第四十話 かれん病
高校入りたての頃の第一印象:ふーん、可愛いじゃん?
でも私とかれんも、最初はソリが合わなかった。今でも時々そう思う。
とっつきやすい女の子と、とっつきにくい女の子。
いつもニコニコしてる学校好きと、雰囲気だけでそれと分かるほどの学校嫌い。
あの子はしょっちゅう男子に囲まれてて、私は頬杖をつきながら、遠くからそれを見てるだけだった。
似てるのは、そうだな……勉強はやる気なしってトコくらい?
つっても、かれん。私みたいにガチで学校サボったりはしないし。宿題とかも他の子に教えてもらったりして、なんだかんだでしっかり仕上げてくるし。学校にいて楽しそうだし。やっぱし、ちょっと違うよ。
ほんとにウチら、どうして仲良くなれたんだろう?
同じクラスで、席も近かった。それくらいしか、きっかけなんてなかった気がするのだけれど。
学校なんて下らない。
いつも唱えるお気に入りの呪文みたいに、胸の中でそうつぶやいていた時だった。
「やーよーいー。えへへ~。おはよ」
金髪の女の子は、毎日同じ時間に、後ろの席から身体をべったりさせてくる。
本当に暑苦しくて、眩しい。この子といれば、外で雨が降ってても見えなくなっちゃうってくらいに。
ちなみに、呼び捨てしてきたのはかれんが初めてだったりもする。
いつもは氷堂さん。もしくは弥生ちゃん。あの、よくサボってる子。いっつも寝てる子。冷たそう。また呼び出しくらってる。結構可愛いよね。エトセトラ、エトセトラ……。
そんなんだから弥生って呼ばれんの、結構こそばゆい。
あれ私そんな名前だったのってなるから、ほんとは止めてほしい。
「うう、ああ、朝からうっさいなあ。こちとら全然寝れてねーんだっつーの。あー、もう、眠すぎてハゲそう……」
「ねーねー。今日の放課後はどーする? どーする?」
「……ん? 今日も? あたしと?」
私は起き上がって、もしゃもしゃになった髪に手ぐしをした。
後ろを振り返ると、目覚まし代わりのいつもの笑顔をくらう。
「えへへ♪ 面倒くさそーにしてるけど、いっつも遊んでくれるよね?」
「べっつに……」
「あたし……いい人には、ガチで甘えちゃうよ?」
「うっとーしいなー。いい人って何だっつーの……」
やっぱ、きれいな顔。
この、誰とでも仲良くできちゃう感じ。男子はみんな勘違いしちゃうだろうし、女子には好かれたり嫌われたり大変そう。
……しかし私が仕入れた噂によると、男遊びも激しいとか何とか。
噂によると、金に困ればどっかのおっさんにおねだりしてるとか。
噂によると、三年の先輩テキトーに選んで毎日ヤッてるとか。
これは面白そう。良いゴシップ源かも。
だから、ちょっと突っついてみることにした。
「……かれん、昨日も告られてたね。男と行けばいーじゃん?」
「や……。それは、さ……」
かれんは暗い顔をして目を逸らした。
後になって気づいたことだけど、こういう話題は地雷みたい。
基本周りの目を気にせずベタベタしてくるこの子が自分から目を逸らすのは、このタイミングだけだった。
「……その場でフッちゃった」
「どーして? お相手さんの高瀬とやら、カッコ良さそうだったけど?」
「てゆーかあたし、弥生と一緒がいいの。楽しく出かけたいだけなの……。ねえ、弥生のネイル可愛い。あたしも連れてってよ……?」
あれ、これ女の子同士だったっけ?
男より私と一緒がいいとか。おいおい、らしくなくキュンってきちゃうって……。
けど、この子はいつでもそうだった。
意外に純情っつ―か、子供っぽいつーか。守ってあげなきゃって気にさせられる。
なんであんな噂流れてんだろ。意味分かんない。全部ウソだよ。ずっと一緒にいる私が言うんだから、間違いない。
「でも、じゃあさ。どんな男がタイプなの?」
「えー? そうだなあ……ギャップ萌えってゆーの? やよいみたいな?」
はぁ? 私なんかのどこがいーの?
