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第二十話 新都炎上

 教室における席というのは不思議なものだ。


 例えば試しに全校を回ってアンケートなんかを取ってみると、おそらく一番人気なのが窓側の後方だろう。授業に疲れれば外ばっかり見ていられるこの一帯は、主人公とヒロインが並べば絵になる永遠のラブコメ工場だ。我が偉大なる叔母の著作にもそう書かれている。


 しかし現実では、人気な分だけ他の生徒が群がりやすいので要注意だ。


 例えば自分の窓側の席がリア充の隣だと、昼休みとかにそいつと話しに来たリア充Bに“どけよ”って感じの無言の圧力を受けたことも過去にある。だがその時はどけなかったので、喋らずして以後そいつと険悪ムードになったんだけど。理不尽すぎんだろ。


 とまあ、キラキラして見える物も実は良いことばかりではないのである。

 ゆえに窓側は俺向きではない。

 むしろぼっち的には、廊下側の方が理想的だったりする。


 近くに壁があるというのはそれだけで謎の安心感を与えてくれるし、教室の出入りもしれっと行える。しかも俺のは一番前の席だったので、よそ見しない限りは誰も視界に入らない。教室には四十人近く詰め込んでいるというのに、まるでいつも一人でいるような気分になる。


 つまり、どこに座るにせよ有利な点や不利な点はあるものだ。

 その人その人に向き不向きがある。まあそんなの自分じゃ選べないから結局はどこに当たっても慣れるしかないんだけど。住めば都って名セリフもあるしな、うん。


 ……。…………ただし。

 ――――隣があの橘かれんだった場合は除く。


 というわけで金曜日の最後のコマはロングホームルーム、白石先生が入ってきて早々に席替え宣言をしたのでクラスは湧き上がる。くじ引きは迅速に行われ、新たな席が判明して…………そして、新しいマイ都(笑)は住む前に炎上することになった。


 近頃は色々デリケートだというのに、一体どうしてくれるんだ。


「え……これヤバ…………。ちょー嬉しい……」


 一つ前の位置に机を置いた金髪女がこっちを振り返りながら小声で言った。

 いつもながらの快活な笑みで、俺と目を合わせながら。


「めっちゃ仲良くするから、いつもみたいに。隣なら、自然っしょ?」


 などと、顔を近づけて、ささやくように言ってくる。

 こいつでも周りを気にしているのだろうか。


「……別に、いっつもそんな仲良くねーし…………」

「ふ~ん。じゃ……これからもっと仲良しになろうか? でもこれ以上だと……みんなに引かれちゃうよ……? あたしはそれでもいいけど」

「う、お前なあ……」

「ふふ……ガリ勉、キョドり過ぎ」


 でも……ほんとやめろよな…………。

 お前、ちょっと嬉しそうな雰囲気出しすぎだ。そういうの、俺じゃなくても簡単に気づくものなんだからな……。


「はぁ…………あたし、ちょっと運良すぎじゃん?」


 橘の笑った顔を見て、何も言えず身体を固めるしかなかった。

 前の方ではまだ席を置き終えていない生徒が詰まっていて、教室は机と椅子をがちゃがちゃする音で満たされていた。


 でも、前がこいつだって?

 横でも後ろでもなく、よりによって一つ前に!?


 隣接するにしても、前でさえなければそれほど関係なかった。

 勉強していると頑なに前しか向かないので、後ろや横を気にすることはない。なのでその前に橘となると……皮肉なことに、普段通りでいることで却って視界に入ってしまうだろう。


