第二十五話 スクールカースト①
今日の午前最後の授業は体育。種目はソフトボールだった。
無論キャッチボールの相手は、我が同盟相手の小松殿だ。
つーか色々あって同業者と言えるか怪しくなってきたのだが、俺だっていつ現役復帰するか分からないので懇意にしておくに越したことはない。
しかも彼も彼で、あの空気を読めるか怪しい飯塚に後ろからウザ絡みされまくっているので心労マックスだろう。まあ、あのなんちゃってファラオも悪気はなさそうだったけどな。それでも根暗には辛かろう。
そうなのだ。
根暗の悩み事は、周囲に一切悪意がなくても萎縮してしまうことだろう。
誰かと一緒だと生きててごめんなさいって思うことがたまにある。俺なんかはハッタリでごまかしているが、橘と人前で歩いている時なんかは特に穴に潜りたくなるものだ。
言わば、そんな俺たち二人は生まれながらにして青春世界の犠牲者である。
残り二年続くこのクラスを乗り切っていくために、ぼっちと言えども時には助け合わなければならない。根暗が疲労を全身に貯め込むようなイベントは、まだまだ盛り沢山なのだ。
分厚い雲間からちらほら青空が見える日だった。
グラウンドの土が少しぬかるんでいた。地面に転がったボールは濡れているので必然的に手も汚れだらけだ。
土の臭いを強く感じながら、俺たちはボールを投げあっていた。
とは言っても俺ら二人なんて特に話すこともなくて――何でだろうか――気のない本音のようなものが、ボロっと口をついて出てしまったのだ。
「はぁ……。悪い、やっぱ辛えわ」
「そりゃ、辛えでしょ」
おいおい通じちゃったよ。
しかも会話の内容がどっかの国の王子様とその仲間たちによる最終決戦前みたいである。全身黒い服でキャンプとかしてそうだな。エンディングにスタンド・バイ・ミーとか流れそう。
だがこの小松君にも、何か思うところがあってこう返したようだ。
「だってさ。最近の一条君、いきなり人気になったから」
「あんなの利用されてるだけだぞ。テスト前の間だけだ」
「それでもさ。みんながみんな一条一条って言ってる。頼られてる」
俺はキャッチしたボールを、二十メートルほど遠くの小松君に投げ返す。
「聞けてよかった。やっぱ辛いんだなってさ。急に遠くの人みたいになっちゃったから、ちょっと寂しかったよ」
「……まだ、ぼっちだ」
「ほんとに? たまに女子とも話してるしさ。教室の真ん中で、色んな人と冗談を言い合ったりして――ぼくには絶対ムリ。ぼっちだから」
「む……。俺もまだ心はぼっちだ……」
「はいはい(笑)。なんか、強情だなあ」
何だかこの弱々しい少年といる時が一番心地いい気がしてならんよ。
まだこいつのこと、何も知らない。彼も俺のことを決して聞いたりしない。お互いがお互いを少しだけ頼りにしているだけで、別に興味を持っているわけでもない。そうでなければ友達になっているわけだしな。
誰かと知り合うって時、いつもこんな距離感だった。
でも橘と出会って――それってひょっとしたら、少し寂しい生き方だって思えるようになった……かも知れない。どうだろう。あの女のことなど、望んでなくても既に色々と知ってしまったのだ。いずれは俺のことも知られてしまうだろう。
頑張って壁を作ろうが、近くにいれば無意味なのだろうか?
はぁ……。止めだ止めだ、悩むのは金髪女の近くにいる時だけで十分だろ。
「土曜日、小松君も来いよ。俺を助けると思ってさ」
「え? ぼくが……!?」
「まあ行っても何も取られんしな。行って、疲れるだけだ」
やがて体育教師の声で練習時間が終わり、実践のゲームに移ろうということになる。
元が別の組との合同授業なので、組に分かれての勝負だ。
試合が始まると、俺はレフトを守った。
守備と言っても突っ立っているだけだ。特段やる気があるわけでもなく、まあ運動の出来ない根暗が体育の授業に臨む時にありがちな、ただその時間をやんわり流していくという具合だ。
女子は遠くでキャッキャウフフしながらテニスやってるしな、うん。
距離的にも結構向こうだし、万に一つも橘は見ていないだろう――って。
何であいつの目が気になるんだよ、童貞野郎。
はぁ……。こいつがステージ2か。やだねー思春期の男は。
このクソみたいな精神病は、俺の体内で着々と肥大してやがる。
臓器のどこを取り出せば切除できるんだ、これ?
――と、そんな惚けたことを考えていたことで特大の面倒事が起きた。
一瞬遅れた。俺の所にフライが飛んできたのを把握するまで、一瞬遅れたのだ。
クソ、と俺は足を泥だらけにしながら走り出す。
落下点まではすぐに追いついたが、見上げると日光が目に入ってしまった。
空の中にボールを見失い――コツンと。額に衝撃を受ける。
「あひん」
上下が逆転して、辺りの声が遠くなった。
駆け寄ってくる足音、「一条ッ!」という何人かの叫び声、遠くで大笑いするほら……あいつ…………中村の声も。全部一気にごっちゃになった。
そして厄介なことに、フェンスの裏でゲラゲラ笑っているのはあいつだけだった。みんなで笑ってくれればまだいいが、そうじゃない。あいつだけ、空気の読解すら放棄して笑っていたのだった。そのことで面倒が起きる気がした。
頼むから、あの金髪女を無駄に刺激するようなマネはしないでくれ――と。
そこで意識がぷっつり途絶えた。