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九 ウィズ対グレイス

「ウィズ、木剣をよく見ろ」


 俺の忠告にウィズは渡された木剣をまじまじと確認する。俺は気づいていたが、その木剣の中程にうっすらと切れ目があった。


「先生! 木剣を替えてください」


 審判でもある男性の先生にウィズが指摘をする。どうやらウィズは気づいていないようなので、俺はウィズに耳打ちしてやる。

「えっ……」と俺の予想外の話にウィズは仰天した。


「先生。すいませんが、審判交代してください」

「なにっ!」


 ウィズが睨むような鋭い目付きで男性の先生に詰め寄るが、男性の先生も退こうとしない。

どういうつもりだと、逆にウィズに食ってかかる。

観客も、ウィズと審判が揉め出しているのを見てざわつき始めた。


「どうかしたのかい、オーウェンくん」


 見かねた中年の男性の先生がやって来る。ウィズは自分の木剣の切れ目に気づかない審判など信用出来ないと訴えた。


「私の見落としは謝るが、まるで不正でもしたかのような言い方は止めたまえ!」


 顔を真っ赤にして怒り出す審判の男性は、大衆の目がある中でウィズの首もとをむんずと掴む。

流石に中年の先生が止めに入り、あとから他の先生達も審判の男性に止めにかかった。

一時は、観客も騒然としていたが、中年の男性はウィズの言い分が正しいと審判の交代を告げた。


「どうやらグレイスの仕業みたいだな」


 観客も他の先生も審判やウィズに注視していて、グレイスを見ていなかったみたいだが、俺だけはグレイスの表情を伺っていた。

目をつぶり仁王立ちで我関せずといったグレイスだったが、審判の交代を告げられると、所詮は子供の企みだな明らかに表情が歪んだ。


「力むなよ、ウィズ。目標はグレイスじゃなくてライトだぞ」


 怒りは力みを生むと、俺はウィズを落ち着くように促した。


「余計な心配だな、ファン。ボクは大丈夫だ」


 木剣を構えるウィズの目には怒りはなく、目の前の相手に集中している。

俺はそんなウィズを見て、とても十二歳とは見えず、その才にブルッと背中が震えた気がした。

しかし、それと同時に後悔が襲う。あと一ヶ月。あと一ヶ月あればライトともいい勝負が出来たのにと。


 新しい審判がようやくやってくる。細いフレームの眼鏡をかけたアイナス先生だ。


「二人とも準備はいいですか」


 グレイスも構え、お互い黙って頷く。観客席は静まり返り開始の合図を待つ。


「はじめ!」


 アイナス先生が手を挙げて合図を出すと、グレイスが同時に動く。


「うぉおおおお!!」


 太い声を上げながらグレイスが肩からぶつかる様に突撃してくる。てっきり俺は剣術大会と言っていたので虚をつかれた。

いつも通り右足を前に出すウィズ。突撃は空振りしたものの「こっちだろ!」と木剣を自分の左側へと力一杯グレイスは振るう。

しかし、そこにウィズは居らず反対の前の試合とは逆に爪先を外側へと向けグレイスの右側へと移動していた。

背後を取る形となったウィズはがら空きの背中に木剣を叩きつける。


「違う、ウィズ! 狙うなら、脛か手だ!」


 俺はすかさずウィズにアドバイスを送るが少し遅かった。案の定、体格の差もありそれほどダメージを負わせられずにグレイスはすぐにウィズと向き合う。


 グレイスが再び肩をウィズの方へと向け、また突撃してくるのかと俺もウィズも警戒する。


(ん? 今、足が光った?)


 そう感じたと同時にグレイスが突っ込んでくる。しかも先ほどと違い突撃のスピードが倍近く速い。

ウィズも驚くが、臆せず前に右足を出すと今度は左側に回り込む。

ところがグレイスは、本来ぶつかったであろう位置で体を止める。

急激なブレーキに少し体は進むが左側に目を向けていた。


「不味い丸見えだ。下がれ、ウィズ!」


 俺は咄嗟に声を出すが、ウィズは反撃に出る。

自分に向けて木剣を振るう手をウィズは狙ったようだが、グレイスの方がわずかに速い。


「ぐわぁっ!!」


 脇腹に木剣を受けて吹き飛ぶウィズ。俺はすぐに駆け寄りウィズの無事を確認する。脇腹を押さえ苦痛に歪むウィズの顔、しかし再び立ち上がりかけたその時、再びグレイスが突撃してきた。


「ふぐっううう!!」


 体の小さいウィズは二度三度、ボールの様に弾みうつ伏せで倒れる。

「ウィズ、ウィズ!!」と何度も呼び掛けると、震える足に無理矢理力を込めてもう一度立ち上がった。


「ウィズ、もう……」


 やめよう、そう言おうとしたが、ウィズは再び木剣を構える。

膝は笑い、剣を持つ手も震え、唇を体の痛みで噛み締め、それでも目は諦めていない。

こんな目をされれば、俺には止めることは出来ない。


 しかし、それは男ならば……だ。だが、ウィズは女の子だ。俺は止めるべきか迷い躊躇ってしまった。


 今は試合中だ、俺が躊躇っている間にグレイスがウィズに襲いかかる。

既にウィズに力は無いと踏んだグレイスは、上段から真っ直ぐ木剣を振り下ろす。


「ウィズ……お前ってやつは」


 思わず、そう言ってしまうほど見事だった。

ウィズは木剣が当たるギリギリで右足を踏み込む。爪先の向きも無意識で内側へ。偶然だろうが、タイミングも完璧。俺が教えた足裁きの理想形態。

既にグレイスの左側へと移動していたウィズは、木剣をグレイスの手の甲に向けて放っていた。


「なっ!?」


 当たる瞬間グレイスの手の甲が一瞬光ると、木剣が半ばまで砕ける。折れたのではなく砕けたのである。

明らかにおかしい、頑丈ってレベルじゃない。

いや、それどころか当たる寸前で砕けている。


(魔法か!)


