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第二話 教室ポジショニング

 四限終わりのチャイムで、どんより鉛を含んだような教室の空気が一気に軽くなった。

 しばらくして窓側の誰かが窓を一つ全開にしたので、透き通った青空の向こうから風がバサッと吹いてくる。


 昼休みの教室は賑やかだった。

 みんな机を合わせて弁当を食べながら、昨日のテレビの話。

 あるいは部活のグチに恋バナ。と思えば、流行りのゲームの話。

 こういう一見どうでもいいような会話が大人になった後に一番記憶に残るってばっちゃ……ではなくて叔母さんが言ってた。何ならゲームの話にはちょっと混ぜて欲しい。


 それにしてもゴールデンウィークが開けてからというもの、このクラスだけでなく学年全体の雰囲気がどっと明るくなったように思う。結局のところ俺たち高二は、夏休みと修学旅行、学園祭……こういう学生生活のメインイベントを、まだまだ先に残しているのだ。


 今しかないことは、今のうちに楽しもう――

 そんな諦めにも似た高揚感が、大体平等に伝染しているのだろう。大多数には。


 しかし俺はといえば、カロリーメイドのチーズ味を二ブロックだけ腹に入れて英単語帳を開いていた。ZUO3.0。受験用の割りと本格的なやつだが……もう何周したか分からない。

 ここ最近、昼休みはこれを読むことに決めていた。

 一年の頃から全く同じ調子だ。気分によって、英語か数学かの違いがあったというだけで。


 勉強が好きで仕方ないというわけでもない。

 小さい頃から「いれて」の一言すら口に出せないような奴が、昼休みに何をするのが自然かを考えた時、一番これが性に合っていたくらいのことだ。

 脈絡なく声かけるとか、もぅマジ無理……って感じだししゃーない。想像しただけで軽くリスカ案件なので、何かのグループ決めとか腕が何本あっても足りないレベル。


 とはいえ、そんな消極的な努力も実りつつあるから悪いもんじゃない。

 じわじわ上げてきた学年順位も、今は四位。万年一位の女子の……ほら、アレだ…………ナントカさんの首を伺うところまで来ている。これだけやってれば当然だろう。このまま続ければ旧帝大も夢じゃないので、決して手は緩められない。


 ただし、ちょっとした問題が一つだけあった。

 いや本当に些細なことなんだが……こういうザ・青春って具合な環境で俺のような生活をしていると“空気読めない奴”扱いされるのも当然のことで、


「なー。またあいつやってるよ」

「あの陰キャ、何条君だっけ?w」

「知らね。だれ条君ってさ、クラスで一番どうでもいい奴だよなwww」

 などと、教室の後ろの方から聞こえてくる。


 はん、好きに言っとけ。


 わざと聞こえるように言っていたように思うが、言い返す気にはなれないね。

 陰キャなのは事実だし、『どうでもいい奴』に至ってはお互い様。

 全部自覚した上ならば何とも思わないっての。


「あ。今、一条君ビクッとしたぞ。もう泣くんじゃねーのwwww」

「おい、やめたれw」


 前言撤回。これは流石に酷すぎないか!?

 最早いじめレベルだろ。今から頑張って泣くから、マジで見とけよ教育委員会……。


 そりゃあ……一学年だけで三百人以上も集めているからには、色んな奴がいるもので。


 このクラスだけを切り取ってみてもそれは然りで、昼休みにどの辺の席に座るかで大体クラスにおける立ち位置が分かってしまうというのは少し面白い。


 例えば、今わざわざ聞こえるように陰口を叩きつけてきた奴らは、廊下側の後ろを陣取って対戦ゲームか何かに興じている。俺の席が廊下側の一番前なので、真後ろということになる。

 いわゆる“オタク”というレッテルを貼られがちな人種が彼らで、実はカテゴリ的に俺も仲間に入れて欲しいくらいなのだが、どうにもそうはいかないらしい。


 事実、仲間どころか下に見られているくらいだ。


 他方で、その反対に位置するグループはまた少し違った。

 窓側の後ろ、つまり俺から見れば対角線上の向かい側に彼らは陣取る。ちらりと数秒そちらに目を向けると――サッカー部やらバスケ部やらの混成軍男子と、容姿に優れた感じの女子が数名。

