんな様に両親の肩が震えているのが目に留まる。どうやら笑いをこらえているのかもしれない。耳を済ませれば母の間延びした声が楽し気にささやくのが耳に入る。
「刮目せよ~これが娘じゃぁ~。」
一体何時代の王族言葉だろうか。洒落を利かせた台詞に我慢できなかったのか父と兄がクツクツと堪えるような笑いが聞こえる。そんな家族の様子を知ってか知らずかさざ波のようにささやきが広がる。
「あれが軍神か。」
「普通の令嬢にしか見えんが。」
「先の戦では随分と戦功をあげたとか。」
どこかから聞こえるささやきにふと視線を向ければ気まずそうな令息の視線とかち合い、パンテーラは頬を緩めて笑みを向け通り過ぎた。
「東領の息子だな。」
後ろのアウルがささやき、それを受けてマルテルが小さくつぶやく。
「よし、あとで絞める。」
「姫様、あまり愛想を振りまかないでください。我らの心中が穏やかでいられません。」
ささやかれた声に呆気にとられつつも単純な意見をこぼす。
「だからって無視したら変に言われちゃうじゃない。それは家をおとしちゃうわ。」
そんなパンテーラのドレスは白、総刺繍だけでされた模様に石の装飾は手間がかけられとても質の良いものだと一目でわかる。
「今日がデビュタントなのね。見たことのないデザインのドレスだわ。」
「ドレープもレースも使わず刺繍だけだなんて艶もあって凝っていて素敵だわ。」
「まぁ、ご覧になって囲んでいらっしゃる殿方は番かしら、戦姫のリボンと同じ柄のタイをしていらっしゃるわ。」
「あらあら、見せつけてくださいますわね。殿方は皆さん同じピアスだもの。」
アウル、ルナールとマルテルは同じデザインの服を身にまとっている。それは北の軍服と同じデザインであるがそれとは違い紫紺の色だ。上着の袖と裾にはパンテーラのドレスと同じ刺繍が入っていることといい、揃いのタイやリボンといい、パンテーラの瞳と同じピアスといいこの三人が彼女にとって特別な男たちであり、他が入る隙がないことをわかりやすいまでに示していた。
海が割れるように人波にできた道を悠々歩きつつ、それに一番近い場所にいたであろうご婦人が目に留めたままを早速囁きあう。
ささやきあう婦人たちに視線を向けるとふわりとほほ笑んで軽く会釈をする。ここで愛想を振りまけば好印象で矢よりも早く広げてくれることだろう。そんなパンテーラの思いなど知らないご婦人たちはパンテーラの仕草に黄色い悲鳴を上げる。
「こちらを見たわ。」
「素敵な笑顔~高飛車でないところもいいわ。」
きゃいきゃいと囁きながら人波に消える婦人たちを見送ってからパンテーラはつぶやく。
「ご婦人がたってドレスと殿方の値踏みしかしないのね……。私は盤上のほうがまだ楽しいけど。」
一年の半分を冬で覆われる北領地でパンテーラは一定の階級からはチェスを行うことを義務付けた。戦場で指揮官を失っても最善を尽くす思考を養うためである。淑女として褒められたことではないがパンテーラもチェスをする。
流行りのドレスやお菓子を追うより盤上のコマを追うほうが彼女には有意義に思えてならないのだ。そんな言葉に婚約者たちは愛おしそうに見つめる。
「世の中はそう言ったご婦人が多いのが普通なのですよ。」
「姫さん規格外だからなぁ。そういうところがいいんだけど。」
「さ、姫様、国王あいさつの後はデビュタントによるダンスです参りましょう。」
恭しく導かれて会場の真ん中に出る。同じようにデビュタントの娘たちが父や兄、婚約者であろう人々にエスコートされて中央に控える。心得たように他の人々は会場の隅に移る。
奏でられる音楽に身を任せれば楽しげなルナールがターンをし、ドレスの裾が花のように広がってキラキラと瞬く。その姿に会場の視線は釘付けだった。
「ちょっと、ルナールやりすぎ。」
「すみません。つい番を自慢したくなりまして。」
悪びれもない言葉に攻めることもできず、まぁ、それでいいかと自分を納得させたが、その後アウルの腕の中でくるくると回されたかと思えば、マルテルにはリフトされ、もうどうにでもなれとその場を楽しんだのち、王への挨拶に並び終えるとさっさと会場を去るのだった。
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