十三 収穫祭と後夜祭
「シャルロット」
「はい」
母親のシャルロットの胸に抱えられながらウィズは、シャルロットの右手から放つ白い光に包まれる。
医務室で見た光景と同じだ。
シャルロットの目はとても慈愛に満ちていて、光に暖かみすら感じてしまう。
時折、優しく空いた手でウィズの髪を撫でてやりながら、ウィズを回復させ続ける。
「ライトくん。君も大した腕前だった。どこか就職先は決まっているのかね?」
父親のレインは、ウィズの姿を横目で確認しながらライトに問う。ライトは、いまだに恐縮しており、直立したまま首を横に振るのみ。
「そうかい。それなら、卒業したら私の所に来ないか?」
「あの……光栄なのですが、俺は──僕は、冒険者になろうかと」
レインは青田刈りのつもりだったのだろうが、ライトはすぐに断りをいれる。
断られるとは思っていなかったのだろうレインは、少し驚いて見せるがすぐに表情をにこやかな笑顔に変える。
「そうなのかい。それなら仕方ない。そうそう、もし就職したいなら何時でも言ってくれたまえ、力になってあげるから」
「ありがとうございます!」
俺には貴族の機微などは分からないが、ライトほど優秀な剣なら引く手あまただろう。
もしかしたら、自分の所属している派閥の寄親にでも紹介するつもりなのかもしれないな。
「あの、ライト……」
俺達の背後から聞こえた声には聞き覚えがあった。後ろを振り向くとそこには、体をモジモジとさせながら恥ずかしそうに立つライラが。
そういえば、元々ウィズが剣術大会に出るはめになった原因だったな。
ライトはレインの顔色を伺う。レインが黙って頷き許可すると、ライトはライラの元へ。
気になった俺は野暮だと分かっていたが、ライトとライラの会話が聞こえる位置に移動する。
「あの……後夜祭のことだけど……」
「ああ、あー、忘れてた。どのみち俺は負けたからな。それで何? あそこにいるのがレイン子爵だってのは、男爵の娘のライラならわかるだろ? その人との会話を止めておいて失礼じゃないかな。もう一度聞くけど、何か用?」
ライトはライラを冷たく遇う。とても好きだった相手にする態度には思えない。
ライトはライラのウィズに対する態度にも怒っていたし、そこで冷めてしまったのかもしれないな。
「あ、その……ごめんなさい……」
ライラは、か細く消え入りそうな声で謝るが、ライトの毅然とした態度は変わらない。
「謝る相手が違うんじゃないか?」
ライトにそう言われるとライラは肩をビクッと震わす。恐る恐るウィズの方に俯き加減の顔を向けるライラ。
ウィズはそれに気づくと、「母様、もう大丈夫」とシャルロットから離れるとライラの方へ歩きだす。
再び俯いてしまったライラの前で立ち止まると、ウィズは突然ライラの肩を押す。
もちろん、それほど強く押してはいないが、油断していたライラはヨロヨロと後退し尻餅をついた。
「これで、おあいこだ」
ウィズはそう言い、ライラに向かって手を伸ばす。ライラは目尻に涙を一杯溜めながら、ウィズの手を取り立ち上がると何度も小さく震えた声で「ごめんなさい……」と謝るのだった。
「ウィズ。今度の休みは帰って来るのでしょう?」
シャルロットがライラにハンカチを差し出しながら、ウィズに聞く。
ウィズは、しばらく考えてから頷いて答えた。
「それじゃあ、母さん達はもう行くわ。あなた達は、残りの収穫祭楽しみなさい」
「シャルロット! 私はもう少し……」
「はいはい。あなた行くわよ」
名残惜しむレインの腕を取りシャルロットは、闘技場の出口へと向かう。
残されたウィズとライトとライラ、そして俺。
どうするかお互いに顔を見合わせると、ウィズがライトとライラの背中を押す。
「二人で見て回りなよ。ボクはいい。ちょっと疲れたからね」
ウィズは、闘技場の出口まで二人の背中を押し続ける。ライトもライラも戸惑いを隠せなかったが、出口を過ぎるとライラがウィズを休ませるように諭すと、やや強引にライトの腕を取って屋台の建ち並ぶ方へと去って行った。
