第十四話 現実逃避
自分の班では薪をくべ、他の班にも出張し――楽しい楽しい学校行事だってのに今日は火しか見ていない気がするよ。
緑あふれる太陽の下、黙々と薪をくべるガリ勉。なんて地味な絵だ。
そしてやっていることと言えば、成り行きで自ら申し出たとはいえ運動部男子のパシリ。情けないったら無い。
ただそれでもよかった。
人の顔を見ているより、かまどの火を眺めている方が心が休まるからだ。
……って、これでは何だか放火犯めいた言い草だな。
とはいえ、俺をそういう心境にさせている奴が今日も変わらず元気だったのだから仕方がない。
橘かれんと愉快な仲間たち。
あそこにいる限り、いつまでも他の女子と小松君の前で橘に絡まれるビジョンしか見えないので想像しただけで顔がむっとしてしまう。
あいつのことは深く考えるな――近頃は自分にそう言い聞かせていたが。
そろそろ限界じゃなかろうか。そんな風に自分で思ってしまい、昼飯ができるまでの少しの間だけでも逃げ出したかったのだ。
でも何なのだろう。
結局、こっちの班も似たようなものだったよ……。
「えー! すげえよ一条君! めっちゃ燃えてんじゃん!!」
「うっ……あんまりがっつくなよ、危ねーから」
「わーっ! わーっ! 感動だわ! すげえ!」
俺がしゃがんでいる横で騒ぐ男は、さっきうちの班に来たイケメンの相棒。
猿っぽい愛嬌のある顔をした、やたらテンションの高い奴だ。
火を覗き込んで小学生みたいに目を輝かせている割には、髪は学生離れして派手だった。
具体的に言うとワックス漬けでボリューム満点な茶髪。あれだな、めっちゃカードゲーム上手そうな髪型だな。神のカードとか三枚持ってそう。
でもいかんせん名前を思い出せない。別の班だし流石にノーマークだった。
なので仮にこっちを騒がしい方とおく。
そして先ほどうちの班にやって来たイケメンが、クールな方。
騒がしい方と違って、彼は近くの木にもたれて腕を組んでいる。
細い目の男だった。やはりワックス漬けで、ぼさぼさした黒髪だった。
もういっそ立っているだけでクールなので世の中って不平等だ。髪のセットも騒がしい方より自然で、実によくキマっていやがる。
「ふーん……」
と、そいつは愉快げな顔をしてみせる。
彼は何か含んだように口を緩ませて、俺の方を見てきた。
「な、何だよ……?」
「いやさ、普段勉強ばっかりなのに面白いなーって」
「別に……これくらい誰でも出来るっての…………」
たまたまガリ勉ジミーがなぜか火属性だったというだけだ。
つーか、ほれ、お前らもしっかり見とけよな。これくらいのやり方は覚えとけ。リア充なんだし、たくさんBBQとかすんだろうが。夏休みはもうすぐそこだって叔母さんも言ってたしな、うん。でもBBQでかまどは作らんか……。
とまあ相手が女じゃない分だけまだ気楽でいたのだが。
クールな方の男が振った話題は、もう少し面倒な方面だったようだ。
「いやそうじゃなくて、さ。かれんが何で気に入ったんだろうなーって」
「……っ。突然、何の話だよ……?」
「班決めの前に、組みたい男子がいるってそれとなく言われたんだけど。もしかして一条君のことだったりして」
「ねーよ。そいつと組めなくて、しゃーなく俺らのとこに来たんじゃねーのか?」
――今のは自分で言ってて苦しかった。酷いごまかしだ。
だが相変わらず心の片側では「それはねーよ」と言っているし、別の所では「しっかり現実と向き合えよ」とも言っている。
最近勉強を教えているのだってそうだ。
もうすぐ終わるだろと思いつつ、もしやずっとこのまま一緒なんじゃないかという気もする。
いずれにせよ先日のデート以来、俺は必死に何かから逃げている気がした。
しかしその時。ひゅうと風が吹いて。
後ろで空気になっていたはずの小松君が――その一言をぼそりとぶっこんできたものだ。
「そういえば一条君、さっき橘さんと仲良さそうにしてたよね……」
うっ……今日はそこまでだったろうか?
あれか。あの女がこっそり俺を小突いていたのが、さっき後ろで立っていたぼっち少年には見えていたというのだろうか……?
「……別に、そんなんじゃねーし」
「でも橘さん、すごく楽しそうだったよ。いっつもあんなに話してたっけ?」
「小松君なら知ってるだろ、同じくぼっちだ」
クールな方は更に笑みを広げた。嬉しそうですらあった。
「へぇ……良いこと聞いちゃった。かれんが一条君を、ねえ」
「何だよ、変な笑い方すんなよ……。ほんとに何もねーから」
「じゃあ逆に聞くけど、一条君はかれんに興味ないの?」
「興味以前の問題だ! おっしゃる通り勉強しかしてないんだぞ。接点なんて、ほぼほぼ無いようなものっていうか、その…………」
「でもかれんが自分からがっつくなんて、珍しいな」
まるで俺の話なんて聞いちゃいねーなこいつ。
でも、珍しい? 気に入った奴は食い尽くすともっぱらの噂だ。
ただ相手は橘をファーストネームで呼ぶくらいには仲が良さげだ。
その辺で流布している噂よりかは余程知っているのだろう……が。
俺はいつも通りだった。深くは追求しなかった。
ここでそれ以上聞くと、まるで本当にあの金髪女に興味持っているみたいで――他人にそう思われたくないってだけじゃない。自分でそれを認めたくなかった。
というわけで……永続魔法カード『現実逃避』を発動してターンエンド。
そういうノリで黙っていた。
「ま、いいや。かまどのことサンキューな」
「お、おう……」
その後ずっと、そのクールな方は「ふーん」と嬉しそうに含み笑いをしていた。
ちなみに騒がしい方が火を見ながら「すげー!」しか言ってなかったのは、将来放火魔になりそうで割と真面目に心配である。
短くて申し訳ないですが、その分明日も更新できると思われますっ