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第五十話 テントごとき

 昔々、頭のネジが外れた叔母を持った哀れな兄妹がいた。

 毎年夏になると、リア充になった時の予行練習とかいってキャンプ場に連れ回されたものだ。

 いかにも残念要素が服を着て歩いているような俺ら二人を見て、そんな日が来るわけないとは思わなかったのだろうか?

 これが不思議なことに、思わなかったらしい。


『ふふっ、心配しないの。青春の勢力図はね、何かの拍子で一瞬で変わっちゃったりするんだから!』


 まあ慣れたことだ。俺も欅も、冗談っぽく笑って答えたりして。


『毎年そんなことしたって仕方ないですよ。俺ら、どーせモブですし』

『兄貴の言う通り。ゲームもできないしさ。てか毎回思うけど、叔母さん、どーしていっつも山なんですか?』


 でもそんな言い方では、当然のようにアリカ叔母さんの地雷を踏み抜いてしまう。

 彼女は俺の両肩に手をかけ、身体をぶるぶるさせてくる。いつものように目の血走るのは情熱の裏返しだ。


『もうっ、純くん! 欅ちゃんも。だからこそじゃないのー! チャンスがあるっていってもね、気付かなきゃマッハで過ぎ去っちゃうんだから! ふんふん!』


 普段なら部屋で多少だらけていてもうるさいことは言ってこない保護者様だが、何事もメリハリが大事というのが彼女のセオリーだ。

 特に、夏は違う。

 青春世界において、夏は特別なのだ。そういうものなのだ。


『いいこと? 夏っていうのはね、逆転の季節なのよ。女の子だって、夏には気合い入れて決めにくるんだからね! それに何だかんで言って……男の子は、手に職なんだから』

『はあ。手に職……』

『何でもできるに越したことはないって意味! ささ、テント張るわよ!』


 俺の夏休みの思い出といえば、まあそんなものだ。

 山とか海とかそういうのは全部、家族の匂いがする。テントなんて張ってようものなら、叔母や妹と一緒にいる気がするんだ。 

 クラスメートなんて落ち着かない存在とは無縁なイベント。 

 本来キャンプってのは、そういうもののはずだった。


 だから俺は、慣れた手付きで無駄に集中していた。

 どうせ女子二人は買い出しとか言ってどっか行ってしまった。

 どっかの誰かのせいでくたくたになったメンタルを、ぼっちらしく単純作業でごまかしていく。


 それで……我に返ると。

 最後の杭を打ち付けた時、小松君は近くで苦笑いしていた。

 そして彼の姉は腕を組みながら感心そうにこちらを見ている。


「へえ……。すごいな、純。本当にテキパキだ」

「は、早いね……。ごめん一条君、ぼくじゃ何もできなくてさ……」


 な……。この姉弟、ずっとじろじろ見てたのか?


「な、何だよ。これくらい別に……」

「だってだって! 一条君、たった十分で、一人でやっちゃってさ!」

「十分? もうちょっとかかってる。せいぜい十五分だ」

「別に何分でもいいさ。純……周り、見てみな?」


 見渡せば…………オウフ。惨憺たる有様だ。


「え、なにこれどんな構造してんの? 無理じゃね?(笑)」

「荻野君、こーゆーのできそー! キャンプとか絶対得意でしょ」

「やー、俺、非リアだし。はぁ……なんだこれ、意味わかんないな」


 紐結びに手こずっているとかならまだマシな方で、何から手をつけて良いのかわからないような班は、四人がかりで布をめっちゃびよんびよんさせて途方に暮れている。……んでもって、飯塚氏に至ってはタープポールで猿みたいな掛け声を上げながらチャンバラと来たもんだ。危ねーっての。

 どいつもこいつも、もしここが一条家なら人気ラブコメ漫画家による軍法会議が開廷されていただろう。怒らせるとめっちゃテンションが低くなるんよな、あの人……。


 軽く戦意喪失したクラスを前に、呆れ顔でため息をつく凛々花さん。


 思えば小松君の姉とは思えんほど、よう分からん人だ。

 彼女が居ないと言えば、海なんだから拾ってこいと返してくる。男らしいというか、なんというか。

 そして今は、クラスの面々が押し寄せてきて目が生き生きしている。

 思えば今回の企画、用意が良すぎないか? 氷堂から話が通されていやしないか? そんな勘が的中してか、彼女は俺を見て……ニヤリとした。


「おい、みんなァ! ちょっとこい! こっちくれば、純が手本を見せてくれるぞー」

「はぁ? 小松さん、何を勝手なこと……!」


 我らが保護者枠の女性は、ワイルドに顎を突き出す。

 でも、手本だって? これ、手本が必要な話なのか?