そう聞いてみれば、軽く二十個くらい長所を列挙してくれる。だから恥ずかしくなって、三個目くらいで止めちゃう。
多分、似てる似てないなんてどうでもいい話なんだと思う。
私を名指しして、求めてくれる。笑いかけてきて、触ってくれる。一緒に勉強をサボってくれて、時々、宿題しようなんて誘ってくれる。
案外友達なんて、それだけで十分だったのかも。
「ももこ氏ー。宿題いみふ。超ヘルプ。このままじゃ死ぬ」
「あのねえ、弥生。いい加減、懲りなさすぎよ……」
「いーじゃん、ももこー! 三人で集まるコージツ、また出来たんだしさ♪」
「はぁ……。かれんも? あのねえ。私、一応部活あるんだけどっ」
かれんが引き合わせてくれた、もう一人の親友。
そして、ソリが合わない女の子・その2。
髪が長くておっぱいのデカい、ひと目で分かる真面目メガネちゃん。違う人種すぎて、一緒につるむなんて考えられないような子だった。
でもこの子と知り合う頃には、色々あって、私にも“かれん病”が移っていた。
かれんと会ってなきゃ多分……うまく行かなかったと思う。
「ウチらさ。ももこ姉さんじゃなきゃ、やなの」
他の子にあだ名つけるとか、私どうかしちゃったの?
気がつくと、学校サボるのすら忘れてた。
「ももこ姉さんって……。同い年なのに……」
「はいはい、そうは言いつつも本当は嬉しがってると見た……ふふっ。ほら天樹院、部活サボってファミレス行くぞ♪ 今日は寝かせねーからな♡」
「もうっ……ばか」
かれんに浄化されちまった学校生活。
二年目に入るまではあっという間だったけど、また二人と同じクラスになるって知った時は嬉しすぎた。
もしかして私、ちょっと素直になってる? かれん、あんたのせいなの?
でも……だからこそ。
ゴールデンウィークに三人で派手に遊んでからは、途端につまらなくなった。
放課後にかれんを誘っても、何か理由つけてはぐらかされるようになったから。
「ごめん……。週末には埋め合わせするから……ね?」
「つっても、先週もそんなんだったじゃん。謝んなくていいって、ちょっと理由知りたいだけじゃん……」
「ごめんなさい……」
一体、何がどうしたっていうの?
男が原因なら、教えてくれれば別にいいのに。付き合ってるのを横から邪魔するようなウチらじゃないって。そんなに信用なかった?
もしかして遠足の時に一条を連れてきたの、何か関係あるの? いや、まさかね……。
尾けたら嫌われちゃう? でもさ、さすがに気になるっつーの。
でも、かれんの男……か。そいつ、控えめに言って幸せすぎんだろ。
手をつないで帰ったり、ちょくちょくデートしたりってだけじゃない。
私が言われてるみたいに「○○と一緒がいい」って名指しされるの、あれ想像以上に破壊力半端ないからね。あの子に好かれて落ちない男子とか、この学校にいんの? いるわけないじゃん。
そんな風に思っていた、夏休みの大体10日目くらい。
突然かれんに、よく三人で行っていたいつものカフェに呼び出された。
とうとう付き合い始めたのか。
ねえねえ、その運良すぎる相手は誰?
私にも会わせてくれるの?
わりと真面目な話、ウチらのかれんちゃんに釣り合う相手なの?
二人まとめて茶化してあげる。デレデレになってる所、撮ってクラスラインにアップしちゃうんだ。
でも……その日。期待は裏切られた。
かれんがガチ泣きしそうになっている顔を、私は初めて見た。
「……やよい。ねえ、どうしよう…………」
あたし、フラれたかも。
親友の最初の一言が、それだった。
何とも言えないような怒りが湧いてきて、私はその場をドサッと立ち上がった。