七 収穫祭
翌朝、ウィズは目覚めるなり「体中が痛い」と訴えてきた。
確かにあの足裁きは普段使わない筋肉を使うし、特訓にも常に緊張が張り巡らされ、普段以上に体に力が入ってしまったせいだろう。
ウィズに「今日は止めておくか」と聞くが「続ける」とだけが返ってきた。
寮を出て教室に入るなりウィズは昨日と同じくライラに突き飛ばされてしまう。
今日は筋肉痛なのも相まって、体勢を取れずに転んでしまう。
ライトがすぐに駆け寄り助け起こすが、ライラは昨日と同じく「ふんっ!」と鼻を鳴らし自分の席に着いた。
俺もライトもライラに一言文句を言おうとするのだがウィズはそれを止める。
確かに彼女からしたら腹立たしいのは分からなくないが、やり過ぎだと俺は彼女にビンタをかました。
当然俺の手のひらは彼女をすり抜けていくのを分かっていたが。
授業が終わり今日もウィズはひたすら特訓を続けた。筋肉痛で動くのも億劫だろうが、ウィズの真剣な表情に俺は止めることが出来なかった。
日も暮れて、ランプに照らされた道を木剣を杖代わりにしながら寮へと戻ってきたウィズに絡んできた奴がいた。
先日同じようにライトに絡んできた岩みたいな輪郭をした先輩の男子生徒。
名前[グレイス・クリフト]
種族[人間]
年齢[十四]
性別[男性]
宗教[ガーランド]
技能[準魔法][初級剣術][初級魔法][初級斧術][力補正レベル6][山男][農業レベル8]
十四には見えないほど大人びている、というより見た目は三十代くらいだろうか。
もしかしたら[山男]という技能が見た目まで影響しているのかもしれない。
「お前のお陰で、ライラから色好い返事を貰えたぜ。ありがとな」
ニヤニヤと浮わついた笑みを見せながらウィズを見下ろすグレイスは、階段の前に立ち塞がって通そうとしない。
ライラは、ウィズを突き飛ばすだけでは飽きたらず、グレイスを唆して何をするつもりなのやら。
「ライラが剣術大会で、お前やライトってやつを倒せば後夜祭に付き合ってくれるんだと。まさかそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったよ。わはははは!」
野太い笑い声が寮の一階に響き、周囲の注目も更に集まってくる。
しかし、ライラの意図が分からないな。
ウィズに対する嫌がらせなのだろうが、万一このグレイスがライトやウィズに勝ったらどうするつもりだ。
グレイスとウィズでは、見た目から何から何まで全く正反対のタイプなのに。
ところが、ウィズは気にも止めることなく、グレイスを無視して通りすぎていく。
「おい、ちょっと待てよ! お前もライトも、さっさと出場を取り消してこいよ。痛い目に遭いたくなかったらなぁ! 特訓でもしているようだが無駄なことだ」
肩を掴んできた手を払い除けて冷めた目でグレイスを見る。
「虚勢なんてどうでもいいんだよ、自信があるなら当日ライラに見せてやれば? それにボクの特訓はボクのためだ。あんたにとやかく言われる筋合いはないな」
ウィズはそう言い放つと踵を返して、自室へと向かって階段を上がっていく。
眼中にない、そう言われたグレイスは顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んでいた。
「良い啖呵だったぞ、ウィズ」
「別に。ボクの目標はライトに勝つことだ。アイツに負ける気なんて更々無いしライトもアイツに負けるなんて想像出来ないからな」
気力がみなぎっているのが見て取れた。ライトの実力を俺は知らないが、ウィズから見て相当の腕が立つのだろう。
俺も出来ることなら、ライトと一度手合わせしたいものだ。
それから収穫祭前日まで、ウィズは特訓を少しも手を抜くことなく続けた。
完璧までとは言えないが、それでも形にはなってきている。
俺の唯一の懸念は、結局ライトの実力を推し測ることが出来なかったことだ。
もちろん剣術の授業もありウィズもライトも参加していたが、俺はウィズからライトを見ないように頼まれた。
「ファンがライトを見たら弱点を見つけてしまうかもしれないだろ。だから見ないで欲しいんだ。ライトとは正々堂々とやりたい」
ということで、結局一度も構えているところすら見ていない。
今日は明日のことを考えて軽く流して終了、日が傾く頃には自室へと戻ってきていた。
「収穫祭って何をやるんだ?」
剣術大会と魔法の大会があるのは聞いたが、祭りというくらいだ、それだけではないはず。
