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第十九話 延長戦②

 放課後にデートと言っても、もう日の沈みきった夕方だ。

 なので自然に、一緒に晩飯を食おうかという流れになる。テンション高めな橘に、俺は引っ張られるがままだった。


 結局、電車を使って中央駅の辺りまで来てしまう。

 そして辿り着いた場所は、駅前のデパート内にあるカフェ。


 店内の様子がこれまた清潔な感じで、木で縁取られた白壁には可愛げのある雑貨や絵が所々に立てかけられている。いかにも女性ウケのしそうな雰囲気だった。実際、居た客も仕事帰りのOLとか買い物終わりのご婦人方とか、まあそんな印象だ。


 そんな店の端っこの席で、俺たちは向かい合っていた。


 この前の服屋といい、またまたお洒落なチョイスだよなあ。でも俺はこいつと違って、場違い感が半端ないぞこれは。

 こっちも油断していると不自然に背筋が伸びてしまうよ……。


「かぁ~。今日も勉強疲れた~!」


 橘はだらんとテーブルに突っ伏した。

 人が緊張気味だと言うのに仕事帰りのおっさんめいただらけぶりである。


 彼女の前に運ばれてきたのは、いちごとクリームの乗ったパンケーキだ。

 どうやら専門店らしく、メニューを見るとブルーベリーの乗ったパンケーキとか、野菜の乗ったパンケーキとか、そんなんばっかりだ。ご飯なんだかおやつなんだか分からなくなる。


 ちなみに俺が選んだのは、横にクリームが添えられただけの簡素なやつだ。

 お小遣いを渡されれば専ら栄養食品しか買わない俺にとって、一食に付き千円前後というのは中々に衝撃的だった。この一番安いのでも八百円する。


 だがそんな俺の皿を見た橘は、何やら不満そうに口を尖らせる。


「キミって、食べない方なんだね。昼も全然だしさ……」

「む、見てたのかよ……」

「あんなんじゃ栄養足りなくなっちゃうよ? 昼とかさ、ちょっと分けてあげようか?」

「気にすんな。過不足ない方が健康に良いしな」


 すると、パンケーキにナイフを入れている時に肩を指で突っつかれる。

 前を見ると、ぷくっと頬を膨らませた金髪女の顔が近づいていたので俺も身体が固まってしまった。危ないっての。


「ねー、そこはもうちょっとドキドキしてよー。女の子が手作りで弁当作ってくるって言ってんのにさー!」

「そ、それはだな……ほら、あれだ。毎日昼飯なんか世話になってたら金銭問題だぞ。まさかタダでってわけにはいかないだろうよ」

「むー! そんな冷めたコメント求めてねーし!」


 何だろう……。割と普通の会話してる、俺ら…………。


 変な話だが、それで少しハッとした。

 いつもは勉強を教えているだけだ。そうじゃない時だって、こいつが集中力が切らして指で俺を突っついて遊ぶのがせいぜいだった。


 勉強っていうつまらない糸だけが、俺たち二人を弱く繋いでいるだけのはずだった。そう思っていた。けど今は……本当に普通だった。

 まるで付き合っているみたいな感じで――って。


 俺は自分の思考に気づいて唇を噛んだ。もうそろ傷になんぞ、まったく。


 しかし勿論と言うか、俺がそんな邪な思考を走らせているとは橘は知る由もなく、その後も中身のない会話が続いた。


 俺の受け答えだってそんなに面白みがあったとは思えないが、それでも橘は歯を見せてにっこりしていた。今までこいつを見てきた中では、一番機嫌が良いかも知れない。さっきまでぷんすか怒っていたくせに、一体どうしたっていうんだ?


 こいつは食べ終わった後もデザートとか言ってパフェを頼んだのだが、どうやら今すぐには平らげる気がないらしい。店に入ってから二時間近く経っているのに。


 まぁ……別にいいけどさ。

 ほら、詫びデートだしな。橘の気が済むまでってことなんだろう。


 と、彼女はデーブルの上に頭をコツンと置いた。

 まだ半分以上もパフェが残っているのに、またしてもだらけモードである。


「はぁ……テストやばい~」


 だがそこで……ん、と俺は顔をしかめた。


 結構な時間をこいつとの勉強に割いている気がするが、それでもやばいって?