「ウィズ! 大丈夫か!? 疲れたのか? 母親の魔法効かなかったのか!?」
俺は疲れたと言うウィズが心配で、ウィズの周りを飛び回る。
「大丈夫。疲れは母様の魔法で回復したよ。それより、行くぞ!」
「えっ、ちょっと! 行くって、どこへ?」
ずんずんと先に進むウィズの後を俺はつけて行くのだった。
ウィズは、校舎へと入ると校舎内で販売している飴玉と、甘い匂いの漂うお菓子みたいな物を購入し、そのままいつもの特訓している屋上に続く踊り場へと向かった。
「ほら、ファン」
ウィズが俺に向けて両手を差し出してくる。抱き締めろとでもいうのだろうか。
俺は、どうしたものかと躊躇っているとウィズが不思議そうにこちらを見る。
「どうしたんだよ、入らないのか? 食べ物食べたいんだろ?」
ああ、そうか。約束してくれたのを俺は思い出す。それじゃ、遠慮なく……
俺は、ウィズの体で身悶えていた。甘い、甘いのだ。飴玉を頬張り、腰を回して喜びを全身で伝える。
「人の体でくねくねするな!」と怒られるが止まらないのだ。
ああ、甘いってこんな感じだったと記憶の霞が少し晴れる。
俺は贅沢にもう一つの甘い匂いのするラステというお菓子を口に入れる。柔らかくしっとりとしているスポンジ状のお菓子。しかも噛めば噛むほど甘味が増す。
俺はたまらずもう一つを口に入れた。
「こら! あまり食べ過ぎるなよ、ファン! ボクが太るだろ!」
怒られてしまった。
俺は口の中の飴玉が無くなると、満足してウィズと交代する。
ウィズは「うう……太りたくないけど……」と言いながらも、飴玉を口に入れた。
甘くしっとりとしたラステが無くなる頃、外から軽快な音楽が聴こえてくる。
壁を通り抜けて俺は外を確認すると、大きな焚き火を囲んで各々少年少女が、あちこちで踊り耽っていた。
「皆、何しているんだウィズ」
「後夜祭だよ。火を囲んで踊っていただろ? 特に男子は好きな女の子を誘って踊るのが定番なんだよ」
なるほど、ライトはこれをライラとやりたかったのだなと俺は、再び壁をすり抜けて見下ろしていた。
「ウィズは、どうして頑なに出たがらないんだ? 別に出るだけでも問題ないのでは?」
ライラにはアプローチを受けていたが、別に一人でもいいはずだ。
先ほど見た中には、男の子同士、女の子同士で集まっている者もいた。
「ぼ、ボクは……踊れないんだよ! その……どうしても踊ると女の子っぽくなってしまって」
興味は無くはないのだろう。どこか羨ましいって顔をウィズはしていた。
そこで俺は妙案を思い浮かべる。
俺はウィズに立ってもらうようにお願いする。何をするのかと怪訝な顔をするがしつこくお願いすると渋々立ってもらえた。
俺はウィズと向かい合い、無い足を跪き右手の手のひらを差し出す。
「よろしければ私と踊っては頂けないでしょうか?」
きょとんとしたウィズは、プッと思わず吹き出す。酷いな、ここなら誰にも見られないからと思ったのに。俺も結構恥ずかしいんだぞ。
そんな事を考えながら、跪いた状態でウィズの顔を見上げると、今度は俺がきょとんとしてしまった。
「はい。よろしくお願いします」
そう言ったウィズの顔は、優しく微笑みを見せて愛らしい少女の顔になっていた。
触れると入れ替わるので、俺の右手に自分の左手を乗せるフリをする。
俺が立ち上がると、ウィズと俺は音楽に合わせて踊り出す。慎重に注意しながら踊るため、何処と無く動きはぎこちない。
俺はこの時ばかりは、幽霊で良かったと思えた。なぜなら、今俺はかなり顔を真っ赤にしているだろう。
「顔真っ赤だぞ、ファン」
バレていた。実際は見えるわけではないが、俺の感情を読んだのだろう。
ウィズならではだな、これは。
だから俺も言い返す。
「ウィズだって、頬、赤いぞ」と。
「うるさい!」と頬を膨らませたウィズのその顔は、首元まで真っ赤に染まった。
俺とウィズはお互い顔を赤く染めて踊り続ける。
音楽が鳴り終わり、俺達の収穫祭の終焉を告げるまで。