領主代行と番の証
お越しいただきありがとうございます。
ブックマークをくださいました皆さんありがとうございます。
「疲れました。」
「姫様、まだ湯浴みと磨きしか終わっておりませんよ?」
「くっ。まだ盛り付けがあるのか。」
「そんなお菓子か何かじゃないんですから。」
「そうね。顔面は食べれないものね。」
久しぶりに再会した家族とゆったりとした朝食を共にして、と言いたいが、つかの間の時間も食べるものを嚥下するとすぐさま連行される。
両脇を侍女に抱えられ、がっちりと逃げれないようにされる姿はまさに連行である。
「姫様、またろくに日焼け止めや化粧をせずに外出されていましたね。こんなに日に焼けて。」
「それにまた筋肉増やしましたね。これ以上はお胸が乏しくなる一方だと申し上げましたのに。」
パンテーラに姉妹はいない。女主人である母以外に飾る相手のいない侍女たちは年頃の女の子を飾り立てられることを喜び大いにその手腕をふるおうと手ぐすね引いている。
王都の今の流行りはこの色だとか、お飾りはこれがいいとか屋敷中の侍女がここにいるのではないかと思うくらいかわるがわる押し寄せる。
波のようだと思いながらパンテーラはされるがままになっている。こういったときに抵抗したところで多勢に無勢、命を取られるわけでもないのでさっさと白旗を上げるのがよいと心得ている。
「お召し物はこちらです。」
「あら、領地で去年やっと形になった染料じゃないかしらこの刺繍の色。」
「まぁ、さすがは姫様。よくおわかりですね。」
「いつの間に用意してたのか……。」
ドレスは白い生地にレースもドレープもない。シンプルなAラインのドレスに刺繍がびっしりと入っている。その隙間にちりばめられた石が瞬く。刺繍糸はよくよく見ると薄く紫に色が乗っている。しかしそれは昼間陽のもとで見るからわかるのであって、ろうそくに照らされる夜会ではその色に気づくものは少ないだろう。
しかし、その色も光を受けて動かせばキラキラと艶めく。
これは北の領地で夏に咲く薄紫の花を絞り作った染料で染めた。一年の半分を雪に覆われる北では冬の間女たちは暖炉の前に集まり刺繍をする。その腕前は国でも一、二を争う。その技量にもっと価値を付けるべくパンテーラと母はこの地独特の染料で売り出せないかと5年前から施行と試作を繰り返し、3年前に深いワインのような紅を表現するに成功した。この色は母の名前からとってベルベットローズレッドと呼ばれ、軍事以外に特産の無かった北の領地を大いに潤した。
しかし、それも世の流行りを受けては一年でブームが去った。それから一年の間が空いて艶めく糸の制作に成功した。本来は紅と同時に発表する予定であったがこの艶を表現するために随分と時間をかけた。
どうせ遅れるのならば、パンテーラのデビュタントに合わせて売り出そうとなったらしい。開発からひと冬超えたこともあり随分手の込んだ豪奢な刺繍が施せたのだろう。
「姫様がデビュタントを遅らせてくださったおかげで間に合いましたのよ。」
「去年母様が随分あっさり見送りを許可したと思ったらこっちに合わせていたから許されたのね。」
喜ぶべきか悲しむべきなのか。複雑な胸中に苦笑いを浮かべながら袖を通す。
「ええ。おかげで準備も万端に整いました。今夜姫様が夜会で披露したのち明日には王都にあるベルベット様の商会で同じ刺繍のハンカチとタイとリボンが販売予定ですの。ぜひ今夜は目立ってくださいませね。姫様。」
「その口ぶりだとあなた方も刺したの?」
「はい!たくさん売れたら特別にお手当てをいただけるんです。」
「あら、では精一杯目立たなくてはいけないわね。そのタイとリボンはここにあるの?」
「はい。ございます。」
鏡の前でニッと笑うパンテーラに侍女たちが色めき立つ。こういう時の彼女はいたずらを思いついた子供の様であるが、それが決して他人を傷つけないことを侍女たちは知っている。
「なにか思いつきましたか?」
悪戯仲間に早く作戦を聞きたい侍女たちの顔が距離を縮める。
「ええ。髪を編むときに一緒にタイを編みこんでもらえる?わざと男物のタイだとわかるように太く見えるようにして。最後のまとめもリボンでしてね。長めに使って。誰か花結びの上手な子がいたでしょ?それから今日のエスコートは三人にしてもらうから彼らのタイもこれに差し替えてもらって。ルナールとアウルの髪をまとめるのにもリボンを使うように言ってね。」
