領主代行は旅に出る
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早朝の軍事訓練から引き上げるとパンテーラは手早く湯浴みを済ませて鏡の前にいた。馴染みの侍女に髪をまとめられ、日焼け止め程度の薄化粧を施されながら視線は書類の上だ。
「軍備は今のところ問題ありませんね。ですが王都の動きが気になります。問題はこのタイミングということでしょうか。次期王を侮る愚か者がこの国の貴族にあるとは思いたくないですが、主観は禁物ですね。」
ぶつぶつとつぶやきながらも手はしっかりとサンドウィッチを掴んで合間に口に入れている。
「キャロル、近く王都に召還……あ~招待されると思います。夜会の用意と訓練服を用意しててください。それから馬を5頭いつでも出せるようにしてください。」
「王都ですか?」
「帰りは強行軍間違いなしのスリル満点な旅ですよ。あなたがきついようでしたらタウンハウスの侍女でどうにかしますが。」
「何をおっしゃるやら。姫様のゆかれるとこならどこへでも。馬だって乗れますし、自分の身は守れます。足手まといになれば捨て置いてください。」
「まったく、あなたも難儀な人ですね。」
「お褒めにあずかり光栄です。できました。今日もお綺麗です。」
「ありがとう。……見た目で領民が守れたらいいのだけど。」
ため息混じりのパンテーラを鏡越しに見つめて侍女が微笑む。
「姫様の実力は疑いようがありません。しかし、その美貌もまた一つの武器ですわ。どうか誇ってくださいませ。」
「私はこんな弱い体でなく両親や兄さまのように雪豹の一族として立派な毛皮が欲しかったわ。そうすれば一夫多妻など煩わされなくて済むのに。」
「まぁ、そんなことを聞けばお婆様が悲しまれますよ。それに番のお三方も立派な方々ではないですか。」
「だからって三人もいる?」
「あら、妖精姫は4人の番と同時婚約だと聞きましたわ。それに最大は5人ですもの。まだ増えるかもしれませんよ。」
「なんでそんなに楽しそうなの?」
「大切な主を守るナイトが増えるのは侍女として誇らしいですもの。なんでも100年前にいたある令嬢は10年で13人の番が現れて5つの席を争ったとか。先が楽しみですわ。」
「そんなことになったらまた変な呼び名つくじゃない。これ以上出てこないことを祈るのみね。では行ってくるわ。」
「いってらっしゃいませ。」
気を使うことない女同士の会話は楽しい。キャロルは兎族の族長の長女で、彼らの一族はその愛嬌の良さから諜報活動をしている。そんな兎族の娘は必ず領主代行付侍女になる習わしだ。
これは外と交流の深い兎族が裏切らない為の仕組みで、一人でも裏切り者が出たらキャロルや兎族の娘は全員即処刑される決まりである。一見大したことない決まりだが、年々獣人のメスは生まれにくくなっている。それは兎族も例外でない。年頃の娘を失えば三代以内に一族が滅びるのは確実ともいえる。
見送られて部屋から出て執務室へ向かう。
部屋の前に立てば自然と樫の木の扉が開かれる。
「アウル、もう大丈夫そうですね。」
「お見苦しいところをお見せしました。」
恭しく下げられた頭に、思わず手を乗せ撫でる。
「ひ、姫さま!?」
「あまり無理はしないでくださいね。」
「あ、ありがとうございます。」
「あ~ずるい!俺もなでなでされたい!」
依怙贔屓だ。と抗議の声を上げるマルテルに笑いかけながら室内に入る。
「突然呼び出して悪かったわ。」
中にはすでにアウル、マルテル、ルナール、バルドが応接用のソファにそれぞれ陣取っている。
「早速だけど、兄さまから連絡がありました。近く王都で次期王の即位式が行われるわ。」
「異例の快挙ですからそれは盛大なものとなるでそうね。」
応えたのはルナールだ三本の尻尾がゆったりと揺れている。魅惑の尻尾に視線を釘付けにしつつパンテーラは話を続ける。
「即位式の後、兄さまの領主継承式があるわ。」
「このタイミングでですか?予定ではもっと後にするはずだったのでは?」
声を上げたのはアウルだ。文官の彼はこの意味をよく分かっているのだろう。顔色が険しい。
「ええ。慣例で行くなら領主継承者と領主代行継承やが揃って勲章を受けて完了とされる。なので、私も必然とそこへの参加が求められる。」
