第四十一話 任せて
「は、はああああああ!?」
フラれた!? かれんが?
落ち着いた雰囲気の店に私の声が響くと、咎めるような視線が集まってくる。
とっさに「うぐっ……」と声を漏らしながら、驚きを無理やり飲み込んだ。こんなに大きな声を出したのは久しぶりだ。
でも……っ。なんでよ! なんでなのさあ……!
だってさ、橘かれんだよ? 週二で告られてる、学校一の美少女だよ?
嘘って言ってよ。かれんらしい純情なノロケ話、聞かせてよ。
「ん……。かれん……」
かれんをフッたバカは、一体誰? そいつと何があったの?
一学期の間、二人で何してたの? どうして今日まで言ってくれなかったの?
聞きたいことはいっぱいあった。
けどかれんの悲しそうな顔を見てると…………つーか、この子が目を合わせてこないなんて初めてかも知れない。いつもならニコニコ顔を押し売りしてくんのに。
私は何も言えなかった。だから苦し紛れだった。
迎えの椅子に座るかれんに駆け寄って、背中を擦ってあげる。
でもそれだけじゃ足りない気がして、後ろから腕を回しちゃったりして。そのまま自分の顔を、親友の金髪にうずめてしまう。
私らしくもない……ケド。
いい匂い。天使かよって。髪に触るだけで心根から優しくなっちゃいそう。
「……だいじょぶ? ……何とか言えそう?」
「ぐす……っ。……やよい、あんがと。……聞いて?」
とにかく元の椅子に戻って、じっと待つと、かれんはゆっくりと話し始めた。
「たぶん、初恋なの。マジで大好き……。好き……」
かれんの口から出てきた名前はなんと、あの一条純。
基本勉強しかしてないからゴシップにも絡まない、どうでもいい男子。見るからに、ちょっとオタクっぽい。正直、かれんの隣に収まるようにも見えないのだけど。
もっとカッコいい男子がたくさんこの子に告った。
運動部の主将、軽音部のボーカル、他校の現役モデル……噂は全部仕入れてる。かれんとガチで仲良くなるまでの一ヶ月くらいは、それくらいしか楽しみがなかったから。一条よりマシな男子なんて、掃いて捨てるほどいるっていうのに。どうして?
でも二年になって、かれんが無理やり遠足の班に引き込んだことを思い出した。
ゴールデンウィークのすぐ後だったから、タイミング的にはバッチリといえば、まあバッチリだ。
「勉強教えてもらうフリしてさ、甘えちゃってたの。毎日毎日、あいつ、すっごい優しくてさ……。やばい、やっぱ好き……」
話が進むほど、かれんの顔が嬉しそうに緩んでくる。
……ははん、なるほど。
一条が少し目立ち始めたのは、席替えの後だった。かれんがめっちゃ絡み始めて、それにつられてウチらとも話すようになって。けど、あいつ。下手したら、クラスが新しくなってから、しばらくぼっちだったんじゃないの?
なのに夏休みに入る頃には、みんなに頼られるようになってた。
よくよく考えれば、すごい変わりよう……かも。
かれんが一枚噛んでいると思えば、そんなに不思議でもない。
「でも、ならどうして? そんなにベタベタしてたなら、すんなり付き合ってもよさそうなもんじゃんよ。何が……あったのさ?」
「ん……。それは……」
かれんは唇に手をやって、さっと弄った。
何かを思い出したみたいに幸せそうな顔をすると、また別のことを思い出したみたいに暗い顔に戻った。
「……あたし。あいつのファーストキス、奪っちゃった……っ」
「かれん……」
「もっと良いムードでしたかったのに。毎日ベッドの中で、色んな妄想してたのにっ! あの日はあいつが優しすぎて、あたし、ちょーしに乗っちゃったの……」
親友の色白な顔に後悔がにじんでくる。
話を聞く限り、その日には告ろうと思ってたらしい。
何度もスマホに映る一条の画像に向かって練習して、ベッドの中でもイメトレして、付き合えたら私にも紹介しようとしてたらしい。
どんだけ可愛いのさ、あんた……。
でもまともな恋愛経験ないから、肝心な所で空回りしちゃってるんだ。
「付き合うなんて、ぜんっぜん足りないし。だから、だからね! あたしら早速ケッコンしようねって、ほんきで言おうと思ってたのに……。ファーストキス、切なくて、辛くて、でも……すごく良かった。あたし、やっぱあいつがいい……」
そしてまた最後に「……好き」と小さく付け加える。
あんな奴のどこがいーの? 意味分かんない。
にしても、よりによって女慣れしてなさそーな一条をねえ……。
「やよい、どうしよ……。純に嫌われちゃった。フラれちゃったの……っ!」
「でもさ。一条にそう言われたの?」
「ちゅーして逃げちゃったから、分かんないけど。絶対引かれた……」
「会って確かめなよ。じゃなきゃ、ただの思いこみじゃん?」
「……無理無理! あたし。恥ずかしくて……」
ふふっ、かれんのおばかさん。
あんたみたいなガチ天使にキスされて好きにならない男子とか、いるわけないじゃん。
……私が何とかしなきゃ。かれんのために。
……だってっ。そういう顔されたら、黙って見てるわけにはいかない。
……この勘違い、どうにか解いてあげられないかな?
……てゆーか、何で私、熱くなっちゃってるわけ? 気付かなかった……。
友達のために、こんな気持ちになるのは初めてだった。
やっぱり不思議な子。横着だった私ですら、放っておけないってゆーか。そんな気にさせてしまう何かがある。
「一条とまたキスできるなら、何でもする? どうなってもいい?」
「どうにか、できるの?」
「わざわざ私を呼び出したんでしょ? 愚痴なんて聞きたくないし、時間の無駄じゃん。で、どうなってもいいの?」
「…………うん」
「よし。じゃ、任せて」
でも、私に何ができる?
一条に連絡して、問いただそうか? まともに話したことはないけど。
クラスの男子とか使って、できることない? そもそもあのガリ勉、仲いい友達とかいんの? あいつに関する噂で、使えそうなものとかない?
ま……細かいことは後でいいや。
とにかく親友を傷つけたんだし、借りは返させてやる。
ガリ勉がどれだけ恥ずかしがっても、どれだけ嫌と言っても……必ずクラスのみんなの前で、かれんとキスさせてやるんだ。それで全部チャラよ。どうせあいつも、かれんにはメロメロなんだから。二人で幸せになればいい。その瞬間を、画像に撮ってかれんに送りつけてやる。
ふーん、面白くなりそうじゃん。
幸い夏休みは、まだたくさん残ってるから。