「畏まりました。すぐに用意してまいります。」
一人の侍女が部屋を飛び出していくと入れ違うように部屋にノックがされる。
「どうそ。」
短く返事をするとすらりとした長身が入ってくる。
「おお、パンテーラも立派な淑女だね。」
「兄さま、馬子にも衣裳だと言いたいならそうおっしゃってくださった方が嫌味にならないと思うわ。」
「ええ?僕は正直な感想を述べただけだよ?よく似合っている。母様があれこれ苦心した甲斐があったってものだよ。」
「ふふ。母様は今回総刺繍のドレスを流行らしたいみたいね。紅の時のように記事に染めるわけではないから刺繍に時間がかかる分、流行りも長引くだろうって考えてるみたいだけど。」
「それはいいね。うちは軍事に金がかかるから収入が長引くのはありがたい。」
「早いところ次を見つけなきゃいけないわよね。」
「パンテーラは代行もあるんだ。あまり無理をしてはいけないよ?」
「ありがとう、兄さま。ところで例の書類は通りまして?」
「ああ、そのことできたんだ。ほら。」
兄の手から渡されたのは3通の書面。それぞれ文章の頭には婚約宣誓書と記されており、いずれも女性の欄にはパンテーラの名が記載されている。
「父様が王と宰相に詰め寄ったからね。元々あちらの都合に合わせた継承式だからこちらの条件は飲んでもらわねば割に合わない。早々に許可が出た。」
「今夜のことはもうお知らせしてあるんです?」
「ああ。もちろん。夕べ早馬を出したからね。パンテーラがデビューした上で継承となれば一気に追い風となる。王家にはいい貸しができた。」
「では北の問題ついでに一掃してもう少し貸しを大きくしましょう。きっと後々役に立つでしょう?」
「お前がそういうとなんでもできそうな気になるから不思議なものだねぇ。」
肩を竦めながらもおどける兄に妹はコロコロと笑う。
「それから、こっちの頼まれていたやつも。どうかな?」
渡された皮張りの箱を受け取りゆっくり中を改める。
「素敵!お願いしていたとおりね!ぜひこの職人にお礼がしたいわ。」
「あとで店を教える。きっとパンテーラから手紙を受け取ると喜ぶよ。」
「そうします。」
パクンと軽やかな音を立てて箱をと知るとドレスの合わせにあるポケットに忍ばせる。
「姫様、それってもしかして。」
「あら、まだ内緒にしててね。誰にも教えてないんだから。」
そばにいた侍女たちの視線を受けてパンテーラは唇の前で人差し指を立てた。それに対し心得たと言わんばかりに彼女たちは頷きクスクスと顔を見合わせるのだった。
陽も傾きだしたころすべての支度を終えたパンテーラはやっと自室から解放された。キャロルに付き添われ階下を眺めると父と視線がかち合う。まぶしいものを見るように細められた瞳にちょっとした照れを感じながらも淑女然とした態度で階段を降りる。
「まぁ、素敵ね。私の目に狂いはなかったわ。」
父に寄り添う母は自慢げだ。その身を包むのは紅で刺繍されたドレス。
「母様も素敵です。こうしてると姉妹のようですね。」
「あらあら、うちの子はいつの間にそんなお上手を言えるようになったのかしら。」
ほほほと扇子で口元を覆いつつもネコ科特有の長い尻尾がゆっくり揺れていることからまんざらでもないようだ。事実年齢より若く見える可憐な母とならべば凛としたパンテーラと姉妹だと言っても疑われないのではと思う。
いつもより少し重いドレスにちょっと手こずりながらやっと踊り場に降りたパンテーラに差し出される手が二つ。
「姫さんがあんまりにも綺麗だから待てずに迎えにきちゃったんだけど許してくれる?」
悪戯っこのように悪びれもなく言われれば攻める気など起きようはずもない。
「もちろんよ。マルテル。」
「我らの姫様を披露できるのは嬉しいのですが、よからぬ虫が寄ってくることもございます。どうか本日隣に侍る栄誉をくださいませ。」
こぼされたため息と蕩ける様な熱い目をむけられて、パンテーラはくすぐったさを覚える。
「あら、今日だけじゃなくてこれからも頼みたいのだけど、ルナールは今日だけでいいの?」
「ではこれからの人生で隣に歩む栄誉を賜りたく存じます。」
差し出された手それぞれに自身の手を重ねて階段を降りると、呆れた顔のアウルがいた。
「紳士ならば淑女が降りてくるまで待つのが礼儀だろうに。まったく。」
