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第五十四話 相応しさ

「さっきは、その……。すごかったね……?」


 ゆうべはおたのしみでしたね、みたいに言わないで欲しい。

 腫れ物を棒でそっと突くような小松君の一言を背中で受けながら、俺はひたすら鶏肉をハンマーで叩いていた。


 気分はさながら聖剣を鍛える伝説の鍛冶職人。

 ぼっち気質だけは固持する俺にはうってつけの職業なのではなかろうか。もし異世界に行ったら速攻で町の鍛冶屋を探して弟子入りする自信があるぞ。勇者なんてなるもんじゃねえ、手に職が一番だ。


 実際、今ほどトラックに轢かれたいと思ったことはなかった。

 なんたってあんなガチ現場を見られた後では……。


「一条君って、モテるんだ……。同じぼっちだと思ってた……」

「……っ。まるで仲間はずれみたいに言うなよ。まだ中身はぼっちだっ……」

「むー。普通、彼女いる人をぼっちとは言わないんだけどなーっ」


 ギクリと、後ろを向く。

 手を腰にやって、不満そうに顔をぷっくりさせているぼっち仲間がそこにいた。


 さて、彼女。彼女、か……。

 もう真っ向から否定できる立場ではなくなった。

 結論から言うと、あいつは俺の彼女ではないのだが。そうはいっても、だ。……橘とああしているのを見られて口をついて出てしまった言葉は、クラス全体を震撼させたことだろう。


 まず第一目撃者の天樹院が、こう聞いてきたのだ。


『そのっ……。突然邪魔して、ごめんなさい……』


 顔と雰囲気からにじみ出るお察しムード。

 委員長にあの絵面を直視できるような免疫はなかったらしく、顔を逸しつつもチラチラとこちらを見ながら言ったものだ。


 水着姿の橘が、海パン姿の俺の膝にそのまま乗っかって。

 細い腕が俺の首に回されて。

 頬と頬がくっついていて。

 それをクラスの大勢が直視している。


『……でも、みんな気になってるだろうし…………。そういう、こと……なの?』


 質問の意味は大体わかった。

 俺はそれに答える。だがコミュ力ゆえに、酷い答え方をしてしまった。


『か…………彼女だ。俺の……』

『あ……。そ、そう……。じゃ、じゃあ、末永くお幸せに……』


“この小屋を出るまでは”、という付帯条件を申告するには間が悪すぎた。

 というか、そういう内輪感満載なルールは言葉で言っても理解されまい。さりとてあの雑な言い方では勘違いされても何の文句も言えんわけで……。


 もちろん、この状況で黙っている橘ではない。


『純……。ちゅ……っ』


 頬に感じるあの感触には、もう慣れてしまった。

 そして数秒……唇が離れる頃には、似合わないピンク色のリボンが髪に結ばれる。


『えへへ。彼氏とラブラブ肝試しすんの……♪ てゆーか、みんなっ。見世物じゃないんだから、さっさとあっち行ってよねー? ふふっ……』


 このようにして、一つの嘘がクラスでは公然の事実となった。

 フラれたという勘違い、付き合っているという勘違い……げんなりするほど事態は複雑怪奇だ。ほどけないほどに絡まった結び目から目を逸らすべく、俺は未だ肉を叩き続けているわけで。


 バレたのが、嫌……か?

 嫌なら逃げてる。

 でも俺は最近、めっきり逃げなくなった。

 見られちまったんだぞ、橘とイチャついてるところ。

 いや……見せつけてやった、のか?


 もう俺でも、どっちの言い方が正しいのか分からない。

 ただ自分で必死に抑えつけていたものが爆発したような気がして、変に清々しさすら感じていた。

 俺、本当にどうしたんだろう?


 ……と。


「よ、クラスの王子様!」


 背中を軽くポンと叩いたのは、何を考えているか分からん橘の友人・氷堂。


 あ、ちなみに今やっているのは晩飯の準備だよ。

 浜辺の空気はすっかり乾き、みんなBBQだの何だのってやってる。

 んで俺らの班は、これからタンドリーチキンとかいうよう分からん料理を作るらしい。何もかも俺が魚を釣れなかったゆえだ。


「一条があそこまでやるとは思わなかった。あたしの計画、半分くらいすっ飛ばしてくれて助かったよ。……いっつもさ。あたしら知らないトコで、あんなにラブラブしてたの?」

