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第十三話 マドハンドのむれが あらわれた!

 白く燦々とした日差しが、雲に遮られることなく照りつける午前だった。


 場所はどっかの山。

 結局バスで九十分もかかったので身体はくたくただ。空からだけでなく、近くを流れる川からも日の光が反射してくるので本当に眩しい。


「ようし……お前らァ! これから自炊を始めてもらうぞー!」


 来て早々だった。

 我がクラスの担任である白石教諭が、大気を引き裂かんばかりのセルフ拡声器な声で学年全体にそう宣言したのだ。しっかしこの人はよく分からん。厳しいという印象ばかりが先行しているが、腹を割って話してみた奴はまだ居ないらしい。個人面談とかどんな感じなんだろう。


 だがやはりと言うか、そこは学校行事特有の明るい雰囲気である。


 米軍海兵隊の教官とかでも通用しそうなこの女教師ですら、今日ばかりはこの学年に蔓延したざわつきを静めることは出来ないらしい。彼女が話している間でも話し声がちらほら聞こえてきた。

 そして話が終わって班で散り散りになった後でも、誰もが大なり小なりその表情に笑顔を含ませていた。


 青空の下の透明な空気の中で、気分が軽くホップしている気がする。

 世はまさに大ピクニック時代! ドン!! って感じで。


 ……まあ、その、確かにそういうシチュエーションだったんだが…………。

 いや、だからこそ……なのだろうか。


 俺は――先ほど石のブロックで組み立てたばかりのかまどに火ばさみを突っ込んで、中の火をひたすら育てていた。


 無心になって、むーんとした表情で。

 黙々と、粛々と、目の前の火に集中していた。

 ついでに現実からも逃避していた。


 こういう時、単純作業が割当てられるのは本当にありがたい。

 なぜなら今は訳あって心を真っ白にしなければならなかったからだ。それだけ辺りの空気が微妙過ぎてバックレたかった。

 まあ微妙と言っても、なぜか()()()()独自に微妙な空気という意味で…………小松君はというと、俺の後ろで突っ立ってさっきから苦笑いでごまかしていた。助けろよ。


「へぇ~、意外だね。一条クン、こういうアウトドアなの得意なんだ~!」


 橘かれんさん、早速ガリ勉にちょっかいをかけ始める。ちょっと露骨だ。


 俺が火を調整している時に、こいつが露骨にしゃがみこんで来おった。

 今日は遠足仕様の“汚れてもいい格好”ということで、先の買い出しの時ほど高そうな服ではないが、明るい色のひらひらした装いである。前よりはキャラに合っている気がする。


