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第七話 のほほん

 のほほんと細かいことは一切考えないのが俺、一条純の青春哲学である。


 学校での過ごし方なんて、もうワンパターン過ぎていっそ誇らしいくらいだ。


 例えば、通学や中休みなどのスキマ時間は例外なく勉強に費やされる。

 つまり授業も合わせれば、俺の出しうる全人間的ポテンシャルが学力に変換されていることになる。どっかの国の戦時期よろしく、国民経済のほぼ十割が軍需に吸収されていたのと同じような理屈だ。例外といえば休日のゲーム時間くらいのものだろう。


 全てのものを戦場に、全てのものを偏差値に。

 おいおい、どんな戦闘民族だよ。ある意味で、世のガリ勉なんて脳筋そのものだということだろう。頭良いと言われがちだがむしろ逆なんじゃなかろうか。


 だがこんな残念な日常でも、やってる本人からすればお気楽なもので。


 なにせ俺を縛る基準は、試験で勝つか負けるか。それしかない。

 結果さえ出していれば、他人からどう思われようが気にならないものである。昼休みに聞こえてくる嘲りとか、全部聞こえないふりしてるしな。もし去年のクラスみたいに学祭準備もサボったら、一体どれほどヒンシュク買うだろう?


 だが、そんなある金曜日の夜――


 ぽかーん、と。

 お気楽なはずの俺が、家のソファーの上でぽかーんとしていた。


 明日は…………遠足の買い出しだ。


 適当にその辺のスーパーにでも行ければ良かったのだが、なんとクラスの女王様の荷物持ちという大パシリ役を担うこととなった。パエリアの材料くらい、メモでも渡してくれりゃあ一人で行くってのに。しかもわざわざ駅前集合と来たものだ。


 そして、俺の都合のいい頭をひっついて離れない事案が一つだけあった。


 ――つまり明日のは、デートなのか否か。それが問題だ。


 大きな問題過ぎて、俺の脳内議会が緊急開会されたほどだ。

 議題『明日のアレはデートなのか否か』――頭の中の国会議事堂で、近世ヨーロッパめいたくるくるウィッグの可愛い小人たちが大激論を繰り広げていた。


 仮にデートだとして、何着てけばいいの?

 でも()()、ある程度は仲良い同士でやるもんじゃないの……?


 そもそも、デートってなんだ。

 男女で時間を指定して会えば、それはもうそうなのか。それとも相手がデートと言えばそうなってしまうのか。

 セーフなのか、アウトなのか。ファウルなのか、ダイブなのか。

 ええい、デートの学術的定義はどこだ。辞書をちょこっと調べてみよう――って、血迷いすぎだ、俺。落ち着け。


 ……さて。

 相手はあの、何考えてるか分からない金髪女。


 ついでに言うと、尻軽で有名だ。

 本人も無論その噂は知ってるだろう。ビッチと呼んでもムキにならないあたり、もしや一部は本当なのかもしれない。いやそもそも俺を童貞だとバカにしてくるくせに処女だと割れたら、それはそれで後で大いにネタにしてやろう。


 クラスメイトの誰かが、いつかこんな風に横で話していたのを思い出す。


『じゃあさ、橘なんてどうよ? 可愛いし、けっこう胸あるし、性格いいじゃん』

『でも彼氏、社会人のおっさんなんでしょ? 俺らじゃ相手にされないって』

『マジか。C組の高瀬と付き合ってるって聞いたけど』

『気に入った相手なら誰でも食うんだろ。いいよなあ』


 はぁ……。


 別になんとも思わんよ。

 美人に生まれた女なんて、どいつもこいつもそんなもんだろ。

 まあ、どうせ永遠に童貞だし知らんけどな。名付けて永世童帝。将棋のタイトルみたいでなんかかっこいいから物は言いようだ。


「――――キ!」


 はぁ、もう何もかも面倒くせえよ。

 遠足、悪天候で中止になればいいのになー。


「――兄貴!」


 ――と。


 俺は……ぼーっとし過ぎて、妹に片頬を引っ張られてることにすら気づかなかったらしい。ついつい、「ふぇ?」と情けない声をあげてしまった。なんつー大失態だ。


「情けないツラしてた。どしたの……?」


 割りと真面目に心配そうに、欅は俺の顔を覗き込んでいた。

 すると皿洗いを終えたアリカ叔母さんが、手の雫を払いながら台所からこっちに出てくる。


「もう欅ちゃん。あなたも妹なら察してあげなきゃダメじゃない」

「ん? 察すって?」

「男の子がある日突然ぼーっとしてたらね、好きな女の子ができたってことに決まってるじゃないのっ、もう! 相手はどんなコかしら? もうもう!」


 ラブコメ少女漫画家、いつもの暴走である。鼻息がとにかく荒い。


 他方で、欅は近くでじぃーっとこちらを見てきた。

 何なら「じぃーっ……」って実際に声出しながら、目を細めてガン見してきた。怖いって。


「発情期。兄貴も猿だったとはね。マジ幻滅」

「は……!? ねーよ、叔母さんの言うことなぞ真に受けてんじゃねー!」

「じゃあ聞くけどね、純くん。明日は家にいるの? それとも、外で予定があるのかしら?」


 く、ここぞで鋭いポイントを的確に突いてきおるな……。


「…………ちょっと中学時代の友達とゲーセン行ってきます」

「バカ兄貴。それだと、ぼーっとしてたことの説明になってないし。苦しすぎ」

「ぐぬぬ……」


 欅は大体の嘘は見抜く。なので彼女は、ふん、とそっぽを向いてしまう。


 だが叔母さんの方は、そんな俺の様子をみて「あらあら」と嬉しそうだった。そして財布からお札を取り出して俺の方に突き出してきた――って。


 二万円!? アホか、この人!


「いやいや、受け取れるわけないじゃないですか。こんなに!」

「女の子はお金がかかるものよ、出世払いでいいから」

「いや、そんなんじゃないんで……。ほんとに友達と遊んでくるだけなんで」

「なら、帰ってきた時にでも返してくれればいいわ。でももし使ってきたら…………デートだと思って色々期待しちゃうから! いやー、もうバカ!!」


 ドカンと、肩にブローを一発入れてくるアリカ叔母さん。痛えっての。


「あ。でも、行きのコンビニでゴムは買ってかなきゃダメよ。そういうのだけは、しっかりしなさいよね」


 もうぜってーデートじゃねーし、クソが。

 ちょっと業務上の理由で買い物に行ってくるだけなんじゃ、どいつもこいつも勘違いすんな。


 脳内議会。議決は下された。『明日のアレはデートじゃない』

 だから何着てこうとか、そういう面倒なことは考えるな。らしくねえよ。しっかりいつも通りに、のほほんとしてろ。のほほんとした物を着て行ってみろ。


 よし、オラいいこと思いついたゾ。明日はジャージで行こう、そうしよう。

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