 ふーむ。なんか、容姿とコミュ力と筋力に優れてますって感じの陣容だ。

 

 初めて見てもそれと分かるような、いわゆるスクールカーストの一番上。

 ちなみにこいつらはさっきのオタクの群れとは違い、俺のことなんて歯牙にもかけない。最初から気付いてすらいないようだった。


 ともかく、奴らはチャラくてデカい声で何やら話していたのだ。


「でさー。それがすごい大変で、あいつデート中にバックれやがってさあ……」

「はは、それはないわー」

「フラれんの早っ。涙拭けよ野球部」

「大地くん、坊主だしねー(笑)」


 うう、なんか野球部かわいそ過ぎないか? 野球、好きなんだけどな……。

 しっかしこいつらほんと恋バナ好きな。それが楽しみで学校に来ているフシすらある。

 クラスにくっつきそうなペアが見つかるたびに話のネタにして、いっそ本当にくっつけようとしたりするのが彼らだ。人の色恋沙汰なんて、放っておいてやればいいのに。


 ――と。


「橘はさあ……坊主頭とかどうなん?」

「あ、男子はみんな聞きたいっしょ。橘のタイプ!」


 成り行きで話を振られたのは、その輪の中心に居座っていた金髪の女子。

 彼女は机の上で長く白い脚を組み、「えー、あたし?」と笑顔で困って見せた。


 橘かれん。

 表面は天真爛漫で男女ともに人気な美少女にして、裏では悪名高きビッチ。

 悪名高いって時点で表も裏もないのだが、まあ公然の秘密というか……とにかくあいつには色んな噂があった。あまりにも色々言われているので細かいことは省くが、共通するのは『とりあえず気に入った男は食う』ということだ。


 だがクラスの男子たちはむしろ食われたいらしく、好みのタイプが聞けるとあってか教室はにわかに静まった。ついでにさっき俺を貶した奴らすらもゲームの音量を下げたほどだ。って、やっぱりお前らもワンチャン狙ってんのかよ……


「うーん、そうだなあ……」


 実際、もう出で立ちからして世の男子諸君を真っ向から挑発していた。

 派手な髪や整った容貌だけではない。

 シャツのボタンも二つ外し、程々に豊かな胸元も少しはだけている。スカートは明らかに校則違反なほど短く、見せつけるように組まれた素足。


 って、どうでもいいわ! とにかく勉強だ勉強。


 あの変な女子は、今じゃ俺には悩みのタネでしかない。

 橘が図書室に来るようになってから――俺は変な放課後を過ごしていた。

 なにせ、ただ勉強を教えるだけなのだ。あの見るからに頭の弱そうなギャルに。


 ――あいつ、まさか今日も来るのかなあ……?


「やっぱ男らしくなきゃ、こっちも燃えないっていうかさー。坊主なのはいいけど、ここでグチグチ言ってるようじゃ……ね?」

「そりゃねーよぉ、振られたばっかりなのに…………」


 かくして野球部の大地君は告ってもいないのに撃沈した。

 色々理不尽すぎんだろ……慰めの言葉の一つでも送ってやりたいが、生憎こっちはぼっちなのでなんとも言えないのが辛い。もういっそ君から来てください。そしてついでに友達になってください。


 まあ何と言えばいいか……これだけ少年少女を一部屋に集めれば、色んな奴がいて当然ということだ。


 色恋話に興じる者、手元のゲームで一喜一憂する者。

 あるいは、勉強にしか行き場を見いだせない者も。


 だから俺を馬鹿にするのは構わないが、馬鹿にするなりには認めてほしいもので。

 もし空気の読めないガリ勉がいなければ、あの元気なオタクたちは下に見る奴がいなくて寂しかっただろう。おちおちゲームすることもできなかったはずだ。


 つまり俺は空気を読まないというこの一点でクラスに貢献しているのである。

 というわけでクラスメート各位におかれては、是非とも色々と手打ちにして頂きたい。

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