十四 ウィズの休日
収穫祭そして後夜祭が終わり俺とウィズは、しばらくの間、何処と無くぎこちない雰囲気なっていた。
「お、おはようウィズ」
「お、おはようファン」
朝、目覚めたウィズに挨拶をするが、何故か上手く視線を合わせられない。
それはウィズも同じで視線が俺に合わないように目が泳ぐ。
そして、長い沈黙。
微妙な空気間も、一週間もすれば俺もウィズも慣れてしまい元に戻ることが出来た。
あの時の妙なこっ恥ずかしさはどこへやらである。
収穫祭の翌日、食堂で会ったライトからライラと晴れて恋人同士になれたと報告があった。
それを聞いたウィズは、両手を挙げて喜び祝福する。
ウィズの事でライトも少しライラに怒っていたはずだが、ウィズが許した事でそんなモヤモヤも吹き飛び、改めて後夜祭で告白したらしい。
ライラは、資格は無いのは自覚しているもののウィズが好きなのは変わらない自分がいると一度は断ったが、ライトはそれでもいいのだと伝えたという。
器広すぎでしょ、ライトくん。
恐らくライラには、ライトと居れば少しでもウィズの側に居られるとの打算的な考えがあると俺は睨んだが、それをライトに伝えるのは野暮だと思い俺はやめた。
案の定というか、ライトが授業の間の休憩の度にウィズの元へと来るものだから、ライラも自然と寄ってくる。
しかし、ライラはいつもウィズよりライトの近くにいて、たまにライトと手を繋ぐ姿を見せていた。
他にも変化はあった。それはウィズの頭上の情報。
名前[リサ・オーウェン]
種族[人間]
年齢[十二]
性別[女性]
宗教[無し]
技能[中級剣術][初級魔法][初級槍術][人心掌握][魅了][準魔法][魔力補正レベル2][力補正レベル1][回避補正レベル8][同化][〓〓〓]
初級だった剣術が中級に、他にも“力”と“回避”の補正が加わった。何より新たにある[同化]。俺がウィズに入り込んだから加えられたのだと容易に推測出来るが疑問もある。
それは、ウィズに[同化]があることだ。
もし俺が幽霊だから同化出来たのだとしたら、ウィズに[同化]はなく俺にあるのではないかと。
俺は他の人には触れても同化しないし、ウィズと同化するときのあの吸い込まれる感覚。
ウィズの[同化]があるから、同化出来るということではないだろうか。
まるで、俺に誂えたように。
変わったことと言えば、グレイスもそうだ。食堂などでたまに見かけるもののウィズやライトに絡むことは無くなった。
むしろ出会はないように、積極的に避けている所がある。
そして、剣術大会で優勝した副作用として新たに問題が出来た。それは剣術の授業。
ウィズは、他の生徒から、やたらと練習相手を希望されるという羽目になる。
ただ、これは問題ではない。
今のウィズだと普通の生徒なら問題は全くない。
問題はライトだ。
あいつ、やたらめったらウィズに練習相手として求めてくるようになりやがった。
ウィズは上手く理由をつけて避けていたが、一度だけ先生に言われて相手をすることになってしまった。
勿論、誤魔化しのためにウィズの体の中身は俺だ。
そして、その後やっぱり全身筋肉痛でウィズは授業中、大変だと文句を俺に言ってきた。
理不尽極まりない。
そして収穫祭から一ヶ月近くが過ぎた今日、ウィズ達生徒は長期の休暇に入る。もう間もなく新年ということもあり、ウィズは実家へと帰る用意をしていた。
「ウィズ、忘れ物は無いか?」
「無いってさっきから言ってるだろ! ほら、行くぞファン!」
先ほどから何度と繰り返すやり取りにウィズは呆れて遂に怒り出す。
しかし、俺もこれからしばらく寂しいせいで幻聴が。
「行くぞファン」って聞こえたような気がして、俺は思わず「え?」と聞き返してしまった。
「ん、どうした?」
「いや、俺も行っていいのか?」
「行きたくないなら、残っていいけど……」
「行く!!」
幻聴等ではなかった。俺は嬉しくて食いぎみに返事をしてしまう。
実家だと親に甘える姿を見せてしまい、連れて行ってくれないものだと思っていたから。
一足先に灯りを消して寮の部屋から出るウィズの後をついていく。
食堂で寮母のハッシュさんと出会い、ウィズは挨拶すると朝食を食べ終えて寮を出た。
俺とウィズは門をくぐり、学校を出る。門前には遠くから来ている生徒を送り届ける馬車に多くの生徒が群がっていた。
その中にはライトの姿も。
馬車に乗り込んだライトはこちらを見つけると、大きく手を振ってくる。
ウィズは、軽く手を挙げてライトの乗せた馬車を見送った。
「ボクらは歩きだからな」
そう言って歩き出すウィズの後を追っていく。
どれくらい歩いただろうか、気付けばウィズは一つの邸宅の前で立ち止まる。
門の先に見えるは、とても大きな白亜の豪邸。
しかし、俺には何処か見覚えのある邸宅だった。
門の内側に立っていたビシッと黒い執事服のような衣装を着た若い男性は、ウィズを見ると、内開きの門扉を開く。
「ウィズ、ちょっと待ってて」