「純? なになに、一条のこと?」

「おー、めっちゃ綺麗にできてんじゃん! 誰がやったの……?」

「一条ばっかアピールしやがって! さっき橘さんともさあ!」


 最後のは本当に忘れてくれ、何でもするから……。

 ともかく凛々花さんの号令で周りによろよろと輪ができ始め、俺は困惑のあまりキョドってしまう。ぼっち同業者の小松君は心配そうにこちらを見てくるが、あまり助けにはならない。

 何せ向けられているのは、感心なんだか好奇なんだか分からん視線だ。


 どうしてくれたんだ。

 俺は視線で凛々花さんに視線で抗議したが、


「どうせ女子のも組まなきゃならんのだろ。ついでだ」

「……俺には荷が重いです」

「純がここに来てから、悩んでる顔してんのが見てらんなくてな。なあに、設営してんのを見せてやるだけでいい。ちょっとは気分も変わる」

「何か見世物になってる気分なんですがっ」

「はあ? そんなことない。そういう変な勘ぐりを取っ払うためにも、仲間を助けてやればいい」


 まあ黙っていても、向けられる視線が痛々しくなるだけだ。

 確かに言う通り、さっきと同じように組立てるだけだし……。


「じゃあ、その……。分からん奴らは、そこで見てればいいだろっ……」


 ふん、テントごときで悩むのもバカバカしい。普通に組立てるだけだっての。


 ◆◇◆



「ちょっと待って、かれん。急ぎすぎよ……」

「だってだって! 早く、会いたいしー!」

「はぁ……。本当に仲良しなのねっ……一条君と」

「えへへ……。買い物急がせちゃって、ゴメンね?」


 部屋から着替え取ってきて、近くのスーパーでバーベキューのお肉も買って、あたしらは砂浜に向かって歩いてた。


 はぁ……。やっば、夏休み楽しすぎ。

 ウキウキが止まんないの。桃子にもドン引きされちゃってるの……。


「その、二人が仲直りできたのは良かったけど……。だからって、一条君とこそこそ、変なことしたりしないでね?」

「えー? ヘンなことって何さー?」

「うー、それは……。変なことは、その、変なことよ……。みんないるんだし」

「桃子、顔真っ赤だしー。ねえ、ハズいの……?」

「ち、違うっ。変な意味じゃなくって……っ」

「やー。ふけつー。桃子のえっち♪」


 ハズいのは、あたしなんだけどね?

 でも、ハズくても……今日は絶対、純を独り占めすんの。テントでみんな寝静まった時、あいつのこと起こして、二人で砂浜を歩いたりして……やばい、考えただけでウズウズしちゃうよ。


 あたし、どんどん大胆になってる……。

 大好き。好き……。

 でも、しょーがないじゃん? 昨日のあいつ、ラブラブハグ友達ってゆっても全然嫌な顔しなかったし。 

 優しく抱きしめてくれて、まだ感触が残ってて……。


 はぁ……。

 ファーストキス奪ってゴメンねって思ってるのに、本当は嬉しくてしょーがないの。もうきっと両想いだよね。後はもう一押しでキメるだけ。


 でもそうやって頭の中でふわふわしてると、水着の上に羽織ったラッシュパーカーが引っ張られた。

 突然だったけど、あたしは笑いながら桃子の方を向く。でも桃子の方は心配そうな目をしてたから、ちょっと不安な気持ちになった。


「え、なに……?」

「ね、ねえ。かれん……。見て、あそこ」


 純が向こうでテントを組んでる。

 でも、うちらの班のやつじゃない。え……どして?


「えー、すごーい! 一条君、面倒見いいんだね」

「これくらい何でもない、本当に気にすんな……」

「いやいや、クラスでこれできてたの、一条君だけじゃん。お礼にさ、あとでウチの班にも食べに来てよ?」

「別に……」


 え……?

 あいつが、純が他の女の子と二人で話してるとこ、あたし、初めて見た……。


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