第四話 班決め
根暗戦線異常なし。ユルい授業時間を過ごした。
今日も今日とて俺はぼっちだ、空が青いのと同じように……てな具合で。
橘かれんとは――やはりこの日も、ここまでは話すことはなかった。一言どころか、目が合うことすらない。それだけ俺の視線は目の前の参考書に集中していたし、あいつにはあいつで関わる奴らが多いしな。
って、いやいや、俺はどうしてあいつの名前出した?
当たり前のことだろーが、そんなの。わけわかんねえ。
ただ少しいつもと違うのは、金曜日の六限目がロングホームルームだということだ。
小中では学活とか呼ばれていたこのコマは、大体がどうでも良い時間だと思う。
例えばクラス替え直後の委員決めとか。
あの、一部を除いて誰も立候補したがらないやつだ。
けどこういう時にぼっちは強い。
黙ることに慣れすぎて、重たい沈黙の中でも我慢できるからだ。あんまり長丁場になると内輪でキャピキャピと「お前やれよ~!」という感じで熾烈な押し付け合いが始まるが、最初から蚊帳の外の俺にはそうそう飛び火しない。
おかげで今期も委員なぞにはならず無職状態。やったぜ。
もっとどうでも良いのは、定期試験の目標設定シート的なアレだ。
うちのような自称進学校にはありがちなことらしいのだが、のほほんと書くと教師に精査されて色々文句つけられるので、これが意外と油断ならない。
だが、こういう場合も俺はあんまり困らない。
ここでガリ勉であることが活きてくる……まあ前回は四位までつけたし、全教科一位狙いますって適当に啖呵切っとけば教師受けはいい。書くのはすぐ終わるだろうし、残った時間はいつも通り自習しとけばいいのだ。
なのでほぼ無双状態。二つ合わせて無職無双。強そう。
つまりどう転んでも、ガリ勉ぼっちたる俺にはロングホームルームは完全ホームなのである。
そうやって自己陶酔じみた慢心に浸っていると――
「ほら、座れお前らァ! 遠足の班決めするぞ」
……オウフ。
班決め……ここでお前が来んのかよ…………。
担任の白石先生は、五年目にも満たないという若手教師だ。
といっても、だからといって舐められているかというとむしろ逆である。背が高く凛とした相貌は男女ともに人気が高く、しかしその仏頂面が声を張り上げると剣幕が半端ない。もう軍人感がヤバイ。口答えどころか、口答えしようとして噛んだだけで粛清されそう。竹刀とか持たせたら似合いそうだ。
まあともかくも――そんな先生がファイルを教壇の上にガンと押し付けると、クラスは一瞬で静まり返るのは当然で。
「ようし。再来週に迫った遠足だが――」
遠足? しかも再来週……? 聞いてねえぞ、おい。
困惑からか、先生の声がどんどん遠くなっていった。
だが案の定これは「今から好きな人で集まってね~」というパターンのようで、クラスがにわかにざわつき始めた。どうも、高校生なんだから自分達で決めろというのが先生の言い分らしい。高校生なんだから遠足に行くかどうかも自分で決めさせて頂きたいのだが……。
でもあれ。俺、今までこういうのどうしてたっけ……?