門をくぐった先でウィズを残して俺は邸宅の裏へと回る。庭には見覚えのある倉庫のような小屋と、丁寧に剪定されている草木、そして邸宅の裏にある池。
見覚えがあるはずだ。ここは俺が目覚めた場所ではないか。
俺が一度ウィズと合流すると「どうかしたのか?」と聞いてくる。
「後で話す」と俺はぐるぐると駆け回る頭の中を整理するために、一旦棚上げするのだった。
大きな扉が自分で開けることなく開き、中に入るとそこには、黒い執事服に身を包んだ白髪の壮年の男性と、使用人と思われる三人の女性が並ぶ。
更に両手を開いて迎える父親のレインと母親のシャルロットが。
ウィズは、一目散に両親の元へと走り出す。
「お帰りなさい、ウィズ。もう! この子は。去年は帰って来ないんだもの」
「お帰り、ウィズ」
「ただいま、父様、母様」
俺はというと、豪邸の中に興味深々で、想像以上の広さのエントランスに敷かれた真っ赤な絨毯が二階へと上がる階段や廊下の端まで敷かれている。
どうやって、灯りを着けたんだと思わせる高い位置に吊り下げられ照明や、豪華な彩りの花を飾った花瓶。
そして、ザ・執事の姿の壮年の男性や如何にも使用人と思わせるエプロンドレスの若い女性をジロジロと眺めていた。
ふと、背後からチクチクと刺す視線を感じる。振り向くとそこには、半目で睨むウィズが。
「ごめんなさい……」
俺は何となくウィズに謝るのだった。
一旦ウィズは、両親と離れて二階へと続く赤い絨毯で敷き詰められた階段を上がって行く。
その後ろを俺が、更に後ろにはウィズの荷物を抱えた使用人の女性の一人がついていく。
二階へと着くと丁度三階から降りて来た男性と遭遇する。
「アデル兄さん」
「ウィズ……今年は帰って来たんだな。剣術大会で優勝して調子にでも乗ったか?」
棘のある言葉にウィズは何も言い返さない。ウィズの兄、アデルに抱いた俺の印象は“腐った目をしている”だ。
母親似なのかウィズと同じブロンドの髪に、同じサファイアブルーの瞳をしているのが更にムカつく。
アデルは、蔑む目でウィズを見下ろし「三階は俺の部屋だから上がってくるなよ」と言い、一階へと降りて行った。
ウィズは終始黙ったままで言い返す事はしなかった。ただ、後ろの使用人の女性は悔しそうに荷物である鞄の取っ手を強く握りしめる。
「何も言うな」ウィズはそう言う。
それは、使用人へ向けて言ったのか、俺に言ったのかは分からなかった。
二階左手奥にある部屋にウィズは入るなりベッドに横になる。俺と使用人が続いて入るが、使用人は「お荷物ここに置いておきますね、坊っちゃま」と部屋の入口横に荷物を置くとすぐに出ていった。
部屋の作りはとてもシンプルで机が一つと棚とベッド。備え付けのクローゼットがあるのみ。
ウィズは学校に入る前、ここの部屋で過ごしていたのだろうか。
壁は外壁と同じく白亜で綺麗ではあるが、何よりここには生活感が感じられないのだ。
「ファン」
ベッドに寝転び天井を見上げて俺に呼び掛ける。俺が側に行くと寝転んでいた体を起こす。
「さっきは何処に行っていたんだ?」
さっき? ああ、一度棚上げしていたやつかと俺は窓際にウィズを誘導する。
ここからなら見えるはずだが。
「真下にある小屋。あそこで俺は目覚めたんだ」
ウィズはそう驚きはせず、「それでか……」と俺が離れた理由を納得する。
「もしかしたらさ、彼処にファンの手掛かりがあるんじゃないか?」
それだ! と俺が思うと同じくして荷物をほどくことなくウィズが部屋を飛び出す。俺はすぐにウィズの後をついていった。
「セバス!」
途中で会い、ウィズがセバスと呼んだ白髪の壮年の執事に鍵を借りて庭へと出る。
後ろからはいつの間にかランプを持ったセバスもついてきていた。
扉を閉めていた鍵を取り外し、ウィズは立て付けの悪い扉を力の限りを込めて開く。
「ゴホッ……ゴホッ、ファン、どの辺りだ?」
埃で咳払いをしながらウィズは、俺に小声で話かける。俺は扉が開き差し込んだ光を元に、自分が寝ていた場所を探す。
ヒントは、ここが小屋のようなものだと気づいた隙間から差し込んできた光。
小屋の真ん中よりやや奥にある木箱。この上から見た隙間から差し込む光に一番近かった。
俺がここだと、指差すとウィズは木箱に掛けられた錠前を外しにかかる。何度か鍵を取っ替え引っ替えしているとガチャンと音を立てて錠前が外れる。
木箱を開くが薄暗くよく見えない。そう思った時、セバスが背後から灯りを灯したランプを近づけてくれた。
箱の中には、小さな服やオモチャと思われるものが、小さい服と言っても赤ん坊が着るようなものだが。
ウィズは、そこにあった熊のぬいぐるみを手に取ると、セバスに尋ねた。
「これは誰のだ!?」
「これは、ウィズ坊っちゃまので御座います」
「ボクの? 見覚えないぞ」
「いえ。ウィズ坊っちゃまので御座います。お嬢様」
ウィズは、それを聞いて目をカッと見開き驚きながらも何か見当がついたようで。
俺にはその意図が何かは分からなかったが、ぬいぐるみを見つめるウィズの目はとても寂しそうに見えた。