十二 ファン対ライト
あれほどウィズが望んだライトとの対戦は、無念のうちに終了の鐘が鳴る。
俺が体に触れると吸い込まれていき、ウィズの意識が外に出された。
『ウィズ……』
よっぽど悔しくて情けなくて、隣で俯きながら座り込んおり前を見ようとしない。
痛いほどウィズの心が伝わってくる。
『ウィズ、前を向け。悔しさをバネにしろ。そしていつかウィズと戦いたいとライトから言わせるためにも、今は俺とライトの試合を見るんだ』
剣を構える俺の隣でウィズは、手で目元を拭い前を見る。
『……くそぉ。次は……次は、絶対ライトに言わせてやる!』
立ち直りを見せたウィズだが、強がりに過ぎない。
ウィズを隣に据え俺は、ライトを睨み付ける。
よくもウチのウィズを泣かせたな。
雰囲気の変化に気づいたのか、ライトも構えて俺たちを見据えてきた。
俺は摺り足で、ライトへと近づいていく。
互いの剣の切っ先が交わると、ライトが先制を仕掛けてきた。
一歩踏み出し斬り込んできたライトに遅れて、俺が踏み込む。
左へと回り込んだ後、素早くもう一歩踏み込みライトの背後へと移動する。
今度は俺が背中に切り込んだ。が、ライトは先ほどと同じく踏み込んだ足を滑るように回して体を半身にして躱しつつ横薙ぎで攻め込んできた。
俺はライトと同じく踏み込んだ足を滑るように回して、自分の体の向きを変える。
カンッと、互いの木剣が当たり音を出す。
そのまま、俺もライトも後方へと飛び退いた。
やはりと言うか、ライトは強い。同年代でこれだけのレベルは、果たしてどれだけこの世界にいるだろうか。
『ウィズ、ついて来れたか?』
確認のためにも一度聞いてみる。ウィズは黙って頷くのだが、何処か上の空だ。
『ウィズ!』
俺は一喝するのだが、ウィズは上の空のまま。もう一度、ウィズを一喝しようとした、その時。
ウィズは、俺の方を向いて訝しげな顔をして、ブルーサファイアのような瞳を向けてきた。
『ファン……今のはボクに教えた動きだろ。ボクはファン自身の剣術が見てみたい』
『俺自身の……剣術?』
記憶喪失の俺に出来るだろうか。ウィズを訓練したりアドバイスを送ったり出来たのは、頭の中で“そうした方がいい”と勝手に思い付いたからだ。
今、俺がこうして剣を振るえるのも、ウィズの体が記憶しているからだと思っていた。
俺はもう少しライトから距離を取ると、屈伸したら木剣を素振りしたり体の動きを確かめる。
その結果、俺の頭に浮かんだ答えは“この小さな体で耐えられるか”だった。
『ウィズ』
俺の浮かんだ答えは当然ウィズにも筒抜けだ。しかし、ウィズは行けと言う。
どれくらい葛藤していただろうか。ライトは、まるで俺の答えが出るまで待つと言わんばかりに動こうとしない。
そして、俺は結論に至る。
やってみよう、と。
ウィズの体に必要以上に負担がかかりそうなら、やめればいい。俺は構えを解いて自分の頭を一度空っぽにした。
右手に剣を持ち、だらんと腕を下げる。無防備のままライトへと近づいて行き、その距離はお互い一歩踏み出せば届く所まで来た。
お互い動かない。観客席は静かに俺たちの動きに注目していた。
「はっ!」
俺は一歩踏み出して下段の位置から右手一本でライトの顎を狙う。ライトはギリギリで躱すが俺はそのまま今度は両手持ちで振り下ろす。
それも一歩下がり躱してくるが、振り下ろした木剣を、そのまま突きへと移行さた。
「くっ!」と冷静に対応していたライトは辛うじて躱したものの顔が歪ませる。
俺は止まることなく、無意識で剣を振るう。体が自然に動くのだが、荒々しい剣術。どうやら、これが俺の剣術みたいだ。
紙一重で躱し続けてきたライトは俺の嵐のような怒涛の攻撃に呑まれていく。
そして、遂に躱しきれずにライトは剣で受け止めた。
カンッと、木剣独特の乾いた音をさせて、お互い剣で押し合う。ウィズとライトでは力自体に差がある。
俺は剣の握りをわざと緩ませて、押し込んでくるライトの剣に自分の木剣の腹を滑らす。
俺はライトの剣を躱しつつ、互いの剣が離れた瞬間握りに力を込めると、跳ねるように上がった自分の木剣をライトの肩目掛けて振り下ろした。
「ぐううっ……!!」
一歩すぐに飛び退き距離を取る。ライトは肩を押さえながら痛みに耐えて態勢を整えた。
『今のが、ファンの……』
隣でウィズはしっかり見ていてくれたようだ。夢中の余り、ウィズに意識を向けていられなかったからな。
しかし、俺の印象では、これは俺の剣術だが何か違うと頭の中に浮かぶ。
基本的には、今の荒々しい攻撃主体の剣が俺の剣術なのだろう。
だけれども……
俺は再び構えをせずに片手で剣を下げていたが、距離を詰めると正眼に構える。
俺が感じた自分の剣術は、もっと単純なはずだ。