大人しく待てない二人が先に手を伸ばしたことに不満を漏らしつつも、アウルは恭しく一礼をする。
「本日はおめでとう存じます。デビュタントの白いお衣装とてもよくお似合いです。この良き日に付き従う栄誉をいただき感謝いたします。」
「アウルったら硬いわ。でも、ありがとう。」
いつもよりさらにきっちりとした男に笑みをむけながらパンテーラはそっと距離を詰めてその片耳に触れそこに彩られたダイヤのピアスを外す。
「姫?」
突然の出来事に驚きを隠せずに頭を上げようとすると、動かないで。と制されてぐっとこらえた。そのままの姿勢で待っているとおもむろにポケットから何かを取り出したのか冷たいものが耳にあたる。
「もういいわよ。」
言われて顔を上げれば満足そうな番の視線が耳に向けられている。向かいに立つ幼馴染の男たちが息をのむ様子にまさかと逡巡し確認するように耳に触れる。続けて少女が手にする箱を目に留める。
皮張りの箱には銀細工でできた猫が守るように丸まって黄色い石を抱いている。よくよく見ればその猫の背には凹凸で模様が施されており雪豹であると察せられた。
「琥珀も考えたけど、シトリンにしてみたの。」
そういってはにかむ少女に耐え切れずアウルは両手を伸ばし抱きしめた。慈しむように片手で頭を包み反対の手で背中を支え固定する。祈るように額は肩に乗せられた。
「あ、アウル?」
身じろぎ一つできない状態に珍しくパンテーラは動揺した。
「すみません。少し痛いかもしれません。」
言うが早いか、首と肩の境目にピリリと痛みが走る。
「あ。」
「あ~抜け駆け!」
「おや。」
「あらまぁ。うふふ。」
それぞれの反応を確認する間もなく、パンテーラは首筋を甘噛みされたのだと気づく。獣人の甘噛みは最愛を表し、番に行う愛情表現だ。
それを自覚したパンテーラの顔に一気に熱が集まる。そんな彼女を気にすることなくアウルは甘噛みで傷つけた肌を舐め始めてパンテーラは耳まで赤くなる。熱視線を向けられることはあってもこんな甘い表現は知らない。背中を走る何かに目を見開き潤みが幕を張っていく。しかし電流の様なそれもすぐにやむ。
「まったく外出前になんてことしてるのですか!アウルさまも自重してください。」
侍女キャロルはべりッとアウルを引きはがした。
「待てができないのは一体どちらの方なんだか。」
呆れた口調のルナールにパンテーラはまだ赤いままの顔で向き合うと、ルナールも屈んでくれる?とその三角の耳に手を伸ばす。言われるままに前かがみになるとアウル同様にピアスを付けられる。そのまま黙って離れてはアウルだけ役得の様で癪なので、短い礼を紳士面で告げると自身の手をそっと頬に添えてパンテーラの耳に唇を寄せ、柔らかな耳たぶを食む。意識させるように技とくちゅくちゅとこねて最後にリップ音を立てて離れると先ほどよりも赤面したパンテーラが目を見開きルナールを見つめる。
その反応に満足したルナールは勝ち誇ったようにアウルに視線を投げた。その間にも待てができないマルテルが「姫さんおれにはぁ?」と催促するので丸い耳に同じようにピアスを嵌めると誰よりも素早い動きでパンテーラによるとリップ音と共に離れる。
自身の唇に一瞬触れた柔らかなそれに瞬いてパンテーラは動きを止めた。鼻歌交じりのマルテルは二人の恋敵へにんまりと笑みを向ける。
「まったく揃いも揃って!もっと年上らしく余裕を持てないのですか。」
言うが早いかキャロルはパンテーラの手を引いて柱の陰に隠すとアウルに甘噛みされてうっすら赤くなった場所に手早くおしろいを乗せて隠し、ずれた耳飾りを直し、薄くなったルージュをさっと上塗りする。
「キャロル……今日行かなきゃダメかしら?」
「姫様……。お気持ちはわかりますが今日は頑張ってください。」
言うが早いか、パンテーラをさっさと馬車に押し込めて主人の三人の番たちにキッと視線を向ける。
「やりすぎ禁止!!姫様は乙女なのです!大切にできない野獣はお呼びではありません!」
しかし男幸はどこ吹く風だ。やっと自分らの存在を認められたようで喜びが体からあふれ出ている。これはいくら言っても無駄だろうと、さっさと馬車に乗るように促し、門を通り小さくなった馬車を見送りキャロルはため息をつくのだった。
ご覧いただきありがとうございます。
評価・ブックマーク・感想などいただけると励みになります。
これからもよろしくお願いします。




