六 特訓と宗教
「それで、まず何を教えてくれるんだ?」
俺達は特訓を知られないように、初めて会話を交わした踊り場に来ていた。
別に特訓自体は知られてもいいのだが、俺と会話をしながらだと、端から見たら一人でウィズが呟いているように思われるからだ。
「まずは、構えてみてくれ」
木剣を正眼に構えるウィズ。体の軸もぶれておらず綺麗な構えだ。
基礎中の基礎は出来ているように思えた。
おかしい所があればきっと俺の直感が働く。
「綺麗な構えだ。だけど……」
もし達人ならば隙などは生まれずに正眼の構えだけで、相手を威圧するだろうが、ウィズの構えは綺麗だが、それだけ。
何より腕力不足という欠点がある。
「軽く素振りしてみてくれ」
「ふんっ、ふんっ」と上段に振り上げて振り下ろすを繰り返す。
俺がウィズの剣術に抱いたイメージは、綺麗な箱に中身が無い、これがピッタリと当てはまる。
ウィズ自身も気づいていたのだろう、イメージを伝えた時、それほど落ち込みはしなかった。
「ウィズ、まずは防御を固めよう。足裁きだが、右足を前に踏み込む時に爪先を意識的に内側に踏み込むんだ」
ウィズは俺の言うことを素直に聞いて、踏み込む右足の爪先を内側に向ける。
後は残った左足を右足に引き付けるだけ。
「おお!」
ウィズにも分かってくれたみたいだ。もし相手と向き合っていてウィズの今の動きをすれば、前に向かいながらも相手の攻撃を躱しつつ、相手からしたら左側に回りこめる。
「次は意識的に爪先を外側に」
今度はウィズは相手からしたら右側に回りこむ形になる。
ウィズは凄いって喜んでいるが、これが難しいのは正直これからなんだが。
「ウィズ。これから俺が言うものを作ってくれ」
俺が説明するとウィズは顔が真っ青になっていく。「やめても構わないぞ」と言ったのたが、ウィズは首を大きく横に振り俺が説明したものの作成に取りかかる。
「もうちょっと、高い方がいい。そう、そのくらい」
俺は正直、ウィズはやめるかと思っていた。何より危険だ、一つ間違えれば大怪我もあり得る。
「出来た」
ウィズに作るように言った物。それは仮想の対戦相手。
とは言っても置物に剣を縄で括りつけただけだが、問題はその剣だ。
真剣が理想だがそんなもの学校にあるはずもなく、あったのは訓練で使う刃の無い剣。
しかし、切っ先は尖っており一歩間違えれば怪我をするだろう。
ウィズの背丈より高めの設定で、切っ先はウィズの目先の位置になっている。
「ウィズ、やめるなら本当に今の内だぞ」
「やってやる。ボクにはこの道しか残されていないんだ」
この道という言葉が気にかかるが、今はウィズが怪我をしないかを見ておく必要があるので、後で聞いてみることにした。
この特訓を始めたのは、もちろん真剣を相手にする場合を想定してだが、俺が教えた足裁きは、相手の懐の横へと飛び込んでいく。
一瞬の躊躇が駄目にする。
無茶や無謀とは違う、かといって真剣に対する恐怖を取り除く訳でもない。
恐怖は、重要になってくる場面もあるからな。
それよりも俺はウィズに勇気を持ってもらいたいのだ。
だけど、それは案ずるに及ばなかった。ウィズは一瞬の躊躇もなく飛び込んでいく。
何がウィズをそうさせるのかは分からないが、ウィズは勇気を既に持ち合わせていた。
「なぁ、ウィズは学校出たらどうするんだ?」
俺は休憩がてらにウィズに聞いてみることに。「なんだよ、藪から棒に」と言いながらも、しばらく考えて「やっぱり冒険者かな」と答えてくれた。
「ボクは貴族の三男だからな。跡は継げないし、コネは次男の兄さんに使っただろうし、身一つで生きていくしかないよ」
そう、笑って答えるウィズだが、ウィズは本当は女だ。俺はてっきり学校内だけ男で過ごすつもりだと思っていたが、一生男で過ごすつもりなのだ。
何か理由があるのだろうが、それはウィズにとって果たして良いことなのだろうか。
俺に出来ることは何かないか、そう考え思い浮かんだ事を口に出す。
「その冒険、俺もついていっては駄目か?」
一人にしておけない。どれだけ役に立てるかは分からないが。
「駄目じゃないけど、どうしてだ?」
「ほ、ほら。俺自身誰なのか知りたいし、もしかしたらこの国の人間じゃないかも知れないし」
「自分探しか。そうだよな、ファンも自分が誰なのか知りたいよな。よし、じゃあ連れていってやる!」
ニヒヒとはにかんだ笑顔のウィズ。本当はウィズが心配でついていきたいのだが、それを言うと怒りそうだし何より俺が恥ずかしかった。
