五 準魔法と剣術大会
始業の鐘の音が聞こえると同時に、教室の扉が開かれて緊張感が張り詰める。
アイナス先生が入って来ると、一斉に着席して静かになる。
「教科書、四十頁」
相変わらず挨拶すら無しに、授業が始まる。俺はウィズの隣で勉強も兼ねて教科書を覗き込む。
今日は[準魔法]についての授業らしい。
俺には都合が良かった。
情報で大概の人が持っている準魔法。生前、魔法について俺は詳しくなかったのだろう。
全くピンと来ていなかった。
眼鏡をかけた如何にも勉強は出来ますって感じの男子生徒が、指名されて[準魔法]の説明をするように言われていた。
「はい。準魔法は、我々人々の生活をよりよくするために神に与えられた魔法で、少量の魔力さえあれば使えます。魔法の内容は、ちょっとした火を起こしたり、水やお湯を出したりと別名生活魔法とも呼ばれます」
男子生徒は正直、今さら何を聞くんだとばかりに淡々と答えていき、アイナス先生に着席するように促される。
なるほどと思った。火はランプを灯したり、料理に使ったり、水やお湯は洗濯やお風呂に使える。
まさしく、生活魔法。
俺は両手を前に差し出して叫ぶ、「出でよ、火!」
何も起こらない。俺には魔力そのものがないのか、使い方が違うのか。
ウィズはどうやって使うのか見ていなかったなと、ウィズを見たら凄く睨んでノートを指差していた。
“こんなところで火を出して校舎を燃やす気か!”
完全に失念しており、ウィズを怒らせてしまったみたいだ。
俺はすぐに「ごめんなさい」と謝るが「ふんっ!」と前を向いてしまった。
「準魔法」は誰でも使えると言われているが、魔力を持たない者は使えないらしい。神から与えられた準魔法を使えない者は、時折差別されたりもするが、この法国グランベールでは許されていないようだ。
確かライトは準魔法を使えなかったはずだ。ライトの席へと移動して頭上を確認してみたが、やはり無かった。
「準魔法」の応用の仕方や危険性などをアイナス先生は教科書すら見ないで、次々と話をしていく。
それを皆が懸命にノートに写していく。
応用と言っても一人が風を起こしてもう一人が火で風を暖めると洗濯物が早く乾くなどその程度だが、危険性に関しては興味深かった。
魔法禁止区域では「準魔法」でも使ってはいけないとか、「準魔法」ですら発動しないダンジョンがあるとか、「準魔法」を暴発させて死人が出たとか、どうやら「準魔法」が使えるからと言って、身一つで旅に出たりはするなということだろう。
特にウィズくらいの歳だと好奇心が旺盛だ、勝手なことをさせない為の授業なのだと俺は、感心していた。
俺にとっても身のある授業だったと、アイナス先生には見えないが教室を出る時に頭を下げた。
ウィズにも再び謝ると「もうするなよ」と許してくれ安堵していると、そこにライトが半ば浮かれぎみにやってくる。
「ライラと上手くいったようだな」
「あー、いや、実はそのことでウィズに話があるんだ。昼メシ食べたら校舎裏に来てくれ」
それだけ言うと、そそくさと自分の席へ戻っていき、俺もウィズも何だろうと首を捻るしかなかった。
次の授業でライトは、男の先生に宿題を忘れたとしてこっぴどく叱られていた。
今朝ウィズにお願いしていたが、どうやらライラとの事で頭一杯でウィズに借りるのをすっかり忘れていたみたいだ。
ひたすら計算を行う授業に退屈になった俺は外を見ると、大きな船が空を飛んで行くのを見た。
「ウィズ、ウィズ! あれはなんだ!?」
「静かにしろよな……あれは魔力艇だよ」
俺は空を走る船を眺める。ゆったりと進んでいた船の後方からキラキラと光る火柱みたいなものが二本飛び出したと思うと、あっという間に空の彼方に消えていく。
「おおー」と俺は感嘆の声を出して、一度は乗ってみたいと思った。
昼休憩の時間になるとライトは「先に行ってる」と言い残して去っていく。
ウィズは行きたくないと食堂でゆっくりと時間をかけて食べ終えると、渋い顔をしながら校舎裏に向かった。
俺とウィズが校舎裏に着くと、ライトが「遅ぇよ」と笑いながら近寄って来た。
ウィズの目の前まで来ると地面に膝をつき額も地面に擦りつけた。
「頼む、ウィズ!! 収穫祭、剣術の方に出てくれ!!」
