第四十五話 立ち位置
夏休みにクラスのみんなと海に来て、水着で遊んで、夜には大好きな男子とこっそりラブラブして……そうゆーの、ずっと夢だった。
せっかく純も近くにいるのに、今は気まずくて仕方ない。
しかも……しかもさ!
フラれたの、あたしなんですけどー! あたしが純をフッたんじゃなくてー!
あいつに変な噂流れちゃった。また迷惑かけちゃった。
ただでさえピンチなのに、もっと嫌われちゃうよ。どうすんの?
噂を流した弥生に何度聞いても、ニヤニヤするだけなんだから。ほんと、どーしてラインで流すなんてしちゃったの?
「ふふっ。かれん、そろそろ元気出しなって」
「もうムリー! ほんと辛いのっ。なんであんな噂流したのさー!」
「簡単に手に入る女なんて、男は燃えてくんないの。こうすればあのガリ勉も燃えてくるっしょ? かれんが他の男子に言い寄られてるトコ見たらきっと、あいつもじっとしてらんないはずだよ」
隣町に来て初日の夜。
あたしらは民宿から離れて、近くの温泉に来ていた。
こんなに楽しいイベントなのに、気分が超ブルーになっちゃってるの。だから露天風呂で夜の海を眺めながら、後ろにいる弥生とおしゃべりしてこの気持ちをごまかす。
はぁ……。どうしてキスなんてしちゃったんだろ……?
思い出しただけで死にたい。純の気持ちも考えないでさ……。
「純と目が合ったのに、すぐ逸らされちゃったし。あいつが他の子のリボン受け取ったら、あたし死んじゃうかもよ……? ぐすっ……。絶対嫌われてもんっ」
「ふ~ん。ま、あたしとしては、かれんにも発破かけてるつもりなんだけどね」
「あたしに……?」
「そ。もう思い切ってさ、今日中にリボン押し付けて勝負決めちゃえばいーじゃん。そうすれば心置きなく、水着で遊べるよ?」
そっか、そだよね……。
謝れば許してくれるかな? 今度はちゃんと告って、あいつの彼女になって、みんなの前でキスすれば……。
やばい。考えただけでキュンキュンしちゃう。
でも、ラブラブ肝試しかあ。いいなあ。
森に入っていく前に手をつないで、ほっぺにチューしたりして。あたしは純のものなんだよってクラスのみんなに教えたい。お化け役がドン引きして出にくくなるほど、歩きながらイチャイチャすんの。
「……っていうか、知らなかった。かれんと一条君って…………」
「そうだよ、桃子! ……二人でこっそりラブラブしてた。してたのにさ……」
お風呂の中、メガネを外した桃子が不思議そうに言った。
あたしと純っていう組み合わせ、やっぱり意外なのかなあ。
ん……メガネを外した桃子?
真面目そうな顔で、今はムスッとしてて、黒髪……そうだ、これなら。
「ねーねー桃子。……桃子っ!」
「は、はいっ! どしたの?」
あたしがぐいぐい寄ってびっくりしたみたいに、桃子は目をパチパチさせた。
「ねえ、助けて……? ほら、今から純だと思って告白するから……」
「は、はあ……? ちょっと何言ってるの、かれん。のぼせてるんじゃないの……?」
「ぷっ……桃子姉さんで何するつもりさ、バカかれん?」
「えっと……。えっとね……」
桃子の……いや、純の顔が目の前にある。
ほら、きれいな、可愛い顔……。
なーに、純、緊張しちゃってるの? 顔、めっちゃ赤いよ? やだ、一学期のこと思い出してきちゃった。色々バカやったよね、二人っきりで……。
はぁ、大好き。ずっとギュッとしてたい。
「やだ、ちょっと何する気……。ちょっと! んっ……」
「ほうほう、これは絶景かな絶景かな……」
「純。ねえ、純……? えへへ、やっぱ違う。桃子だ♪ だっておっぱい、こんなにふわふわしてんだもん。ほんと大っきいなあ」
「もうっ。かれんのえっち! 顔埋めないで、ばかぁ……」
「純じゃなくて、桃子。大好き……」
「ひゃ……っ!? もう、何言ってんの……っ」
えへへ、なんか友達に元気もらっちゃった。
お風呂から上がる頃には、みんなロビー近くの畳に集まって、牛乳を飲んだりテレビを見たりしていた。
テレビの側のテーブルが空けられてたから、あたしらはそこに座る。
でも純は部屋の端っこ。そういえば教室とかでも、いつもこうだった。
「あ、橘さん来た……」
「かれんちゃん、かわいそう。あんな暗い男子に告られるとか……」
「ちょ……っ。やめなよ、テスト前、一条君に勉強教えてもらってたじゃん」
「でもさ、一条だよ? 釣り合い取れなさすぎっしょ」
みんな、あたしと純のことで騒いでる。
……もしかして、みんなに好き勝手言われて、傷ついてる?
そだよね。あたしと純。クラスでの立ち位置も、性格も……全然違う。
意識してなかった。そんなこと考えなくても、仲良しならそれでいーじゃんって思ってた。あたしがバカだった。
こういう噂が流れたら、何か言われるのはあたしじゃなくてあいつなんだよ?
……あたしって、自分のことしか考えてなかった?
それに気づくと、急に何とかしなきゃって思えてきた。あたしが沈んでばっかじゃどうにもなんないじゃん? 純のこと助けてあげなきゃ。そうすれば、また仲良くしてくれるかもじゃん?
「ね、弥生も桃子もっ。あんがと……ね。なんか吹っ切れちゃったかも」
「ふーん。あたしは胸もみもみされただけだけどねっ」
「もうっ、根に持たなくていーじゃん♪ すごくよかったけど……」
「ははっ、はいはい。じゃあさ、言ってきな。桃子ちゃんおっぱいはあたしが独り占めしとくからさ♪」
「やよい、あたしの分も残しといてよね……?」
「二人共、ほんとバカ……」
気持ちが軽くなった気がした。
どうせ嫌われちゃったなら、またポイント稼ぎしなきゃ。
あたしが立ち上がって純の方に歩みだすと、みんながざわざわし始めた。それでテレビの音がもみ消されても、気にせず純のそばに立つ。
にしし……と、無理にでもいつもの笑顔を作って。
純は驚いたみたいに腰を引かせてるけれど、気にしない。最初に会った時も、こうだったから。
「純……。えへへ……純?」
あたしはしつこく、下の名前で読んであげる。
するとざわざわが消えて空気がしんとした。クラスがあたしの次の言葉を待ってる。みんなあたしを見てる。
だから、みんなに聞かせてあげるんだ。“あたしらは、ラブラブ肝試しのカップル候補だよ?”ってね。他の女の子が狙っても、あたしが相手なんだからって。絶対負けないんだからって。
「ねえ……? ちょっと外でさ、二人っきりになりたいの。……いい?」
純の顔、緊張でぴくぴくしてる。可愛い……。
でも、気にしないんだ。ずっと気にしなかった。あたしがぐいぐいツッコんでいけば、純は必ずついてきてくれる。優しいもん。だからさ、上手く甘えなきゃね。
「純と話したいの。純だけがいい……。お願い……」
「あ、ああ……」
書籍版の公式発売日……ついに明日ですね!
ここまで来れたのは、紛れもなく読んで下さった皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
本の方も、値段分以上の価値は込めたつもりです。
見合っていると思って頂ける方だけで構わないので、ぜひともよろしくおねがいしますm(_ _)m
一冊手にとって頂けるだけで、少しずつ確実に作品の未来がより良くなりますので…!