 ははん、お前が絡んで来るのは予想していたぞ。

 そりゃ今日は同じ班ということで話すことになる展開は当然だし、むしろこれだけならいつも通りとも言える。

 しかし今日だけは――言うまでもなく少し状況が違ったのだ。


「……ふーん…………」


 低い声を漏らしてかまどの向かい側にしゃがんだのは、やはり同じ班の奴。

 この橘といっつも教室でつるんでいる……ほら、氷堂(ひょうどう)弥生(やよい)とかいう女子だ。


 あれだぞ、来る前に名簿を見て班の奴の名前を全部覚えてきたんだ。今日を乗り切るためにな。あの中村とのことの反省がしっかりと活きている。


 氷堂は毛先にパーマのかかったショートボブの髪がオシャレに決まっていて、クールな感じの涼しげな目元が特徴的だった。

 だがついでに言うと、視線もゾッとするほど冷たかった。


「どーよ弥生、もうすぐ火使えそうだよ?」

「むー……確かにちょっと意外。この人、全然キャンプって顔じゃないのに」


 などと、言ってることの割にはむすっとした怖い目で見てくるので決して前は向けない。


 そう、今日の橘は言うなればマドハンド仕様。

 こっちが黙って放置している限りは延々と仲間を呼び続ける。

『ギャルAは なかまを よんだ!』

『ギャルBが あたらしく あらわれた』って感じで。


 あ、ちなみにぼっち勇者の特技は『ようすをみる』しかないのでまるで打つ手無しなんだこれが。ほんとうにどうしよう。

 そうだな、これなんてどうだろう…………。


『ぼっちAは なかまを よんだ!』

『そもそも そんなもの いなかった!』

 おいこれバグだろバグ。ぼっちAのAはAloneのAだってか、やかましいわ。


 などと心の中で一人漫才を繰り広げるくらいにはメンタルが参っていた。

 こうなれば目の前の火に集中したいというのも、当然の心境というもの。

 だというのにこの氷堂とかいうお嬢さんは、対処に困る無慈悲な追い打ちをかけてきたものだ。


「むーん…………」


 彼女はジトーっとした冷たい目で言った。曰く――


「一条、休日とか何してんの? ガリ勉なのに山にでも籠もってんの?」


 ……。…………。


 え、なに今のぼそっとしたコメント!?

 皮肉なの? 冗談なの? マジで分かんない!


 どう返答するのが適当なのか本気で理解が追いつかないので、俺は軽いパニックを起こしてキョドってしまった。


「え、ああ……」


 そんな俺の様子を見てか、横でしゃがみこんでいた橘は肘でちょんと小突いてくる。

 金髪女、どうも満面の笑みかと思いきや目はちっとも笑っていない。

“ほら、早く弥生に何か言えよ童貞。このままだと変な空気になんだろ”って。


 ――でも最近、こういう言葉を介さないやり取りでも橘の言いたいことが大体分かってしまうのは何なんだろう。全く。


「えーと、休日は山でめっちゃ勉強してる……かな?」

「ふぅ~ん、野生のガリ勉ってやつ? 笑えるわー。この山にもいんの?」


 え、ウケてしまったよ。顔も声も全く笑っていないけどな。

 橘がまた肘で突っついてきて“言えたじゃん”などと伝えてきたので、どうやら今のでギリ合格だったらしい。どんな判断基準なんじゃ。


「あははっ、マジでいそういそう! こういうガリ勉、この山にね」

「ははっ、ねーよ」


 と、氷堂へ雑なフォロー(?)を入れてくる橘に、更にぼそっと突っ込む氷堂。

 何だか二人の絡み方が垣間見えた気がするが、今は真面目ににどうでもいい。


 でもお前の友達、ぼっちが相手にするには重すぎないか?

 あまりにも間合いの取り方が独自過ぎるでしょう……。

 橘がアッパー系のギャルだとすれば、この飄々(ひょうひょう)としたお嬢さんはダウナー系。どっちにしても対処に困ることに変わりは無いので是非とも火に集中させて欲しいです、はい。


 ――『あたし、やっぱり納得してないから。キミにウザがられても、なんとかするつもりだから。クラスでの、キミの扱い』


 む……。余計なお世話だっての…………。


 あの日、はっきりとそう口で言えれば良かったのだろうか。

 でも気にかけてくれるのに悪いだろと思う自分もいて、これだけ女の子に構われてハズいと思ったりもして――この女と会ってからというもの、男心にはちょいちょいフクザツだ。


 つーかお前の友達と仲良くしてどうしろってんだよ、未来が見えん。


 とそんな時、このタイミングで近くにやってきたギャルCはBよりはまだ普通だったのは救いだった。


「かれん、どう? 料理は下準備終わったから、かまど待ちだよ」

「あ、見てよ桃子ー! めっちゃいい感じだよ」


 エプロンの紐を縛りながら出てきたのは、天樹院(てんじゅいん)桃子(ももこ)