「しかし、姫様はまだ成人すらしていません。おまけに婚約者も正式に決まっていません。いくら軍神の再来といえど……。」
「貴族からの反発は必至でしょうね。同時に少しでものし上がりたい者はここぞとばかりにすり寄ってくるでしょう。」
パンテーラの冷静なその言葉にバルドを覗いた三人の動きが固まる。
実はパンテーラに正式な婚約者は一人もいない。彼女が生まれた時から見ている三人は赤子のパンテーラを見たとたん『この子が番』とつぶやいた日から、三日と空けず赤ん坊のもとに通い続けた。
それは今も変わることなく続いている。そんな彼らがなぜ婚約者でないかというと、アウルは代々領主付き文官家の次男、マルテルとルナールはその隣領を収める貂と北狐の一族の三男でこの三家はセプテントがこの地を治めたころから続く三名家で婚約や婚姻で順番を付けてしまえばそれぞれから不満が出ることは明らかだ。
と、いうのも三家が険悪だからではない。むしろその逆で古くからつながる三家と領主家の結びつきは強固で領主家に人間の娘が生まれた時は三家から必ず婿を取ることを嘆願されたし、現当主たちはパンテーラを猫かわいがりした。
『早く娘にしたい!』
という当主たちの願望と息子たちの番への羨望もあいまって、三人の婿入りはほぼ確実であるものの、複数の獣人を婿に向かえる場合は一年空けることという慣例により誰から婿入りさせるか決まらないのである。
うかつに順番を決めようものなら選ばれなかった家が拗ねてしばらく軍備として役に立たないのは困るのだ。
未成年の領主、あるいは領主代行継承の場合、大抵前任が早くに亡くなった場合が多いので、身内もしくは婚約者が後見人となることで認められる。
「でもさぁ、領主さんぴんぴんしてんじゃん?交代急ぐ必要なくね?」
「次期王は血統三代目です。それはこの国はでは異例で、実力主義のこの国の王が血統継承制になるのではと反対する派閥があります。現王は『次期王に辺境の軍神が忠誠を誓う』ことでそれらを牽制したいのでしょうね。」
「え~姫さんを防波堤にするわけぇ?ってか実力で王様になったのに反対派おかしくない?」
「まぁ、危惧するのはわからなくもないが、それで姫様をいいようにされるのは納得いかない。」
「次の王は番殿の実力が大きいことも手伝っているので本人が侮られたのでしょうね。そうはいっても当人の実力は疑いようもありませんが。良くも悪くもわが国民は直情的ですからね。かといってこのままノープランで赴けばどこかの貴族令息をうっかり押し付けられかねません。」
「そりゃぁ、軍神とお近づきになりたい者は後を絶たないでしょう。」
他人事のようにバルドがつぶやく。
「そこで王都にどうせ行かねばならないのですから、あなた方三人との婚約証明書も提出します。」
『!?』
「どうせ王都で書類を出さねばならないのですから手間はまとめたほうが賢明でしょう。大人しく王位継承と領主交代をそろえてやる代わりにこの案件を最優先で通すようお父様が国王に掛け合うそうです。と、いうかやってもらわねば困ります。」
「三人同時ですか?」
「そもそも順番なんて慣例に踊らされるからいつまでもずるずるとなるんです。領主代行就任にあたり未熟な小娘が傀儡とならず公平な判断をくだせるように婚約を三者同時に行うというのが表立った名目です。」
「本当は?」
「これ以上引っ張っても面倒くさいのでさっさと片づけたい。」
「はは、姫さんらしいや。」
「そんなわけで、即位式の晩餐は兄さまや私だけでなくあなた方のお披露目も兼ねます。なので三人とも随行してください。」
『賜りました。』
「それからご実家には異例の順位なしとした代わりに十二分に目を光らせるよう伝えてください。バルド、留守の間隊を任せます。」
「御意。」
返事とほぼ同時に窓からコツコツと音がする。アウルが駆け寄り窓を開けると、冷気と混じって一羽の梟が飛び込んできた。
梟は人に姿を変えるとその懐から一通の手紙を取り出し、アウルに手渡す。
「姫こちらを。」
差し出された手紙を受け取り中を確認する。その中にはさらに一通の封書。
「金の封蝋……。やはり来ましたね。……三日後に立ちます。準備を。」
『はっ。』
「さてさて、楽しい旅行の始まりですね。」
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