いきなりの事に戸惑いを見せるウィズ。俺もてっきりライラと上手くいった報告か何かだと思ったが、なにやら魂胆がありそうだ。
ウィズも同じ考えなのだろう、困った顔をしていた。
ひとまずウィズはライトを立たせて事情を聞く。ライトは「話をしたら出てくれるか」としつこく聞いてくる。
面倒だったのだろう「考えてあげてもいい」と、後々「考えたけどやめた」と言い訳できる口上でウィズは逃げ始めた。
そんな事にも気づいていないのか、ライトは今朝あったことを話始めた。
ライラに後夜祭を誘うと、案の定丁重に断られたそうだ。
断った理由は、もちろんウィズだ。
しかし、今年のライトは食い下がり一つ提案をしてみたという。それが「剣術大会でウィズに勝ったら後夜祭に一緒に出る」というものらしい。
ウィズは呆れてものも言えない様子で、ただ大きくため息を吐くしかなかった。
「それで、ライラの答えは?」
半ばヤケクソ気味にウィズは聞いてみる。
まぁ、こうしてお願いしてくる位だからライラは了承したのだろうが。
ライトの答えは予想通りだった。
ライラも随分と子供っぽい提案に乗ったのだなと俺は思ったのだが、ウィズの今の面倒臭そうな顔を見てライラの意図がわかった。
ウィズは剣術大会に出ない。それを完全に見越してなのかと。
「ウィズ、ウィズ」
俺はライラの意図をウィズに教える。別に俺はライラを嫌いな訳ではない。ただ、ライラは女の子だ。
近くに居られるとウィズの正体に気づく可能性が高い。
そうなれば、困るのはウィズだ。
「わかった。出よう」
ウィズが了承するとライトの表情は一気に明るくなり、ウィズの手を掴んではしゃぐ。しかし、ウィズはその手をすぐに払いのけた。
「言っておくけど、ボクは負ける気はないからな。いくらボクに負けたことはないからと言って油断していると足元を掬ってやるからな!」
ウィズはライトの鼻先に人差し指を向けて、堂々と言い放つ。ライトもおどけた表情から真剣な表情に変わり、一言「負けないからな」と立ち去って行った。
ライトのあの様子だとすぐにライラに言いに行ったのだろう。
「ウィズ、剣術に自信あるのか?」
「そんなものあるわけないだろ。ボクとライトじゃ体格からして違う。力負けは目に見えてる」
俺はウィズの言葉に気になることが頭をよぎった。そう、これはウィズの勉強を見ていた時にも感じた。
「ウィズ、剣術は力が全てじゃないぞ。力を往なす事を覚えれば、むしろ力なんて相手を斬れるだけの力で良いくらいだ」
「そう……なのか?」
基礎的な事を習えば次に進む段階なのだと思ったが、ウィズの意外そうな顔をしているのに俺は驚いた。
「ファン! ボクに剣術を教えてくれ!!」
ウィズの目は真剣そのものだ。こういう子は伸びる、と俺は直感で思った。
ただ、今の俺に教えることが出来るだろうか。
足裁きや体裁きくらいなら教えることは可能か……
「わかった。どこまで教えられるか分からないが、それもやってみないと分からないからな。その代わり……」
俺は交換条件として、まだまだ知識不足なのもあり色々と教えてくれないかと頼んだ。
「よろしく! ファン」
ウィズはとても嬉しそうで、俺も思わず顔が綻んだ。
昼休みの終わりの鐘が鳴り響く。
俺達も教室へ戻り席へと着こうとすると、ウィズが誰かに背中を押される。
「うわっ!」
ウィズは咄嗟に近くの机に手をついて転ぶのは免れた。
俺はもちろん近くで見ていたのだが、ウィズが振り返るとそこには「ふんっ!」と鼻を鳴らし立ち去るライラの姿が。
教室内は一瞬ざわめきが起きるがそれも先生の登場によって収まる。
「そうか、そうだよな。ライラにとってはそう思うよな」
俺にはウィズの言わんとすることがわかった。
ライラは絶対ウィズが剣術大会に出ないと思っていただろう。
ところがライトからウィズが引き受けた事を聞く。
ライトとウィズは友達だ。それも力の差は歴然。
ライトの為に受け入れた、そう思ってしまったのだろうな。
ウィズは、本気で勝つつもりでいるのに。
「負けられないな、ウィズ」
「ああ」
俺達は、一週間後に迫る収穫祭に向けて特訓を開始した。
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