 控えめに言おう、これでは今までのデラックスぼっち生活には致命的な致命傷が与えられかねん。速急に対策を練らねばならないのは確定的に明らかである。


 俺は現実を直視するのが嫌になって単語帳に手を伸ばした――って。

 はぁ……落ち着け、ここは状況整理といこう。


 俺の新しい席は廊下側から二列目の、最後尾。

 場所だけ切り取ってみればそれほど最悪という程でもない。今まで通り教室の出入りはスムーズに出来るし、休み時間に他人から席を脅かされる危険も少ない。


 そして、他に隣接しているのは――


 左隣に、あの遠足の時にうまいパエリアを作った学級委員長が「よいしょ」と机を置いてきた。天樹院(てんじゅいん)さんだ。その赤縁メガネからほとばしる清楚なマジメオーラたるや、常人の三倍のマジメ力はありそうで恐れ多い。それでいて人当たりがよく人気があるというのだから、隣りにいて何だか人間的に負けた気分になる。


「あら……かれんじゃない」

「あ、桃子だ。やった~」


 橘はこれまたニヤついて、天樹院さんの方に手を伸ばした。


 ふむ……だが、これはどうなんだろう。

 この女子自体は大人しい子に見えるが、橘の注意をこっちから逸してくれるかも知れない。俺よりはずっと仲が良いだろうしな、うん。


 なんというメイン盾。これで勝つる……のだろうか? 正直疑問だが、もうこんなの全部都合良く捉えないと頭がおかしくなって死ぬぞこれ。


「お、一条君じゃーん!」


 む?――と振り返ると。

 お前かよって感じの奴がそこにいた。


 飯塚(いいずか)――髪型が決闘者(デュエリスト)っぽい方のあのサッカー部員が、どうやら右隣ということらしい。


「へへ……まあ、よろしくな」

「お、おう……」


 俺の背中をポンと小突いてくる飯塚。並びの悪い歯を少年っぽく見せながら、明るく笑っている。お前らリア充ってほんとボディタッチしたがるよな……。


 でもこの飯塚とかいう御仁、うるさいけど実は普通にいい奴って感じのキャラなのだろうか?

 すると俺もこいつの親友枠キャラになって、教室でカードゲームとかするわけ? 家にデッキはあるから良いけど、ハマりすぎてどっかの孤島に船で連れてかれるとか勘弁な。というか、何で俺はぼっちの癖にカードなんて持ってるんだよ……。


 などというバカな思考を飛躍させていると、教室はすっかり机を並び終えたらしい。


 俺は改めて自分の立地を見て、改めて戦慄する。


 しまった囲まれた……。完全にリア充団に包囲された…………。

 場違いな思いをするのは何度もあったが、これ程なのは人生でも初めてである。


 でもこれ、俺は昼休みとかどうなるんだろう? 勉強とか、できんの?

 ここまで同カテゴリーが一箇所に集中すると、わざわざ窓側に集まろうとはならない。今までトイレに逃げてぼっち飯という禁じ手を取ったことは一度もないが、これはマジで要検討だな……。


 かくして、このクラス最初の席替えは散々な結果に終わってしまった。

 一瞬にして俺は居場所を失い、おまけに――


「あ……一条クン、後ろなんだ。よろしくねー♪」


 橘は、今度は周りに聞こえるような声量で白々しく言ってくる。

 さて、前にいるのはこのよう分からん金髪女と来たもんだ。今までと同じとはいかないだろう。まったく、この女は安定の大災害っぷりである。


 でも俺だって……嫌かというとまた違う。


 何だか背骨が浮ついたような感覚を覚えたので、自分でも恥ずかしくなって首の後ろを掻いた。別に……嬉しくなんてねーし。最近友達になった奴と隣になっただけだし? 俺も俺で意識し過ぎだろ。橘はそんなに気にしてないからな、多分。


 はぁ……。


 本当に問題なのは席じゃなくて、このステージ1のナントカ病だっての。酷い生活習慣病だ、一体どっからひっかけて来たんだろう?

 今度それとなく叔母に治し方を聞き出さなきゃな、うん。


 あ、ちなみに小松君は飯塚の一つ前だったよ。

 橘の隣にはなるが、俺の席よりはまだ心労が少なそうなものだ。

 頼む兄さん、その席譲ってくれ。ク……交換が駄目なら、言い値で買おう!――って表情で必死に伝えたのだが、少しもこっちを向いてくれなかったものだ。

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