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第二十三話 ゲーム

「一条さ、どうせ今週の土曜とか空いてるっしょ? 皆でウチに集まろうって言っててさ!」


 そしてそれが極めつけだったように思う。

 クラスメートの対応に忙しい数日間を過ごして、接点を持った人間がにわかに多くなり始めた時だった。


 言ってきたのは、隣の席の飯塚。

 口角の吊り上がった顔が特徴的な、お調子者のサッカー部員だ。

 第一印象はスポーツ少年で……実際昼休みはいつも外で遊んでいるが、稀に橘のグループにまで足を運んでくることもある。かと思えば一つ前の小松君に絡んで怖がられたりしているので、よう分からん奴である。


 だが昨日問題を教えていると、なんとお互いにあの人気格ゲー『クラッシュ・ブラザーズ』のガチ勢であることが判明したのだ。それだけならまだしも、他のコアな分野でも趣味が合ったのはどうしたことか。PCの洋ゲーとか、まずクラスでも自分しかやっとらんと思ってたしな。久しぶりに他人とゲーム話で盛り上がってしまった。


 少し嬉しかった。オタク友達だって、欲しくなかったわけじゃないし。

 だが一つだけ大きな問題があった。


「ねーよ……テスト五日後なんだぞ。せめて来週誘え」

「はー? ガリ勉かって!」


 と、オーバーリアクション気味にウザいツッコミを入れてくる飯塚。

 そうだよガリ勉だよ、隣なら知ってんだろ。何だかノリの軽い野郎なので、俺としても辟易としてしまう。趣味の合う合わないだけが相性じゃないってことだろう。


「あれだよね? それは実は行きたいっていうフリなんでしょ?」

「フリってなんだフリって……。昨日、三角関数教えたろ。何にせよ俺が教えたからには、結果は残してもらうぞ?」

「ちぇ……マジメだなー、もう……」


 しかし、こういうしょーもない会話がすんなり終わらないのがこの席が地雷原たる所以である。

 教室の外から橘が帰って来た。彼女は俺と飯塚が話していることが意外だったのか、大きい目をぱちぱちとさせる。


「飯塚に、一条クン……? どしたの?」

「あー。聞いてよ、橘さーん」


 飯塚の説明を聞きながら、金髪女の顔に笑みがニンマリと広がっていく。


 まずいぞ……嵐がやってくる。

 俺は危機を察知して身体を廊下の方へ向けた。この席からならバレずに抜け出す確率はワンチャンスくらいはあるだろう。絶妙に扉が近いんよな、ここからだと……。


「あー、それは完全にフリだよー! この人、ツンデレなとこあるもん」

「誰がツンデレじゃ! テキトー抜かすな!」


 いつになく声を荒らげてしまった。


 存在感を消すのは昔から得意だったんだけどな……。

 どうも橘にだけは絶対気付かれてしまうのが不思議でならないよ。


 橘は“えへへ……またキミに友達増えたね♪”と顔だけで言ってくる。

 お前は俺の友人スタンプラリーでも始めたのか。多分、彼女は俺に飯塚と行かせたがっているのだろう。最近の言動からして、まるで俺をリア充道に引きずり込もうとしているようだからな。冗談じゃない。


「でも真面目に……テストあんだろ。本気で遊ぶつもりか……?」

「そ、そうだけど……」


 派手な髪型の飯塚は口をつぐんだ。

 彼にもヤバイという自覚はあるんだろう。昨日聞いた所によると、こいつも万年追試だっていうからこのクラスは色々と地獄すぎる。そりゃ俺が色々と世話を焼くわけだ。


 よすよす、これでこいつも改心しただろう――と。


「勉強しに集まればいいじゃん。ついでに遊ぶくらい、どうってことないっしょ?」

「橘さん天才かよ。それは盲点だったわ」


 おいおいお前、それは絶対勉強しないパターンじゃ……。

 まずみんなで勉強会というのが良いイメージがない。モチベ高い奴は一人できっちり時間を作るものだしな。やる気のない同士で集まってもダベって時間を潰すのがオチだ。


「テスト二日前に勉強会だあ? どんな一夜漬け大会だよ」

「お、楽しそうな名前付けんじゃーん。でもそれなら尚のこと一条が必要だわ」


 まーた橘の策略に引っかかったのか俺は。とんだ出来レースだよ。


 分かった分かった行くからもういいだろ――素直に諦めてそう言えれば、まだマシな結末に終わっていた。しかしそこは橘さんの安定なハリケーンっぷりである。


「つーかさ、それ楽しそう。あたしも混ぜて欲しいっていうか……」


 橘が髪をいじりながらそう言うと、


「話は全て聞かせてもらったぞー、かれん! ねーねー、勉強するならウチも混ぜてよー。あ、ももこ氏も参加ね。ガリ勉一人じゃパンクするっしょ?」

「う、うん……そうね」


 おう、もう……。

 いつものL字ガールズにまで飛び火した。これは最悪の流れだ。


 そしてそこからは――俺はもうどうすることも出来なかった。


「一夜漬け大会だってよ」「なにそれ楽しそう」「あ、俺も行く行く」


 最初はカースト高そうな奴らがふっかけただけのお祭りは、気づけばクラスの半数近くが集まった。橘たちが着々と段取りを進め、結局なし崩し的に俺の参加は既定路線になっていた。