ありがち通り越して典型的あるあるシチュエーションなのに、対処法をメモにまとめておかない自分が情けない。つーか最早これ、イチジョウ=サンのケジメ案件では? お前はぼっちの中でも無能中の無能だなあ、たわけが。
などと自己嫌悪に陥っている間にも、クラスの奴らがどんどん席を移動していた。
横目で見る限り、仲良しグループで男女で分かれて固まっているらしかった。
これ、最後に取り残されるやつだろ。「入れて」の一言が言えれば良いのだが、それができればそもそも独りじゃねーんだこれが。
え、割りとマジでどうしよう…………とか思っていると。
「えっと…………一条君、だよね?」
ハッとして声の方向を向く。
気づけば俺の席の前には、一人の男子生徒が立っていた。
彼は遠慮がちに苦笑いをしていた。短髪で眉はしっかりしているが、鼻のあたりにそばかすをためた幼い顔立ちだ。どうも恥じらいながら後頭部を掻いている。
この線の細い顔はよく覚えているが、しまった……名前が出てこない。
と、彼はそれを察してか、
「あはは……覚えてないよね。ぼく、小松。小松怜。ずっと後ろの席の」
相変わらず教室はざわざわと喧騒に満ち、彼の自信なさげな声は小さかった。
「失礼……だけどさ…………ぼくたちお互い、ぼっち……だし……その」
俺は肩をすくめて、後ろの空いた席を顎で指す。まあ座れよ、と。どのみち席の主は別の所に行ってしまったし。
でもこれは渡りに船だ。勇気ある少年に寸前で救われた。
俺に小松君の半分でもいいから強いメンタルがあればいいのに。
「全然失礼ってことはないぞ。そのぐらいはっきり言ってくれれば、話は早いしな」
「うん……ありがとう…………」
しかし同業者とは恐れ入った。このクラスに、俺以外にもぼっちが居たとは。
次同じようなことがあれば今度は俺の方から行かないとな。
「白石先生は、何人グループだって?」
「聞いてなかったの? 男女半々くらいの、合計五、六人だって。班で自炊だってさ」
「俺らには荷が重いよな……」
「はは……ほんとにね」
という風に俺たち二人で、大して話すこともなく沈黙していた――
って、男女半々くらいだって?
教室ではどいつもこいつも男女別で分かれているくさいが。
つまり、最後にあみだでも使うのか?――かと思えば、もう既にちらほらとグループが出来始めているではないか。これは一体どうしたものだろうか。
――と。
後になって振り返ると、この日、俺はすっかり油断していたんだと思う。
どうせ毎日、万事いつも通りで済むだろ。本気でそう思っていたのだから。
そんな常識は、またしても視界外からの声でぶち壊された。
「あのー、そこのお二人さん? キミ、一条クンだっけ?」
――っ!
俺はビクッとした。もう声で分かった。そして振り向くと、当たり前のように声の通りの奴がそこに居た。
橘かれんと、その友人らしき女子が左右に一人ずつ。
「ウチらさあ、ハブられちゃったんだよねー。混ぜてよ(笑)」
~~っ!!
お前らがハブられるわけねーだろ、白々しいんだよ!
橘は、これがまあわざとらしく目だけでニヤニヤしていた。
まあ俺たちの関係性を知らないクラスメートの手前ということで“一条クン”呼びなんだろうが、それにしてもおちょくるような調子で言ったものだ。こいつは。
無論、彼女の友人達は納得しているように見えない。
一人は酷くボソっとした顔をして、俺と小松君を交互に見ていた。
もう一人は苦笑いで、申し訳なさそうにも見える。
それはもう非常に微妙な空気だった……。
気まず過ぎて、隣りにいた小松君が怯えた顔で俺の方を向いていたくらいだ。
「かれんー、まだ探せばよくね?」
「あはは……どうした方がいいかな……?」
ほらー、ミスマッチだと思われてんだろうが。
さっさとどっか行けよお前は、お互いやりずらいんじゃ。
「いーじゃん。男子なんてみんな似たようなもんっしょ?」
などと笑顔で宣う、軽い金髪女。
というか、なんか周りがちょっと静かになってる気がするんだが……ちらほらこっちを見てる奴がいやしないか?
お前らが目立ち過ぎなんだよ。こっちに飛び火してんじゃねーか。
「橘さんって言ったっけ……? いや~、君らみたいな元気な子には、もっと合った奴らがいると思うんだけどな~、なんて……」
俺も必死過ぎて、途中からかすれた裏声になった。
だがそういう様子は、一層この変な女を楽しませるだけだったみたいだ。
「言ってもさあ。もう他の班できちゃったみたいだし、どうしようもないんよね~」
などと、ほとんど笑いを堪えているような表情で、
「まあ、もう決まったことなんでぇ。よろしくねー(笑)」
最後はそのようになってしまったのは言うまでもない。とんだ茶番だ。
勿論、放課後はこの件に関して強く問いただした。
けど、なんか言えば言うほどヘラヘラと喜びやがるので止めたのだ。
ほんと、なんなんだ。あいつ。
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