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第三十三話 スマホ地蔵

 勘違いのないように断っておくが、()()は断じてあいつを待っているわけではない。


 場所は俺の定位置。自宅のソファーの上。

 見事に何もすることのない、夏休みの二日目に。


 とはいえ勉強にもゲームにも飽きている時は、この定位置でクッションごっこをするのはいつものことだった。たまに妹の(けやき)が本当に上に乗ってきて携帯ゲームをしたりするのだが、今はそんな気分ではないらしい。


 何と言っても俺は、新しく買ったおもちゃをじっと眺めていた。

 そしてその姿たるや、どうも妹には気持ちが悪かったようで、


「ねえ、見てよ叔母さん? 今日もずっと()()なの、この人……」

「もう純くんったら、いきなり今時のリア充っぽくなっちゃって~。高二デビューなの? 高二デビューなの、もうもう!」


 俺のそんな様子を彼女が見咎め、アリカ叔母さんがそれに答えた。

 しかし二人の反応、これがちと対照的だ。妹が呆れ気味のジト目なのに対して、叔母さんはいつも以上にニコニコしている。

 そして原因であるブツが……ピロっと。やたらポップな機械音を鳴らす。


「……っ!」


 すると、俺の身体が反射的にビクリとしてしまうのだ。

 この新しい相棒の名はスマートフォン。

 現代社会にはびこる病原体マシーンだ。方々から反論が聞こえてきそうな物言いだが、別に嘘は言っていない。実際俺は、自分自身が病むことでこいつの有害性を証明してしまったのだから。勉強もゲームも放っぽって、この音だけを待ち続けていた。


 けど……違う。絶対違う!

 単にこれは、真新しいおもちゃにドハマリしただけだ。すぐ飽きる。飽きて、またゲームばかりの日々に戻るに決まっている……。

 クラスメートのあいつから連絡が来るのが待ち遠しいとかじゃない。多分、いや絶対に……。


「あらあら純くん。また彼女ちゃんからの返信かしら~?」

「ち、違います……っ。彼女なんかじゃないですから!」

「はいはい。ほら、彼女じゃない仲良しの女の子から連絡来てるわよっ」


 頭で考えるより先に画面をフリックして、流行りのメッセアプリを立ち上げる。そして連絡してきたのは……いや。


 発信元は『(たちばな)かれん』ではない。


《今度の日曜、一緒に水着かいにいくひとー?》


 あの橘と一緒にいることの多い、氷堂(ひょうどう)弥生(やよい)からだ。

 クラスの面々に向けて連絡しただけで、そもそも俺への連絡ですらない。

 俺は……どうしてだろう?

「ふんっ」と声を漏らし、つまらなさに似た感情を振り切ってスマホを切って放り出す。


 ここ数週間で、耐え難いほど女々しくなった。

 正直言って、こんな自分は大嫌いだ。

 きっと傍から見れば哀れな姿だろう。

 実際のところ、妹は面白くないらしい。すっかり呆けた俺がゲームにも付き合わなくなってしまい、ついに付けられた名前がこれだった。


「……スマホ地蔵」


 スマホなんて馬鹿げていると思っていた。

 そして、ある意味でそれは正しかった。だってそうだろ。俺にこの無駄ガジェットを買わせた張本人と、大した用事があるわけでもないのに毎日毎日……。


 寝る前の長電話は絶対として、橘はそれ以外にもちょくちょく連絡してくる。

 いざ着信があれば、ずっと待っていたと思われるのがシャクだから、返信するまで五分くらい待ったりして。

 でもこんなことは全部、馬鹿げている。


「でも純君、どういう風の吹き回しかしら。今までは私が買ってあげるって言っても聞かなかったのにねえ」

「そりゃ友達もできれば不便にもなりますって。今までが異常だっただけで……」

「はぁ……眩しいわねえ。私も戻ってみて、高校生やり直してみたいかも。こんな時期、もう二度と来ないんだからねっ」


 そういうものなのだろうか……?