「出店も色々でるぞ。食べ物やちょっとした遊びなんかも」
「そうかぁ。食べられないのが残念だ」
祭りには、他にも遠くから来ている生徒と親御さんを会わせる名目もあるようで本来はそちらがメインなのだろう。
「ウィズも両親と会えるのは嬉しいか?」
「家が近いし、ボクは三男だし多分来ないぞ」
俺は「そうか」と気のない返事をする。家が近いのに何故寮なのか、三男だから来ないという理由は変ではないかなど、聞きたいことは山ほどあったが知りたい欲求を抑えて我慢した。
いつかウィズから話してくれることを信じて。
気力は十分、体力を回復するために、あとは就寝するだけと、準備万端のウィズの身体が震え出す。
俺は一瞬怖くて震えたのかと思ったが、ウィズの表情を見て心配無用であったかと反省する。
ウィズは自分の木剣をグッと握りしめて、口角をうっすらと上げる。
その目は楽しみで、楽しみで仕方がないと言っていた。
「さぁ、体力回復の為に、ウィズ早く寝ろよ」
「ああ」
布団の中へと入り、肩まで上布団を被るとウィズは目を瞑る。
今までの特訓の疲れを取ろうとすぐに寝息を立て始め、俺は横でとても愛らしいウィズの寝顔を朝までずっと見てるのだった。
収穫祭当日の朝、俺は窓を通り抜け空を眺める。雲一つ無く、遥か先まで広がる紺青の空に目を奪われるてしばらく眺めていた。
今日は寒くもなく、暑くもなく体を動かすには丁度良い日だ。
絶好のお祭り日和の天気に、部屋の中へと入るとウィズの耳元で「おはよう」と囁く。
「きゃあああああ!」
ウィズは甲高い女性の声で悲鳴を上げてしまう。咄嗟だったとは言え、まだ朝早い静かな時間帯で、下手すれば他の部屋にも聞こえたかもしれない。
完全に目を覚ましたウィズに睨まれて、俺は一歩後退する。ゆっくりと側に置かれた木剣を手に取るとベッドから立ち上がり上段に構えた。
「いきなり……何するんだよ!」
俺の頭のてっぺんから真っ直ぐに木剣は振り下ろされ、身体の中を通りすぎていくという貴重な体験をする。
いくら通りすぎるとはわかっていても、やっぱり気分のいいものではない。
「ったく、起こすなら普通に起こせ」
着替えを終えて、木剣片手に、未だに膨れっ面のウィズと食堂に降りていくと、ざわざわと生徒達が騒いでいた。
「あ、ウィズ。聞いたか、早朝の金切り声。何でも女性の幽霊が出たらしいぞ」
今日まで距離を開けていたライトが、気安く近づいて騒ぎの内容を教えてくれた。
噂話には尾ひれがつき物だが、かなり真相に近づいており俺は気が気でない。
何故なら幽霊はここにいるし、女性の声の主も目の前にいるのだ。
「ば、バカなこと言うなよ、ライト。それより、今日なんだぞ。風邪とか体調不良とか言い訳するなよ」
「こっちは万全だぜ。ウィズ、俺と当たるまで負けるなよ」
互いに拳を合わせて、お互いの健闘を祈る。ウィズとライトは軽く朝食を摂るとそのまま仲良く校庭へと向かうのだった。
「おおお、凄い人だ!」
校庭に集まる人、人、人。校舎の建物の中にも出店があるらしく、俺が想像した以上の来客に仰天してしまう。
二人と俺は校庭の横にある普段、剣術などの訓練で使用する建物へと向かう。
俺は訓練中のライトを見ないとウィズと約束をしたので、入るのは初めてだったがその広さは瞠目に値する。
更に、ぐるりと訓練する場所を囲むように設置されている観客席。
元々、今日の様な目的で作られたのだろう。
既に今か今かと待ち受ける観客達。
「受付済ませよう、ライト」
二人は入口横に設置された出場者受付と書かれたプレートの横に居る女性の職員らしき人に話かける。
出場するかしないかは前もって言ってあるが、当日の出場者の意思確認で最終的に決まる。
今回の出場者は十五人のトーナメント戦。
参加者が多いのか少ないのかは、例年がどうなのか全く知らない俺には分からない。
ただ、今回ライトはシードに設定されていた。
「何でライトがシードかって? そりゃ去年の準優勝者だからな。優勝者は卒業したし、優勝候補筆頭だろ」
ウィズがあっけらかんと言うが、早くそれを言って欲しい。それほどの実力ならウィズには申し訳ないが一度ライトの腕を見ておくべきだった、そう俺は後悔する。
ライト以外の組み合わせが決まっていく。名前の書かれたプレートがトーナメント表に貼られていく。
ライトとは決勝で当たるしかないが、あのグレイスとは準決勝だ。
「出来すぎだな」
トーナメント表を見て俺はそう思ったんだ。