「……さすがにあそこまでは、ない」


 機嫌良さげに細身の少女は笑う。

 やっとのことでドン引きムードが晴れてきたようで、辺りはガハハと明るい笑い声が響いていた。まあ俺と小松君だけは外れの方で粛々と作業してたわけだが。


「つか……。みんなが大挙して押し寄せたのも、お前のせいなのかよっ。さしずめ、橘が相談してきたとか」

「……かれん、ホンキで悩んでたんだよ。フラれたってさ」

「……済まなく思ってる」

「ま、もう過ぎたことでしょ? 晴れて彼氏になったんだし?」

「ひょっとして、釣りしてる時に通り雨降らしたのもお前が……」

「ははっ、バカ言わないでよ。釣りに出させたのは桃子じゃん?」


 う、委員長がなにか良からぬことを考えてたってのか?

 二人をぽつんと左遷して、後で様子を見に来る。橘にはその間にイチャイチャしとけって言っとけば、後で様子を見に来た時にバレちまうことになる。


 通り雨やあの小屋のことまで把握して、橘に吹き込んでたってか……?

 いやいや、まさか……な。


「あたしはただ……アウトドア強者の一条君がクラスの前でいいトコ見せれば、みんな納得すると思っただけ」

「納得……? みんな……?」

「かれんの彼氏として、ね? あたしの言ってること、分かる……?」

「分かんね―。そんなの、俺らの問題だろっ。どーしてそこに“みんな”が入る……?」

「だって……。ね、向こう見て。ほらあそこ……」


 橘は今、別の班の辺りでつっ立っていた。

 輪の中心で、あんなに嬉しそうに笑っている。ああしている方があいつらしい。男女とか関係なく、いつだってみんなに囲まれて楽しそうにして。


 バレたのがよほど嬉しいらしい。キラキラしてる。


「ねえねえ、いつから付き合ってたのー!?」

「えー? あたしの中では、ずっとだよ。えへへ……」

「いっつも、隠れて一条君とあんなイチャイチャしてたの……?」


 橘は無言でうなずいた。それだけでキャーキャー歓声が上がる。

 しかし氷堂は、また別の方向を指し示した。橘の近くにいられる連中は無邪気に騒いでいるが、その輪からはギリギリ外れた連中もいるらしい。


「ちっ……。俺、このままじゃお化け役だわ……」

「どうして一条なんだろーな……」

「あいつ、何か決め手ある? 納得できねーっての……」


 ……クラスのことなんて、普通そんなふうに見るか?

 俺のことなんて誰も気にしてない。見てない。ずっとそう思っていた。

 いや、実際そうだっただろう。クラスの端っこのガリ勉。そんなのを気にかけるド変人なんて俺は世界でも一人しか知らない。まあ、名前は橘かれんっていうんだけど。


「……感想は? これが、かれんみたいな女の子の彼氏になるってこと」

「なるほど。俺じゃ相応しくない、と。……すんなり納得しちまう自分が情けねーな」


 みんなが橘を見てる。だからあいつの横に立つには、相応しい配役ってものがある。そう言いたいのだろう。

 自分の身の程はよく知っているだけに、まあ分からんでもない。


「……一条君は、その……いい人だよ?」


 後ろから小さな声で口を挟んだのは、なんと小松君。

 これには俺も氷堂も二人揃って不意を突かれた。だが彼はたどたどしくも続ける。


「どんな人に頼まれても、助けてあげるし……。その、何っていうか、上手く言えない、けど……」

「小松君、別に無理せんでも……」

「だって……さ。目立ってキラキラしてることって、そんな大事? みんなだって、一条君に助けてもらったじゃん……。可愛い彼女くらい、いてもいいじゃん……」


 氷堂はため息をついて、諭すように目つきを柔らかくした。

 小松君は相手が女子とあって怯え気味らしい。だが、この少年は何だろう? 初めて俺に話しかけてきた時もそうだった。要らん勇気を振り絞ってくる。ぼっちとは思えん勇気を。


「あたしだってさ、一条だと違うって言ってるわけじゃないよ。良い所なんてみんなあんじゃん。ただそれを自信を持って見せつけてほしいってゆーか、そのために色々考えてたのにあのイチャラブですっ飛ばされたってゆーか、はぁ……。ねえ、一条?」

「何だ?」

「かったりー言い方嫌いだからフツーに聞くけど」


 氷堂はニヤリとした。

 俺はゴクリとして、肉を叩くハンマーを止める。向こうから天樹院さんが橘を引き連れて戻ろうとしていた。


「かれんのこと……好き?」

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