 今の俺は、自分が病んでいるようにしか思えない。

 油断すると、ほら……ネット回線の向こうで、あの金髪女のニヤけ顔が目に浮かんできたりするのだ。これを病気と言わずして何と言えるだろうか。


「ふん……よし、分かった。電源切って、今晩こそはゲームに付き合う。欅、それで満足だろっ」


 ――と。

 このタイミングでピロっと、また通知音。

 反射的にスマホへと手が出かかるのだが、欅が「むー!」とぷんすか怒るから寸前で止まった。それで要らぬ援護射撃が入る。

 叔母が欅の肩に手を置いて、言ったのだ。


「欅ちゃん。ここは許してあげなきゃダメよ。ヤキモチ焼いちゃうのも分かるけどねっ」

「ど、どーして私がヤキモチなんか……っ」

「でもね。欅ちゃんもね……甥っ子が出来るなら、見てみたいでしょ?」

「えっ? 甥っ子……? 甥っ子……」

「欅ちゃんが毎年ね、お年玉をあげるの。おっきいパソコン買ってあげて、エリートオタクに育て上げちゃうのよ!」

「…………ふーん。会いたい……かも」


 いやいや、二人してツッコミどころを散らかし過ぎだろ。


「まず叔母さん、話にロケットエンジンをブチ込んで空に打ち上げるのほんとやめてください! そして欅、お前はお前で謎の母性を発揮してんじゃねーよ。全部ひっくるめてややこしいことこの上ないっての」

「……女に堕ちた兄貴の代わりを見つけなきゃじゃん?」


 いやいや、むしろ俺を諦めるなよ。

 あれか、お前の中では“アニキは死んだ、もういない!”ってなってんのか。


 はぁ……。もう家族もスマホもたくさんだ。切ろう。

 俺はスマホの電源を押すけど…………ん?

 ボタンを押して映った通知画面上に、先程のメッセージが表示されていた。発信元はさっきと同じ氷堂。しかし今度は、その短い文面に関心が引っ張られた。


《で、かれん氏はー? 日曜日さー》


 水着を買いに行くのに、橘も呼ぼうというのだろう。

 けど氷堂が言っていた今度の日曜は確か……ふと思い出していると、とうとう橘かれんの名前が画面上に浮かび上がる。


《ごめん…。その日、予定あるんだよね、、》

《ん、りょ。彼氏君によろしく》


 そして今度こそ俺宛にメッセージが届く。

 橘からの個人的な通知に、心臓が早鐘を打ち始めた。


《よ、かれしくん♡♡》


 ……別に、何ともない。

 ほら、知ってるぞ。かれしくんってせんとくんの進化後みたいなアレだろ。


《日曜のデート、楽しみすぎて死にそう。はやくあいたい》


 あの金髪女には俺の繊細なぼっちハートなんて、理解しようはずもない。あまりに理解出来なさすぎて、メッセージの直後に自撮り画像まで送りつけてくるのだ。


 スマホの画面上に、部屋着姿の橘が映っていた。

 ピンク色の薄いネグリジェに、はだけかかった胸元を覗かせて……。

 何が不満かは知らないが頬をぷっくり膨らませて目で訴えている。


 あのばか……。こういうのほんと胸に来るから、やめろ……。


《日曜会うって約束だろ、もう明後日だ》

《あいたいー! 電話したい…》

《寝る前にいっつもしてる》

《ガリ勉ロスがやばいの。お願い、、》


 胸の中で、何かがざわざわと沸き立った。

 このざわざわを嬉しさだと認めないのは、まだまだ意地を張っているからかも知れない。まあ意地を張っているってことすら、決して認めはしないのだけれども。


 でも……冷たくできるわけ、ない。

 可愛いとか思ってないっ。でも、それでも、こんな風に求められればそりゃあ……。


《いいぞ、今すぐ電話かける》

《うん、ありがと。まってるね…》


 しかし現実からの声が、俺を電子機器から引っ剥がした。


「純くんったら、そんな優しそうに微笑んじゃって……。いやー、どんな子なのかしら! きゃー!」

「うぐっ……。俺……変な顔してました?」

「スマホ地蔵……ちょっとニヤついてた」

「……以後気をつける」

「へん……腐れリア充たぁ、兄貴も変わっちまったなぁ! ……ふーんだ」


 妹がわざとらしく悪態をついて、今を後にする。叔母も気遣いのつもりか、ニコニコ顔でテーブルに頬杖を付きながら、


「純君だもん、心配はしてないけど……優しくするのよ?」

「……ほんとにそんなんじゃ、ないです」


 嬉しさに似たざわめきと、意地のような苛立ちとの間で。俺は立ち位置を見失いかけていた。

 前はこんな奴じゃなかったって、自分でも分かってるんだ。


 学期中は毎日会っていたのに、夏休みが始まって昨日今日と会っていない。

 もう一度あいつの顔を見た時、顔がほころばずにいられるだろうか?

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