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第四十八話 プロデュース②

 プロデュース。結論から言うと、それは夏の日の羞恥ゲームだった。


 その全貌が明らかになったのはまさに数分後のこと。

 ぷかぷか……と。俺たちはみんな海の上にいた。

 正確に言えば、ライフセーバーの資格を持っていた凛々花さんが一度に面倒を見切れるくらいの人数に分けて、ペアのボートが数隻、海岸沿いにゆっくりと進んでいく。


 今日は快晴で、波も穏やか。

 太陽が雲に遮られることもなく肌に照りつけてくる……のだが。


「見ろよ、あそこ……。ほら一条さ」

「何だよ、フラれたんじゃなかったのかよ……。俺、狙ってたのにっ」

「橘さん、めっちゃニコニコしてるし。嬉しそう……」


 そう、ペアの手漕ぎボートだ。

 くじに何らかの細工があったのか、教室の席順よろしく、こうして見慣れた顔を向かい合っていた。


「ねえ、どう……? あたしの水着……」


 橘は水着の紐に手をかけて、挑発的にニヤリとした。

 黒の水着……明るい金髪と健康的な白い肌によく似合っている。自信満々に見せつけるからにはウエストもしっかり細いのだが、その、あれだよ……直視してられんくらい身体つきが女性らしいというか、だなあ。


とはいえ目を逸らそうにもボートを漕いでいるのは俺だ。よそ見をするわけにもいかず、


「うぐ……っ。前に見たろーが……」


 しかし、船の間の距離はそう遠くなかったようだ。ぼそぼそ言っても大体のことは聞こえてしまう。


「ウソ……。一条、前にもかれんちゃんの水着見たって……」

「えー……。どういう経緯で?」

「二人で海でも行ったんじゃねーの……?」


 行ってねー! こいつと二人っきりで海なんて論外過ぎる……。


「えへへ、二人っきりで海かあ……。行く?」

「……行かない」

「や……。仲直りしたんだし、意地悪しないで……」

「む、ごめん。つーか行くも何も、今ここ海だろ……」

「や、二人っきりがいいの……。もっと人が少ない穴場みたいなトコでさ?」

「…………」


 いや、まあ……俺も俺で、もうすぐバラそうとしてるわけだけれども。

 どれでもこうしてみんなの前で二人になると、俺は現実を直視できないでいた。だが金髪の相方様はそんなこと気にしない。いや気にしないどころか、見せびらかすモードに入ったらしい。


 ずっと一緒にいてさすがに学んだ。

 俺と橘の第一法則。橘のイチャイチャスイッチが入るのには、ある種の引き金みたいなものがあるのだ。例えばそう……俺の顔に恥ずかしさが貯まりこんでしまって、黙ってしまった時とか。


「えーい。きゃははは、楽しい……」

「や、やめ……っ。くすぐったいっ。おい、漕いでんだぞ!」


 白い素足がちょんちょんと、膝のあたりを突っついてきた。

 こっちが歯ぎしりすればするほど、金髪女は楽しそうに白い歯を見せてくる。第二法則。俺と橘が同時に笑っていることはあんまりない。

 これは極めて構造的な問題だ。俺がしかめっ面をする展開が、単にこいつの大好物なのだ。しかも今は公衆の面前とあって、とびきり絶好調らしく、


「純、漕ぐのヘター! えいっ。このっ……」


 女子の足にちょんちょんされれば櫂が乱れるのは当然だ。

 炎天下だというのに、身体の芯が恥ずかしさで発電し始めた。ぽかぽかになった背中の表面を冷や汗が伝う。


「なに顔赤くしてんの? このくらい、今更じゃん……♪」


 しかし、橘は“今更”の部分に妙な力を込めてそう言った。もう周りから声が聞こえなくなったっつーか、あれ……?


