第五十六話 ラブラブ肝試し①
というわけで、メインイベントの肝試しが始まった。
今回できたカップルの発表、焚き火を囲んで怖い話。ひとしきりお決まりのイベントを終えると、続々とカップルが入って…………悲鳴と共に出てくる。
「きゃああああああ!」
……どうも悲しみを背負った非リアお化けたちは、想像以上に本気らしい。
先に森に入ったカップルたちが、程なくしてギャンギャン悲鳴を上げ、ヘラヘラ腹を抱えながら逃げてきたのを何度も見た。ひどい時は男の顔に泥団子が当てられている。リア充を爆発させるべく戦争が始まったようだ。
『……リア充爆発しろ。割とマジでお前らには驚いてもらうかんなっ』
『あはは……。頑張ってね、一条君……』
これが、森に入って行った時の中村氏と小松氏の様子である。
宣言通りというか、彼ら白装束姿の幽霊兵団は多大な戦果を上げているらしい。まあみんなで面白おかしくというのが趣旨だから驚かす方も追い回される方も真面目というわけではないが……なのに、俺に限っては心中穏やかでない。
もう少しで見られちまう。いや、見せつけてやらなきゃいけない。
奴らエンジョイ勢カップルと違って、俺ら二人だけは事情が違うのだということを。
こいつが好き……なんだ。そう言ってしまった。いつもならきっと、「会話の流れで言わされた」とか言って逃げ道を探していたのだろう。
でもこれだけは、嘘にはしたくない。
自分の言葉に責任を持ちたい。決して気持ちに背いているわけじゃないんだ。
そんな思いが、俺の衝動をいつも以上に駆り立てた。
……この可愛すぎる女の子と、今すぐ手をつなぎたい。
……俺に伝わってくるその感情が決して一方通行じゃないってこと、しっかり教えてやらなきゃ。安心させてあげなきゃ。
「純……。あたしを守って、くれる……?」
「ただの遊びだろ……」
「それでも、だよ……。守ってくれる?」
「ふん、当たり前だ……」
「なによ……。珍しくかっこいーじゃん……」
そうしている間にも、俺は橘に言うべき言葉を考えていた。
多分……逃げ続けたからだ。
みんなが俺を橘の相手として見てくれないのは、きっと俺が周りから目を背けてばかりだったからだ。
だからこそ今回は、とんでもない羞恥を伴うにせよ、みんなに知って貰う機会ではあった。俺らがどうなっているのか。俺がどういう気持ちでいるのか。どこまで俺が誠実で、ガチ勢で、まあ耐え難いほど恥ずかしいけどさ……。
「行こ……? ラブラブ肝試し……」
んで、俺たち前科者の二人は当然のようにオオトリを飾った。
森のぬかるんだ道に足を踏み入れていく。しばらくは静かだった。いや、コースを奥に奥に歩いても静かなままだ。
「誰も……いないな」
「……ちがうよ? みんなお化けになって見てるだけだし。だからあんまりイチャイチャしてたら、大変なんだよ? えへへ……」
クラスの奴らは知らないだろうが、毎日家まで送っていたのだから年季が違う。
俺たちは夜の闇に閉じ込められることに慣れ切っていた。
だからたとえ暗くて表情が見えなくても、言葉が途切れ途切れになったとしても、何だか結局同じ距離感に落ち着いてしまう。
最初の歩き始めは二人してもじもじしながら、それでもゆっくりと近づいて、お互いをいたわりあうような優しい声で――
「ねえ? 付き合ってるって、言っちゃったね……?」
「……あ、ああ。しかも俺が言った……」
声色だけで機嫌がいいのだと伝わってくる。
しかし、いつものおちょくりモードとも違う。
もう少し静かというか……いい雰囲気だった。いや、それを言えばいつもそうだった。ガリ勉で遊び疲れた後の夜道は、あの橘かれんでさえ静かになる。宵闇と星は、どんな女の子でも静かにさせてしまう魔力がある……。
一緒に歩く俺の役目は、多分、この雰囲気を壊さないことだ。
幸いなことに、今は帰り道じゃない。別れはまだ来ない。
「嫌……だったか? 流れで彼女なんて言い方しちゃってさ……」
「嘘なんかじゃないっしょ? 小屋出るまでは、まだ彼女だったもんね……」
並んで歩けば、示し合わせたように歩調が合ってしまう。
ぬかるんだ土の道で距離が寄って、ふと手が触れ合うと、そのまま繋いだ。そして立ち止まる。
「ねえ……? もうクラスのみんなには付き合ってるって思われてる……」
「もう訂正できる感じじゃ、ないよな……」
「そだよね……」
「…………そろそろ、かれんって呼ばなきゃな」
ひたすら虫の音を聞いていた。
そのまま手は絡みあい、少女はもう片方の手も握った手にかぶせてきた。俺は手持ち無沙汰になった片手を大事な人の肩に置く。
「……かれん」
「純、今すぐくっつきたい……。いいよね……」
「ああ……」
かれんはそのまま俺の胸に収まってくれる。
背中を優しく撫でて興奮を鎮めようとするが、あまり効果は期待できない。彼女の呼吸の乱れに胸を震わせながら、もっと繊細に、風が撫でるように手を這わせた。
「ホントに嫌じゃない? みんなに付き合ってるって思われて……」
「嫌なら彼女なんて言い方しねーよ」
「これからは、教室の中ではずっとあたしの彼氏になっちゃうよ……? 一日彼氏、だったのにね……」
「たくさん茶化されよう……。そうやって、みんなを楽しませてやればいい……」
「純……。純……。あたし、ちょー嬉しいの……。泣きそう……」
高い木々の切れ間の向こうから、光の粒がちっぽけな二人を見下ろしてきた。俺はそのまま雰囲気に身を任せ……いや。それだといつもと変わらん。そうする代わりに、しっかり目の前の女の子を見据える。
ずっとそうしていると、やっと落ち着いてきたらしい。吐息とともに可愛らしい笑い声が漏れてきた。
「えへへ……。なんかさ、逆転……しちゃったね?」
「ははっ、何? 逆転?」
「だってさ……。今まで図書室だと百倍くらい仲良かったのにさ……」
「ふん……。まあ、その、そうだな……」
じゃあ、今まで通りそうすればいいだろ。彼女の百倍くらい。
そう口に出して言おうとした所で、突き刺すような視線を感じた。とんでもない嫉妬の視線だ。ゾンビのようなおバカな声が、近い闇の中からうごめいてくる。
「うー……。一条……。ガリ勉のくせにー……」
「爆発しろ……。爆発しろ……」
「今すぐ離れろー……」
見られている。もうこれから全て、俺たちのありのままが見られる。
だが気にするものか。いつだって俺は他人の目を気にしない。見たきゃ勝手に見てろ。お前らも頑固すぎるガリ勉を見てきただろ。俺はやりたいようにやるんだ。
「じゃあ、今まで通りそうすればいいだろ。図書室では、“彼女”の百倍くらい仲良く……な」
「や、純……。どうしちゃったの……?」
「ふふっ……。今日は色々あって、ぶっ壊れちまった」
吹っ切れて、清々しくなって、口元がほころんだ。
女の子の手をしっかり握ってやる。残念だが、今は非リア陣営に捕まる訳にはいかない。まだ俺にはやるべきことがあった。だがそれにはギャラリーが少なすぎる。
「一緒に逃げよう」
「きゃ……」
「逃がすか、一条だけは許さんし!」
「あいつの顔も泥まみれにしてやる……!」
飛び出したように、俺たちは駆け出した。