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第四十七話 プロデュース①

 ビーチボールが跳ねると、青白い背景に小さな水飛沫が跳ねた。

 それと同時に水着姿の少女たちが快活に笑えば、休日の真昼らしい広がり切った空気に無邪気な声が響いてくる。


 真夏の砂浜で戯れているのは見知った顔の奴らだ。

 ビーチまで貸し切ったわけじゃないから一般客でもごった返しているが、どーせ高校生にして既にパリピ適性がおありの連中だ。見事に溶け込んでいる。大まかにそれぞれの仲良しグループに分かれているとはいえ、どいもこいつも海は楽しいらしい。


 どうしよう、俺、絶対ここにいちゃいけない気がするんだが……。


「よ、一条君」

「……うん?」


 俺がだらけるあまりビーチチェアに同化しそうになっていると、クラスメートの荻野が話しかけてきた。サッカー部とあって、なるほど肌が焼け筋肉がムキムキしとる。

 普段なら賑やかな集まりに混じっているだろうに、どうしたものか。


「まあ、その……。かれんとのこと……気にすんなよ?」


 ……実を言うと、昨日の夜からずっとこの調子だった。

 一部屋の中に五人の男子という具合だったのだが、どいつもこいつも一人ずつ同情のコメントを寄越しておる。別に喪中じゃねーっての。俺が失意のあまりこのビーチに逃げ込んだとでも思っているのだろうか。まあ、そんなに外れちゃいねーけどさ……。


 とはいえ、まだもう少し口は閉じなければならない。

 その……あれだ。本当はフるもフラれるもなく、ただのハグ友達だってことを。マジでハグ友達ってなんだよ。自分でも恥ずかしくてしょうがねーよ、ほんとに。


 俺は荻野が心配そうな顔をしてくれているのを見て、ニヤけそうになるのをこらえた。


「あいつ、いっつもフッてばかりだからさ」

「……そう聞いてる」

「ハードル高いって、知ってて突っ込んだの……?」

「べっつに、そんなんじゃねーし……。ただその、勢いっつーかさ。分かるだろ?」


 橘が向こうで他の女子たちと水遊びしているのが見える。

 昨日のことがあってから、またいつもの眩しい笑顔が見られるようになった。ほら、こうして遠くから眺めてるだけでも……可愛すぎる。やっぱり晴れが似合う。あの明るい髪、青空の下だと本当によく映えるんだ。


 俺、どうかしちまった。可愛い、だなんて。

 それだけじゃない。クラスの女子が集まっていると、気付かない内にあいつの姿を探してるんだ……。


 だが、リア充野郎の次の一言でドキッとした。


「やっぱ……見た目? 一条、意外と面食い……?」

「……っ」


 あいつに対する、俺の想い。

 しっかり整理しなきゃならないのに。

 もったいぶらず、みんなの前で、しっかり言葉にできるようにならなきゃいかんのに。


 ……見た目、なのか? やっぱり……?


 それが胸に突き刺さって抜けないまま、顔がどんどんこわばっていく。

 表情に陰鬱さがでてしまったのを荻野が見かねたようだ。また無駄に配慮させてしまったよ。


「あー、悪い悪い……。変なこと聞いちゃった?」

「……参考までに聞くけど。荻野はどうなんだよ? 見た目、なのか……?」


 俺がそんなことを聞いたことに、彼は驚いたようだ。しばらくこちらを見て目をパチパチさせていた。無理もない。俺が他人のことに興味を持ってないって、普段の言動からして察しがついているだろうから。


 事実、まあ、そうだった。興味なんてなかった。

 しかし橘の顔が頭にチラつけば、聞かずにはいられない。


「そうだなあ……。見た目……かなあ?」

「何だよ。あっさり認めんのな……」

「だってさ、あんなのと付き合ってんの?って他人に言われんのすげーうぜーじゃん。言われてる子も可愛そうだし。みんなは彼氏と彼女のセットで見てくるよ、どうしても」

「釣り合い、みたいな話か? それ、そんなに気になんのか?」

「そりゃね。ま、しょーじき、見た目以外どうやって好きになんのって話でもあるんだけどさ」


 俺には分からない。

 でも正解だって、知ってるわけじゃない。


「分からん……。じゃあ仮に、仮にだぞ。俺みたいな奴と橘がってなったら、二人仲良く陰で笑われなきゃならんのか?」

「さーね? 一条、普通に頭いいし、嫌われてるわけでもないし。でもさ、現実問題、見られてるもんだよ。値踏みってゆーか」

「彼女とか彼氏って、そうやって他人に見せびらかすもんなのか……?」


 リア充野郎の悩みなんて、知らない。知りたくもない。

 彼女も……あるいは友達だって、トロフィーなんかじゃない。それに見た目なんかでもない。童貞臭い考え方だろうか? でも、それでも知るか。やっぱりリア充っぽくはなれない。


 一瞬、向こうの金髪女と目があった。可愛いウインクで返してくる。

 それだけで、俺はらしくなく優しい眼差しを向けてしまう。俺が彼氏だった時に一緒に買った、大人っぽいフリル付きで黒の水着……。


“えへへ。こんちは……ハグ、したいの?”

“ばか。こっち見ないで遊んでろ……”

“純……。純……♪ 見つめ合ってたら、バレちゃう……♪”


 でも俺は……もっと納得いく理由を探していた。

 あいつとじゃなきゃ、あそこまで仲良くなれなかったはずなんだ、そうだろう? きっとそれは、根っこにあるのは見た目なんかじゃない。


 いかんいかん、あんまりジロジロ見てたらバレちまう。


「ま、他にも可愛い子いるんだしさ。面食いの一条でも、イケる子いるだろ?」

「ふん……。何のことだか……!」

「そろそろ混ざろうぜ。夏休みで海なんて、こんなチャンスないんだし」


 夏休みでしかも海、か。

 世界中探しても、こんなに明るいシチュエーションが他にあるだろうか? それなのに俺は、一人の女の子について悩み続けていた。暗く沈みながら。


 だがここで、そんなのも知らずにニヤけたやつがやってきた。


「おっす荻野。一条も♪」


 スポーツものっぽい水姿姿の氷堂がやってきた。だがその後ろに、小松姉まで連れている。二人して何やら機嫌良さげなところに、


「よいしょ、よいしょ……」


 男子が何人かして運んで来ているのは……手漕ぎボート? 今まで気付かなかったが、砂浜のあたりに何隻も並んでいる

 荻野ですら聞かされていないのか、彼も腕を組み興味津々のようだ。


「へえ? 何……すんの?」

「共同作業ゲーム的な? ま、これから説明すっからさ♪」


 すると彼女は、俺の前に一歩出てきて、ひそひそ声で、


「昨日。かれんと仲直り……できたの?」

「は、はあ? 突然なんのこと……」

「ま、昨日の夜から機嫌いいからできたんだろーけど。ふふっ……」

「何だよ……。ニヤけやがって……」

「心配しないで。あんたのこと、かれんの彼氏としてプロデュースしてあげる。覚悟しといてね……♪」


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