 普通に上達しているとは思っているのだが、まだ足りんものか。


「お前は親に脅されでもしたのか? テストで一位取らなきゃスマホ止めるって」


 ――全く軽い気持ちで、そんな言葉が漏れてしまった。

 

「ええとですねー。実は、橘さんにはおっきい夢があるのです…………」


 橘はテーブルに頬をくっつけながら、気だるげにそう言う。

 何なら言った後に「ふわぁ……」とあくびを漏らしたくらいには無防備で、気軽そうな様子だった。


「ん……昔からあたし、ママが作った会社に入りたくてさ。でもバカは採らねーよバカって言われて。ちょーむかついたけど……特別扱いしろなんて、言えないじゃん……?」

「そうだったのか……」


 などと俺は、気の抜けた返事をしてしまったのだが。

 でもこれは――俺が絶対に聞くまいと思っていたことだった。

 仲良くなるために助けているわけじゃないんだから、無駄な詮索はよせ――そんな小っちゃいプライドで守っていた原則はこうもあっさり崩された。


 というか今日、もう友達だったってことが発覚したばかりだ。

 元々が、俺が無意識で作っていた脆弱な壁だった。


 一緒にいれば当然この女のことを知っていって、嫌いでもないから想像以上にすぐ仲良くなっていって、でもそれが全然嫌じゃない自分がいて――――俺は、いつも通りのむすっとした顔をするしかなかった。笑って良いのかも、よく分からなかったからだ。


「そ、そっか。……じゃあさ、絶対しくじるなよ。せいぜい頑張れ」


 精一杯絞り出した答えがそれだった。

 ただ、そんなんでも橘は満足したらしい。相変わらず机の上でだらけながら、それでもニタっとした笑顔のままでいた。


「えへへ……。だからさ、キミには感謝してるんだよ?」

「気にすんなっ。頼んできたのがお前じゃなくても、教えてたしなっ……」

「それでも、だよ。マジで百倍にして返すから、覚悟してよ」

「……つーか早く食えよ、もう八時だぞ」


 こいつは――本当に表情をころころ変える。

 数秒前まではへらへらしていた癖に、今度は必死にせがむような顔に変えて、


「やーだ、まだ居たいの。お願い……」


 ……やめろよ、そんな甘えた目を見せるな…………。


 一秒でも合わせていられなかった。

 少女のとろんとした目は――一瞬見つめ合うだけで、心臓が手でぎゅっと絞られる感じがした。


「……俺は、別に急いでないけど。お前の門限がって思っただけでさ……」

「いーよ、その辺はユルユルだし。だからさ……もうちょっと居よ?」

「お、おう……」


 結局、店を出る頃には九時頃にまでなっていた。


 だがそれですぐ帰ろうとなったわけではなく、それからまたしばらく駅のベンチでとりとめのないことを話していた。橘の友達の誰それが彼氏と喧嘩したーだとか、それで俺はどう思うかーとか。電車をずっと待っているわけでもなく、乗ろうと思えばすぐ乗れたのに。後になって思い返すと本当にどうでも良い会話だったから不思議なものだ。


 でも重ね重ね、今日の俺は少しだけ変かも分からんね……。

 隣で橘がこんなに嬉しそうにしてるのが、どうして俺までこんなに嬉しいんだ?


 前に一緒に出歩いた時はあんなに疲れたのに、今はその疲れすら――何だかちょっと心地よかった。もう少し一緒に居てもいい、まだもう少しだけなら疲れてもいい。そんな感じで。


 だが時間はあっという間に進んだ。

 そろそろ話すこともなくなって、帰ろうって空気になった時――例によって袖がちょんと引っ張られる。


「ねえ……? この後さ……どうする?」

「おいおい、流石に帰るだろ。あんまり遅くまでいると補導されちまうぞ……?」

「そっか、そだよね……」


 ……。…………。

 しんとした、変に切ない空気が流れる。

 橘はちらちらと俺と目を合わせては、また後ろめたそうに視線を外した。


 あのなあ……。その微妙にしょんぼりした顔、ほんとにやめろ。胸の中がチクッとすんだよ。


 でも、大体こいつの伝えたいことは分かった。

 帰った後に叔母さんに何と言われるだろうか。でも、これだって曲がりなりにもあの人の教えだ。厄介なことに俺は、こういう時の答えだけは知っていた。


「はぁ……。送ってくか?」


 橘は一瞬驚いたように目をパチパチさせると、やがて優しげな微笑みで返してきた。

“分かってんじゃん”――って、感心したように口を緩める。


「すごいね。やっぱりキミ、言わなくても色々分かっちゃうんだぁ……」

「別に……」

「でもこれ、照れる……かも。あたしもキミの言いたいことも分かっちゃう時、よくあるからさ……あたしら、ちょっと相性良すぎじゃん?」

「おい、わざわざ言うなよ……! さっさと帰るぞ!」

「あ、待って……!」


 そして――


 ついこの前に歩いたばかりの帰り道を、俺たちはまた歩いた。

 語り尽くした後では話すこともなくて、お互いだんまりだったけど。

 それでも袖を引っ張られながら歩く夜道は嫌な気分でもなくて、歩きながら身体が少しざわついていたものだ。

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