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第四十九話 ラブラブ班

 何、ちょっと近い無人島にテントだって?

 いやいや、突然キャンプでもするつもりかよ。着替えも持ってきてねーのに。水着のままテントで寝るつもりか?


 アウトドアガチ勢の叔母がこれを聞けば、血眼になって安全教室が始まるぞ……。

 ゆえに専門的な意見を言わせてもらおう。キャンプなめんな、と。


 だが俺が困惑気味になっているのを察してか、赤毛ポニーテールの凛々花さんは、


「ん? 何を心配してるんだか。ここは無人島でも浮き島でも、何でもないぞ。地続きの砂浜だ。必要なものは後でも取ってこれるさ」

「さ、さいですか……」

「それに、だ。一般客がたくさんいる中で、みんなを遊ばせられないだろ?」


 まあ、確かに。ナンパとか面倒だしなあ。

 海ったらそりゃあ、海だ。イケイケなサーファーっぽい連中は、さながら高校生の手には余る高レベルモンスター。あの空間に未成年の少女を集めてブチ込んでおくわけにもいくまい。キャンプというよりは、隔離という意味合いの方が大きいのやも知れん。


 続々と後続のボートが揃ってくる。

 人気のない海岸を占拠できるとあって、クラスの奴らはキャッキャうるさくなり始めた。まあテントがあるからにはアウトドアなことでもしようってんだろうけどさ……。


 と、尻がぽんと突かれた。

 振り向くと、氷堂弥生が悪巧みっぽくニヤリとしていた。


「よ、一条のダンナ! ふふっ……かれんの彼氏さん?」


 ……この勝ち誇った顔を見るに、多分色々こいつのせいだ。

 あんな自重しない橘、いくらなんでも初めて見たぞ。何を吹き込んだらああなる?


「なーにがクラスの王子様じゃ。完全に公開処刑だろ、あんなん!」

「えー。じゃあ……怒ってる? 止めさせたほうがいい?」

「う、それは……」


 俺が怒ってる? 怒ってるのか? すぐにはそう言えなかった。

 きっぱりそう言ってしまうには、俺もあの状況を……ダメだ。楽しんでましたー、とも言えるわけがない!

 でも、思い出しただけで、だなあ。

 ムズムズが……つい昨日、それは喜びの一種なんだと認めるに至った、あの胸のムズムズが無尽蔵に沸き立ってくるんだ。


「ま、あの程度でギブされちゃあ困るってね。ほら、また始めるし、色々」

「色々……?」

「そりゃあ、野生のガリ勉を王子様にしちゃうようなゲームをね?」


 野生のガリ勉……?

 そう言えば、この女子に初めて会った時はそんなふうに言われて……。


 ともかく彼女の号令で、砂場に散っていたクラスは集まった。

 ルールは簡単。四人の班を決めて、男女用それぞれでテントを組み立て、七輪やら何やらでBBQでもしようというのだ。


「男子は男らしーとこ、見せてちょーだいね? 男子も女子も、肝試しに参加できなきゃお化け役になっちゃうんだからさっ」


 一番アウトドアっぽくてうまい飯を作った班が勝ち、だとさ。

 何だそれ。魚釣りでもするんじゃなきゃあ、どのみちスーパー行きは確定だぞ。アウトドアも何もないっての。


「んじゃ、早速あみだくじすんよー!」


「おお!」、「うぇーい!」とクラスは沸き立つ。

 真夏の浜辺で、見知った顔の奴らで集まって……ふと俺は、今更ながらハッとした。辺りで響く明るい声が、次第に耳鳴りと共に遠ざかっていく。


 こんな状況、夢にも思わない。

 いや、期待すらしてなかったと言い切れる。

 夏休みっていうのは、ホコリだらけの部屋で、一人か二人で、ゲームばっかりなものだった。今でも信じられない。もう一回瞬きすれば、自分の部屋に戻ってしまうんじゃないかって思うくらいだ。

海パンじゃなくて、パジャマで、寝癖のままで……。


 でも今は、橘がこんなに近くにいる。

 俺、素直に喜んじまってる。嬉しいんだ! 夢みたいだ! どうしちまったんだ? 前なら意地になって、こんなの別にどうでもいいって自分に言い聞かせていたのに。


「純……?」


 いやいや、もしこれがちょっと前の自分なら、昨日クラスが大挙して押し寄せてきた時点で逃げていたことだろう。

 それでも橘の姿を見て、向き合わなきゃって身体が勝手に動いて……この状況だ。


 夏で、海で、橘と一緒。

 ダメだ、俺。変な気を起こすんじゃねえ、一学期からずっと一緒だったろ。夏で海なのが、一体どこが特別だっていうんだ?

 でも、でもだ! あいつ昨日からあんなに喜んじゃってるし、なあ……。


 ……俺らが二人でいると何が起こるか、みんなに見られちまった。謎に高揚感が湧いてきやがる。

 ……でも今、ちょっとだけ二人っきりに、なりたいかも。

 ……何かを明確な言葉にしたくて、腹の底に渦が巻いている。


 ――と。


「もうっ、純ったらー!」

「……っ。た、橘!」


 我に返ると、頬を赤く染めた金髪の少女が目の前に立っていた。

 健気っぽく、いじらしく、膨らんだ胸の前に手を持ってきている。谷間がすぐそこに見えて、つややかな白い肌が……やめろ、童貞野郎! ほんとに、絶対に、これ以上は真面目にダメだろ。


「えへへ。あたしと純、同じ班だよ?」

「ふん……。そりゃあ、そうなるだろうなっ」

「運命感じるんですけど。ねえ、みんなの前だよ? 見られてるよ?」


 橘はためらいなく手首に手をかけてくる。

 そう、みんなの前だ。俺たちの仲を見せつけてやろうって、何なら俺から申し出たばかりだ。さすがにここまで自重しないとは思わなかったが。


「見せつけちゃった。ほんとはずっとね、ああしたかったの。ラブラブバレ……」


 こんなに満足そうな顔をされると、俺も処刑され甲斐があった。

 いや、俺も本当は嫌なのか? 単に橘の喜ぶ顔が見たいから寛容にしてるって、本当にそれだけなのか?

 バレる。ラブラブバレする……。

 恐怖と快感がコインの裏表になった不思議な感覚が背筋を走っているのだ。


「い、一条君!」

「かれんと一条君! もうっ、二人共!」


 橘の後ろから駆け寄ってきたのは、小松君と天樹院さん。

 ぼっち仲間の方は何ともなさそうだが、委員長の方はご立腹らしい。腕を組み、真面目な表情に頬をぷくっとさせていた。


「その……みんな見てるから、ね? 私が同じ班になったからには、ちょっとは考えて欲しいっていうか」

「や……。ももこが同じ班? ウチら無敵過ぎじゃん? 純も一緒だし……ラブラブ班ってゆーの?」

「もう、かれん! さっきのはやり過ぎよ。水着のまま一条君の膝に乗っちゃうなんて…………えっち。みんないるんだからね?」

「ま、まあまあ……。ほら一条君、テントとか張ろうよ!」


 と、小松君が割って入ってくる。

 ナイスタイミングだ。正直これ以上掘り返されるのは羞恥心で死ぬから止めて欲しい。水着のまま一条君の膝、じゃねーよ。わざわざ口に出して言われるとめっちゃ恥ずかしくなってきたぞ。


「あ、ああ……。済ませちまおうか、さっさと」


 作業に逃げるのはぼっち時代からの常套手段だ。

 どうせまた殺されるんだ。今のうちに逃げとけ、俺はテントに向かって早歩きした。

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