俺は一度深く息を吐く。ライトは待ち構え、観客席も雰囲気に呑み込まれていき静まり返る。
ジリッ、ジリッと更に距離を詰めて行き、互いの切っ先が触れる寸前で止まる。
ゴクリ──誰かが生唾を飲み込む音がして俺は動いた。大きく上段へと振りかぶる。
次の瞬間、俺の頭の中に“一閃”という言葉が浮かび、バキッと木剣らしからぬ音をさせて俺の木剣は半ばから折れた。
折れた木剣がくるくると回転してライトの背後へと落ちる。
一方、ライトは、その場から一歩も動かずにいた。ただ、ライトの手に木剣は無かった。
ライトの足元に落ちている木剣。拾おうともせずに、ただ驚くばかり。
「……!! そこまで! ウィズ・オーウェンの勝ちです! よって、優勝はウィズ・オーウェン!!」
アイナス先生の声に少し遅れて観客席から歓声と拍手喝采が巻き起こる。ライトは自分の両手を見つめている。その手は痺れて震えていた。
『おい! おい、ファン。今のなんだよ!?』
『何って……上段から振り下ろしただけだが?』
『そうだけど……いや、何か違う! 何だ……そうだ! いつの間にか振り上がったと思ったらいつの間にか振り下ろしていた。そんな感じだ!』
ウィズは、横にいたから少し見えたのだろうな。だが、ライトには恐らく見えていない。
俺がやったのは、ウィズにも言ったように上段から振り下ろしただけだ。
ただし、寸分の狂いなく無駄な筋肉一つ動かさず振り上げた軌道に沿って振り下ろしたのだ。
高速で動くモノは最初と最後しか見えない。ウィズは横からだからそう見えたのだ。
「ウィズ、完敗だ……」
放心していたライトだったが、立ち直り俺に近づいてくる。握手をしようと俺が手を出すのだがライトは反応せず、苦笑いを浮かべる。
「ははは、俺も握手はしたいけど、まだ手が痺れているんだ。勘弁してくれ」
そう言い見せてきたライトの右手は小刻みに震えていた。
あ、しまった。俺としたことがウィズを泣かした分叩き込むつもりだったのに。
ライトは握手の代わりにと肩を組んでくる。少し溜飲は下がったから、まぁいいかと思った所にライトから爆弾を落とされる。
「ところで、お前誰だ?」
バレてるーー!! 慌てた俺とウィズは、すぐに入れ替わる。ウィズが俺を無理矢理引き剥がすと「何、言ってるんだよ、ライト」と笑って誤魔化す。
今、ライトの頭の中にはハテナがたくさん浮かんでいるだろう。
「いつまで、抱きついてんだよ!」
ウィズは自分の顔の側にあったライトを引き離そうと試みる。
「あ、あれ?」
引き離すどころかウィズの足がいきなり崩れて倒れそうになる。「危ねぇ!」とライトがウィズの背中を支えて難を逃れた。
「大丈夫か、ウィズ!?」
「急に力入らなくて……ありがとうライト」
多分俺のせいだろうな。最後の一撃、筋肉を動かさないと言うのは比喩みたいなもの。実際は全身の筋肉を引き締め動かないようにしただけだ。
ウィズの症状は、いわゆる“筋肉痛”。
ライトに肩を借り連れられて闘技場の脇にある医務室へとウィズは向かう。
表彰式みたいなものは無いみたいで、闘技場を後にする二人に惜しみ無い拍手が贈られるだけ。
二人の後を俺はつけていく。丁度、医務室前に来たときに「ウィズ!!」と女性の声で呼び止められた。
「母様!!」
そこにはグレイス戦の後、医務室でウィズに魔法をかけていたブロンドの長髪の女性が。
シャルロット・オーウェン。ウィズの母親だ。
ライトからウィズを受け取ったシャルロットは、ウィズを力の限り抱き締める。
「母様……苦しいよ……」
自分の顔をシャルロットの豊満な胸に押し付けられて踠くウィズ。仲は、やっぱり良さそうだ。なら、何故ウィズは少年のフリを……そう思いに耽っていると「ウィズ! よくやったな!」と今度は精悍な顔つきな男性がやって来る。
レイン・オーウェン。男性の頭上の情報を見てみてウィズの父親だと、今度は確信する。
ウィズやシャルロットとは違い黒髪の男性。
瞳の色も黒く、ウィズと似ていない。
ウィズは母親似なのだな。
「お前が剣術大会に出るとアイナスに聞いて驚いたぞ!」
ウィズは父親と母親に揉みくちゃにされていた。それよりもウィズの体調が気にかかる。ライトは何をやっているんだと、隣にいたライトを見るのだが何やら恐縮しているようにも見える。
「あなた」
「ん? おお、済まないな。確か君はライト君だったかな?」
「はい! あの……お初にお目にかかります。オーウェン子爵」
子爵? 薄々思ってはいたが、ウィズは貴族の子息にあたるのか。
「そ、それと一つよろしいでしょうか!」
ライトは直立不動で具申の許可を求める。レイン子爵はヘラッと笑顔のまま許可を出すと、。
「そろそろウィズが死にそうです!」
筋肉痛で動くこともままならないウィズは、両親にされるがままで、ぐったりと頭を垂れていた。