 俺がギリッと歯軋りをする頃には、グレイスの木剣が横薙ぎでウィズに迫っていた。


「ぐっ……!!」


 くぐもった声を上げてウィズが弾かれるように転がる。その際、ウィズが地面に頭を打ち付けたのを見た俺は、ウィズの元へと急ぐ。


「ウィズゥーーーーッ!!」


 触れないとは分かっていた。しかし、俺は迷いなくウィズの安否を確かめようとする。


(──吸い込まれるっ!!)


 突然強い力で、腕を引っ張られる感覚が俺を襲う。目を瞑り必死に抗うが、力は強くそれも虚しく終わる。

次に目を開けた時、俺は雲一つ無い空を見ていた。


(空? ウィズ!?)


 なぜ寝ているかなど、些細なことで今はウィズの安否が心配だ。俺は体を起こして辺りを伺う。

グレイスが何故か喫驚しており、アイナス先生が俺の側で目を丸くしている。

しかし、ウィズの姿がどこにもいない。

試合はまだ続いているのは、グレイスがいるので理解できた。


「ウィズ君、大丈夫ですか?」


 アイナス先生が俺に話しかけてくる。俺の姿が見えるのかとも思ったが。


(ウィズ?)


 俺は自分の両手を見ると、細い白魚の様な綺麗な指に、小さな可愛らしい手のひらをしていた。

久しぶりに血の気が引く思いをする。


(うわぁああ! ウィズ、ごめんよぉ! 乗っ取っちゃったぁ!!)


 ウィズが気を失ったからだろうか、俺はウィズの体の中にいた。

これ戻れるのだろうか。もし、戻れなかったとしたら……そう考えるだけで、ウィズへの申し訳なさで一杯になる。


『…………っん』


 俺の隣で吐息の漏れる音がして、そちらへと視線を移す。


「どううぇえい!!」


 俺は奇妙な声を出してしまう。隣にはいつの間にかウィズがうつ伏せで寝ていたのだが、一糸纏わぬ姿の為だ。

この年の少年よりずっと白く綺麗な肌をした背中に、少年に比べてやや丸みのあるお尻。

見ては不味い、視線をすかさず逸らすと目の前には心配そうなアイナス先生の顔が。


「変な声出して……大丈夫?」


 どうやらさっきの奇声は表に出していたらしい。

大丈夫と何度も俺は首を縦に振るその横でウィズが起きた気配を感じた。


『うわぁああああ!! なんで、裸なんだ、ボクは!?』


 頭の中にウィズの声が響く。どうやら今の俺とウィズは繋がっているような状態らしい。


『ウィズ、起きたか?』

『ファン!? って、ボクが居る! どうなっているんだ!』

『落ち着け、ウィズ。その俺がウィズの体の中に入ってしまったみたいなんだ……』

『なにっ! ファン、お前もしかして初めからボクの体を……』

『違う! 誤解だ! たまたまなんだ、俺も知らなかったんだよ!』

『だったらさっさと出ていけ!』


 ウィズが自分の体に腕をめり込ませ、俺を引っ張り出そうとする。どうやらウィズが引っ張ると出れるみたいで、ウィズの体から俺の頭だけ抜ける。


『ウィズ、待て待て! 今試合中だ!』


 俺は今、ウィズの相手をしながらグレイスの攻撃を躱していた。ウィズの裸に驚いた俺が立ってしまったために、試合が再開されていた。


『えっ、試合?』


 俺から手を離すと、辺りを見回す。俺の頭の中で『きゃあああああっ!!』と金切り声が木霊する。

ウィズからしたら、闘技場のど真ん中で全裸で注目されている状態だ。

その気持ちは分からなくはない。

ウィズをチラ見すると、腕で大事な部分を隠して内股で座り込んでいた。


「ちっ! ちょこまかと!」


 グレイスが悔しそうにこちらを睨み付ける。体の主導権はウィズにあるらしく、座り込んだ時には思わず俺も座りそうになった。


 俺が動くとウィズも距離を離さずについてくる。ほとんど俺との距離は取れないみたいだ。

ただ、俺が激しく動くとウィズが俺の周りをぐるぐると動くので、時折白く透き通った肌の背中とまだまだ小ぶりのお尻が目の前を通る。

顔を赤らめたウィズが俺を睨んでくる。


『ボクの、お、お尻を見たな』


 俺は気づかないふりをしていたはずだが、ウィズにバレていた。どうも俺が考えていることはウィズに筒抜けらしい。

変なことは考えられないな。


 しかし、今は他のことに気を取られてる暇はない。観客席からは逃げ回る俺に対して野次が飛ぶ。

俺は落ちていた半ばまで砕けた木剣を拾い構える。


『おい、ファン! 何する気だ!?』


 ウィズも俺が何を考えているか分かっているはずだが、俺はあえてお願いした。


『グレイスと()らして欲しいと』 

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