「さぁ、休憩終わり。続きやるぞ、これどれくらいやればいいんだ?」
「一週間」
「一週間後が収穫祭だぞ! 攻撃はどうするんだよ!!」
落ち着けと、ウィズを座らせると俺は説明を始める。そわそわしている所を見ると焦っているのだろう。
「ウィズは重騎士を見たことあるか?」
「あるよ、だから?」
「なぜあんなに重装備なのだと思う?」
「そんなの怪我しないように身を守るためだろ」
俺はそれも当たっているが、本来は要人を身を盾にして守ったり侵入者から身を壁にして通さない為だと説明する。
「なるほど。ボクなんかだとあの壁は通れないな」
納得してくれたようで、俺は次に冒険者は何処を守る装備をするか聞いてみた。
「頭に胸に籠手、脛にあと股間!」
「こら」
女の子が堂々と股間とか言っちゃだめだ。俺は一つ咳払いをして改めると、何故そこを守るのか聞いてみる。
すぐに「弱点だからだろ」と答えてきた。
「そう、弱点。つまり弱い点だ。ウィズが狙うのは相手の手……というより指だな。後は脛。相手は、この足裁きでウィズを見失うから充分狙って打てる」
相手が武器を握れなくなる、または立てなくする。それが俺の立てた計画だ。
「よし、そうと決まれば!」
ウィズも納得して足裁きを身に染み込ませるように黙々とこなす。俺はウィズの懸命な姿を見て心が熱くなるのを覚える。
もしかしたら、俺は生前剣術の師範でもしていたのではないだろうか、と思うほどに。
外はすっかり日が落ちて暗くなった寮への道を進む。あれから休憩無しにウィズは取り組んでおり、夜風が汗だくになったウィズの服に吹きかかり寒そうに体を縮ませていた。
「このままだとウィズが風邪を引きそうだ、急いで戻ろう」
俺とウィズは、走って寮へと戻ると食堂の前でライトとバッタリ出会う。
ライトが何かを言おうとしたが、ウィズが手を前に出してそれを制止させた。
「ライト。収穫祭が終わるまで馴れ合いは無しだ。いいな?」
ウィズはそういうと二階へと上がっていく。背後のライトは、まだ何か言いたげだったが、ウィズの後ろ姿を見送るしかなかった。
「多分、ライトは謝りたかったんじゃないか?」
「何を?」
俺はライトが自分のせいでライラの態度が急変した事を謝りたかったのではと説明するが、ウィズは「ライトはライト。ライラはライラだ。気にする必要無いのに」と平然としていた。
ウィズは先にお風呂に入るべく四階のハッシュの部屋へと向かう。まだ仕事は終わっていないのだろう、合鍵で部屋に入るとハッシュは居ない。
俺はウィズがお風呂から上がるのを廊下で見張りながら待つ。
「おまたせ」
髪を拭きながら部屋へと戻ると時間を潰す。このまま食堂に行くと、ウィズの色気に誰か気づくかもしれないためだ。
俺はこの時間を利用してウィズに前々から気になっていたことを質問してみた。
「宗教?」
そう、頭上に浮かぶ情報の中に必ずある宗教の項目。名前、年齢、性別、種族、技能とここまでは、その人を表す項目として理解出来る。
しかし、何故宗教までが。
「それは人々のほとんどが何らかの神様を信じているからだよ。
例えば人間なんかの多くはガーランド教を信仰している。ガーランド教は、豊穣の神ガーラディを祀っているんだ。
あとは、ドワーフ達が信じる火と土の神レビルに、エルフ達が信じる美と水の女神ウンディーネ。ダークエルフが信じる戦いの神バルト。
他にも魔族が信じる宗教があるみたいだが、詳しくは知らない」
確かに俺が今まで見てきた人間のほとんどが、ガーランドとなっていたし、ドワーフハーフのハッシュはレビルとなっていたのを思い出す。
「それならどうして、ウィズは“なし”なんだ?」
ウィズの眉間が動くのを見逃さなかった俺は、不味いことを聞いてしまったのではないかと冷や冷やしてしまう。
「ボクは教会で洗礼を受けていないからな。洗礼を受けるとボクが女だとバレてしまうから」
ウィズは何処か寂しそうにそう言うと、俯いてしまう。
やっぱり学校を出たとしてもウィズは男として生きていくつもりだ。
家族はどう思っているのだろうか。
ウィズが女の子なのは知っているはずだし、洗礼を受けていないというより受けさせていないが正解ではないだろうか。
俺はますます、この子が不憫で放っておけなくなったのだった。
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