「お前……十人以上もどこに集めるわけ…………?」

「ウチ使えるよ♪」


 あ、そっすか。お前の家、広そうだったもんな。


 はぁ……。マジかよ。

 休日の予定を埋められちゃうとか、根暗的にはげんなりだっての。我らぼっちーズは週末にだらだらするためだけに日々を生きているみたいな所、大いにあるからな。


 俺は自分の席に腰を落とした。これには隣の席の天樹院も苦笑いである。


「あはは……何か、突然ね…………」

「全くだ。天授院さんは、いっつもこんなのに耐えてるのか?」

「ふふっ……ずっと一緒なら、慣れるものよ?」


 委員長、余裕の微笑みである。人生の先輩感が半端ない。


 つーか一部のガリ勉がクラスメートを叩き上げるとか、どこの不死鳥の騎士団だよ。必要の部屋で守護霊の呪文でも練習すんのかって。

 あ、ちなみにアテクシ……公式サイト的な所で性格診断したら無事スリザ◯ンに組分けされましたよ、ハイ。橘はちょっとグリフ◯ンドールっぽいので俺たちは完全に真逆を行っていると思うのだ。


 だがそんな俺たち二人は――奇妙なことに、毎日放課後に会っていた。

 斜陽の挿し込む空っぽの部屋で。気だるげな、ほこりっぽい空間で。まだ誰にも知られることなく。


「えへへへへ~♪」


 そしてその日はいきなりこんな調子だった。

 酔って酒の席でセクハラしてくるおじさんっぽいぞ。


 お前は他と違って勉強ガチ勢なのにそんなんでいーのかよ。そう聞いたのだが、


「だって……土曜が楽しみ過ぎてやる気でないんだもんー」


 そう言ってこいつは、俺が自分の勉強をしている横でずっと机にだらだら突っ伏していた。

 勉強しないなら何しに来たんだよ。これだとただ放課後にぺちゃくちゃ話して、その後に家に送ってくだけじゃねーか。


 ふん……好きにしろよ…………。


 ――と。


「えーい」


 指で俺の頬をぷにっとつまんでくる金髪女。

 怒って横を向くと……橘は机に頭を付けながら、いたずらっぽく笑っている。横から差し込む太陽に照らされながら、軽く顔を赤くしていた。


 完全に夏休みモードな。テストに夢がかかってるんじゃなかったのかよ?


「勉強するでもなく、俺の邪魔して――今日は何でここにいるんだ?」

「えー、一緒に遊びたいし……♪」

「お前なあ!」


 近頃……橘には意味もなく甘えられている気がする。

 心臓がムズムズするからやめろ……。マジで慣れない。


 まあこいつも毎日問題解きまくってるし、別に心配はしてないけどさ。

 でもこれじゃあ……口実もなくただ一緒に居て、何となくじゃれているだけだ。どう考えればいいんだよ、こんなの。


 俺は気にせず続けた。

 こいつはもう少しで集中しそうな所で邪魔をしてくるのだが、反応すると喜ぶだけだ。


 日は着々と長くなっている。

 時が更けると暗くなっていたこの埃臭い部屋も、今は帰り際でもまだ明るい。白い壁に光が反射して淡い黄色を映し出すと、空気そのものが夕方色に染め上がった気がした。


 ゆったりと流れる、惚けた時の中に二人で閉じ込められて。

 橘は突然口を開いた。


「ねえ……少し、ゲームしてみない……?」

「ゲーム?」

「あたしとキミがやる気になるための、ちょっとしたゲーム」


 ふん、ロクなことを考えてはいまい。俺が黙っていると、彼女は続ける。


「テストで負けたほうが、何でも言うことを一つ聞くの……♪」


 何でも……? 俺はそれを聞いて顔をしかめる。

 今度こそ橘の方を向くと、いかにも嬉しそうにニヤけてきた。“あ、ガリ勉が食いついてきた”って。


「良いのか? 普通に勝つぞ。一教科でも俺に勝てたら、とかでもいいけど」

「ほう、自信満々ですなー。あたし、それならマジで勝つよ?」

「上等だ。負けると思えるくらいなら、少しは張り合いがあんだろ」

「えへへ……。ガリ勉はさ、あたしに何して欲しいの……?」


 そういった橘の眼は――微かに潤んで、細められて――扇情的な感じがした。


 ぐぬぬ……不意打ちだ。汚いなさすがグリフ◯ンドールきたない。

 無論、俺は脊髄反射で顔をそらしたのだが。


「まあ、ジュースでもおごってもらうさ」

「や……そういうしょぼいの、ナシ…………」

「お前こそ、俺に何させようってんだ? つまらんぞ、どうせ」


 そうすると、金髪女は二の腕に拳をにゅっと押し付けてきて――


「そんなこと、ないよ……?」


 橘の顔は小悪魔的にニヤリとしていたのだった。

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