「橘、おい……っ。ドン引きされちまっただろーが……」

「仕方ないよ……。ドン引きされちゃうよーな仲だもん……。ねえ、下手くそさん? あたしが漕ぐの代わろーか?」

「代われんぞ。俺が座ってるのが、漕ぐ側だ。つーか、ちょっかい止めてくれればもう少しマシになるっての」


 金髪女は一瞬だけしゅんと顔を陰らせた。

 なのだがどうやら、昨日俺は、優しくしすぎてしまったのかも知れない。すぐに何か良からぬことを思いついたみたいに、意味ありげに挑発的な顔を向けてくる。


 しん……と。あたりの空気が静まり、視線が突き刺さってきた。

 それはまるで、投げたグレネードが爆発する瞬間を息を呑んで待つかのように。


「えぇ……。じゃあさ……ほら」

「う、うわあ! こっち来んなああ!」


 白い素肌が視界を覆った。

 こうして、ギャルに座られし哀れなクソ雑魚ガリ勉野郎の完成だ。俺の膝に、彼女の盛り上がった尻がべったりと重なる。


「よいしょ……っと。純の膝、あったかい……」

「わ、わわっ……。何してる!!」

「えー? 仲良しな男の子の膝に乗ってるの……ダメ?」


 ダメだ! 俺が表情でそう言うと、橘は不満そうに頬を膨らませてくる。 


 橘かれんは必ず借りを返す。

 今回は、俺がこの田舎まで高飛びしてしまった報いなのだろう。彼女は惜しげもなく俺の胴体に寄りかかってきて……空気にむき出しになった背中がこちらの胸板に当たってくる。漕ぐのを代わると言ったのも忘れていないようで、俺の手の上に、申し訳程度に手を重ねてきた。


「ねえ……? 水着の感想っ!」

「か、かわいい……。すごく……」

「純、熱くなってる……。こんな場所で、みんなの前で……コーフンしてんの?」


 あああああああああ。

 こいつの体温が……。素肌が、俺の素肌に、全身に、べったり……。

 細やかな金髪がそのまま顔面に直撃し、頬と頬が擦れ合った。


「はい、お二人さーん。ちーず」


 真横を氷堂の船が通ると、彼女がスマホを向けてくる。

 橘は満面の笑みでダブルピース。俺は精神的にも物理的にもアヘ顔なのでピースどころか片手も上げられない。


「すげーいいの撮れたよー!」

「あんがと、弥生! えへへ、ナイスタイミングだね……」

「そりゃ、ベストショット狙ってましたから? はいはい、二人揃ってアヘ顔ダブルピース、ね」


 何だよ上手いこと言ったつもりか全然上手くねーんだよ。

 早い話が、度を過ぎたというわけだ。普段よりも更にゲージの振り切ったイチャイチャに、何より俺自身がドン引きしていた。当事者ですらそうなのだから、見せられた方はたまったものではないだろう。完全に被害がばら撒かれている。


「一条ぅ……っ、あいつ~~! クッソ羨ましい……」


 これが二ヶ月前なら、代わってやると言えただろう。だが今は事情が複雑になった。俺自身が……こいつを悪く思わなくなったというか、なんというか。


「何やってんだよあの二人、さすがにやり過ぎだろ……」


 ごもっともだ。みんな、後で俺を殴ればいいと思うよ。サンドバックにしろ。いっそ死に値すると思うんだ。


「フラれたってウソ過ぎだろ。完全に付き合ってんじゃん……」


 やめろ、付き合ってるとか言うな。口では言わずとも、気にしてんだから……。


「二人だけ隔離しろよ……。部屋用意してやれよもう……」


 もうね、いっそ入水したい。ちょうど海だし、もう死のうかな……。

 さすがにやり過ぎとあってか、小松姉の船が後ろから声を出してきた。もうため息まじりだ。


「お前ら、あのなあ。熱々なのは構わんが、危ない。いいか、離れとけっ」

「はーい……。えへへ、怒られちゃった♪」

「こんな仕打ち……。なんたる羞恥……。もう死ぬ……」


 金髪女は離れる前に、耳元にコソコソ声で、


「純とラブラブ。最高の思い出になるの……だから、もうちょっと付き合って?」


 精神的な負荷が限界突破する前に、俺達は目的地にたどり着いた。

 海水浴場からちょっと行った先の、人の見当たらない別の砂浜。ちょっと見渡すだけでも、向こう側には木々が生い茂っているのが見える。

 そして浜辺に並ぶのは、解体されたテントだった。

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