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第六十話 通じ合ってる的な

 橘かれんの掛け値なしに良いところを一つだけ選んで挙げるとすれば、一緒に過ごしていると、実はこいつの隣ってものすごく居心地がいいんじゃないかと思えてしまうことだろう。

 強引にでもそう錯覚させるだけの、懐の深さと言うか。

 他人を引っ張るようで、実は気にしてくれている優しさみたいなものか。


 ――最後は俺によく似た()()()ですら橘を認めたんだから、間違いない。


 いや、まあ、そういうちょっと先の話はともかくだ。

 新学期が始まって一週間、俺たちは通学路を歩いていた。

 いや、もともと家の方向は間逆も間逆なのだが、アリカ叔母さんは人が良すぎというか。こいつの親が留守がちだと聞けば叔母が言うことも決まっているし、となると橘の答えもお察しというところ。


『泊まりなさい?』

『やー、悪いですよー』

『かれんちゃん。もう、こういうのはね……チャンス、よ?』

『えへへ……。じゃ、お言葉に甘えて』


 おい、そこ、素直に折れるな。チャンスって何だよ分かるように話せ。

 まあそれだって決して毎日というわけでもないが、とりあえず昨日に関しては一条家まで一緒に帰り、よって今は通学も一緒というわけだ。ちくしょー、俺のプライベートはどこいった。


 橘が手の握りをぎゅっと強くしたので、俺はなんとなく横を向く。

 すると金髪女はいつものニコニコ笑顔のまま、肘でぽんとしてきた。


「ねーねー。学園祭ー」

「ふんっ。俺は隅っこで折り紙チェーンでも作ってるよ」


 まだクラスでやることは決まっていない。今日のロングホームルームで本格的に話すらしい。


 だが何をするにせよ、どうせ折り紙チェーンは入り用なんだろう?

 前のクラスでは準備のたびにバックレていたことを考えれば、働こうとしているだけ大きな進歩だ。少しくらい褒めてほしいものだが、まあ橘には関係ないことか……。


 俺が折り紙チェーンに落ち着こうとしているのに、いたく不満らしい。

 あからさまに顔をムッとさせてくる。


「ダンスもしないし、劇にも出ない。絶対にだ」

「なによー。あたし、まだなんも言ってないじゃーん」

「はんっ。大体分かるっつーの」

「ふ~ん。それって、あたしらが通じ合ってる的な?」


 ムッとして頬を膨らませたり、からかって笑い直したり、忙しい奴。


 でも、認める。俺は橘かれんが好きだ。


 通じ合ってる的な。

 そう言われて頬が緩んでしまいそうになる自分に気づくと、やはりいつものガリ勉キャラを堅持しようとして反射的に否定しようとするのだが、もうそれすら、何か違う気がする。


 はぁ……と、少しのため息。

 そうだよな、もうそんな時代は終わったよな。

 肩をすくめながら、ようやく言うのだ。


「通じ合ってる的な。どんだけ一緒にいると思ってる?」

「えへへ……。ずっと、とか?」

「そ、ずっとだ。まあ、俺からすればヒジョーに認めがたいことなんだがなっ」


 顔を合わせて、表情に少しの好意をにじませながら……その場で見つめ合う。


「これから……どーすんの?」

「どうするって、学校に行くだろ……」

「もし、さ。あたしが行きたくないって言ったら、付き合ってくれる?」

「バカ、何言って……っ」

「んふふ……。あたし、純となら……いいよ?」


 こうなると手をつなぐだけでは物足りないのだろう。

 繋いでいない片方の手が寂しく感じてしまうのだろう。

 はぁ、仕方ない。乗りかかった船だし付き合ってやるしかない。


 片手を繋いだまま正面に向かい合って。繋いでいない方の橘の手が、俺の頬に触れてきた。


「ね……。ほっぺた、すっごいあっつい」


 橘がそろりと、一歩だけ距離を詰めてくる。


「そっちだって真っ赤だ」

「ふふっ。どーして真っ赤だと思う?」

「だって、それはお前が……。俺が……」


 どうにも目が泳ぐ。分かっているんだ。

 でも、こいつもこいつだ。俺が言えないと分かっていて、通じ合っているから言う必要がないと知っていて、それでもなお突っついてきやがる。ほんと、意地悪な女。


「…………ドンカン♪」

「ふん、言ってろ……。だがもう一度言う。ダンスも、主役も、ナシだ」

「むー!」

「そろそろ行くぞ、ちんたらし過ぎだっ。また白石先生にどやされんだろっ」


 と言いつつも、俺は彼女を置いていかない。

 手だけはしっかり繋いで、言うべきことを言えないこの悔しさみたいなものが、きっとにじみ出る汗か何かで伝わっている。


 ……どうしようもなく抗い難い事実として、俺は変わってしまった。


 普通の17歳らしく、女の子を好きになってしまった。

 今じゃもう、勉強にも手がつかない。

 本当のことを言うと、もうガリ勉ですらない。

 放課後の勉強はなくなった。帰りはもう、すぐにデートだ。


 けど俺は、そこまで熱っぽい奴じゃない。

 このまま後先も考えず突っ走るってわけにはいかないのだ。たとえ気持ちを言葉にできたとしても、それで終わりってわけじゃないだろ。


 ダンスも、劇の主役も、ナシだ。

 絶対にナシだ。

 そうじゃないのか? いくら俺にだって限度はある。というか去年は、折り紙チェーンすらできなかったんだからな。多くを求められるいわれはないってものだ。


 あいつが見ている俺と、今ここにいる俺。

 時間が経てば経つほどズレている。そんな気がする。

 繋いだ手を通じて、そこまでバレていなければよいのだが。

お待たせしました……!

これから、第三章のほうもちらほらやっていこうと思います!


また、書籍版第二巻の発売も3月1日ともうすぐでして、こちらもよろしくおねがいします!

特典SS等の情報も活動報告やTwitter等に上げていますので、ご参照下さいませ~

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