 うちのクラスの学級委員で、黒髪ロングに赤い縁の眼鏡が良く似合っている。

 成績も良く弓道部ではエースと、いわゆる完璧超人的な立ち位置の人だ。


 あくまでちょっと前に目にした印象だが、橘は一番仲良く絡むのがさっきの氷堂さんで、二番目がこの天樹院さんといったところだ。

 二人きりでいるか、この優等生も割って入るというパターンが多い気がする。


「一条君。もう火、使えそう?」

「あ、はい……もうすぐ、かな…………」

「よかった」


 普通のコメントに対して普通に生返事する俺。


 そうそう、今日を乗り切るにはこういう中身の無い会話でいいんだ。

 あんたはギャルの群れの中じゃ良心だなあ。

 この立派なお方が、例えば昼休みとかで他のはっちゃけた二人を冷静に捌く姿が見える気がするよ。いっそギャルCとか設定してしまったのも失礼に感じるくらいだよ……。


「でもさ。私たち、かまど作るのかなり早いみたいだね」

「え……?」


 後ろを振り返ってみると、どうやら他のグループは難儀しているらしい。

 すぐ火が消えてしまったり、新聞紙の燃やし方が下手で紙吹雪が飛んでたりと、ちと阿鼻叫喚チックな有り様だった。今まで集中していて気付かなかった。

 白石先生がその辺で歩いて回っているが、教師として助け舟を出すという方針ではないようだ。クラスなんだから協力してなんとかしろってか。


「なーんだガリ勉、やれば出来る子じゃん♪」


 橘さん、ガリ勉ageに必死である。白々しいわ。

 というかほんとにやめろ、ちょっと顔のあたりが暑くなるから。


 ただまあ、薪の並べ方だとか新聞紙の丸め方だとかは、やらなきゃ分からんことも多いしな……。

 俺はたまたま毎年叔母に連れ回されてキャンプに行っているだけあって慣れたものだけど、どうやらそんな奴ばかりって訳でもないようだ。


 とまあ、俺らの班はぬくぬく昼を終えられそうだった。


 まあ橘が良からぬ企みをしていることを除けば、ぼっちなりにはこの女子たちにも慣れてきたところだったし。それに自由時間ともなれば班は解散なので、何だよ案外素直に終わりそうじゃんか。


 ――俺はここにきて、安心してしまっていた。


 忘れていたのだ。

 だが俺だって、流石にマドハンドがアークデーモンまで呼び出すとは夢にも思わない。


 油断していると――背後から声がしたのだ。


「へぇ……かれんの班、めっちゃ焚けてるね」


 ……この超クールな声は知っている。

 昼休みにこの三人と馴れ合うことの多い、サッカー部の男子のナントカって奴だろう。


 後ろは振り向きたくなかった。目も合わせたくない。

 俺はもう完成し切ったかまどを、ドングでいじっていた。


「……てか、結局このジミー達と組んだのな」


 今のは、俺らと組まずこのクソザコ陰キャ勢と組んだのかという意味だろうか。

 というか橘はどんなイカサマを使ったんだろう。普通ならこいつと組んでいたはずだが、何か揉めでもしたのか?


「ま、ゆーてウチらもジミーだし…………?」


 おっと……。

 橘はその男子に、笑いながらも何か棘を覚えるような言い方で返した。

 そして一瞬だけだったが、その場にえも言われぬ微妙な緊張感が流れる。


 普段なら仲良くしているだけに、橘も中村君の時のようにあからさまにキレるというわけではないようだが――俺はその瞬間だけで悩んだ――自分みたいなよそ者のせいでこいつらの空気が少しでもこじれるとか、冗談じゃなくゴメンだからな?


 そんな責任は負えなかった。

 これ以上、俺なんぞの為に橘の気を煩わせたくもなかった。

 そして、中村君の時と同じ轍は踏みたくなかった。


 ちっ、何だかめんどくせえな。自分から行くとかさ……。


 だが愚痴ってはいられない。

 俺はふらりと立ち上がって振り返り。

 軍手を被った手を握りしめ、喉の中で詰まりそうな声をハッタリだけで絞り出したのだ。


 だが後になって思い返すと――この本当に些細な一言が、きっかけだった。


「何だよ……? ジミーでも火くらいはおこせるぞ」


 その顔の整った少年は、どういうわけか驚き半分、後ろめたさ半分という顔をしていた。

 どうやら俺が一言でも喋れるとすら考えてなかったようだ。


「お、おう……そっか。なんか悪いな……」

「俺らのところは終わったし……これから手伝ってやろーか?」


 ああそう言えばその後、勿論そこにいた小松君も連れて行ったよ。

 女子の中に一人で置いていってもかわいそうだったしな……。

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